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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
63/99

60 変化に置き去りと



白熱する肉を巡っての攻防を無視するように、温かな白米だけが詰められた弁当箱を開いた。

今までは肉自体や野菜をメインで味わっていたが、おかずにして主食を食べるつもりになったらしい。

マイペースに食事を進めながらもノアは熊な支部長、ゴルツへと視線を向ける。


「で、もう質問は終わりでいいかな?」

「いや・・・リッシュバルで『月の女神』が現れたって話は知っているか?」

「そんなことより~☆ ノアちゃん様、ごはん、ごっはん~☆」


そんな事呼ばわりされて熊男は顔を(しか)めるが、食を優先する気持ちはわかるらしく何も言わない。

ノアとしても別に拒否することも無く弁当箱を取り出す。


「白米は数を用意してないから一杯だけね」

「ありがと~☆ ノアちゃん様、神様女神様ぁ~☆」

「はいはい」


キスでもしそうなくらいに近い距離でのじゃれ合いに、何とは無く他の四人は顔を逸らす。

ノアが美人なのはもちろん、特殊なメイクをしているとはいえ普段の作った笑みではなく無邪気さが表出する可愛らしい笑みのてぃわバルーンも十分に魅力的だったからだ。もっとも、道化師が身体のラインがくっきりと浮かぶような衣装で甘える姿が意外と刺激的だったという面が大きいのだが。


「・・・って、俺の分は?」

「別料金。五百でいいよ」

「はぁっ!? おま、三千も分とっておいて―――」

「嫌なら米は食べなくていいじゃないか。肉は食べ放題みたいなものだし」


この街においては肉の食べ放題にしては三千(エッダ)という価格は安い。

食材の価格高騰も影響しており、普通の定食ですら現在は百エッダを超える。

だからといって弁当箱一杯に五百エッダという金額は望外な金額と言っていいが―――


「———ぐぅっ! わかった、持っていけ!」

「まいど」


シルバーファングの肉は旨味が深く、持ち込まれた特製タレは味が濃い目で白米との食べ合わせが良いだろうというのはゴルツにしても理解していた。

合うと言えば酒もだが、さすがに立場もあって昼間からエールを呑むわけにもいかず、周りでは美味そうに白飯と肉の食事が開始されれば自分だけが取り残されるのは我慢がならない。一杯の白米など自分で用意すれば十エッダも掛からないとはわかっていても、食の誘惑には抗うことが出来なかった。

しかし、それでもなお現在のレーロイドの物価で三千五百という金額で最上級とも思う肉の食べ放題を堪能できるとなれば良心的どころか安すぎるくらいなのだが。ゴルツもそれを理解しているからか表情以上に負の感情を抱いているわけでは全くない。


「で、月の女神だっけ? 知らないけど、何かあったの?」


全員に弁当箱を配り終えて話を仕切り直すように問いかける。

白米を食することすら久しぶりな四人は感涙を浮かべながら食事に集中し始めた。


「リッシュバルの港が襲撃された件で月の女神って呼ばれた冒険者が居たらしいんだが、はっきりしなくてな。知っていることがあればと思ったんだが」

「あの襲撃騒動を知っているってことは何らかの連絡手段があるってこと?」

「そりゃあな。冒険者互助組織(ラタトスク)もそうだが、騎士団や商会組合なんかでも封書をやり取りする特殊な魔道具があんだよ」

「なるほど」


その程度は予想していたので驚くことも無い。封書限定とも取れるが、物資のやり取りが可能な可能性すらあった。

それこそ騎士団などは人のやり取りに転移装置を使っていても不思議はないとすら考えていたくらいだ。

何せ街と街を繋ぐ道のりがあまりにも険しすぎる。


冒険者互助組織(ラタトスク)としても向こうの街長や騎士団、兵士たちも探しているらしい」

「何かやらかしたのか?」

「逆だ。多大な貢献をしたってことで礼をしたいらしい」


そうは言いつつも自分の街の事ではないからか執着するような雰囲気も無い。

ノアとしても記憶にない事なので追及されても何も答えることが出来ないのだが。


「しかし、女神ってことは宗教関連とか? 例の勇者とかと関係があったりするの?」

「まさか。月の女神ってのは元々は海の向こうから伝わったとされている戦と守護の神様で、有名な存在ってやつだ」

「戦と守護って矛盾してない?」

「そうでもねぇさ。魔物(モンスター)たちは夜に活性化するし、大きな戦いは大概が夜中になるからな」


ゴルツの言葉に、ノアの頭にあった『戦争』とはまるで異なるものだということを理解する。

人間同士の大軍がぶつかり合うのなら日中の印象があるが、とても人同士で戦ってはいられないこの世界では話が違う。

小規模なら盗賊や山賊も存在するが主な敵対者は魔物や怪物と呼ばれるもので、会話が通じるような相手ではない。

ならば、守護者というのは戦って勝つ者でしかありえず、相手の最も優位な時間でも勝者であり続けるような者のことを言うのだろう。


「月夜の中で輝く戦女神って話はこの国の住人なら誰でも知っているような御伽話だ。フベルタ教の勇者たぁ関係ねぇよ」

「逆に言えばフベルタ教ってのは誰でも知っているわけじゃないのか」

「あれはブレベルナの地方宗教みたいなもんだ。他の街じゃあそれほど受け入れられてねぇよ」

「その割にはレーロイドでも結構にやらかしているようだけど?」


その問いかけに熊男の顔に苦々し気な表情が浮かぶ。

苛立ちを押し殺すためか、乱暴な仕草で肉を口に入れたが、焦げていたのか顔を顰めた。


「宗教としての勢力はあんま大きくねぇが、今のブレベルナの街長が後ろ盾にいるからな」

「それはまた面倒そうな」

「ああ。ブレベルナは異常気象の影響を受けているとはいっても大規模な穀倉地帯だってのは違げぇねぇ。食料の交易を絞められるのは厳しいもんがあるからな」


それはレーロイドという街の立地も影響しているのだろう。

山と針葉樹林に囲まれ、標高も高いこの街は農作物の栽培には微妙に向いていない。

寒冷地ということもあるが、魔物などの影響もあって住人達が自給自足できるくらいに栽培できる土地を確保することが難しいのだ。

そうなると外部からの輸出物に頼ることになるわけで・・・。


「だからって、民家を勝手に漁るのを放置するのはどうかと思うけど」

「そりゃあな。騎士団でもこれ以上見過ごすってわけにもいかねぇらしいが、相手は冒険者でもあるってんで俺の方にも話が来てやがる」

「冒険者だからって捕まえらないというわけじゃないはずでしょう?」


ノアの脳裏に浮かぶのは発狂者などと呼ばれた者たち。アコルやカザジマにしても一度は投獄された身だった。深い罪に問われたわけではないのであっさりと釈放されたようだが。


「冒険者ってのとブレベルナの勇者っつう権力者のお墨付きみたいな立場が合わさってることに問題が在んだよ。どっちかの立場だけならもう少し話が簡単なんだがな」

「そういうもの?」

「俺だけがやれっつっても意味がねぇくらいにはな」


面倒くさそうに言う姿は心底迷惑しているのだと告げていた。

権力者ということは街長だけでなく騎士団などのにも顔が利く相手も協力していたりするのだろう。


「すっごいんだよ~☆ 勇者()()は☆ 他人(ひと)の家のタンス漁って女の子の下着見放題~☆」

「ただの変態にしか思えないんだけど」


小馬鹿にするように言うてぃわバルーンの瞳には確かに怒気が潜んでいる。

勇者とやらが引き起こした問題は多岐に渡るのだろうし、その被害を他の冒険者が受けていても不思議はない。


「今んとこ性犯罪は報告されてねぇよ。もっともフベルタ教と繋がりを持ちたいってやつらは下着だろうが娘の純潔だろうが差し出すんだろうが」

「そこまでするの?」

「この街はともかく、ブレベルナならあり得るって話だ。そんくれぇの価値があるって判断なんだろうよ」


ゴルツが吐き捨てるように言う様を見るに、レーロイドではそんなことは許さないと考えているのだろう。

それでも取り押さえられない辺りが如何(いか)に相手の勢力が大きいのかを物語っている。


「幸い、って言えるわけじゃねぇが勇者は男一、女二の三人組で女の片方が管理してるみてぇだから問答無用で女を組み敷くってことは無いようだが」

「それは安心材料にはならないなぁ。古代遺跡での一件で消えてくれているのが一番楽なんだけど」

「そいつは期待しない方が良い。聞いた感じ助かりはしないって状況だが、勇者の加護ってのはかなり効果があるらしいからな」

「あの異様な幸運? それとも周りが協力してしまう人徳とかいう洗脳みたいな能力?」

「幸運だな。洗脳じみた人徳なんぞ存在していたら俺も問題視なんてしてねぇだろ?」


直接顔を合わせた相手にしか効果が無い、とも考えられるが、その場合は街の中から問題にする声が上がってこないだろう。

ゴルツに頷きを返し、あの妙な幸運が何らかの特別な力だということに面倒だと深く思う。

それが何処までの効果があるのかは興味があるが、探ろうとすら思えない。


「冒険者ってだけで特別な加護を得てるんだ。絶対じゃねぇが、死んでも生き返れるとか、な」

「その上で幸運かぁ。何度死んでも生き返ってきそうだね」


焼き上がった肉で野菜を挟み、タレで味付けして口に運ぶ。味と触感を十分に堪能して、余韻が残る間に白米を。

弁当箱に入れてあるとはいえ、霊倉の腰鞄(アイテムバック)の中身は時間経過が無いため炊き立てと変わりがなく非常に美味。


「あの人たちが民家を漁るときに住人が居ないって話も、それが関係あるのかな?」


ミャッツが告げた内容にノアは思わず目を見開く。

無人の民家で物資を漁るなどただの強盗でしかない。一般的な日本人の倫理観的に、あり得ないであろう行動。

それこそ例えば住民が友好的で自ら引き入れて、どうぞどうぞと差し出してくるならまだ話はわかるが―――。


「・・・いや。悪い意味で『ゲーム』だと考えているのか」


ノアが零した小さな声は肌が触れ合うほど近い、隣にいるてぃわバルーンにしか聞こえなかった。だが、彼女にも言葉の意味が分かったのであろう。表情に憂いの色が宿る。

ノアの場合は目覚めてすぐにアルナたちとの交流があったために深く考えなかったことだが、ここがゲームの世界だと割り切って考えるならどんな行動もあり得た。本来はSSOにはなかった民家の探索というのもRPGゲームであればわりと良くある話のひとつでしかない。


「やっぱり、あんまり関わりたくないなぁ。今度会ったら問答無用で首を斬り落としちゃいそうだし」

「殺したところで生き返ってくるだろうがな」

「つまり、何度でも死を味あわせられるってことでしょ?」


ゾクッ。

傍から見れば穏やかな微笑みだというのに、ノアの瞳は欠片も笑っていない。

殺気こそ放ってはいないものの、同席している五人のみならず、隣席のアコルやカザジマですら小さく震える。


「ま、まぁ、とにかくだ。俺としてもあんま関わって欲しくねぇ奴らだよ。有能な冒険者には特に、な」


極上の狼肉を味わいながら心の底から言う。

シルバーファングを倒すだけなら可能な人材はそれなりに居るだろうが、丁寧で適切な解体処理によってもたらされる素材の数々を持ち込める人間は少ない。肉はもちろんだが、毛皮や牙、爪などにしても先に確認してきたゴルツの眼からして、どうやったらあれほど綺麗に手に入れたのか疑問なほどだった。

原因は何のことも無く、首を一刀の下に斬り落としたことで戦闘による傷をつける事が一切なかっただけなのだが、それこそできる人間は限られる。

少なくとも現在のレーロイドには同等の技量を持つ冒険者は存在していなかった。


「下手に協力者が増えると相乗的に面倒も増えるだろうからね。特に、冒険者の評判を落としかねない」

「そういうこった。ただでさえ、最近は依頼を受ける奴も素材を持ち込む奴も減ってっからな」

「だろうね。リッシュバルでは多少は改善されたと思うけど」


アルナたちの指導で剥ぎ取りの方法を指導したこともあるし、ノア自身も長い期間依頼を受けないということに危機感を抱いていた。

同じように考えた人間は少なからず居るだろうが、対応することが出来るのかといえば微妙なところであるし、数が減るのはどうしても避けられない。

レオンハルトたち異世界サバゲ部はそれなりの人数が居たことから影響力も多少はあっただろうことを考えれば改善された部分もあると予想ができる。

それでも万全の状態になるとは欠片も思えないが。


「これは冒険者側からの一意見だけど、解体や剥ぎ取りの得意な人を狩りに同行させるような制度があった方が良い」

「今までは必要が無かったのに、か?」

「古代遺跡の異変、シルバーファングの生息圏の移動・・・変化は多数ある。自分達だけで解体しつつ周辺警戒も両立するのは難易度が上がっている」


一番大きな要素はあえて口にせず、ナスを口に運ぶ。

プレイヤーとしての事情は説明が面倒だし、理解されるとは考えてない。


「もちろん、人数が揃っていれば仲間内で解決できる場合もあるだろうけど、そうでない場合も多いし、せめて解体は専門家に任せたいってことは多い」

「まっ、腕っぷしに自信はあるが細かい事は苦手って奴も多いか。周辺警戒だけに集中したいって話もわからないでもない・・・死体を持ち込んでもらうってのもアリか」

「獲物によるとは思うけど、街中に運ぶには荷車が必要になると思うよ。霊倉の腰鞄(アイテムバック)は大きさの制限があるし」

「運搬にも人手とスペースが要るって話だな。林や森はもちろん、坑道や雪山も荷車押して進むにゃ向いてねぇか」


話の方向性をどこに持っていきたいのか理解したワラタケが大きく頷く。


「おうよ。ちょっと前なら問題なかったことも最近だとちぃと厳しい」

「物価も上がって、ご飯も食べれな~い☆ 依頼の報酬は据え置きなのに~☆」


茶化す様に言うピエロなのだが、その言葉は事実なのだろう。

低く唸るゴルツの表情を見れば一目瞭然だった。


「他にも水薬(ポーション)とかの消費量が増えているんじゃない? そのせいで相対的に依頼(クエスト)の旨味が減っていると感じているのかも」

「確かにそんな報告があった気がするな・・・色々と見直しが必要って事か」

「リッシュバルまで辿り着けるような人たちならともかく、周囲の敵が全体的に強くなっているのなら考える必要はあると思うよ」

「そうだな。やっぱ現場の声ってのは聞いておくに限る」


納得の表情を浮かべる熊男が箸を伸ばすが、その先にあったホタテ貝はてぃわバルーンがトングで攫っていく。

頬を引き攣らせるが、ノアが淡々と新たな肉や魚介を並べ始めたことで肩を落とす程度で済ませた。






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