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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
62/99

59 燃える戦場にて対峙する



木炭に火を灯す。

言葉にすれば簡単だが、火種を術理(ルーン)に頼るとなると話が違う。

ゲームには存在しなかった技術というのもあるし、焼滅させないように火力調整する必要もあれば、周囲に炎が漏れ出ないように範囲を狭める必要もある。

また、薪よりも長時間火種に晒す必要がある種類の木炭だということもあって、それなりの時間、火を維持し続けなければならない。


「・・・結構、上手くなってきたな」


旅道の間に特訓した生活技能の上達ぶりにノアは満足そうに微笑む。

炭自体が熱を宿し、術を維持する必要が無くなったのを確認してから手早くトングで火鉢の上に鉄網を設置。

さらには霊倉の腰鞄(アイテムバック)から、匂い消しや消毒の効果のある大きな葉に包まれた食材を取り出していく。

ついでに特製のタレを収めた小壺、レモンたれの入ったものと塩コショウの入った小瓶と使い捨ても考慮に入れた錬金術制の木製の箸と小皿を並べれば準備は完了。


「———って! いきなり焼肉始めんのかよっ!?」

「そういう設備なんだから当然」


叫ぶ毒キノコに、軽く返しながらノアは網の上に葉っぱに包まれていた肉類や野菜、水の街で買い貯めしていた海鮮類などを並べていく。

冒険者互助組織(ラタトスク)レーロイド支部における休憩スペースは6人掛けテーブルの真ん中に火鉢が埋め込まれるように存在している。

しかし、これを利用しようとすると別途販売している炭や鉄網、食材などを自腹で用意して持ち込む必要があった。

施設内の売店で一通り揃うのだが、全てを購入すると結構なお値段になる上に食材は種類が少ないと、利用するのに躊躇うところがある施設だ。


「の、ノアちゃん様、ノアちゃん様! てぃわちゃんも食べてよろしければヨロ?」

「普通に喋りなよ。食べていいから」

「ありがたき~☆」


わざわざ胸を押し付けるようにわざとらしく抱き着いてくる甘い香りの道化師に溜息を返しながら小皿や箸をそれぞれの席に配っていく。

色仕掛けもかくや、というくらいに二の腕を胸で挟み込んで強調してくるてぃわバルーンのおでこを軽く叩くと彼女は何故か嬉しそうに微笑んで身体を離す。もっとも、そんなじゃれ合いを、頬を赤くしてそっぽを向きつつチラチラと視線を向けてくる化け猫の様子を見れば誰をからかっていたのかは明白だったのだが。


「ひゃほわ~! ノアちゃん様の奢りちゃ~!」

「あ、飲み物は各自で」

「てょひゃぁ~!?」


両の手を頬に当てる姿は有名絵画の姿に似ているが、首から下が違い過ぎて気持ちが悪い。

そんな会話をしている内に、いつの間にかイリスがノアの前にコップを置いて烏龍茶を淹れてから隣の席へと帰還していく。

6人掛けのテーブル二つには五人ずつで分かれているので会計処理を終えて合流したイリスやアルナは隣の席だ。

そちらでも同じように肉を焼き始めている。


「てぃ、てぃわちゃんには~?」

「コップと飲料水は無料で備え付けられているのがあるよ」


視線で示すと、ワラタケがしょうがないとでも言うように肩を竦めて水を取りに行く。

幸いなことにトレイも置いてあるので持ってくるのは難しい事ではない。


「・・・あの、本当にいいんですか? これ」

「ん? ん~、別にいいかな。シルバーファングの分だけだし」


戸惑うようにいうミャッツに、ノアは肉の焼き具合を確認しながら返答する。

街に入る直前に倒した銀狼を解体した素材を売ったお金を彼らに手渡したわけだが、それは6分の4だけだ。

残り二人分は同行者であったアコルやカザジマに引き渡しているし、資金という意味ではリッシュバルからここまでの道中で貯め込んだ多くの素材を売却したことでかなりの量を得ている。それこそ小袋ひとつでは入りきらない量の金額を4人分受け取っていることもあって損失というほどの事ではない。


「もともと君たちが狩るはずの相手だったはずだし、肉は今焼いているから別に」

「てぃわちゃん達で仕留められたとは思わないけどね~☆」

「偶然とはいえ狩れているのだからいいんじゃない? 今回は運が良かったってことで」


貧困に(あえ)ぐ自分たちとしては羨ましいことこの上ないと思うミャッツではあったが、厳しいのは確かなので深々と頭を下げて厚意を受け取っておく。話が聞こえていたのか、戻って来たワラタケや、妙なテンションであった怪人とピエロも神妙な様子で小袋をそれぞれに仕舞い込む。小袋ひとつ分の資金では多少寿命が延びる程度だと理解しているというのもあるのだろう。

継続して同じように報酬を得ようとしたら、強さはもちろん、解体の方法も学ぶ必要があり、なおかつ処理が終わるまでの安全確保も重要だ。要求される能力が多すぎて思うところもある。


「いただきます・・・うん。美味しい」


そんな様子に気がついてはいたが、まったく無視してノアは狼肉に舌鼓(したつづみ)を打つ。

野生動物ではなく怪物(モンスター)だからか、それともアルナやイリスの処理が上手かったからか臭みは少ない。

わずかに野性味を感じさせる香りは残っているが、深い旨味と柔らかながら肉の食感を引き立てるような雰囲気があって決してマイナスになっていない。

豚や牛、鳥といった一般的な食用肉とは異なる野生の肉とでもいうべき味は、この世界に来ていなかったら味わう事は無かったであろう。


「「「「・・・ごくっ」」」」


美女が頬を緩めて満足そうに美味を口にする姿に、思わず喉が鳴る。

無用な脂が少ないからか、高級な牛肉にも似た赤みの肉は一度目を向ければ惹きつけて中々に離さない。

網の上で焙られる食材たちの香ばしい匂いに誰ともなく腹の虫が刺激されて小さく唸りを上げた。


「とぉ、とりあえず・・・食べよ、っかぁ~☆」

「お、おう」


躊躇っている四人を尻目に、ノアは特に気にすることなくパクパクと食を進める。

テーブルに並べた以外にも食材をずいぶんと食材を持っているからなのだが、その様子を見れば早く食べないと無くなってしまうと思わせるには十分だった

全員の中身が日本人だということもあって『いただきます』ときちんと一言口にしてから肉へと箸を伸ばす。

野菜やエビなどの海産物ではなく全員が肉を優先したあたり、如何にノアの様子に引きずられたのかがわかるというモノ。

逆にノアは、出すのを忘れていた小箱を取り出してキムチを口に運び始めていたが。


「にょふぉ~! にぐぅ! 肉のわじょ~!」

「うめぇ! 独特の風味だが・・・うめぇ・・・」

「美味し☆ 久しぶりのお肉~☆」

「はぐはぐはぐ」


まともな食事を取れていなかった事もあったのだろうが、歓喜の声を上げて次々に焼いた肉を口に運んでいく。

生焼けは色々な意味で危ないので全員に注意を促しながら追加で肉を取り出すとさらに歓声が上がる。

シルバーファングは人間よりも大きな狼、それも十匹ほどの数ともあって食用にできる肉だけでも相応の量がストックされている。

ハッキリ言って一食二食で消費しきれる量ではないので、ノアとしても残量を気にすることなく消費することが出来た。

私室(マイルーム)には銀狼以外の食材も結構な分量が保管されているというのも大きい。


「さすがに口周りを汚すほどの勢いははしたないけどね」

「ふぁわ☆ これは失礼失礼☆ てぃわちゃんうっかり☆」


布きんで口元を拭ってあげると、ほんのりと道化師の頬が紅潮する。

子ども扱いを気恥ずかしく思っているのだろう。そんな二人を見て、他の三人も慌てて口元を拭う。

ふざけていると思われるのはともかく、みっともないと判断されるのは許容しづらいようだ。


「———ほう。これはまたずいぶんと楽しそうだな」


そんなところに声を掛けてきたのは『熊』。

正確には熊の獣人(ライカンスロープ)なのだが、2メートル近い筋肉隆々の大男とあっては熊としか言い表すのが難しい。

それでもどこか高級そうな制服を身に着け、堂々とした立ち振る舞いの黒髪の熊獣人をノアは直感的に冒険者(プレイヤー)ではないと感じた。


「相席、いいか?」

「拒否はしないけど、おもてなしするような食卓ではないってことは理解しておいて。飲み物は自分でとってきてね」

「はは、そりゃ仕方ねぇな。まぁいいだろう」


律義というべきか熊男が自分で水を取りに行くのを、カザジマが輝いた瞳で見詰めていたりするのには気が付いたがノアは何も言わない。

大人の男性の渋さというのを間違っている感は大きいが、彼の中身は筋肉のある壮年男性などが好みなのだから否定する必要も無いだろう。

アルナたち三姉妹やアコルも談笑を中断してこちらの様子を注視するのを感じつつ、戻って来た熊男がノアの対面に腰を下ろす。


「黒髪の女、か。お前がリッシュバルから来たっていう一行のリーダーだな?」

「一応、そういう事になっているかな」


リーダーの自覚はなかったが、まとめ役がノアだというのは間違いが無い話だ。

パーティの半数がノアの配下と言っていい存在なのだからそうなるのは必然だった。

そうでなかったとしてもアコルやカザジマは反対しなかったかもしれないのだけれども。


「色々と聞きたいことはあるか―――」

「そういうのはせめて名乗ってからにして」


返しながらも、ノアはバターを塗ったホタテ貝の焼き具合を確認して、十分だと判断してから小皿へと移している。

会話と食事、どちらに比重が傾いているのかは明らかであり、対面に座る相手にもさほど興味を抱いているわけではないという雰囲気。

もっとも、食事中に押しかけてくるような相手に敬意を抱くつもりが無いと態度で示しているだけであり、熊男の方も仕方が無いと苦笑を浮かべるだけではあったが。


「そうだな、気が急いちまった。すまない。俺は冒険者互助組織(ラタトスク)レーロイド支部長のゴルツだ」

「ノア」


放っておくと焦げつきそうな肉と野菜をいくつか小皿に確保して改めて熊男へと視線を向ける。

自己紹介が端的だったのは不機嫌だったわけではなく、単に口にするべき情報が無かっただけだ。

冒険者(プレイヤー)同士ならいざしらず、冒険者という立場もなし崩し的に得ていると言っていい状態なので進んで口にするのを躊躇った。

もっとも冒険者の肩書は相手も承知しているというのはわかっているのだが。


「それで、何が聞きたいの? お偉いさんがわざわざ足を運んでまで」

「そりゃ色々さ。差し迫っては『古代迷宮』とそっからの道筋の様子だな」

「ああ、それは気になるか」


ノア自身、大地震のような異変から一部が空に飛び立ったと推察される空の城を見たりと驚きがあったくらいだ。

別に隠すべき事でもなく、食事を進めながら迷宮(ダンジョン)に踏み入ってからの話を口にしていく。

立場の強い相手との会話だからか奇人怪人四人組は口を開くことなく肉を(ついば)みつつもその内容に驚愕を表情に浮かべたりもしていた。

三日三晩不眠不休で迷宮を彷徨い、爆炎と銃弾が飛び交う戦闘を繰り返し、罠を利用して何とか休息が取れたと思えば異変と偶然で分断され、地下に落ちての探索行。


「これが地下に落ちた時に書いた地図。正確性は微妙なところだと思うけど参考程度に」

「いいのか? 重要な情報だろうに」

「もう一度潜るつもりはないし、次に入った時に役立つとは思っていないから」


知られている一番下よりもさらに下層たる未知の最下層の情報は大きなものではあるのだろうが、再度探索するかと言われれば答えは否。

その情報も秘匿するには問題があるのだろうし、危険を冒して探索しても利益が出るのかというのには疑問があるのだからゴルツに渡してしまう方がマシというものだ。恩を売るという意味もあれば、情報の周知のためというのもある。


「それに、それ以上の深い情報は持ち合わせが無い。エルアドラスとは交戦したけど、遺跡の一部が空を飛んだ理由はわからないし」

「話を聞く限り偶然居合わせただけのようだからな。全てを信じれば、だが」

「証言の信頼性の判断は任せるよ。ただ、この件に関してはたぶん中で出会った『勇者』とかいう三人組か、それと敵対していた二人の方が詳しいと思うけど」


あちらは何らかの目的を持って迷宮の中に居たように見えた。であれば、偶然だとは考え難いところだろう。


「勇者、か・・・フベルタ教の奴か?」

「悪いけど、勇者を名乗っていたということしか知らない。冒険者がどこか外部の組織に所属しているとは考えなかったし」


同好派閥(ギルド)の制度を考えれば、冒険者が所属するのはやはり同好派閥(ギルド)ということになる。

それ以外の何らかの組織や集団に所属しているとしても、それを問い質すような必要性があるとはノアは考えていなかった。少なくとも、古代遺跡の探索中は。


「事情を知らねぇってならそうなるか」


話の先を促され、迷宮の破損具合や大穴などといった情報を口にしながらエビを口に運ぶ。

肉類も美味しいのだが、海産物もまた良いモノであり、イリスが作った特製のタレが旨味を引き立てる。

美味に頬が緩む姿はやはり食欲を誘うものがあるのだろう、熊男も知らずの内に息を呑んだ。


「な、なぁ。ご相伴に預かるってわけにゃぁ―――」

「二千」

「・・・そいつは、ぼったくりってもんじゃ―――」

「三千」

「増えてんじゃねぇか!」


勝手に食事に押しかけておいて図々しい、と冷たい視線を投げればゴルツとしても押し黙るしかない。

それでも肉が焼ける香りや美味しそうに食事を続けるノアや怪人たちの姿に堪え切れず、悔しそうにしながらも渋々大袋を取り出す。


「まいど」

「くっそ、覚えていろよ」

「事前に話を通していた一席ならともかく、そっちが勝手に座ったんだから恨まれる理由が無いな。自分がやられた時の事を考えてみなよ」

「・・・確かに。迷惑料と食事代を合わせた金額と考えれば安いくらいか」


嘆息吐きながら、箸と小さなトング、小皿を眼前に並べられて納得の表情を浮かべる。

個人用のトングを用意したのは彼が箸を扱えない可能性を考えてだったが、ゴルツが手にしたのは他のメンバーと同じく箸であった。

軽く感謝の言葉を述べながら肉を焼き、しばらく無言で見守ってから塩コショウで軽く味付けをして口にすれば唸る様に呟きが漏れる。


「・・・美味いな。こりゃあ解体も下処理も完璧って言えるもんだ」

「うちの子は優秀なんで」

「本来、シルバーファングってのは雪山でしか狩れないってのを考えれば凍っちまってまともに血抜きができず、味が落ちることも多いんだが・・・こんなに美味い肉なんだな」


ゴルツの言葉には小首を傾げる部分もあった。

鹿や熊なら現実の雪山でも狩猟が行われているが、それで味が落ちるというのは聞いたことが無い。

それは当然の話で、本来は血が凍りつくほどの低温な環境では生物自体が活動していないのだから前提からして比較するのが間違っている。

しかも凍るのが傷口だけで体内は別扱いになるというのだから、通常の獣とでは色々と違うということだろう。

また、シルバーファングの肉は毛皮や骨、牙などと比べられない程に、普通の獣以上に傷みやすく処理が難しい上に短時間で味が落ちるという特性もあって美味い肉が出回ることが無かったのだ。

ゲーム的なドロップアイテムには肉の類が存在しなかったということもある。


「街の周辺の林で遭遇したし、今後はそれなりに流通するんじゃないか?」

「可能性はあるか。・・・他には?」

「特には遭遇していないよ。細かく探索したわけじゃなくて通って来ただけだし」


納得したように頷きつつ肉を取ろうと箸を伸ばし―――その先にあった肉はカイミン茶が掻っ攫い、横の肉をてぃわバルーンが奪い取っていく。

思わず険しい視線を向けて注意が逸れた間にワラタケとミャッツが残りの肉を自分の皿へと持ち去った。


「ぬあっ!? て、てめぇら・・・!」

「焼肉は戦場なのだぁ~☆」

「ぶひゃ~! 戦いは非情なり~!」


煽る様に言う怪人とピエロの言葉に熊男が頬を引き攣らせる。

食材を提供している上に色々と感謝しているノアに対しては遠慮があるが、今までの会話や態度から偉い人というよりは食事を奪い合う戦友という扱いになったらしい。呆れを含んだ吐息を漏らしつつ、網の上が一掃されたというタイミングにノアは一度鉄網を退けて木炭を追加して仕切り直する。

追加で今までと違う部位の肉類をテーブルに並べ、自分は小皿の上の焼き上がったタマネギとピーマンをレモン汁で口に入れる。


「ったく。次は負けねぇ」

「ちょは~! 受けて立ったりするにょ~!」


さらに出て来た肉に安堵を漏らしつつも戦意を滾らせるゴルツと奇妙なポーズを取るカイミン茶の視線が交錯した。






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