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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
61/99

58 壁は常に見据える先に



一閃。


空を薙ぐ一刀の余韻(よいん)を引き摺りながら、淀みなく流れるように舞う。

刀というのは剣と比較すれば斬断に技量を有するとも言われている。

実際にはどちらが上というわけでもないのだが、叩き切る、のと、断ち切る、というモノの違いと言うべきか。

刃筋の立て方という意味では大差ないのだが、力一杯に叩きつけるように斬る剣と違い、刀は刃が接触した瞬間に引くことで摩擦によって斬断力を増す様に振るう。もちろん、そんな事をしなくとも剣と同様に圧力で斬り落とすことは可能ではあるが、切り裂く力という面で刃を引くという技術は重要になる。

この辺りは包丁で食材を切る感覚にも似ているかもしれない。力任せに押し付けるだけではダメなのだ。


「ふっ!」


それを体感として理解しているノアの振るう刃は弧を描く。

そもそも、人間の身体構造上、肩や肘といった関節を起点とした円運動が挙動の基本となるため、振るった武器の軌道が弧を描く事自体は難しくない。

しかし、それを幾度も、角度や方向を変えて重ね、かつ相手———想定上の仮想敵とはいえ―――に対して常に垂直に刃を立てるようにしながら、というのは中々に難しいものだ。

ノアも手首の返しの甘さや手に入れる力を入れすぎたり抜きすぎたりするたびに僅かに眉根を寄せて修正しつつ幾重にも剣閃を走らせていく。

これはテニスやバドミントンのラケットの握りや振り方を修正することに似ているのかもしれない。


「・・・っ・・・」


それらの斬撃を停滞することなく続けていくためには、当然のように身体の捌き方が重要になってくる。

舞うように、というのは身体に無理なく(とど)まることの無い動き―――という意味では、すでにノアは完成していた。

元々、プレイヤーが見るだけでも楽しめるくらいに完成されたゲームキャラクターのモーションとしての動きを身体が覚えていたのだから多少の応用から隙を極力減らしていけば難易度はそれほど高くない。

けれど―――


「―――これじゃ、ダメだな」


麗しき剣舞を中断して溜息を吐きつつ頭を振る。

この訓練している一連の刀技は自分とそれほど大きさが変わらないサイズで地面に居る相手にしか通用しないと古代遺跡で理解させられたからだ。

自分の倍以上の体躯を持つ相手や、宙を舞うエルアドラスのような相手に対してはまともな剣の技では対抗しきれない。

そもそも武術というのは対人用の技術であって怪物相手に十全に効果を発揮するものとは言い難いのだから。


さらに言えば、刀術を中心とした訓練をしている弊害もあった。

演舞のような連続性と速度の技は防御技能と一撃の威力を犠牲にしているという側面がある。

鋭さと回避技能である程度は(おぎな)えると言っても、刀以外の武器を扱った時にはこの欠点が大きく表出してしまう。

特にノアが苦手としているのは両足で踏ん張る様にして扱う類の大盾、武器としては槌や戦斧といった重量級の武器。

常人離れした身体能力で多少の重量なら槍などの比較的重めの長柄武器も振るうことが出来るが、重量そのものを武器とするようなものを苦手としている。


「・・・刀でも問題多いか。特に、空中での挙動。手の届かないところに弱点がある相手と戦うのなら跳ぶ機会も多いし、対策も考えないと。後は遠距離攻撃の方も課題だな」


攻撃・防御の両方の面で、だ。

空中では回避すら難しく、遠距離攻撃を回避した場合、後ろの居るであろうイリスやフィルに被害が出る可能性がある。

そう簡単に二人が致命的な被害を受けるとは考えてはいないが、だからといって無視していい問題ではない。

日課として一日千回刃を振るう事を課していたが、街に到着した事をきっかけに色々と見直しを試みていたわけだが、すぐにどうこう出来るものでもない。


「お疲れ様です」

「ありがと、アルナ」


ひと段落着いたと見たアルナが差し出してくるタオルを受け取り、苦笑を浮かべる。

アルナとしても旅の最中も模擬戦を含めて彼女との訓練は繰り返してきたが、それでもノアの美しい刀技は魅了されるものが在った。

すでに教えることは無い、とすら考えるくらいにはノアの技量はかなり高い―――というか最上級と言っていいほどの水準に達している。

一日たった千回の日課と実戦だけでこの短期間にその領域に到達したのだから、感嘆するしかない。

その上で未だ決して満足などしていないのだから頭が下がる。


「まだまだ、全然ダメだなぁ」

「技術に関して言えばすでに達人かそれ以上かと思いますが」

「まさか。『ノア』ならもっと上手くやれる」


その言葉にアルナは疑問を覚えたが、口に出す程ではない。

彼女にしてみればノアたちが口にする所謂ゲーム用語や()()()()の話はニュアンスこそわかるモノの正確には理解できない言葉の数々。

ノアの言葉の細部まで理解できないというのは彼女にとっての日常でもあった。


「それに・・・そうだな。アルナ、少しだけ立ち会ってくれない?」

「それはもちろん構いませんが・・・」


どこか含む様子のあるノアに、アルナは小首を傾げる。

旅路の途中でもあったため毎日というわけにはいかなかったが、模擬戦程度の手合わせはこれまでも何度も行っていたが今日はどこか違うようだ。

疑問は覚えるが、だからといって敬愛と親愛を溢れるほどに抱いている主の申し出に否を唱えるという選択肢はアルナには存在しない。

決まれば素早く装備を身に着ける。もはや二人には刃引きした訓練用の武器を用いる必要すらない。


「それじゃあ、行くよ?」

「はい、どうぞ」


すでに剣においては技量の差はほぼない。

ノアは刀を、アルナは剣と小盾を軽く構えるだけであっても一見して崩せるような隙は互いに見つからなかった。

それでも軽く体を左右に振りながら無造作に間合いを詰めてくるノアへと若干視線を険しくする。

別に不快だったというわけではなく、そういった挙動の全てがフェイントだったからだ。

アルナの眼で見ても完全に制することが出来るとは言えない幻惑の体技に思わず息を詰める。


(これは・・・初めて見ます、ね)


対面で見ると残像でも纏っているかのような動きをアルナは見たことが無かった。

実際には視線や体の動きで注意を分散させることで惑わすというものだというのは理解できたが、かといって攻略法はすぐには思いつかない。

戸惑っている間に間合いに入られ―――


「え?」


―――不意に盾を構えていた腕を掴まれた。

間合いを見誤った、というのは言い訳に過ぎない。

身体能力ではほぼ互角、振り払うなら武器で斬りかかるのが早いか―――などと思考が回ったのは一瞬。

次の瞬間には視界が回って、パタンと小さな音が響いてくる。


「あ、れ?」

「やっぱりね」


見下ろしてくる主の苦笑を見れば自分が転がされたというのは理解できた。

大きな衝撃ではなかったが足を引っかけられた感覚や背中の感触は今も余韻(よいん)がある。

痛みが無かったのは掴まれていた手を使って主が叩きつけの威力を制御したからだろう。

しかし、それでもなお『何故』という思いは強かった。


「ゲーム外の技能への対応力とか対人戦闘の技術はNPCたるアルナ達はあまり高くないんだろうね」

「対、人・・・?」

「人間対人間でしか使えない技術って言った方が正確かな?」


そこまで言われれば理解できる。

腕を掴むような微妙な絡め手、足掛けですら四足歩行の相手や重量差のある相手には効果が無いか、だいぶ薄い。

あのフェイントですら人間の視覚だから効果があるのであって、獣などの異なる眼を持つ相手には通用しないだろう。

アルナとしても実力差があるのならこんなに簡単に一本取られることは無いはずだが、ノアは迷宮(ダンジョン)での経験を経て急速に能力を高めた。


(剣なら互角、と思っていましたが・・・)


ノアが言うようにアルナの技は怪物(モンスター)に対してを考慮してのモノなのは間違いない。

少なくとも本人はそう思っているし、ゲームとしても細かなフェイントなどは設定されていない以上は対人技法に関して駆け引きも何もあったものではない。もちろん、ゲームとしての駆け引きは存在したが、それとは別物の技術だというだけの話だ。


「・・・お強く、なられましたね」

「こんな不意打ちは強さとは言えないよ。けど、これから先、こういう技術を使ってくる相手と対峙することが無いとは言えない」

「冒険者と、戦闘になると・・・?」

「あくまで可能性だけどね」


NPCという言葉を正確には理解していなくとも、盗賊や騎士といった人々と自分たちといった存在の事を指すのだと何となく理解している。

そこから推察すれば、騎士に敵対するとしても技巧の種類はアルナたちと大きな差が出来るようなことはないだろう、と判断でき、残る『人』の敵となり得る存在は冒険者たちだと判断することが出来た。

アルナにとって未知の技術を一足先に体感できたのだから、良かったことのようにも思うが―――。


「問題は今のが子供騙しにしかならないくらい上の技量を持つ相手と対峙した時、だね」

「そのようなこと・・・あり得るのでしょうか?」

「断言できない以上は憂慮しておいた方がいいだろうね」


それも考えればまだまだ足りない、と零すノアに畏敬の念も沸いてくる。

油断も慢心も無い姿はとても輝いて見えた。


「ノア様。こちらの作業は終了しました」

「ありがとう、イリス。それじゃあ、準備して行こうか」


助け起こしたアルナと呼びに来たイリスを伴って身支度と荷物を整えて私室(マイルーム)を後にする。

その際に何故か三人一緒に汗を流すという名目で入浴したりもしたせいでかなり時間が掛かったが。

部屋の扉を潜れば、そこはホテルのような通路。冒険者互助組織(ラタトスク)レーロイド支部の四階。

この建造物は複合施設となっているようで、宿泊施設も兼ねており、その一室をノアたちが借り受けているという状態だ。

借りると言っても冒険者(プレイヤー)は無料で使用できる施設なので大きな問題は無く、実際には部屋ではなく『扉』だけ使用している。

そういう事情は冒険者互助組織(ラタトスク)側も理解しているのか、この通路に並んでいるのも扉だけでその奥には部屋が無いのだった。


「それにしても、不思議な感じだなぁ」

「そうですか?」


苦笑を浮かべてアルナに頷きを返す。魔法の鍵を使わなければ扉を開けても壁しかないのだ。

こんな場所を造って何に使うのか、と問われると事情を知らなければ答えることはできまい。

そこそこのランクのホテルのように絨毯の引かれた通路ではあるが、この施設にはエレベーターが存在しないために階段で下へと降りていく。


「じゃあ、さっさと終わらせよう」


一階ロビーは水の街と大きな違いは無く、依頼(クエスト)手続きと素材などの買い取りを受付るカウンターや依頼ボードなどが設置されたホールとなっている。

それぞれの街の一階が似たような作りになっているのはゲーム的に分かりやすいから、というのも大きな理由の一つだろう。

ただでさえ施設の場所を覚えないといけないのに、施設内の配置を毎回覚え直すのはプレイヤーのストレスにもなるのだから。


そんなわけで迷うことも無く三人揃って別々に買い取りカウンターで手続きを行う。

水の街からここに辿り着くまでに貯め込んだ換金用にしか使えないアレコレを処理していく。

三人で行うのは単純に量が多かったから。さすがに保管庫が窮屈になるほどの分量は一人では運び込めなかった。

量があるにしては処理するのにかかった時間は二十分ほどで済み、かつ想定以上の金額となって返ってくる。


「妙に高い気がするけど」

「いえ。ここ最近はこれほど丁寧に処理された物は持ち込まれないことも多く、こちらとしても困っておりましたので」

「こっちも高騰しているってことか」


安堵の微笑を浮かべる受付を担当しているお姉さんと雑談しつつ6つの小袋を受け取る。

これは六人編成(フルパーティ)で報酬を分配する際のちょっとしたサービスということらしい。

人数を伝えれば均等に分けて袋に分けてくれるというのは確かに便利な話ではある。

清算を済ませて、隣接する雑貨店で必要な物を買い、ホールの奥へ進んでいく。


水の街・リッシュバルにあったカフェテラスのような休憩所の一角は―――何故か焼き肉店のような作りとなっていた。

備え付けのテーブルの真ん中には炭鉢が備え付けられており、普通にお茶をするには不向きでしかないと思える。

もっとも専用の蓋をすれば普通のテーブルにも使えるし、この区画で休息しようという冒険者(プレイヤー)はかなり少ないようだ。

理由は複数あるようだが、大きいモノではこの場所を満足に使うには結構な資金が必要になるということだろうか。


「あ、来た来た☆ ノアちゃん様~☆ こっち~☆」

「椅子の上で変なポーズ取るなよ」


ノアが嘆息吐くと道化師は細長い風船を膨らませて、何故かバルーンアートを始める。

イスに立ったままだったので軽く叩き落としてやるとテーブルに風船ごと額をぶつけて破裂音を響かせたが。


「ふぉっひゃ~! ノアちゃん様、危険人物!」

「はいはい」


怪人カイミン茶が叫んでいるがまともに相手をする気にはならず、隣の席を占拠しているアコルの苦笑いもあって肩を竦めるだけで留める。

一席6人掛けの席なので奇人怪人の席とは別にもうひと席がだったのだ。カイミン茶たち四人と残りで分かれているわけなのだが、アルナとイリスは未だ来ておらず、フィルとカザジマは暇そうに何やら話している。

本来ならフィルたちの方に行くところなのだが、ノアは呆れつつもアコルに先ほど得た小袋を二つ渡してから呻き声を上げているピエロの横に腰を下ろす。


「ほら、とりあえずこれ」


投やりに言いながら奇人怪人たちの前に小袋を放り出した。






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