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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
60/99

57 虚笑の裏に



「うわぁ・・・!」


野太いおっさんの感嘆の声に、ノアは思わず言葉に詰まった。

林を抜けた先に広がる雄大な光景は心に訴えかけてくるものが在るのだが、それ以上に周囲の奇人怪人の存在に妙に冷静になってしまったからだ。

二つの山に挟まれる様な位置取りに広がる明るい色合いのレンガ造りの街並みはその全容をして壮大な雰囲気がある。

ノアは正確には記憶していなかった事だが、山間からは雪解け水が川となって街側へ流れており、いわゆる扇状地に存在しているというのが遠巻きに観察したことでわかった。


(普通だと地盤が緩かったりしそうだけど、どうなんだろう? 術理(ルーン)を考えれば何でもありな気はするけど)


思いはしても専門にしているわけでもなく、あくまで素人考えだというのもあって余計なことから思考を切り替える。

つまり脳内に浮かべたゲームの時の光景との差異がどの程度あるのか、どれほど意味があるのかを吟味(ぎんみ)する方向へ。

例えば見覚えのない区画。例えば防衛力の高そうな防壁。例えば街中を通る水路の数。

遠巻きに観察するだけでも多くの違いを覚えるだけに、何か特別な変化が起こっているのかどうか、というのは判然としない。


「・・・これだけじゃあ、敵の出現ポイントの変化の理由はわからないか」

「さすがに街を一望した程度では厳しいですね」


アルナの言葉に苦笑を浮かべて同意する。

そもそも、街に原因があるとは限らないのだから把握できるはずもないのだが。


「おそらくって話にはなるがブレベルナの方で起きてる天変地異のせいだろうたぁ思うがな」

「天変地異?」


苦笑を浮かべて低い声で言う毒キノコ。

ブレベルナは眼前の街レーロイドとは雪山を挟んだ向こう側に位置する三番目の街の事だ。

設定的には穀倉地帯ということになっており、印象に残っているのは広大な小麦畑と風車の光景。


「どうも、向こうじゃ雪が降るほどに寒くなってるらしいぜ。そのおかげで、変な奴らもこっちに来てるくらいだ」

「急激な寒冷化、か。それは作物を作る上では問題がありそうだけど・・・変な奴らっていうのは?」

「勇者だよ、勇者」


苦々し気な言葉にノアは小さく目を見開く。

勇者というのは普通に考えれば利益を与える存在だと思うのだが、それが奇人に変な奴扱いされている事には驚きがある。

しかし、脳裏に浮かんだ三人組の事を思えば否定できるものでもないのだが。


「まっ、言葉通りの意味じゃねぇな。ブレベルナの何とかって宗教が勇者だって言い張ってる冒険者(プレイヤー)ってだけだ」

「宗教なんてものもあるのか。いや、普通に考えればあってしかるべきなんだろうけど」


ゲーム内では示唆(しさ)されることはあっても大きく取り上げられることの無かった内容ではある。

もっとも、プレイヤーがゲーム内の架空の教義に思い入れを抱いて戦意とするのは難しいので、出て来たとしても邪教だとかの敵側の要素にはなっただろうと思うのだけれど。現実に存在する宗教を持ってくるのはさらに問題がある。

しかし、多くの人々が命の危険のある場所で生きていると考えれば、心の支えにもなり得る祈りの先が存在するのは不思議ではない。

現代で生きていても、困った時に神や仏と口にしてしまう事があるのだから、より切実な環境と考えればなおのこと。


「しかし、一つの宗教団体が勇者を勝手に擁立(ようりつ)していいのかな?」

「でぇ丈夫なくらいに大きな派閥ってことなんだろぉたぁ思うがな」

「それはそうか」


下手に文句が出てこないくらいには勢力として強いのだろう。

だからといって『勇者』なんて称号を与えて何かを行おうというのだから不信感は大きい。

元々、そういう教義だったと知っていれば話は違うが冒険者(プレイヤー)を指名している時点で小首を傾げるところではある。

プレイヤーにそういった立場差を設けるのなら事前に順位付けのための何らかのイベントやら告知が運営からあるのがゲームとしては普通だろう。


(あとは選ばれたのが運営()側の―――開発スタッフとかテストプレイヤーとか、かな?)


そう考えれば面倒そうには思うところであり、関わり合いになりたくない。

微妙な表情を浮かべたノアに同意するようにキノコ怪人ワラタケも大きく頷いた。


「そう思ってる奴ぁ、別にお前さんだけじゃねぇ。まっ、勇者の奴らの評判が悪いってのもあるがな」

「民家に押し入って勝手に箪笥(たんす)(あさ)ったりしているとか?」

「・・・」


冗談のつもりだったが苦々しい表情で顔を背けるワラタケの様子を見れば、実情は推して知るべし。

それはゲームが違うだろう、と思っているのはノアだけなのか他の人々も同じなのか。

どちらにせよ、深く関わりたくはないとしか言いようがない。


「いや~、てぃわちゃんもびっくりびっくりだよ☆ すっごい人も居るんだよね~☆」


感情の読めない薄笑いで風船を膨らませたと思えばこちらへ飛ばしてくる。

一閃———するよりも早く、炎がソレを燃やし尽くして焼滅させた。


「お~、凄い、凄いねぇ☆」

「・・・ん」


道化師は楽しそうに、背中の守護妖精となっているフィルは不機嫌そうに視線を交わす。

何と言うか、この二人の相性はあまり良くないのかもしれない。

最も、てぃわバルーンのふざけた態度はあくまで表面上でしかなく、だからこそアルナやイリスは特に気にした様子を見せていないのだが。

おどける様子を見せつつも視線は周囲を鋭く観察し、油断した様子を見せないのだからかなりの熟練度を感じさせる。

少なくとも水の街で共に居ることの多かった同好派閥(ギルド)『異世界サバゲ部』の面々よりは上だろう。

今現在の力量がどうなっているのかは不明だが。


「あはは・・・一応、ボクたちも狩りやダンジョン攻略の経験があるので」

「へぇ? 鉱石迷宮(ダンジョン)かしら?」


ノアの視線の意図を感じ取ったのか化け猫ことミャッツが口を開けば、わざわざ胸元を強調するように軽くしゃがみ込んでアコルが問う。

見様によっては背の低い彼に視線を合わせるためにも見えなくもないが、体毛の上からでもわかるほどに顔を赤くしてそっぽを向く猫の姿を見れば色々と理解できるというもの。わたわたとしながらもチラチラと双丘の狭間に視線が吸われる様は、からかわれているだけと考えると哀れにすら感じる。


「そ、そうです! 金策のために何度か・・・」

「金策が必要になるほど資金に余裕が無いの?」

「ふょっは~! 物価が上がっちょりのだ~!」


妙なテンションの怪人・カイミン茶が叫ぶように言う。

その言葉にノアは肩を竦めた。


「まぁ、穀倉地帯に異常気象で被害が出ているなら食料関係の値段が上がるのは普通だろうけど」

「ワレらがノアちゃん様ほど貯め込んでいにゃ~! ってな具合もある!」

「自慢する事じゃないと思うけど」


何故か胸を張った決めポーズのカイミン茶に溜息を一つ。

ノアが資金をため込んでいたのは、実質一人で四人分の装備を揃えるために備えていたから、という面が大きい。

アップデートが来る毎に全員の装備を更新するには、直接的にではないが莫大な資金が必要になってくるからだ。

それなりに交友がある相手ならその辺りの事情も大体は知っており、チャットで何度か会話した程度の相手は知らないのだが。

共にダンジョン攻略をしたこともあるカイミン茶たちは前者に当たる知り合いということになる。

後者は始まりの街に近づくほどに増えていくはずだが、レーロイド付近では居ないと言ってもいいだろう。


「ちょ~もきゃくぅっ! ワレらは日々の食事のちゃめに、毎日のように狩りに出ているぅっ!」

「でしたら、獲物を狩ってから戻ってくればよかったのでは?」

「「「「・・・」」」」


奇人四人組はお互いに顔を見合わせる。

固まったのかと思えば徐々に顔色が悪化していく。


「ののの、ノアちゃん様ぁっ!? ・・・って、ありょ?」


足を止めていた怪人たちを無視して歩き去ったために、すでにノアたちは結構な距離を遠ざかっていた。

彼女は背後に軽く手を振って激励を示しながらも歩みを止める様子をまるで見せない。


「うっわ~☆ ノアちゃん様、きっちくぅ~☆」

「そんなこと言っている場合!?」


楽しそうに言うてぃわバルーンにミャッツが悲鳴じみた声を上げる。

しかし、彼女は構うことなくピョコピョコとどこか不思議な足取りでノアたちを追いかけていく。

思わずミャッツが他の二人の顔を覗ったのは、自分一人で狩りを行えるほどの力が無いから。

彼らは四人だからこそ安全に戦えてきたのであって、単品で圧倒的な能力がある訳ではない。

だからこその確認の視線だったのだが―――


「にょっはぁ~! ノアちゃん様ぁ~! お慈悲をぉ~!」


カイミン茶が奇声を上げて道化師の後を追えば、毒キノコも嘆息を吐く。


「ったく、仕方ねぇな」

「どうする?」

「どうもこうもねぇよ。オレらだけで何ができるでも無し。戻んぞ」


やけっぱちとでも言うべきか投遣(なげや)りに零してワラタケが歩き出せば、ミャッツとしても一人残るわけにもいかない。

独りで街の外をうろつけるほどの能力があれば山越えをしてもっと安全に生活できる場所に行くか、先に進んで元の世界に帰る方法を探したりといった行動を始めている。もちろん、それで本当に帰ることが出来るのかはわからないが、それでも何か行動を起こしていたはずだ。

それも出来ずにこの場所に居る時点で度胸と能力が足りていないのは明白だったが。


「ふふ、酷い事をしちゃったかしら?」

「狩りで得られる金額なんて(たか)が知れていると思うけど」

「でしょうねぇ。私たちも挑戦はしたけど、獣の解体はあまり上達しなかったもの」

「技量が十全でも、処理できる量も限られれば持ち運べる量も多くないだろうし、冒険者(プレイヤー)的には微妙だと思う」


自分で食べる分の肉を確保すると考えても、だ。

アコルの言うように中断させてしまったとは思うが、ノアはそれが悪かったとはさほど思っていない。

解体などの最中にも襲われる命懸けの狩猟で得られる資金や素材で雀の涙の金銭を得ても長くは続かないだろう。

それを理解して続けるというのなら勝手にやればいいと思って、特に気にすることも無く足を止めなかった。


「きゃっは~☆ や~っぱりノアちゃん様は鬼姫さまなんだよね~☆」

「そう思うなら、狩りを続ければいいだろうに」

「いや、それは無理かな」


追い付いてきたてぃわバルーンはおどけるように言った言葉に対するノアの返答にスッと表情が抜ける。

直前までの作った笑みとの落差に、アコルやカザジマはぎょっとして彼女の顔を見据えた。


「元々、無理があったんだよ。てぃわたちには獣をさばく技術もないし、敵を倒せてもまともに剥ぎ取れもしない」

「そりゃあ、猟師の経験でもあれば別かもしれないけど、一般的には難しいだろう」

「だね。もうフザケテ誤魔化すくらいしか出来ないくらいに、追い詰められちゃった」


浮かぶのは歪んだ痛々しい笑み。

彼女がどれほど追い詰められて限界であったのか察することが出来るくらいに。


「レーロイドは鉱山街って設定だけに受けられる依頼も、坑道っていう名の迷宮に潜る必要があるか」

「そんな感じだね。正直、水薬(ポーション)とかの消耗品で依頼達成の報酬なんてほとんど消えちゃうから、狩りの方にシフトしたんだけど・・・」

「上手くいかなかった、か。そもそも、狩猟じゃ首尾よく行っても収入は微妙なところだと思うけど」


現実ではともかく、ゲームの常識で言えば雑魚を数匹狩ったところで大した収入にはならない。

ノアが不自由なく生活できるのは優秀な三姉妹のおかげであり、多くの冒険者(プレイヤー)私室(マイルーム)で食事を自分で用意することもままならないのだ。

それであれば作成済みの食事を買うことになるのだが、これが敵を一匹二匹倒した程度では(まかな)えるような金額では売っていない。物価の高騰(こうとう)もあればなおさらに。

敵にしても解体して剥ぎ取った素材を売却しないと資金にならない、ということも大きな枷になっている。


「レーロイドは特に厳しいかもね。周辺環境が最も厳しい場所だって言っても過言じゃないし」

「こっちの林もそうだけど雪山の方はとんでもないし、もう少し奥地の森もあっちはあっちでとんでもないし。あと、日帰りってわけにいかないから・・・」

「採取目標も鉱石がほとんどだろうし、植物関係も簡単に入手できるモノは多くないだろうからなぁ」

「一応、きのことか山菜とかはあるよ? 獣狩りと似たようなものだし、林や森を彷徨(さまよ)うことになるけど」


どちらが楽か、と問われると微妙なところなのだろう。

採取をするにしても危険区域を歩き回ることになるのなら戦闘は必須だし、一匹獲物を仕留めるのと複数個所できのこや山菜を摘み取るのではどちらが安全なのかはわからない。結局、ゲームにおける『冒険者』という役割を継続して背負っている以上は危険と隣り合わせで生きていくしかないのだ。

少なくとも今のところは、だが。


「別の収入源を考えるにしても時間が掛かるだろうからなぁ」

「料理とかちゃんとできればお店とか出しても良いと思うけど」

「それは止めた方が良い。国にも街にも飲食店に限らずきちんとルールがあって、管理している組織がある。ちゃんと交渉してからじゃないと無駄に(いさか)いを起こすだけだよ」


その辺りは水の街で確認してきたことだった。

特に商人関連と冒険者互助組織(ラタトスク)に関してはある程度の情報収集を済ませてある。

勝手に露店なんて出そうものなら騎士団を含めて複数の組織に目を付けられるということが理解できるくらいには。

ノアの言葉に返ってくる深いため息には絶望にも近い雰囲気が宿っていた。


「無理、かぁ~」

「まぁ、こっちは疲れているから宿を優先するけど、色々考えてはみるよ」

「さっすが、ノアちゃん様☆」


どこか信頼を滲ませるてぃわの声音にノアは苦笑を返した。






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