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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
58/99

55 奇妙な遭遇



四番目の街『レーロイト』まであと少し。

正確な距離は不明だが本日中に辿り着けるだろうと考えていたところに響いてきた奇声に、思わずノアたちはお互いに顔を見合わせた。


冒険者(プレイヤー)かしら・・・?」

「人の声のような気はしたから、可能性はあるとは思うけど」


街の外でNPC()()()人々と遭遇することはマズない。

ゲーム的にもフィールドに一般人や兵士が常駐する場所というのは数か所―――初心者入門(チュートリアル)を含めて記憶にあるのは3か所―――程度。

今までの旅路でも旅商人どころか冒険者(プレイヤー)と遭遇したのも迷宮内での一度だけだった。


(まぁ、ここまで徹底的に『人』に出くわさないってことは何か理由があるんだろうけど)


そもそも通って来た道筋が街道としては疑問に思うような危険度のものだ。

一般的な商隊やら出稼ぎ、あるいは兵士のような戦う力がある人々であっても歩くのが困難だと思うほどに。

物流の概念が完全に死んでいるとは考え辛いのでなおの事。


「・・・とりあえず、警戒しようか。あんな声を上げるような何かがあったのだろうし」

「助けを求めているとかは・・・」


カザジマの言葉にノアは嫌そうに顔を歪めて小さく頭を振った。


「手を出す気はないよ。街の周辺は強敵が少ない筈だし」

「え? でも・・・」

「実力不足なら街に逃げかえればいいだけなんだし、変に手出しする方が問題だと思うけど」


戦闘中に横やりを入れて良い事が起こった記憶があまりにも少ない。

ゲーム的な思考としても獲物を横取りするような真似は避けるべきことだ。

合流したところで協力できるとも限らないし、開けた場所ならともかく、土地勘のない林の中で乱戦になればむしろ足を引っ張る可能性すらある。


「普通に進んで遭遇した時は対応するけど、特別な行動を取る必要はないかな」

「そういうもの、なのかなぁ・・・?」

「まぁ、正義感が薄いのは自覚しているけど」


困っている人が居れば手を貸さずにはいられない―――なんてことはノアとは無縁だ。

泣いている子供を見れば声を掛けてしまうかもしれないが、同じ立場である冒険者(プレイヤー)は基本的に自己責任だと考えている。

たとえ中身が小・中学生だったとしても、だ。


(むしろ、そういう相手の方が面倒な気しかしないなぁ)


冒険者(プレイヤー)は明らかに常人以上の能力を有している。

それを幼い思考のままに振るえばどうなるのかは想像に難くない。

もっとも、誰にも止められない程の最強の存在ではないのだから捕縛されるか、利用されるか、ロクなことにはならないだろうが。

迷宮内で遭遇した三人組もノアからは理解しがたい行動を取っていたことを何となく思い出す。


「目視圏内なら話は違うでしょうが、十分に理解していない地形で無暗に歩き回るのは危険です」

「・・・だね。道を外れて林の中をうろつく事はしないよ」


周囲に鋭く視線を投げているアルナの言葉に頷きを返して、イリスに左腕を開放してもらう。

移動中ということもあってすでに戦闘衣を纏っており、腰の佩く刀が抜けるようにしておけば準備は整う。


「ちぇりゃぁぁぁあああい・・・!」


再度響いた奇妙な叫び声に、それぞれ林の中へと視線を投げる。

森、と言うほど木々は密集していないが、かといって広く視野が取れるというわけでもない。

見通しもそれほど良くないために声の発生源は確認できなかった。


「・・・アルナ、壁」


しかし、別の存在を視認することが()()()()できた。

小さく呟く様な指示にアルナは疑問を抱くこともなく瞬時に応える。

ノアの眼前に現れた半透明の防壁が展開された、と思った次の瞬間には衝撃音と共に「ぎゃんっ!?」と悲鳴が上がった。

弾き飛ばされ、地面へと転がったのは金属光沢にも似た輝きの白銀の体毛を纏い、剣のような鋭い牙を持つ大きな体躯の狼。


「シルバーファング・・・!?」


アコルが驚愕の声を上げる。

狼の姿をした敵キャラクターは何種類かいるが、実装されていた中でもかなり上位に居るのがシルバーファングだ。

この系統の敵としては水の街周辺の狼エネミーよりも一体ずつの質が高く、一度に出現する数が少ない。

しかし、この相手が強いと評価される理由は、(ひとえ)に出現場所の環境の影響が大きいだろう。


「え? え? なんでこんなところに・・・?」


戸惑った様子のカザジマの反応は、この林に銀の狼が普段は出現しないことを知っていたからだ。

本来、シルバーファングは街の先の雪山に出現し、雪の上というプレイヤー側が行動制限される場所において、移動速度が落ちない素早い敵なので厄介という評価がある。

また、体毛の色合いの関係で吹雪などの―――画面が見づらくなる環境で、保護色となる体を利用して奇襲してくるということも理由として挙げられるだろう。


「こんな林じゃあ、あまり保護色は効果が無いけど」


呟きながら、眼前の壁が消えると共に一歩踏み出して地面に転がっている狼へと刃を振るった。

抜刀による一閃。鍔鳴りが耳に届いた時には首が斬り落とされて、ずるりと崩れ落ちる。


(それにしても・・・)


周囲の色彩に紛れ込むことはできずとも持ち前の運動能力による移動速度を見切って、視覚でシルバーファングを捉えたのはノアとアルナだけだった。

イリスやフィルは視覚以外の―――音や気配で察していたようだが、それにしても本来はレベル差のある相手を目で追いきれないというのはどうなのだろうか。

出くわした場所を考えてもゲームの時とは違う種族か強化個体と言う可能性も考えられた。


「―――イリス、支援をお願い」

「一匹だけ、というわけにではありませんか」


イリスが僅かに瞳に険しさを宿し、しゃらんと音を立てる奏杖を振るう。

音の波紋と共に広がる淡い翠の輝きがノア達を包み込む。


「アルナ、左の3匹を。右はこっちで」

「わかりました!」


勢いよく返答するアルナが前に進み出るのを横目に眺めつつ、ノアもゆるりと歩を進める。

そんなノアの洗練された所作に思わずアコルが目を見開いて視線を投げた。

ホンの少し前とは明らかに違うとわかるほどの挙動。

滑るような足取りも、余計な力が抜けた完全な自然体も、どこともない虚空を見詰めているようで広い視野を保っている視線も。


(何よりも雰囲気がずいぶんと違うわ、ね)


気負いが少ないのは前からだったが、アコルの目には今の彼女の動きはどこか惹きつけられるような熟練した体技として映った。

そんな視線の先で数歩進み出たノアが小さく吐息を漏らすのとほぼ同時に茂みの中から、木々の狭間からシルバーファングが飛び掛かってくる。

しかし、ノアは別段どちらかに視線を向けるでもなく、視線を彷徨(さまよ)わせたまま刀の柄へ手を乗せた。

軽く体を振るようにして二体の爪や牙を極小さな挙動で避けた―――と思った瞬間には着地したはずの狼たちの首がポトリと落ちて体が倒れる。


「・・・え?」


アコルの口から思わず困惑の声が零れたのは、刃を振るったのが欠片もわからなかったからだ。

抜いた瞬間はおろか剣閃もなければ鍔鳴りすらも無かったために何が起こったのかも理解できなかった。

いや、結果からの推察はできたのだが、それにしても以前との差異が大きい。

何がどう、と明確にはアコルにはわからないのだけれど。


「? アコルさん、どうかしました?」


唖然とした様子で見詰めてくる彼女に対して、ノアは柔らかく微笑んだ。

同性であるのに見惚れてしまい、頬が熱くなってしまうほどの魅力的な笑み。

元々の作りの良さは当然としても、何がそれほど心を揺さぶったのかわからない。


「な、何でもないわよ?」

「それならいいですけど。あまり油断はしないでくださいね」


棒立ちになってしまっていたアコルが気を取り直したのを確認しつつノアは再度周囲へと視線を走らせた。

最初に襲ってきた2体とさらに追加で二体が今のやり取りの間に地面へと転がっている。

シルバーファングは生物としては素早い相手ではあったが―――


(―――銃弾の雨と比較すれば随分と遅いからなぁ)


攻撃の嵐を(さば)き切るために極限ともいえるほどの集中状態をかなりの時間継続した。

その後遺症とも言えるのかもしれないが特に動体視力、そして体技が極端に向上した。

最小限の動きで雨あられと撃ち出される弾丸を回避し受け流した経験から、ノアの挙動の無駄が排除されたのだ。

結果、意図して鍛えていた摺り足や体術の能力が成長したのは当然だったのかもしれない。


「・・・終わり、かな? とりあえず、だけど」


不自然な小梢の揺れ音、押し殺すような呼吸音や獣の匂いも感じ取れなかった。

ノアの言葉を肯定するようにアルナが頷きを返し、未だ背中に張り付いたままのフィルも小さく頷く。


「お姉ちゃん、凄い」

「そう?」


ほとんど揺れすら感じないほどの身体の動かし方は背中に居たフィルにしても賞賛しか出てこない。

頭の位置が上下しない、不要に左右へ揺れない、急な加速や停止をしないというのはそれほどに難しいことだ。

抜刀における際の体重移動すらも自然に行えるほどの技量は達人の中でもかなり上位に位置するモノだろう。


「・・・負けないように、頑張る」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、この程度の相手じゃ物差しにもならないでしょ」


くっ付いたままに気合を入れる妖精に、ノアは苦笑を浮かべる。

それから狼の遺体へと視線を向けるが、流石にこの場で解体を行うのは躊躇(ためら)いを覚えた。

街まで近い上に血の匂いで再度襲撃されたのではたまらない。


(例の奇声の主も近くに居るだろうし、変に遭遇したくない)


かといって、血抜きもしていないのに霊倉の腰鞄(アイテムバック)に入れるのは少々気が引ける。

水の入ったコップを入れると中身がどこかへ消える事を考えれば中に入れておけば血も抜けるのかもしれない。

しかし、もしも他の物資が血塗れになったら後で悲しい気持ちになるのは確実で。


「・・・マスター。私が保管しておきます」

「え? あ、うん・・・じゃあ、お願いするね」


アルナがそう言うので、どうするのだろうと思うと彼女は躊躇なくその場に『扉』を造る。

外枠と扉だけのソレに手慣れた様子で魔法の鍵を突き刺し、扉を開いたと思うとすでに待機していたイリスが狼の遺体をいそいそと担ぎ込む。


「・・・ああ、なるほど」

私室(マイルーム)に担ぎ込めばいいのか。そもそも霊倉の腰鞄(アイテムバック)ってあまり大きな物は入らないし)


入り口がウェストポーチよりもやや大きい程度なのでしまう事のできるサイズには限界がある。

ノアの身長よりも大きな体格の銀狼を入れておこう、なんていうのはそもそも不可能だ。

私室(マイルーム)には旅を始めてから必要となったので解体用の部屋も増設していたので大きな問題もないだろう。


(家の内装を自由に弄れるのはやっぱり卑怯というかなんというか。いや、アルナの能力あってこそなんだけど)


屋外でも気軽に拠点へと帰還できる能力は便利が過ぎる。

もちろん、扉を維持するためにアルナは外に居ないといけないし、破壊されて中に取り残されるということもあり得るので護衛役も残る必要はあるのだが。

デメリットを考えたところでどう考えても利点の方が圧倒的に大きい。

内装変更も所持しているアイテムの残量を考えれば、無限に、というわけにもいかないのだが、広さもある程度自由だと考えれば破格すぎる。


「終わりました」

「ありがとう。イリス、アルナ」


どうやったのかは不明だが、まるで血に汚れた様子の無いイリスが微笑んで一礼し、アルナは魔法の鍵を回収して扉を消しながら一つ頷きを返す。

今までは獲物は基本的にその場で処理していたので、今後はこういった手段を用いても悪くは無いのかもしれない。

とはいえ、周囲の目を気にする必要もあれば、私室(マイルーム)の許容量にも限界があるわけだが。


「―――ふぉりぉぉぉおおおお・・・!!!」

「きゃぁぁぁぁあああ!?」


奇声とおっさんの野太い悲鳴が同時に響き渡った。

その瞬間にはひらりとノアがカザジマの前へと進み出ている。

思わず、といった具合に振るわれた戦槌(せんつい)を鞘で打ち払う


「ふぁりょぉぉ!?」


茂みの中から飛び出してきた奇声を上げる『生物』をノアは嘆息交じりに睥睨(へいげい)した。









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