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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
55/99

52 追い縋る影



がしゃ、ぎし、がらん。


奇妙な金属音が響いてくる。

未だに熱が残り火と共に揺らめく通路の向こう。

その影はゆっくりとした足取りで、けれど確実に近づいてくる。


「―――・・・本気、で?」


その異音に気が付いたノアは思わず疲れた吐息と共に頬を引き攣らせた。

信じたくないという想いを抱きながらも、ゆっくりと振り返りながら腰元の刀へ手をかける。

ほとんど無意識に地面を転がる際に納刀していたのだから、すいぶんと手に馴染んできたのだろう。

そして、視線の先には赤熱した人型の存在が一歩一歩、踏みしめるかのように重い足音を響かせて姿を現す。


「エルアドラス・・・!」


驚愕の言葉を落としつつも、イリスは即座に奏杖を構える。

けれど、そんな彼女を制すようにノアは軽く視線で指示を出して半歩前へ出た。


「こんな通路じゃ、まともに戦えない。先に退路を確認して」


何をする時間を稼ぐにも今の二人組(ペア)なら、どちらが前に出るかなど決まり切っている。

返答する間も無く踏み込みから流れるように抜刀。

疾風のような一閃ではあったが、ノアは苦い思いを抱く。


(鞘引きが――― 自分で解かるくらいに動きが鈍い・・・!)


舌打ちでもしたくなるほどのキレの無さを嘆きつつも、条件は相手も似たようなものだった。

ギシギシと不安定な軋む音を響かせながら振るわれた赤い剣と蒼い刀身がぶつかり合って甲高い音を響かせる。

打ち合う相手はボロボロ。何が爆発したのかは正確には理解していないが、金属の体は赤く熱を宿して陽炎を纏う。

暴発したのかミサイルポットは内側から弾け飛んだように破損しており、ガトリングは銃身が曲がって使い物にならないようだ。

背後の翼は何本かが折れて、全体的にバチバチとスパークを放ち半ば機能していないようにも見える。


(それでも、押し切るのは厳しいかっ!)


そもそも重量差のある相手を押し返す程の能力は無い。

怪我と消耗の具合もあって、常人よりは遥かに強い肉体とあっても金属の塊を跳ね除けるには至らないようだ。

かといって、大人三人分程の広さの廊下は自由に飛び回れるほどの空間がある訳でもないので、一撃で致命となり得るノアは分が悪い。

質量差を考えれば単純な突進(チャージ)ですら死の危機に陥る可能性がある。


「っ! イリス! 後ろを・・・!」

「わかりました!」


排熱口が変形してしまっているのか、エルアドラスから漏れるのは妙な高音。

耳障りで不安定な(つんざ)く様な異音は、どことなく不穏な雰囲気を伝えてくる。

今にも爆発しそうな、という感想と共に冷たい汗が背筋を伝う。

かといって、二人揃って背を向けて逃げるには相手の機動力がどの程度削れているのかが不安だ。

行き止まりに追い詰められて金属の身体による押し潰しなんて状況になれば回避は難しい。


(少しでも、相手の足を止める!)


理想は他の敵の居ない広場に出ること。

明確に狙われている以上、どこかで完全に倒しておく必要がある。

そんな風に考えながらも。幾度も刃を交わしながら競り負けて徐々に後退せざるを得ない。

力任せに振るわれる剣を鞘を盾に防ぐが踏ん張り切れずに背後へと転がる。


(想像以上に・・・全身の力が入らない・・・満足に足止めもできないか・・・っ!)


十分に休息を取った―――と思っていても、徹夜での三日間過ごした後にかなりの高さからの落下。

出来得る限りの余裕を持った行動を心掛けていたとはいえ、ダメージも疲労も抜けきっていなかったのだろう。

それがエルアドラスの戦闘と爆発によって受けた痛手によって表出してきた。

それだけの事ではある。あるのだが。


「・・・ノア、様・・・」

「何―――」


何処か呆然とした声音に、攻防の合間を縫って視線を投げる。

そして、愕然としているイリスの表情の意味を彼女の奥に理解した。


「通路が、途切れ―――っ!」


思わず動きを止めた瞬間に差し込まれる刃を間一髪で転がりながら避ける。

何とか斬り合うのだが、背後―――イリスが足を止めた場所から先には通路が抉られたかのように途切れていたことで絶望感にも似た思いが胸を満たす。

イリスが焦燥すら浮かべて立ち止まっているのだから、少なくとも即座に飛び出すことが出来ないような状態、ということなのだろう。

通路は何かに噛み切られでもしたかのように歪な途切れ方をしており、差し込む陽光によって生まれる明度の差に先が良く見えず―――


(――― 陽光?)


疑問が浮かび、次の瞬間には大上段から振り下ろされる剣を横薙ぎの剣撃で逸らして避ける。

それですら腕が痺れ、限界の近さを感じながら思考を回す。


(今居るのは、まだ地下だったはず。天井に穴が開いただけで光が入り込むなら、上の階が無い? 直接外に出られる?)


SSOにおける古代遺跡という順路迷宮(ルートダンジョン)には屋外マップは存在しない。

屋内迷路が複数階層存在するだけの場所で、日光が届く位置というのが無いのだ。

あくまでも、ゲームの時は。


(余力を考えると、賭けるしかない・・・かな)


苦々しい表情を浮かべながらも、イリスへ視線を飛ばせば彼女も僅かに顔色の悪い表情で頷きを返す。

逡巡は刹那で終わり赤の刃を掻い潜りながら転がるようにして合流する。

その間にも響く奏杖の涼やかな音が、各種支援効果や回復効果のある蒼と翠の輝きを広げた。

大きく攻撃優先度(ヘイト)を上げる行為だが、今の状況なら問題にもならない。


「イリス!」

「はい!」


伸ばした手を掴み一瞬で引き寄せれば首に腕を回しながら体を寄せてくる。

納刀して腰に手を回し、片腕で彼女を支えながら、途切れた通路の奥へと飛び出した。


「っ!」

「うわ・・・っ!?」


イリスが怯えた様に腕に力が入り、薄暗い場所から飛び出たせいか一瞬だけ視界が明滅する。

それでも視界がゼロになることは無く、外気によって巻き起こる突風が全身を叩いた。

しかし、開けた視界に抱くのは驚愕。


(足場が・・・無い・・・!?)


飛び出した先は完全に空中。

それ自体は想定していたが、対岸となる位置は目算で数十キロも離れていた。

それだけならともかく、下方は想像以上に深く地面が消失しており、咄嗟(とっさ)に足場にできる場所も着地できるような場所も視認できない。


(まるで、巨大なスプーンで抉り抜いたような―――いや、隕石でも落ちて来た、か?)


クレーターのような一点を中心とした均等な衝撃による破壊には見えないが、迷宮(ダンジョン)ごとかなりの範囲がごっそりと消えているようだ。

消失の理由は不明だが引き千切られた様な有様の通路がいくつか確認できた。


「・・・ノア、様・・・」

「大丈夫」


反対側に飛びつくのは無理でも、下方に見える別の通路へ飛び入る事自体は可能だ。

ある程度は周囲の風を操ることができるので、自傷覚悟ならかなりの距離も移動できるだろう。

多少の痛みを許容するのは、イリスが居れば後で確実に治療できると思っているからこその無茶でもある。


「―――ノア様っ!?」

「!」


バチバチと響く不穏な音。

視線の端に映るのは真紅の雷光を纏うエルドラドの姿があった。

追撃は覚悟していたが、それでも相手が発する赤の波動の大きさに頬が引き攣る。


(特攻!? 完全に飛行能力が死んでいるってこと・・・?)


ごうんっ!と空気の壁を突き破り、砲弾の如く金属の肉体が飛来する。

電磁加速的な何かでも起こっているのか、音速を越えているらしい。


(いや、電磁加速のためには対象が電気を纏うだけじゃダメなはず―――)


現実逃避気味な思考をしつつも、刀を収めたままの鞘ごと腰から引き抜いて盾にする。

深く考えずに自分たちと相手の直線上に置いておくだけ、という技も何もない防御。

次の瞬間には眼前に赤熱し、稲妻纏う金属塊が現れて重い金属音が弾けた。

体当たり自体は鞘で防げたが、突撃槍のように突き出された赤い刃は周囲の空気も纏めて吹き飛ばすかのように脇腹を抉る。


「ぐぅ・・・っ!」


左腕一本で受けたというのもあって腕は跳ね上げられ、受けた傷から鮮血が宙を舞う。

握力が保たず刀があらぬ方向へ弾き飛んでいったが、逆に言えばその程度で済んだ。

脇腹の傷も致命傷になるほどに肉を抉られたわけでもなく、被害は小さ目。

細いウエストとイリスが掛けてくれた補助の術理(ルーン)が、この程度の被害で済ませてくれた。

腕の中の彼女が貫かれていたら、最悪だったがそれもない。


(耐え、た・・・けど・・・っ!)


跳ね飛ばされた腕や刀に引っ張られるようにして身体が吹き飛ぶ。

そのわずかな時間差すら認識できたことに僅かに驚きつつも、イリスを抱える腕に力を込める。

左腕は感覚が無い。繋がってはいる様だが・・・。

空中跳躍(ダブルジャンプ)を使って僅かにでも勢いを殺し、体勢を立て直すために体を捻り―――


―――中空で先ほどよりも強い紅の光を放つエルアドラスの姿が視界に入った。


(次は、流石に無理!)


刀は彼方へと飛び去り、装備を再構築している時間的な余裕もない。

鞭は爆発から逃れる際に自分で斬ったせいでまともに機能することも無いし、そもそも防御に使えるようなモノではない。

今、有している技能や術理(ルーン)は防御に使えるものが少なく、先ほどの攻撃の威力を防ぐのも厳しい。

かといって、空中で回避が可能になるような能力はすでに手元には―――


(―――なら、やるべきは決まっている)


一秒にも満たないその瞬間にノアは()()()

決断するよりも早く体は動き、空中で捻り右腕に力を込めて遠心力と併せイリスを放り投げた。


「えっ!? ノアさ―――」

「―――お―――ちゃ―――あん・・・」


耳に届く甲高い叫び。

わずかに目を見開けば、途切れた通路の一つから飛び出す小柄な姿が視界の端に映った。

思わず口元に笑みが浮かび、安堵と共に覚悟が瞳に宿り、一瞬だけとはいえエルアドラスの姿を見失う。

だが、相手としても一直線に飛び込んでくる以外の選択肢が無いと―――願望じみた思考ではあったが、何とはなしに確信していた。


(本来、属性付与の術理(ルーン)は武器に対して使うものだけど・・・)


そもそも、SSOというゲームには『素手』という攻撃手段が存在しない。

決められた挙動、決められた動作しかできないのが、現在の科学技術における一般的な『デジタルゲーム』だ。

だが、すでに幾度となく見てきた。ゲームとしては不可能だった挙動を行ってきた記憶が過る。


「トニトゥルス!」


ノアが叫ぶように口にした瞬間、()()()()()()()()()()()()()赤みがかった紫電を身に纏う。

周囲に雷撃を放つとは異なる身の内に浸透する不可思議な感覚。

今までこういった使い方を考えなかったわけではなかったが、試してみたことは無かった。

理由は単純。怖いから、である。


本来の使い方と逸脱した対象を指定して使用した場合―――特に自分を含めた生物の場合の挙動に自信が持てなかった。

場合によっては力に耐えきれずに内部から爆発する、なんてことも可能性としてはあり得ただろう。

もっと言えば、きちんとした検証を進める前に水の街を出ざるを得ない状況になってしまった、というのもある。

未だにゲームの仕様と現実となってしまった事での差異は検証し尽くせておらず、情報面での準備不足はあまりに多い。

だからこそ、物資に関して出来得る限りの最善を整えてきたつもりだったのだが。


半ば無意識に引いた左腕。

眼前で弾ける赤と紫の雷光と、剣を防いだ籠手を通じて全身を抜けるような衝撃。

その威力で身体が吹き飛ばされるよりも先に手首を返し、ほとんど感覚の無い左手で赤い剣を掴み、右拳を握りしめた。


「吹き飛べ・・・っ!」


先に吹き飛んだのは、ノアの左腕だった。

完全に威力を殺すことができなかったこともあり、刃を握り締めたままの左腕が引き千切られたのだ。

痺れていたからか、アドレナリンなんかの脳内物質による痛覚の麻痺かは不明だがノアは歯を食いしばるだけで耐え抜き、右腕を振り抜く。

激しい雷光と共にエルアドラスの顔面に突き刺さる拳は、そのまま頭を吹き飛ばして斜めに首から背中へと突き抜ける。


「ぐっ!!」


けれど、相手の勢いは止まらず、砲弾のような金属の塊はノアの身体へと衝突した。

その威力だけで身体が粉砕されなかっただけで儲けもので、一拍遅れて腕が砕け痛みが突き抜けていく。

未だ維持されている強化が身体の形を保っているのかと思えば笑みすら零れる。

痛みに耐えながらのソレは、壮絶なほどに好戦的で獰猛な笑みではあったが。


「お姉ちゃん・・・っ!」


蒼と翠の輝きを纏った小柄な影が飛び込む。

抱き着いた少女を引き連れたまま、様々な色の光の尾を引いて吹き飛び金属塊と共に壁へと叩きつけられ―――


―――激水と暴風が身体を包み込んでいく中で、衝撃に空気が吐き出されながら、ノアの意識が薄らいでいった。






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