51 炎禍の弾ける場所
「―――ふぐぉあ・・・っ!?」
爆風によって吹き飛ばされた勇者と呼ばれた少年の身体が壁へと叩きつけられた。
背中から打ち付けられたことで妙な声が漏れたが、気付けの代わりになったのか意識を取り戻す。
「う、ぐぅ・・・何が、あったんだっけ・・・?」
直近の記憶が曖昧で何が起こったのか、よくわからないようだ。
ただ、全身が痛みを訴えており、軽く周囲を見回せば何故か自分が血塗れになっているのに気が付いた。
「うぇっ!? な、何だこれ!?」
常人なら死んでいるであろうという血が周囲に広がっている。
無意識のうちに誰かを―――敵対しているマヨラムやシトラスを―――殺してしまったのではないか、と。
そんな考えが脳裏に過り、彼は慌てて周囲へと視線を走らせた。
否。上げようとした顔を引っ掴まれて、叩きつけるように地面へと伏せさせられる。
「うぉっ!?」
「鼻血塗れの馬鹿面を晒していないで頭低くしてなさい!」
怒声に気圧されて大人しく伏せるように頭を下げた状態を維持しながら、頭を掴んでいる彼女へと不満の視線を向けた。
しかし、頭を押さえつけている仲間の女性―――ユキは彼の方へは一瞥する様子すらない。
「おい―――」
文句を言おうと口を開いた瞬間、轟音と爆炎が迸った。
雷光と火炎が走り抜け、身体が浮きそうになる程の衝撃が襲ってくる。
思わず顔を庇うように腕を掲げながら、その中心へと視線を向けた。
「な・・・っ!?」
その光景に、少年は思わず言葉を失った。
――― 紫電纏う銃弾は、あり得ないことに直線ではなく、稲妻のような独特の軌道を描く。
(全部は無理・・・っ!)
曲がるタイミングはランダムで、見切るのは至難。
それでもノアはサイドステップの合間に、刀と鞘で弾丸を切り払っていく。
防御できないと判断した場合は大き目に回避行動を取って射線から逃れる。
それで完全に逃れることができるわけではないのだが。
「く、ぅ・・・っ!」
わき腹を抉られたような苦痛に歯を食いしばって耐える。
実弾ではないからか、酷い痛みではあるものの、実際に肉体が抉り取られてはいない。
服の下は酷い火傷にでもなっているのかもしれないけれど。
「っ、の・・・!」
守勢に回っているだけでは状況を打開できない。
そう判断して振るうのは蒼く輝く流水を纏う鞭撃。
(あの『ノア』が豪風を刃に付与して使っていたけど・・・別に、物理攻撃に重ねて使う必要はない)
水を選んだのは単にイメージがしやすかったからだ。
鞭の軌道を腕の挙動とは無関係に制御しつつ、さらに蒼水の鞭を作り出す。
思考の処理能力が追い付かないと水が形を保てないようなので同時に操れるのは9本がせいぜい。
それも別々に動かすのは難しく、即興では3本ずつのグループにして爪で裂くように叩きつけることくらいしか出来ない。
「ふっ!」
挙動の単純化は攻撃速度と頻度の向上も意図している。
何より、落雷じみた弾丸の雨を掻い潜りながら同時に攻撃できるという大きな利点があった。
紫電と火花を切り裂き輪舞を演じながら蒼い疾撃が空を駆ける。
―――ゴォォォオオオ・・・!!!
咆哮のような排熱音を発しつつ、エルアドラスは赤の刃を振るう。
刃には金色に近い色の雷撃が絡みつき、蒼水の鞭を切り払った。
蒼と金が触れた瞬間に、水で形作られている鞭は蒸発して小さな爆発を起こす。
小規模とはいえ水蒸気爆発が間近で起こったからか、高温が装甲を炙り、衝撃が機体を叩く。
「っ! ぁぁぁあああ・・・っ!」
飛び込んではみたものの、想像以上の熱気を浴びて頬や腕が痛みを訴えてくる。
水の鞭を再構築するのはさほど苦ではないが、主武装が刀である以上、距離を詰めないとまともに戦えないのだ。
熱と衝撃で体勢を崩したこの間隙は自分が傷を負う危険を冒してでも飛び込むべきだと判断した。
蒸気が目隠しになったのかは不明だが、間合いに入ることはできた。
「はぁっ!」
向けられる多銃身機銃を鞘で弾き、さらに踏み込んで懐へと入り込む。
対し、エルアドラスは身を引きつつ、真紅の輝きが宿る爆発物を周囲へと撒き散らした。
(逃がす、か・・・っ!!)
水鞭が榴弾を迎撃し、爆風が荒れ狂う。
轟音で聴覚が麻痺してしまい、熱気で感覚が遠のきながらさらに前へ。
同時に腕から伸びる鞭の本体で鋼の敵対者の胴体を絡め捕った。
「うぉぁっ!?」
しかし、重量の差か、馬力的な問題か、ノアの身体は軽々と引っ張られて宙を舞う。
踏ん張れなかったことに驚きはしたものの、体を入れ替えつつ、爆炎すら利用して天井へ着地。
鞭が外れていないことを確認しつつ、足場を踏み抜く勢いで跳ぶ。
「ウェントゥス!」
「コールドチェーン!」
ノアの手にする刃に豪風が宿り、天井や床から半透明の鎖が伸びてエルアドラスの動きを阻害する。
相手の動きは僅かに鈍ったが、振り下ろす刀の一撃は赤の刃に受け止められた。
切っ先と剣刃が火花を散らし、風と雷が凌ぎ合って弾けていく。
(耳と、目・・・それに左腕の感覚が・・・っ!)
閃光と轟音で視覚と聴覚が薄れる。
完全に麻痺しないだけ、肉体の強靭さには助けられるが良い傾向ということは決してない。
半ばチェーン・デスマッチに近い状態に持ち込んだはいいが、腕の感覚も鈍ってきている以上、長くは保たないだろう。
(けど、中・遠距離戦では手数にも火力にも差があり過ぎて勝負にならない)
接近戦に持ち込んでも押し切れないのは、生存力を重視してバランスタイプの装備構成をしているからだ。
これは支援に徹しているイリスにも言えることで、効果的な立ち回りができてはいない。
そもそも彼女の能力は二人組で強敵に挑むような育成をしていなかった、というのも大きいが。
(これは色々と改善しないと―――とか、言う前にどうやって突破する?)
鍔迫り合いは、やはりノアには分が悪かった。
腕ごと吹き飛ばされるように競り負け、けれど、その勢いを利用するように身を翻す。
相手と繋がっている鞭を手繰りながら姿勢を制御して再度斬りかかる。
「ふっ!」
首を叩き切ろうという閃刃は肩の装甲に防がれた。
風による強化もあるというのに傷ひとつ付かない。
舌打ちの一つでもしたいところではあったが、相手も赤い剣を振るい切り返してくる。
咄嗟に鞘を掲げて受け、無様な格好でも何とか切り返し、防がれては反撃を打つ。
一撃、二撃・・・至近距離で刃を交わす。
響く音は重く、甲高い金属音というよりは鉄槌で殴り合っているような凶悪なもの。
さらには暴風と雷鳴が荒れ狂い、爆発と何の遜色もない音と衝撃が周囲を揺るがす。
その間にもノアの身体は上下左右に振り回され、体勢を整えるのもままならない。
けれど、同時に処理する情報量がノアの許容量を超え始め―――
「―――っ! ぐっ!?」
背後への注意が薄れていたせいで背中から壁面へと叩きつけられる。
爆ぜるように壁が崩壊し、衝撃で息が詰まって視界が明滅したが、それでも敵対者と自らを繋ぐ鞭を握る腕に力を込めた。
「ノア様・・・っ!!」
「!」
麻痺しかけている聴覚を素通りして脳裏に響く声にハッとする。
刺激臭を感じ取れたのは、おそらくただの幸運だったのだろう。
刹那の間とは言え動きを止めたノアへと止めを刺そうとしたエルアドラスの赤い刃を突きこんでくる。
それを相手の足元へと転がって避けつつ、左腕から伸びる鞭を刀で斬り離して全力で距離を取った。
―――直後、豪快な爆発音が背後で巻き起こる。
爆風に背中から吹き飛ばされ、熱に焙られながら転がるノアの身体をふわりと柔らかな繊手が抱き留めた。
同時に淡い翠の輝きが二人を包み込み、炎と衝撃を遮る。
火炎の奔流に飲み込まれ、身を揺られながら地面や壁にぶつかりつつ、かなりの距離を通路の奥まで押し流された。
その間に何十秒、何分の時間が掛かったのかはノアにも、強く抱きしめたままの彼女にもわからない。
「「・・・」」
意識が遠のきかけた頃、ようやく二人の身体は地面へと投げ出され動きが止まる。
荒く、小さな吐息が重なり合う中で、どちらともなく肩の力が抜けた。
「大丈夫、ですか? ノア様・・・?」
「ああ、大丈―――」
「あぁっ!? お美しいご尊顔に怪我が!?」
「・・・その反応はキャラが違うと思うんだ・・・」
実際のところは顔だけで済んでいない。
弾丸によってわき腹や肩口の肉が抉られ、顔や首、胸元、太ももに腕と露出のある部分は殆どが火傷と蚯蚓腫れが走っている。
何より、左腕は表面が半ば炭化しているかのような有様で、光沢を失っていない籠手との対比でより酷い状況にも見えた。
「イリスが一緒なんだし、このくらいは無茶じゃないよ。首も腕も繋がっているし」
「信頼は嬉しいですけれど、あまり傷を負うのは・・・やはり心臓に良くありません」
「ごめん」
イリスの手に治癒の輝きが宿り、優しく抱く腕に力が籠る。
そんな様子に苦笑を浮かべながらノアは彼女に身を委ねた。
(ほとんど麻痺していて痛みをあまり感じないのは良かったな・・・とはいえ、イリスと二人だと火力面に不安が残るか)
回復技能に特化した彼女とのペアは生存力という面では最上位かもしれない。
しかし、その分『攻撃力』という一面に於いてはどうしても他の二人に劣ってしまう。
劣った分の火力を補うために危険度の高い攻め方をしなければ―――となると、今後は少し調整がいるかもしれない。
もちろん、いざという時に治癒・治療の能力は心の支えにもなるのだから捨て去るのは愚策なのだが。
(こんな形で分断されるのも想定外だったとはいえ、理想は攻撃を受けずに勝つ、だからなぁ。もう少し安全な戦い方を模索するべきだろうけど―――)
気が抜けたからか、戦闘と治療で体力を消耗したせいか、眠気が身体を包む。
そんな様子に気が付いてイリスは優しい手つきで太ももの上にノアの頭を乗せて丁寧に治癒を進めていく。
チリチリと残り火が燃える小さな音が聞こえる中、ヒリつく痛みを全身に感じつつも疲労と安堵で力が入らない。
頬を撫でていく冷たい風が―――
「―――風?」
思考停止に至ろうとしていた脳裏に違和感が襲う。
微睡みに呑まれそうになっていた頭を無理やりに覚醒させて、重い瞼を開いて周囲へと視線を走らせる。
爆発の衝撃か炎熱のせいかはわからないが壁や天井の一部が剥げ落ち、無機質なパイプや風道管などが見える。
空気の流れを維持するための何かがあるとは思っていたので、それは想定していたが、それだけでは強い風を感じることはマズ無い。
(エアコンや送風設備に類する物がある? いや、直接風を感じる距離で気が付かないわけが―――)
「ノア様?」
キョロキョロと周囲を見回し始めたノアにイリスは小首を傾げる。
そもそも、安全確認もせずに治療行為を始めたということもあって彼女としても今更になって不安が心に浮かんできていた。
表面的な傷の重さはともかく、身動きが出来るのなら安全を確保してからにするべきだったのでは?と。
何より、その無思慮を咎められ―――呆れられることにイリスは恐怖を感じていた。
「・・・イリス、治療は最低限にして周りを探索しよう」
「や、やはり警戒が足らなかったでしょうか・・・?」
「? いや、そういうわけじゃないけど・・・」
イリスの態度に疑問を抱きながらも、指や足が動くことを確認しつつ身体を起こす
見た目には火傷で酷い事になってはいたが、ほとんど痛みは感じない。
横になっていた時間は長くとも数分だったことを考えれば、驚異的な技術の高さだ。
「妙な空気の流れを感じる。先に原因を調べよう」
「あ・・・は、はい・・・」
勝手に委縮していたイリスは顔を青褪めさせたまま頷きを返す。
すでに二人は同じ部屋の中に居たはずの残りの人間のことが脳裏から完全に消え去っていた。




