50 空を舞う刃
順路迷宮『古代遺跡』。
この場所が外とは違う特殊な環境であるということ、出現する敵性存在も特殊であることは理解していた。
ゲームの記憶を事前知識としているので実際に出現する敵は知らない相手も居るかもしれないとは考えてもいた。
けれど、把握している中でも遭遇しない―――してほしくないという願望が大きい―――と思っていた相手が存在する。
エルアドラス。
全身が白で彩られた人型の魔導人形―――というより、どこぞのロボットアニメに出てきた主人公機のようなこの敵こそがまさにそれだ。
理由は単純で、この存在こそが古代遺跡という迷宮の最大の壁―――ボスだからである。
SSOには順路迷宮に限り、一度踏破するとボス敵を回避するアイテムを入手する事ができた。
これは強制入手アイテムで、初期の頃は二度とボスと戦えなくなるという事で不評だったのでON/OFF機能が後に実装されたというちょっとした事件があった道具である。
古代遺跡においては入る際に使用した認証通電キーがこのボス回避アイテムにあたる。
さらには、出口側から順路迷宮に侵入した際もボスには出会わないという仕様もあった。
こちらについては、いわゆるボス部屋に短い距離で移動して周回するというのを抑制する為のモノだという話らしい。
どちらの理由かが機能すればエルアドラスとは遭遇することなく抜けられるはずだという考えは甘かったようだ。
「っ!」
どんな技術か、宙に浮いていたエルアドラスは瞬間的に加速して右腕である赤い刃を突き出してくる。
それを抜刀で迎え撃ち、青い刀身と赤の刃が火花を散らす。
「く・・・っ!」
初撃はほぼ互角。
むしろノアの方が優勢なくらいであり、何とか敵の攻撃を跳ね上げた。
だが、エルアドラスは跳ね上げられた勢いをそのままにその場で一回転し、横薙ぎに斬りつけてくる。
一閃を屈んで避け反撃を狙う―――狙おうとしたノアの眼前に左腕の多銃身機銃の銃口が付きつけられた。
「!?」
ばら撒かれるのは七色に輝く光弾。
秒間何発―――否、何十発もの弾丸が間近で流星雨の如く襲い掛かる。
その内の直撃するはずの何発かを刃で切り払い、鞘で撃ち落としながら腕へと蹴りを放つ。
宙に浮いているからか側面への衝撃では体勢を維持するのが難しいらしく、体ごと銃口があらぬ方向へと向いた。
「はぁっ!」
好機、と思って刃を振るうが、赤い剣に受けられてしまう。
それでも体勢を崩していたからか、体ごと弾かれて距離が開いた。
「・・・ふぅ・・・はぁ・・・ほんと、厄介な!」
ノアは吐き捨てただけだが、シトラスやら金髪少女は目を見開いて絶句している。
なにせ、エルアドラスの最初の突進からこれまでの攻防が僅か1秒程度の内に行われたのだ。
傍目には殆ど何が起こったのかもわからないほど高速でのやり取りだったことに、本人は気が付いてすらいない。
むしろ速度だけならアルナの方が上だとすら考えている彼女ではあるが、周囲の反応までいちいち把握していられなかった。
(攻撃速度はともかく、あの移動速度で飛び回る上に近接も遠距離もやれる相手? 冗談もほどほどにして欲しいんだけど・・・!)
内心で悪態を吐いているところに、エルアドラスの肩やら腰など全身で計8か所にくっ付いている小さな箱がパカリと蓋を開ける。
そこから飛び出たものは1つ1つは人差し指ほどの大きさの、けれど1箱に6本という数の―――
「―――小型誘導ミサイル!?」
明らかにノアへと殺到するソレが空中を泳ぐ。
直線的な軌道というわけではないせいで瞬間的な速度が速くないことは不幸中の幸いとするしかなかった。
追尾性能がどれほどなのかを確かめる余裕もなく、即座に行動を決定しノアは左腕を振るう。
籠手と一体になっている鞭は空気を引き裂くかのようにミサイルを打ち付けて中空で炸裂が起こった。
弾頭ではなく推進部を狙って―――なんて器用な真似はできなかったので、その結果は妥当なモノだ。
だからこそ、ノアは爆発の中へと飛び込む。
「っ!」
防御を障壁装甲に頼り、軽く肌が焼け爆発の衝撃で飛び散った破片が肌を浅く裂くのを感じながら斬り込む。
爆炎の中から飛び出たノアの上段からの斬り下ろしはあっさりと赤の刃に受け止められた。
しかし、それは想定の内とでも言うように僅かな引き戻しから突きへ、次いで切り払いへ、と連撃が繋がっていく。
傍で見る事しかできない―――気を取られて頬に矢が掠った者も居たが―――者たちには斬撃が閃光のようにすら思える神速の連撃。
けれど、その全ては刃で受けられて体には届かず、合間に差し込むように放たれる銃撃を逸らしながらも張り付くように間合いを保つ。
(離されたら、負ける・・・!)
多少の攻撃術理は使えるが、未だにフィルの様に自由自在とはいかない。
ましてや手数となると、どんな原理かは不明だが弾切れを起こす様子の無いガトリングとミサイルには勝ち目がない。
ならば、張り付いて斬り合うことにしか勝ち筋を見出す事ができなかった。
果敢に斬りかかるノアだが、至近距離でミサイルポットたる箱が蓋を開く。
「!」
咄嗟にバックステップからの鞭撃で、射出直前のミサイルが爆発する。
連鎖爆発のようなものが起き、結構な衝撃で身体が飛ばされるが、床を転がるほどではない。
顔を庇った腕を視界から退ければ、何の痛痒も感じた様子の無いエルアドラスがガトリングの銃口を向ける姿が。
「くっ!」
流石に真正面から直線で距離を詰める事は難しい。
即座に横っ飛びから転がりつつ光弾を避けて勢いを殺さぬまま飛び起きるように駆け出す。
ホンの僅かに左右へ体を揺らし、速度の緩急をつけて偏差射撃を惑わしながらも走り抜けていく。
躊躇なく壁へと突き進み、壁面を駆けて天井へと至り、踏み込みと落下速度を合わせての急降下。
シャラン!
響く奏杖の音。
刀身に翠嵐の輝きが纏わりつき、身体が床へ引かれる力が増して加速する。
体重と重力の加速まで乗せた頭上からの一撃は、けれどやはり赤の剣に阻まれて激しい火花が散った。
「こ、の・・・っ!」
一度受け切られれば、追加で力を込められない空中からの一撃は簡単に無力化される。
押し切れなかったノアの身体はあっさりと弾き飛ばされて、しかし、空中で体勢を立て直して足から着地した。
「まともに一撃入れることも厳しいか・・・!」
「申し訳ございません、ノア様」
「大丈夫。援護に専念して!」
割って入れないことに申し訳ないという表情を浮かべるイリスに小さく頭を振って問題がない事を伝える。
彼女の能力構成では中・遠距離での攻撃は厳しく、飛行する相手に格闘のような超接近戦は危険しかない。
速度的には付いてこられるのだろうが、本来の役割である回復を含めた支援に徹してもらった方が効果的だろう。
よほど前衛が崩されなければ、ではあるが。
―――ガシャ・・・!
妙に大きく響いたように感じる機械音と共に銃口はイリスへと向けられる。
攻撃行動よりも支援や回復行動の方が攻撃優先順位を上げる事を知っていたため、ノアは躊躇なく即座に射線へと身を躍らせた。
右手には順手で刃を、左手には鋼鉄―――ではないが金属製の鞘を逆手で持ち、切り払いと打ち払いで光弾を散らしていく。
鞘打ちではおよそ3割といった確率で反射が発生して弾丸同士がぶつかり合い対消滅が起こるが、それでも手数は相手の方が圧倒的に上。
舞うように―――つまりは、無駄を限りなく排して防御に徹するノアではあるが肩口やわき腹を弾丸が掠めていき、結構な数の光弾は背後に庇ったイリスの元へ殺到する。
「簡単には、やられませんよ・・・!」
奏杖を手放し、それが溶けるように消えると改めて手の中に現れたのは菫色に染まる鉄扇。
涼やかな音を立てて開く2枚の扇がゆらゆらと風に舞う華の様に、優美に揺蕩う蝶のように躍る。
ノアによって数を減じた光弾は跳ね返しの効果の高い鉄扇という武器とイリスの技量の前に攻撃手段と化す。
しかも、ノアとは違い味方を避ける様な弧を描く軌道での撃ち返しであり、気が付いたエルアドラスは後退して回避を選択。
銃撃が弱まったことでイリスが防御の準備を終えるだけの時間を稼げたことを確信し、ノアは距離を詰めるべく前へと踏み込んだ。
「ちょっとくらい当たれ!」
間隙縫って走る鞭がエルアドラスの足を捉える。
力比べではノアが負けて引きずられたが、ホンの僅かな時間、動きを鈍らせることには成功した。
0.5秒にも満たない間にイリスによって返された光弾がエルアドラスの身体を打ち据える。
―――ゴォォォオオオ・・・!!!
お返しと言うわけでもないだろうが、被弾しつつも放たれる弾丸は鞭による拘束を行ったノアを襲う。
刃で多少は切り払うが、鞭を操る左腕は即座には動かすことが出来ず、相手の拘束を外した時には捌き切れない光弾が胸へと突き刺さる。
「ぐ・・・っ!」
着弾の瞬間に後方へと飛び転がって威力を殺す。
障壁装甲、そして装備している防具の性能と実弾でなかったことが幸いして息が詰まるだけで済んだ。
けれど、その隙にエルアドラスは背の翼から多大な緑の光を放ちながら間合いを詰めてくる。
(突進!)
相手は細身のようにも見えるが、機械の、金属の塊だ。
実のところノアの体重に関しては画面の向こう側と大して差が無いのだが、それでも一般女性の範囲に入る重量であり鉄塊とぶつかり合えるほどの質量は有していない。
加速の付いたエルアドラスを受け止めようなんて無謀は考えず、低い姿勢のまま横へと逃れる。
「うぇっ!?」
しかし、地面に激突する直前に高速旋回からの追撃。
勢いのまま振るわれる赤の刃を鞘で受けて跳ね飛ばされた。
さらには蓋が開くミサイルポット。
「その連携は聞いてない!」
文句を言っても仕方が無いとはわかっていても口を突いて出てしまう。
けれど、一瞬の淀みもなく鞭を繰り出して迎撃し、落とし切れなかった分は空中跳躍で軌道の内側に飛び込んで回避する。
宙に逃れるというのは、安全圏へ逃れることではない。
それを証明するかのように、エルアドラスが空を駆けて迫る。
「ふっ!」
輝きの残影を残す白い箒星の一撃を、ミサイルを避けた際に納刀していた刀での居合抜きで迎え撃つ。
衝撃と轟音が撒き散らされたが、弾かれたのは踏ん張りの利かないノアの方だった。
あっさりと打ち上げられはしたものの、体勢を入れ替えて危なげなく天井へと着地する。
そして、負けはしたがエルアドラスの移動を止める事には成功していた。
「行かせていただきます!」
「ついで!」
いつの間にか踏み込んでいたイリスの掌打が突き刺さり白い身体が傾ぐ。
そこへ降り注ぐのは真紅の矢。術理の切っ先が雨のように降り注いだ。
一撃入れて即退避したイリスが範囲から逃れ、その傍らにノアが降り立つ。
「連携としては完璧って言っていい気もするけど」
「硬い、ですね・・・」
痺れの残る手を軽く振りつつ、イリスが顔を顰める。
金属の塊を殴ったのだから―――と思ったが、彼女はステンノを粉砕するくらいは容易にやっているのだ。
その時には反動を受けた様子もなかったのだから、エルアドラスがどれほどの硬度なのか何となく察しがついた。
―――ゴォォォオオオ・・・!!!
機械には感情が無い。
そのはずなのに、咆哮にも似た排気音は怒りを滲ませているように感じた。
「いや、感情はあるのかも。どう考えたって現実には存在しないはずの相手だし」
膨大なエネルギーの源も、どこからともなく補充されるミサイルも、そもそも浮いている方法も理解不能だ。
アレはそういうモノ、としか理解の仕様もないのだが、だからこそ感情があっても可笑しなことではない。
問題はそこではなく、あの程度の攻撃では無傷のようだ、というところにある。
少なくとも表面上には傷の一つもないエルアドラスの姿に、ノアは苦々しく歯噛みした。
「イリスの一撃で中にダメージが入っていれば多少は動きが鈍くなってくれるとは思うけど」
「期待しない方がよろしいかと」
三姉妹の中で攻撃力という点では最も弱いのがイリスだ。
普通の相手ならともかく、ボスクラスの相手には直撃でも大きな損害を与えることが難しい。
ゲームの時よりは通っているかもしれないが、期待して裏切られるよりは無いものとして考えた方が良さそうだ。
―――ゴォォォオオオ・・・!!!
何度目かもわからない排気音と共に、バチバチと空気が燃える、弾ける様な音が響く。
見れば、中空に陣取ったエルアドラスの剣には真紅の稲妻が纏わりつき、周囲を威嚇するように跳ね回る。
「・・・第二ラウンド、ってこと?」
より攻撃的な雰囲気を放ち始めた姿に、ノアは刀を収め抜刀の構えを以て応じた。