49 混沌の間に
「いいわよ! 全員やってしまいなさい!」
紫ドレスの女マヨラムが声を上げるのを眺めて、楽しそうだな、なんて感想が漏れる。
疑問はいくつも浮かんでくるが、ステンノという敵が一刀で沈黙してしまったのもそのひとつだ。
ゲームの時にはどれほど頑張っても一撃で始末できる相手ではなかったのだが、現状ではそうではないらしい。
人型ではあるが中身は完全に機械のはずのステンノも首を斬り落とせば沈黙するという事はとりあえず理解した。
「・・・やはり、相当な使い手でしたか」
シトラスの呟きは耳に届いたが、言葉で否定することはしない。
けれど、水の街で出会った冒険者の半数近くは武器の種類はそれぞれだが技量については大きく差は無いと感じていた。
ノアの場合はアルナに学んだという面があるので一歩先には居たが、同道することになってからのアコルの動きを考えれば慣れの問題でしかないと理解している。
つまり水の街に辿り着いたような冒険者は、将来的に、となってしまうかもしれないが、ほぼ全員が達人クラスの使い手だという事だ。
元のキャラクターレベルも関係していそうではあるが、今のところ関係性を確かめる手段が見つかっていない。
結局、ノアは肯定も否定もせずに納刀して周囲を観察することにした。
「ぁ、ぐ・・・う、ぁ・・・・」
まず目についたのは勇者くんこと赤茶髪の少年。
ウネる髪に腕を拘束され吊られている彼は、脱出しようと藻掻いていたが、銀色の繊手が頬に添えられると急速に動きを鈍くなっていく。
チカチカと明滅する、触手のような髪の先端の桃色の光が少年の眼前で揺れるごとに瞳から光が抜けて表情はだらしないと形容するような薄い笑みを浮かべて抵抗を弱めていった。
「あぁっ! う・・・だめ・・・やっ・・・あ・・・あ、ぁ、あ・・・」
嬌声かと思うような声を上げていた猫耳少女は左右から人外のお姉さまに挟まれ、銀の太ももで足を挟まれ脇に手を入れるような形で抱き着かれて身動きが取れなくなってしまっている。
腕やら膝やらが色々なところに擦れるのか甲高い声を上げていたのだが、目の前で桃色の輝きが揺れれば全身の力が抜けていき口元が緩んで幸せそうな表情が浮かぶ。
「くっ! この・・・っ!」
金髪少女のほうが床を転げ回りながら、光線銃で弾丸をバラ撒いているが迫ってくるステンノは怯みもしない。
捕まるのは時間の問題の気もするが、しばらくは頑張ることだろう。
「あはは! 無様ね、勇者! いいわよ、その調子で―――」
歓声を上げていたマヨラムではあるが、何故か彼女へと残っていたステンノ2体が向き直る。
その様子に気が付くよりも早く桃色の輝きが彼女の眼前で舞い、視線がそれを追ってしまって「ふひっ」と妙な笑いを零す。
夢見心地なのか緩んだ笑みを浮かべてぼんやりとした様子で棒立ちになった。
「やはり、こうなりましたか」
「・・・どういう?」
状況が混沌としてきた、と思いつつ嘆息交じりのシトラスの言葉に問いを投げてみた。
返答は無いかとも思ったが、律義にも彼女はきちんと言葉を返してくれる。
「マヨラムの召喚は特殊な状況下でもなければ周囲の魔物を呼ぶことしかできないんですよ」
「は? 制御とか命令とかは・・・?」
「基本的にできませんね。目の前に呼び出すだけなので」
馬鹿じゃないだろうか、という思いを一日にこれだけの回数抱いたのは初めてかもしれない。本日は勇者くん一行に色々と思わされ過ぎた。
制御できない力は実力とは言えない、というのはそれなりに聞くことだが、自分で呼び出した敵に攻撃されているのでは話にならないだろう。
まるで悪魔の召喚にまつわる自滅の話のような―――。
「似たようなものか。まぁ、こちらには関係のない話だけれど」
「ちょっと! 手を貸しなさいよ・・・っ!」
逃げ回る金髪少女が叫ぶが、助ける義理は無い。
直接は気が引けてしまうのだが、見捨てることに対してはすでに割り切れるくらいの精神的な耐性が育っていた。
これが町人などならもう少し考えたのだが、冒険者の危険は自己責任と自分の中で決めているので手助けしようとは思わない。
「ふふ、ふへっ・・・あの娘の・・・あの娘のためにぃぃいい・・・っ! 《ぶれぇいず! すらぁぁああっしゅ》!!!」
「死ね」
気持ちの悪い笑いを浮かべ、炎を纏う銀の剣を掲げ、飛び掛かってきた勇者くんをノアは交叉法で迎え撃った。
顔面に拳が突き刺さり、鼻の骨を叩き折る感触を感じたと思うと錐揉みしながらステンノを1体巻き込みつつ壁に激突する。
ガシャン!と音を立てて銀の肢体が砕け、彼は壁に叩きつけられたもののゆっくりと地面へと崩れ落ちた。
保持していられなかったのか、剣はクルクルと舞って眼前の床に突き刺さ―――らずに転がった。
軽く視線をやると倒れ伏した少年の顔部分から鮮血が広がっていく。鼻血だろうか。
「・・・気持ち悪いもの殴っちゃった」
「ノア様。手拭いがありますので御手を清めください」
「ありがと」
虫でも叩き潰したかのような気色悪さを感じていたノアは礼を言いつつイリスから手拭いを受け取る。
それを使いながら周囲を見回すが、猫耳少女が金髪少女に向かって矢を放つところだった。
正気ではないのだろうが、「ふふ、ふふふ」と小さく笑いを零しながら次々に矢を仕掛けるのは楽しんでいるようにも思える。
そんなことを考える余裕があるのは、接近してきたステンノをイリスが素手で打ち砕くのを見てしまったせいだ。
彼女が現在選択している戦闘技法の片方である仙気鳳型は回復技能と近接戦闘技能を併せ持つ戦技特型。
その中の一つは、装備種的には籠手となっているが実は腕輪や指輪の形状であっても効果を発揮する。
イリスの場合は多少レースで装飾されたシンプルなドレスグローブであり、これで防御も攻撃もできるというもの。
見た目にはただの装飾品に近いソレではあるが、ステンノ程度であれば拳打で打ち砕き、手刀で引き裂けるらしい。
(三姉妹で怒らせると一番怖いのはやっぱり―――)
「何か、失礼なことを考えておりませんか? ノア様」
引き攣った笑いを浮かべ頭を振る。
満面の笑みの圧力は強く、思わず身を引いた。
そんな風に余裕があるのも、場の混乱具合が増してきた今、次に起こすべき行動は走って逃げるだけだと考えたからだ。
勇者くんたちは全滅するかもしれないが、あの幸運があれば復活するだろうし、シトラスが追撃を仕掛けてくるとはあまり考えていない。
問題と言えば、通路を行ったときに進行方向から対処できない量の敵が襲ってくる可能性を排除しきれないことだろうか。
とにかく、見落としも多かろうが撤退するだけ―――と、甘く見ていたからこその余裕だった。
「ふへ、はは、あはは・・・あの方の・・・あのお方のために・・・」
不穏な気配は、マヨラムがブツブツと何かを零したあたりでようやく感じ取れた。
即座に全力で逃げ出さなかった事、そして最優先で場違いな紫ドレスを叩き潰さなかった事を後悔する。
先ほど目にしたモノよりも巨大な紫の魔方陣が中空に浮かび上がり、バチバチと紫の雷光を放つ姿を目にしたせいだ。
魅了という状態異常には習得している技の暴発という効果があるのは知っていたが、それが何を引き起こすのかまでは考えが及んでいなかった。
「なっ! 何しようとしてんの・・・っ!?」
「止めなさい! マヨラム!」
ノアの声はもちろん、シトラスの制止も紫ドレスの耳に届くことはない。
弾ける紫電を宿す魔方陣に向かって飛び込むのも躊躇われ、そこで地面に転がっている剣を視界の端で捉えた。
拾い上げる時間も惜しいとばかりに蹴り飛ばす。
「とりあえず逝け!」
「え!? と、とりあえずで殺るのですか!?」
シトラスの驚愕の声は聞こえたが、その時には咄嗟だったこともあって思わずマヨラムの首を狙って剣を蹴り放ったあとだった。
別に蹴球が得意だったわけでもないが、今の肉体になってからの運動能力はすさまじく物を狙った場所に蹴ることは容易だ。
クルクルと回転しながら飛んだ銀の長剣は紫ドレスの頭を目掛けて過たず飛ぶが、間に飛び込んできたステンノが飛び込んでくる。
「体を盾に!? 敵が!?」
元々、SSOにおける敵の挙動を制御するAIは味方と比較すればかなりマシである。
アクション主体のゲームなのに敵が弱くては面白みに欠ける、という開発側の主張による調整ということは、このゲームのプレイヤーにとっては有名な話。
しかし、防御手段を持たない敵性存在が仲間を庇うなんて行動を取るようなものではない。
ちなみにという話ではあるが、ゲームでは敵同士のフレンドリーファイアーが無い事も難易度を上げる要素となっている。
(よくよく考えれば、魅了を使って手駒を増やすような行動を取った時点でもっと強く疑問に思うべきだった・・・!)
魅了というのは状態異常であって、ゲーム的には一時的に味方に対して不利な行動を起こしやすくする状態だ。
ここで重要なのは、あくまで一時的な状態であって敵は敵だということ。
魅了状態に陥っているとはいえ、それを自身の身を盾にしてまで護るようなAIはSSOには搭載されていなかった。
何せ、状態異常のひとつでしかない魅了は解除の手段が複数存在するので多少の時間があれば正気に戻すことが出来る。
その時間ですら命取りになるという場面はあるにしても、戦術的に有効だからといって敵が魅了された被害者を庇うなどという行動に出るとは考えてすらいなかった。
ギャリっ!と金属が噛み合う音を立て火花を散らし、想像以上に威力があったのか剣は身を盾にしたステンノの身体を引き裂いた。
けれど、そのせいで長剣の軌道は逸れてマヨラム本体ではなく宙に浮かぶ魔方陣へと突き刺さる。
まるで物理的な厚みでも持っているかのように刃が刺さった魔方陣には罅が入り危険な具合に明滅を始めた。
どことなく漏電してバチバチと閃光が跳ねる電気コードを想像してしまうような、そんな雰囲気の輝きだ。
「なんか、嫌な予感しかしないんだけど・・・」
「全くですね!」
その時にノアと女騎士が取った行動は真逆だった。
ノアは危険から距離を取ろうとバックステップを踏み、シトラスは危険を承知の上で前へと駆け出す。
シトラスの行動を阻止しようと飛び出してきたステンノを盾で殴打して吹き飛ばし、さらに一体の胴体を真横に斬り飛ばした。
「マヨラム!」
二人の関係はわからない。
けれど、シトラスが盾を腕に身に着けている方の手を伸ばす。
その必死さは仲間のためであったのか、それともそれ以上の絆から来たものなのか。
危険の只中に飛び込むというのは、危険度を上回るくらいの覚悟や想いが必要になるのが通説だ。
ノア自身も三姉妹以外のために後先考えずに飛び出せるかと問われれば、無理だと答えることになるだろう。
少なくとも、シトラスには危険を承知で飛び込むだけの何かがあったらしい。
「っ!?」
パリィン・・・っ!
ガラスの割れたような音が響き渡り、強い衝撃が周囲へと撒き散らす。
間近まで手を伸ばしていたシトラスはもちろん術者であるはずのマヨラムも吹き飛ばされ、それなりの距離を飛んで壁へと叩きつけられ小さな悲鳴が上がった。
離れていたノアたちも突風が襲い掛かり顔を護るために手を眼前に翳す。
「っ!?」
轟!という異音を耳が捉えたのは運が良かった。
咄嗟に引き抜いた鞘を掲げて防御する。重い衝撃が腕に走るが、勘で防げたことは幸運でしかない。
けれど、何が襲い掛かったのかを理解するよりも早く、強力な圧力で足が浮いてしまった。
「ノア様!?」
「ぐ、っの・・・!」
鞘で受けている何かを腕力で弾く。
というより、自分の身体を押し出したという方が正しいかもしれない。
その『何か』の軌道をまるで変えることが出来ず、自分が横に逸れるように動いただけだったからだ。
受けた衝撃を逃す様に小さく何度か跳びながら後退し、素早く身構えて『それ』へと視線を向ける。
そして、その姿を認識した瞬間、顔が引き攣った。
「・・・本気で、言っているの・・・?」
シルエットは白い全身甲冑を着込んだ細身の人間にも見えた。身長はノアよりもやや大きいくらいだろうか。
けれど、背には四枚の緑色の輝きを放出する翼―――というか、翼型の補助促進ロケット。
右腕はどんな素材なのか半透明の赤い両刃の剣、左腕は八本の銃身を束ねた多銃身機銃。
胸の部分では黄金の輝きを放つ宝珠が輝き、関節部分からは青い輝きが漏れ出ている。
肩、腰、二の腕、脹脛部分には小さな箱が取り付けられていて、わずかに可動して角度を調整しているようだった。
眼前にすると、どうやって動いているのかも本格的に理解することが出来ない人型魔導式機械人形。
―――ゴォォォオオオ・・・!!!
顔を覆う鉄板の、人間であれば口に当たる部分が僅かに開いて熱と共に轟音が漏れる。
その咆哮にも似た音を聞いて顔が強張る。
完全に板金で塞がれているようにしか見えないというのに、その視線はノアに向けられていると確信できた。
「・・・エルアドラス・・・!」
宙に静止したまま赤い剣を構える機械人形を睨み据え、ノアは腰を落として刀を構えた。




