44 灯を振り切って
暗闇の中を探索し始めて数時間。
ハッキリ言って順調に進んでいるとは言い難い。
崩落の影響は予想よりも大きく、幾つもの通路が瓦礫で埋まって通行不能だ。
無理をすれば障害物を取り除いて進行することも可能かもしれないが、反対側がどうなっているのかも不明では危険度が高いばかり。
追加で落下物が降り注いで生き埋めになるという事態も考えれば強行する気にはなれない。
「それにしても、迷宮がここまで崩れるか・・・一体、何があったのやら」
いくつかのゲームで培った素の技能である地図作成で作成した手製の地図に16か所目の×印を書き加える。
もしかすれば通路が変化して無駄になる可能性もあるが、出口が存在しないかもしれないので調査するためにも記憶だけに頼るのを止めておいた。
記憶能力にはそこそこの自信があるが、イリスと相談するのには地図があった方が便利だからだ。
「やはり、何らかの原因があるということでしょうか?」
「何かはあっただろうね。それが地殻変動とか大地震みたいなどうしようもないモノかもしれないけど」
まともな成果を得られずに歩き回るというのも精神的に辛いものがある。
敵の気配が無い事をいいことにノアとイリスは雑談を交えつつ慎重に―――というか、ゆったりと散歩感覚で探索を進めていた。
焦っても事態は好転しないし、一部の罠も生きているので急いで注意力を落とす方が問題だろう。
「壁も崩せそうな場所はあったけど、これは時間が掛かりそうだなぁ」
「そういえばノア様は地図を描くことができたのですね」
「簡単なモノだけどね。距離も歩数で計測しているから割と歪んでいそうだし」
あくまでゲームを通して身に着けた疑似的な能力で、ゲームキャラと違って歩幅も移動速度も一定ではないため通路の長さなどは正確とは言い難い。
単なるメモ書きと大きな差は無いが、こうして情報を書き出す事で整理できることもあるし、共有が簡単になるというのは大きな利点だ。
既存のモノがある外や、入口出口が確実に存在していて変化する可能性が高く行き止まりもわかりやすい通常の順路迷宮ではわざわざ作成する意味合いも薄いが。
迷路の攻略法は有名なモノがあるのだから。
「ともかく上!と思ったけど、階段みたいなものは発見できず、か」
「どこかをよじ登るしかなくなる可能性もあるでしょうね」
「登れそうな場所も見つかっていないけど」
瓦礫が道を塞いでいるということは天井も崩れているということだが、通過できると同じ意味ではない。
足場の不安定はもちろん、さらに上の階からの崩落や天井―――上の階の床―――が崩れそうだったりと問題が多いのだ。
壁登りの要領で駆け上ることも一応は可能だが、その壁すらも罅が入っていたりと足場として使うのには不安がある。
また、登った先で戦闘になった時に爆発物を投げ込まれると致命的だというのも躊躇う大きな要因のひとつ。
今迄に遭遇した敵の大半がかなりの重量を有していることもあって、上で走り回られるだけで生き埋めになる可能性が上がるという状況だ。
上階への道を探すのにも慎重になるのは仕方のない事だろう。
「上に戻っても床が崩れるのを気にしなきゃいけなくなりそうで面倒だなぁ」
「アルナ姉さんが居れば少々楽になるかもしれませんわね」
「あの能力は便利だからね。使えない場面の方が少ない」
ほぼ何でも創り出す能力は強力すぎる。
自分で所持していたら冷静さを欠いて不用意に乱用し無双気分を味わっていたかもしれない。
アルナも軽々しく多用してはいるが。
「氷である程度の再現ができるかな? 階段とか作れば昇れはするかもしれないけど・・・」
「強度に不安がありますのでお勧めすることはできませんけれど」
術理で足場を作成するというのは、ノアとしては練習すれば割と簡単にできた類の能力だ。
完全に支えの無い空中に、となると話が変わってくるが、壁や樹木などに足場を創るのは今のノアでも造作もない。
だからといって、天井が崩れているような場所では支えとなる壁が崩れない保証はないので実行するにも慎重さが必要だろう。
一番怖いのは片方が上に昇った際に床が崩れて片方が取り残されてさらに分断されることだろうか。
生き埋めになっても、最悪『復活』できるかもしれないのだし。
「さすがにイリスとも分断されて独りになったら大変だなぁ」
「うふふ。わたくしも、独りでしたら諦めてしまっていたかもしれませんね」
苦笑を浮かべつつ、イリスはノアへ優しく腕を絡め僅かに寄りかかる。
腕を組むと歩きづらい―――などということは無く、柔らかな弾力を押し当てながらも彼女の体捌きはノアの挙動を一切邪魔しない。
どうやっているのか気になるところだが、デート気分に浸りたいようなのでされるがままにしておく。
三姉妹は甘えん坊度合いが下に行くほど高くなっているようだが、イリスと二人きりで歩くという状況が今までなかった。
周囲の光景や状況はともかく、親を独り占めする子供の気分を味わっているのかもしれない。
(・・・アルナも、こういう事したかったりするのかな?)
水の街では状況把握と戦闘能力、情報や生活物資の確保や確認に時間を取られてゆっくりと観光するような時間も余裕もなかった。
この迷宮を抜けた先にある四番目の街は設定的には散策に向いていないが、三人のために時間を取るのもいいだろう。
三姉妹も『人』として考えれば精神的な疲弊があまりに蓄積するのは良くないのだろうし。
ノア自身も、すでに長期の休暇を欲するほどに色々と消耗しているというのもある。
「―――あ・・・!」
現実逃避気味な思考を展開しつつ分岐点まで戻ってくると棒切れに布を巻きつけて松明にしている三名と出くわす。
棒は鉄パイプのような物だし、巻きつけてある布は私服を破いたモノのようだが、油はどうしたのだろうか。
松明を作るのには布に燃料を染み込ませておく必要があったと思うが。いや、枯れ草などの燃えやすい物でも良かったのだったか。
どちらにしても、照明用の角灯や携行用ランプを用意してきていないらしい。
彼らは探索や探検を何だと思っているのだろうか。
「あ、あのっ!」
ぐぅ~。
猫耳少女のお腹の虫が盛大に不満を訴え始めた。
何か言おうとしていたようだけれど、彼女は顔を真っ赤にして押し黙ってしまう。
イリスが彼女たちに渡したのは五枚一袋の手作りクッキー。フィル作。
水の街を出る前に四人で作ったのだが、何故かフィルだけ失敗して妙に硬いものができてしまった。
固焼きクッキーは非常食として名前が上がることも多いし、一袋を一食分として三名三日分渡したらしいので問題ないだろう。
自分なら水分を持っていかれるので基本的には飲み水が無いと遠慮願いたい食料ではあるけれど。
「・・・」
とりあえず無視して探索を再開する。
未探索の分岐はそれなりの数があるので焦らず安全に上へ登れる場所を探すべきだろう。
戦闘もなく散策にも近い数時間程度の探索行では、今の肉体は疲労も覚えない。
むしろノアは食事と睡眠をしっかりとって、準備運動代わりのウォーキングが終わって調子が上がってきたくらいだった。
(というか、前より調子が良い? 気がする、だけかもしれないけど・・・)
気のせいという事にして未だ進んでいない通路へと二人で寄り添って入っていく。
ハッキリ言って現状では『ノア』の能力を十全に扱えていないので、そういったモノが解放されてきているのかもしれない。
馴染んできている、という考え方もある。
原因として思い浮かんだのは考えるもなく、あの夢みたいな何かだ。
「あ、あの! やっぱり協力・・・しませんか? 人手はあったほうが―――」
「全く必要ないから」
そもそも、この三人に行き止まりとなっている場所の壁や天井の状態を確認してもらうのに不安がある。
階段があれば別だが、そうでなければ自分たちで1つ1つ確認していった方が効率もいいだろう。
「そんな言い方しなくったって!」
「じゃあ、それぞれ、お互いに、脱出を頑張ろう」
合流は全力で拒否。
サバイバルはもちろん、戦闘でも足を引っ張るのが予想できるので一緒に行く利点が薄すぎる。
自作松明を掲げている時点で探索についても期待ができないので、デメリットばかりとしか思えない。
少しだけ早足になって通路の奥へと向かう。
「あ、おいっ! 待てよ!」
少年が声を上げるが、待ってやる理由もない。
軽く手を振って拒否を示しつつ先へと進む。
それでも結局、少し離れて後ろを着いてくるのだから拒絶の意味があまりないのかもしれない。
何やら文句や雑談やら腹の虫やらが聞こえてくるけれど、反応する方が面倒だ。
こういう場合は徹底的に無視に限る。
「―――うっとおしい様でしたら、排除、いたしますけれど?」
「そこまでは必要ないよ」
(イリスに積極的な人殺しはさせたくないし)
ノアはゲームのPKは、マナーはともかくロールプレイで行う盗賊山賊プレイは黙認するタイプだ。
だからといって今の世界で許容するつもりもないし、自分たちで行うつもりもないが必要ならば手を染めることも辞さない。
それでも、三姉妹にさせるくらいなら自分で殺る。
「問題があるとすれば、煩いのと光で敵が寄ってこないかどうかくらいか」
「下手に罠を起動された場合も面倒事と言えるのでしょうね」
確かに、真後ろで通路が塞がれて身動き取れなくなるのは問題があるかもしれない。
その場合は本格的に天井か壁を破壊する事を考え始める必要があるだろう。
少し黙考していると後ろの雑談が止まり、ぐぅ~!ぐぅ~!と雑音の合唱が響いてくる。
「「・・・」」
小さく視線を交わす。
確かにこれはうっとおしい。
積極的に排除する気はなかったが、距離を離す物理的な方法は複数ある。
軽く嘆息を吐きつつイリスを抱え上げて、わざと眼前の落とし穴を起動。
壁歩きなどを駆使すれば落ちることなく対岸へと渡ることは難しくない。
ある意味では最も安全に処理できる罠と方法だ。
「えっ!? ちょ、ちょっと!」
「お、おいっ!」
ゲームというフィルター越しでの交流ならもう少し我慢するが、自分たちの現実となった今はそういうわけにはいかない。
乞食プレイヤーなんてゲームですら嫌われるのに、実際に遭遇したら関係を持とうなんて考えないだろう。
お互い、命の危険があると承知で迷宮へと足を踏み入れたのだし、自己責任ということだ。
この特殊な空間に自らの意思で入り込んだ時点で、遭難だとか不慮の事故だとか口にするのは言い訳でしかない。
(それに、あの3人には悲壮感というか・・・必死な感じが足りない。どこか、自分達なら何とかなるみたいな感じが透けて見える)
そういえば御礼も言われていないな、というのに気が付いたが指摘する必要性もないだろう。
必須でない限り、ああいう手合いとは関係を持ちたくないものだ。
「あの・・・ノア様」
「ああ、ごめん。今降すね?」
落とし穴を越える時にイリスいわゆるお姫様抱っこしたままだった。
降ろそうかと僅かに体勢を変えると、腕の中の彼女は肩に額を当てるようにして小さく頭を振る。
「もう少しだけ・・・このままで・・・」
囁く様な甘える声。
普段は末妹に譲ってしまうからか、こういう姿を見るのは珍しい。
しかし、見た目は年上の美女にこんな言葉を吹きかけられると断り辛い。
何より大切な娘の可愛らしい頼み事を無碍にするつもりもなかった。
結局は苦笑を浮かべて抱き直すと、イリスも首元に腕を巻きつけてくる。
今の肉体なら数時間だろうが人を一人抱えるくらいなら大きな疲労にもならない。
両手が使えなくなる事が最大の難点だろうか。
「それにしても・・・あの方々は何故この迷宮へと足を運んだのかしら」
何故か匂いをかいだり頬を擦り付けたりと堪能していたイリスだが、しばらくすると怪訝そうに呟く。
確かにゲーム時の基準で見ても、現実的に考えても能力・準備不足の三人組がこんな場所に居たことは不思議に思う。
すでにこの世界に来て数か月の時間が経っていることを考えれば、本格的に思慮や分別の足りない人々はとうに命を落としているか心が折れていると思うのだが。
ゲーム的に考えればレベルも足りていなかったように感じる。確認はできないが。
「五番目の街を目指している、って感じにも見えなかったけど・・・まぁ、いいか」
「ふふふ、わたくしたちには関係のないことではありますものね?」
顔を寄せて悪戯っぽく微笑むイリスに笑みを返す。
そんな風にじゃれていると不意に視界が開けた。
最初に休んでいたような小さな広場に崩れた階段と崩落で塞がれた二つの通路。
生き残っている通路も今進んできた道とは別に二つある。
「・・・少し、休憩しようか」
目的としていた階段が崩れていたことを目にしたこともあって、割とやる気が削がれてしまう。
今や急ぐ必要もないという事もあってティータイムと洒落込むことにした。