41 差し伸べる手に躊躇いなく
とりあえず投稿を再開します。
累計10,000PV超えていました。読んで下さった方々、ありがとうございます。
作者の能力的に残念な部分もあると思いますが、今後も楽しんでいただけると幸いです。
仕掛けて置いた木材と布の簡易橋が壊れる音が響く。
そちらへ視線を投げるのとほぼ同時に、手慣れてしまった動作で戦闘衣を纏う。
全身を包む淡い光を引きずりながら、ノアは広間の中心へと躍り出た。
「きゃあっ!!」
びりびりと布の裂ける音と聞き覚えのない女性の悲鳴。
思わず足を止めると、張り巡らせておいた布を纏った何かが側へ墜落してきた。
「え・・・?」
ギュイっ!と妙な機械音を発しながら布の隙間から銃口が覗く。
「―――っ!?」
口の中で小さな悲鳴を上げつつ、反射的に刃を抜いた。
無意識に放った抜刀術がバレーボール大の機械の塊を一刀両断し、遅れて小さく爆発が起こる。
間近だったので念のために顔を腕で庇いながらバックステップで距離を取ったが、熱を感じることもない程度の規模だった。
「エスバスター、だっけ? まさか、ただの布で動きを止められるなんて・・・」
球体に四つのプロペラが付いたようなドローン型砲台という『エスバスター』は意外に面倒な敵だ。
というのも、意外と機動力がある上に浮遊しているので落とし穴の上に陣取ることもあって下手に追いかけるとトラップに誘導される。
その上、この敵が放つのはゲーム的なプラズマ弾で威力こそ低めだが麻痺効果が高い上に連射してくるため一方的な展開に追い詰められることも少なくない。
対策としては麻痺耐性を上げて中距離攻撃で捉えることが楽な部類だろうか。
それにしても十分な命中精度か、相手の回避能力を上回る範囲攻撃が必要になるのだが。
(布でこれなら、投網とか用意しておくべきだったかも。場合によっては飛行敵だけじゃなくて他の敵でも移動力も奪えるし)
便利な道具は遠慮せずに使うべきである。
とはいえ、投石―――『攻撃』以外が通じなかった経験からか、足止めなどに網や布、綱といった物を使うことが意識から抜けていた。
僅かにでも敵の攻撃が手前で引っかかってくれればいい、という程度の浅い考えで布を張り巡らせたのだが予想より意味があったらしい。
想定以上の効果に、呆れとも安堵ともつかない微妙な気持ちを抱きながらノアは周囲へと視線を走らせる。
広間への入口は三つあるが、その1つで尻もちをついている男女1名ずつと、床に倒れ伏せたままビクッ!ビクッ!と痙攣している一人。
(麻痺の状態異常? でも、SSOの麻痺は行動阻害であって行動不能ではなかったはずだけど―――)
ノアはそう認識していたが、実はゲームの仕様に従うと状態異常の効果は異なる。
SSOというゲームに実装されていた状態異常は5種類以上あるが、プレイヤー側の耐性値で被害が3段階に分けられる。
麻痺であれば行動速度低下だけがレベル1。それに加えて低確率での行動阻止がレベル2。完全に行動不能となるような全身麻痺がレベル3。
最序盤からきちんと全ての状態異常に対して耐性を整えるタイプのノアは最も重篤な症状に陥ったことがなかったので記憶から消えていた。
もっと言えばこのように段階を踏んだ状態異常は中盤でのアップデートで追加された要素であり、多少でも耐性値を上げていればレベル3の状態異常に陥れてくるような相手が実装されていなかったという事情もある。
(―――って! 全身麻痺って、心臓とか肺とか大丈夫なものなのか!? 呼吸器とか血の巡りが阻害されたら・・・!)
心臓麻痺、という言葉が頭に過ると急速に命の危機を感じさせられた。
命懸けの状況などすでに幾度も通過してきているというのに。
「っ! イリス、治療を!」
「はい!」
駆け出しざまに指示を飛ばした時には、すでにイリスも駆け出していた。
しかし、怪我人の治療のことばかりに意識を向けているわけにもいかない。
不快にも思うプロペラ音が幾重も響いて次々にドローンが侵入してくる。
(アレくらいなら、対処できる!)
ノアが振るった鞭が空気を切り裂いて無数の軌跡を描く。
駆ける鞭撃は物理的には不可能とも思える軌道で回転翼を打ち抜いた。
勢いを失い、体勢を崩して堕ちるエスバスターを斬断する。
一呼吸の間を置いて、周囲で爆炎の華が咲いた。
同時に五体を粉砕することはできた。が、それで終わりというわけではない。
(追加で7・・・一体、どれだけ引き連れてきたの・・・?)
音の反響具合では落とし穴の向こうに存在する敵の数は把握することが難しい。
数によっては早い段階で逃走―――というか、撤退することも考慮するべきだろう。
比較的に安全に戦える場所を造ったとはいえ、戦闘音に釣られて別の通路からも敵が侵入してきたら退路が無くなる。
追っ手の数が少ない内に逃げたとして、それで事態が好転するのかは疑問ではあるが。
「わっ・・・わ、《我が手に来たれ赤き力よ! フォースフレイム!》」
「!?」
次の手を考えていたノアは、上がった声に思わず視線を投げた。
その瞬間、尻餅をついたまま右手を掲げる少年の掌から真紅の閃光が放たれる。
一拍の間を置いて光に追随するかのように炎が巻き起こり、灼熱がエスバスターを巻き込む。
「・・・」
(術理の詠唱? そんなの、必要だっけ? というか・・・なんていうか、恥ずかしくない、のかな・・・?)
唐突な出来事にノアは考えが脱線し、半ば思考停止に陥った。
炎に巻かれながらもまるで傷を負った様子のないドローン砲台が、そんな彼女へと銃口を向ける。
「ノア様・・・!」
焦った様子のイリスの声をどこか遠くに感じながら、ゆっくりと空の敵へと視線を向け―――
―――ヒュ・・・ッ!
一閃。
ほとんど無意識の内に放たれた居合抜きが射程拡張の効果を以てエスバスターを同時に三体斬り落とした。
残りは視界の横合いから風を纏う刃の鞭が煌めいて貫き、粉砕し、斬断して処理される。
「疲れが残っているからって、余所見はダメよ~」
「・・・仰る通り」
苦笑気味のアコルに言われて、ノアは小さく頷きを返す。
確かに休息も睡眠も足りておらず、どこか思考が回っていないが原因はソレではない。
だが、その『原因』に意識を向けるのは今やるべきことではないのは確実だ。
気持ちを切り替えるのを兼ねて一旦納刀し彼女は周囲に視線を走らせる。
(イリスはまだ治療中。麻痺の子は動けなさそうだけど、他二人は動き出した・・・みたいではあるが)
術理であるフォースフレイムでの攻撃の効果が無かったことに驚愕しつつも少年が立ち上がった。
それに釣られるようにして、隣に座り込んでいた少女がヨロヨロと腰を上げる。
(恋人同士、とか? いや、人間関係を考察するのは後にしておくとして)
彼らの戦闘能力は如何ほどか。
それを考えた時に、先ほどの足止めにすらならなかった術理を思い出す。
この世界の元となったであろうSSOというゲームにおいて術技や術理といった『技』を習得すること自体は難しくない。
ほぼ全ての技はゲームの時には道具などのように特定の場所で購入することができ、購入した後に訓練のムービーは入るが、その時点で習得済みとなる。
簡単に能力を身に着けられる理由はいくつかゲーム上のものがあるのだが、大きな理由の一つとして『技』にも成長要素が設定されている事があるだろう。
技によっての基礎能力などに差異はあるものの、攻撃力はもちろん、範囲や継続時間、追加効果、消費AP等などに技ポイントを割り振って自分好みに強化していくのだ。
当然、術技だろうが術理だろうが威力には個々人の強化状況によって異なる。
(咄嗟に出したってことは得意な術理だと思うけど、それがあの威力じゃあ、ねぇ・・・)
ノア自身はもちろん、アコルですらエスバスターという敵を術理で撃ち落とすことが可能だ。
それで完全に沈黙させられるかは別だが、動きを鈍らせる程度にはダメージを負わせることができる。
単純な比較では全てを把握することはできないが、希望的観測に期待するつもりはノアにはない。
(音で敵が寄ってくるかはわからないけど、一度広間からは出た方が良い。通路の方が飛行型は対処しやすいし)
挟撃の心配は常にあるが目先の対処を優先する。
足手まといが増えた状態で体勢を立て直すのには移動するのが無難だ、とノアは判断を下す。
「一旦 ―――っ! アコルさん!」
「え?」
呆けた様子の彼女を抱えて転がる様に柱の影へと飛び込む。
しかし、わずかに間に合わず、独特の飛来音をまき散らす榴弾の爆発をノアが背中で受ける。
二人揃って床を跳ねるようにして転がり、壁にぶつかってようやく動きを止めた。
「っ・・・い、痛くはない、かしら・・・?」
「・・・大丈夫、です」
鈍痛が全身にあるが、大きな怪我はない。
それでも起き上がろうとすると膝から力が抜けて倒れそうになる。
そんなノアの身体を、腕の中から抜け出したアコルが慌てて支えた。
「ふふ、もう腰砕け、かしら・・・?」
「なんですか、それ」
軽口に対して呆れたように溜息を吐くが、身体は重い。
疲労か、打ちどころが悪かったのかはノア自身には判断が難しいところだ。
「一度、引きます。通路に入って、敵の数を制限して迎撃を―――」
「それは、一方的に『弾』を撃ち込まれるだけじゃないかしら・・・?」
「―――そう、かもしれません」
苦虫を噛み潰したような表情で頷きを返す。
ノアの思考が敵の『本体』をどうするのか、に偏っており、攻撃への対応が抜け落ちていたことを意識させられた。
最も中・遠距離攻撃に長けたフィルが起きていないというのに、遮蔽物のない通路での射撃型の敵との戦闘は自らの首を絞める結果になりかねない。
(思った以上に、頭が回ってない・・・けど、どうする?)
徹底抗戦も分が悪い。
しかし、逃げる先というのも豊富な選択肢があるわけではない。
「アコルさんはフィルたちを連れて通路へ入ってください」
「アナタはどうするの?」
「イリスと一緒に敵の数を減らします。その間に態勢を整えてください」
ノアは治療作業を行っているイリスへと視線を投げた。
SSOではいわゆるRPGに良くある瞬時に傷や状態異常を回復する道具や術というのはほとんど存在しない。
低レベル時などはともかく、治療は症状の重さと治療時間が比例するように設定されていた。
最大HPが100だとして1から全回復するのには99秒を要する、みたいな具合だ。
もちろん治癒能力を向上させれば秒間の回復量が増えるので時間を短縮することは可能だが、瞬時に全快させるようなことは基本的にできない。
(だからって麻痺の治療にイリスがこんなに時間を掛ける? 回復や支援を優先的に育成したあの子が・・・?)
当然だが手を抜いている様子はない。
柱の陰へ移動してはいるものの、額に汗を光らせて真剣な眼差しで術理を使い続けている。
十秒もあれば十分と考えていたのは甘かったようだ。
「あっちの二人には期待できないので、フィルを起こしてください。遠距離の手数が足らないので」
「やむなし、ということね・・・」
「本当は寝かせておいてあげたいんですけど」
ふらつきながらも、支えるアコルから身体を離して自分の足で立ち上がる。
不安と心配が入り混じる視線を、ノアは感じ取ることもなく広間へ入り込む敵を睨め付けた。
「・・・それじゃあ、そっちのことはお願いします」
「えぇ」
ふっ!と小さく呼気を漏らし、ノアは柱を蹴って宙を舞う。
アコルはそんな彼女の背を見つめて、吐きそうになった言葉を呑み込む。
あれほどの疲労を抱えているとはいえ、引き留めて言い合う時間すら惜しい。
気を引き締め直して、寝床にしていた一角へ向けて駆け出す。
(通路の、落とし穴の向こうから放り込まれるだけだから射線は限られるけど、厄介)
アコルの気配を確認しながら、ポンポンと飛んでくる榴弾の炸裂が巻き起こす爆風の中を突き進む。
攻撃範囲が限定されている分、回避は可能だがこちらの行動範囲もかなり制限されることを考えればこの中で戦闘するのも厳しい。
合流を優先に爆炎の隙間を縫ってイリスが居る柱の陰へと滑り込む。
「―――うぉぁぁぁあああ・・・!」
ほぼ同時に爆炎と轟音の狭間に無様な悲鳴をまき散らしながら、少年が転がり込んできた。
赤みがかった濃い茶髪で、どことなく生意気そうにも思う釣り目だが、どうにも情けない印象の方が勝ってしまう。
冒険者らしくそれなりに整った容姿ではあるが、デフォルト設定に近いのかどこかで見たような雰囲気がある。
見た目のイケメン度合いで言えば記憶にある中身が美人大学生だった『彼』の方が数段上だろう。
比較するとあっちがどれほど作り込んでいたのかがわかってしまうくらいに。
「イリ―――」
―――突如、轟音と共に大きな振動が襲い掛かり体勢を崩して床に膝をつく。
(地、震・・・!? 立っていられないほどの!?)
そんな大災害に遭遇した経験はない。
対策なんて机の下に入り込んで揺れが収まるまで待ち、その後は落下物の危険が少ない場所へ避難するくらいしか思いつかなかった。
高い身体能力のためか手を突くほどではないが、片膝立ちの状態から身動きすることができない。
体感で数十秒、実際にはもっと短い時間だが耐えていると横揺れ気味だった震動が縦に、激しくなる。
―――直後、地面が割れた。
「なっ!? 迷宮がっ!?」
足元が崩れ、身体が宙に放り出された。
が、ノアにとって揺れる地面よりも空中の方が動きやすいくらいだ。
しかし、同様に投げ出されたイリスについては話が別。
足手纏いになることは決してないが、彼女の機動力は三人の姉妹の内でも高い方ではない。
飛べるようになったフィルを考えれば三姉妹では最も低いのかもしれないくらいだ。
「マスター・・・っ!!」
「アルナ! フィルと一緒に―――」
揺れる足場から投げ出されないように身を固めながらも声を投げたアルナへ最後まで言葉を返している余裕もない。
すでに地割れのように生まれた亀裂の暗闇へ落ちるイリスの姿が闇に呑まれそうになっていたから。
一瞬合った視線を切って、崩れ落ちていく瓦礫を蹴って彼女の元へと駆ける。
「イリス・・・っ!!!」
「ノア、様―――」
脚力を以て加速した分、自由落下よりも早く空を往く。
それでも届かない分を鞭で補い、引き寄せて彼女の頭を庇うように抱き締める。
身体を張るなら自分の方―――なんて躊躇いも感じられたが、それも数秒のことでイリスはノアを抱き返した。
「―――うぁぁおおお・・・っ!」
視界の端で少年と意識を失った少女、少し離れた位置でもう一人の少女が奈落へと堕ちていくのが見える。
似たような立場ではあるが、イリスさえ無事なら多少の怪我は治してもらえるし、単純に物理衝撃で粉々になるような肉体ではない。
少なくともノアはそう考えて腕の中の柔らかく甘い香りのする彼女を護るために腕に力を込めた。