37 無機質なる薄闇に
遺跡の通路というのは、想像していたよりもわりと明るかった。
換気窓も見当たらず、採光も考えられていないようなのだが、足元には等間隔に照明が並んでいる。
ゲームの時にはあまり意識していなかったが、魔法的な道具と思われる現代のモノにも似た無機質な光を放つモノが壁と地面の接地部分に配置されていた。
他にも電子回路でもイメージしたかのような直線的で幾何学的な紋様が壁や天井に描かれており、それが七色に輝いている。
良くある演出の一つではあるが、直接目にすると確かに現実とはまるで違う異質な科学を連想させられた。
これらの光源があれば多少薄暗いといっても月明かりの差し込む夜の森よりはむしろ明るいくらいだ。
技能として習得していた暗視の能力がON/OFFできないので、どこまで影響しているのかわからない。
だが―――
「きゃぁっ!?」
「アルナ。フォローを!」
「はい!」
前衛を無視するかのように放たれる火線。
銃弾は障壁装甲で弾かれたが、眼前で散る火花にアコルが悲鳴を上げる。
プレイヤーたちの障壁装甲は決して万能の盾ではなく、銃弾であれば数発分の猶予を貰えるだけだ。
そのため、場合によっては装甲が打ち砕かれる前に盾役が攻撃を肩代わりする必要がある。
後方からイリスの支援を受けつつ青い輝きを放つ盾を構えてアルナが射線へと割り込んで銃弾を受け止め火花が舞う。
そんな雄姿を視界に収める余裕もなく、ノアは壁を蹴って火線を避けるように宙を舞って天井を勢いよく踏み抜いて敵を頭上から急襲する。
アルナとてそう長い間攻撃を受け止め続けられるわけではないので、急いで攻撃手を減らさなければならない。
「はぁ・・・っ!」
出来の悪いマネキンのような人形にしても歪な機械の敵―――マグナガンの首を刎ね飛ばし、耳障りな音を立てる右腕のガトリングを斬り落とす。
このマグナガンという敵は、上半身が華奢な女性を模しているくせに右腕が武骨なガトリングで、それを支えるためか下半身が奇妙なほどに横幅の大きく太くてずんぐりとしている二足なせいでシルエットが人型には見えない。
というか、そこまでして二足歩行にする理由がわからない。キャタピラとかじゃダメだったのだろうか。
いや、上半身が女性型なのもまるで分らないけれども。
「ふっ!」
しかし、ノアにはそんなどうでもいい通称を思い出す余力もなく、すぐに刃を切り返す。
次のマグナガンの首を切り捨て、その後ろの相手には左腕を振るって手甲から延びる鞭、というか金属製ワイヤーでガトリングを殴打して銃口をあらぬ方向へと向ける。
吐き出される弾丸が機械の仲間たちを粉砕し、その隙をついて懐に飛び込んで腕ごとガトリングを斬り落として戦闘力を奪っていく。
―――バチっ!
四体目を無力したのとほぼ同時に耳が不穏な音を拾う。
慌てて転がる様に距離を取るが、倒したマグナガンの一体が自爆してノアの身体は吹き飛ばされた。
数度、床を跳ねてアルナたちの足元に帰還すると、連鎖爆発でも起こしたのか爆音が木霊する。
ついでに溜まっていた埃にも引火したのか熱気が弾けて、紅蓮が渦を巻いた。
「っ! フィル! 押し流して」
「ん!」
炎に対抗するように青い光が渦を巻き、次の瞬間には津波となって炎を洗い流す。
轟音を立てて遠ざかっていく水の気配に、気を取られつつも背後へと警戒を向ける。
「だ、大丈夫・・・と思う」
カザジマの不安げな声を肯定するようにイリスが頷くのを確認して全員がようやく肩の力を抜いた。
まだ敵との遭遇は数回だというのに、すでに疲労感が強い。
「マグナガンって、この迷宮では一番弱かったはずよねぇ・・・?」
「実際、単純で単調な、命中精度もそこまで高くない射撃だけだからあまり強くもないけど」
アコルが引き攣った声音を漏らすのも仕方のない事だった。
ゲームの時のマグナガンの射撃は命中率が6割程度で、技能で射撃対策をしていれば2割まで下げることができる。
障壁装甲もあるので、その程度なら無視してもいいレベルだ。
たとえ完全に対策していなくとも、受けるダメージはさほど大きくなく、他に脅威があればそちらを優先することの方が多いくらい。
要するに後回しにしても問題のないほどの雑魚―――ではあるのだが。
「厳しい、ですね」
「まったくだね」
アルナの感想に、ノアは思わず苦笑してしまった。
痛みというのが戦闘に大きな影響を及ぼすのは十分に承知しているつもりだった。
けれども、ランダムにバラ撒かれる銃弾が目の前で障壁装甲に弾かれると恐怖で身体が竦む。
腕や足を撃ち抜かれて流血を伴えば、覚悟していても、回復させることができるとわかっていても、足が止まる。
何よりも地形が厳しい。
「遮蔽物もなく、破壊困難な壁に囲まれた通路で射撃兵器なんて配置するなって言いたくなるなぁ・・・」
術理の津波が収まって視界は開けたが壁どころか照明すらも破損している様子が無い。
結構な爆発だったと思うのだが、あの程度では元々が破壊不能のオブジェクトだったダンジョンの壁には傷ひとつつかないらしい。
自室のベッドや床は簡単に壊れたというのに・・・。
「壁に穴が開けられれば真っ直ぐに抜けたり、避難場所を作ったりもできそうなのだけれど」
「さすがにできそうにないわねぇ~」
ぐったりとした様子でアコルが言う。
何と言うか、綺麗なお姉さんというより、家事に疲れたおばさんっぽく感じてしまう。
(まぁ、痴女的なのは演技みたいなものなのだろうけど。過激な発言もほとんどしないし)
事前情報とのギャップは感じているが、それなら服装くらい普通にすればいいのにと思ってもいる。
しかし、何となく踏み込めない話題な気がして―――いや、単純に異性の服装に口出しできるほどお洒落でないだけか。
彼女については色々と謎ではあるけれど、ノアは思考を追いやって戦闘の跡へと視線を向けた。
壁や床に傷は無くとも、破損したマグナガンの部品などはいくらか散乱している。
フィルの生み出す水は見た目よりも水圧が高くないらしく、敵を押し流すほどの効果は期待できない。
けれど、だからこそこうして戦利品が残っているし、熱と炎を掻き消すのには重宝している。
「とりあえず、拾っておこうか。どこかで使えるかもしれないし」
「そう、ねぇ・・・」
「あ! あたしがやるよ!」
カザジマが意気揚々と残骸へ手を伸ばすのを見て、イリスが手伝いに入る。
アルナが積極的に前方の警戒をしてくれるので、後方を注意しつつ背中に張り付いてくるフィルの頭を撫でた。
「・・・恐怖には強い方だと、思っていたのだけれどねぇ」
座り込んでしまったアコルが自嘲気味に呟く。
すでに戦闘自体は結構な数を熟してきたが、中衛に当たる彼女に直接攻撃が飛ぶ状況は今までそれほど多くなかった。
しかし、遮蔽物が無く縦列での隊形にならざるを得ないこのダンジョンでの戦闘ではそれも難しい。
もう一つ言えば、アコルやフィルの中・遠距離からの援護攻撃も仲間への誤射を嫌ってやり辛いため戦闘時間が長引くことも多くなっている。
ゲームの時は通路自体がもっと広く、行動阻害を受けるほどではなかったために事前には考慮していなかった問題だ。
もっとも、ゲーム的には障害物や身を隠す場所の無い戦場の方が多いくらいなのだけれども。
「私、ねぇ・・・子供、産めないのよ」
「は?」
不意に言われて、ノアは思わず怪訝な顔を浮かべる。
戸惑うというより、何を言われたのかわからない、という感じだ。
そんなノアにアコルは苦笑を向けた。
「いわゆる不妊症なのよ。二十歳の時に知ったのだけれどね」
「それは・・・―――」
「いいのよぉ、無理に何か言わなくても」
確かに、他人が何か言うべき事でもないだろう。
慰めなんて口にしたところで嫌味にしかならないだろうし、そもそも女性にとってソレがどういう意味なのかも正確にはわからない。
子供を望む年齢でもなく、相手が居るわけでもないし、ましてノアは―――。
「あれ? けど、今の肉体なら・・・?」
「えぇ、できるかもしれないの。だから、早く夫に会いたいのよ」
「・・・まぁ、女の子の日は経験したけど」
随分と辛いと噂の月に一度の症状も、この痛みに滅法強い身体では大きな問題にはならなかった。
少しの体調不良はあったがノアの場合は精神的にも物理的にも手取り足取り教え、助けてくれる三人が居たからというのもあるが。
羞恥心はプライスレス。
「アレがわかった時の恐怖と絶望に比べれば、と思っていたのだけれど・・・」
「命の危険は種類が違うということでは?」
「そうねぇ」
これ以上は聞いても何も言えないだけなので会話を切り上げる。
夫の話題を掘り下げて惚気話に発展されても、それはそれで聞いていて辛くなるし。
「それはともかく、この調子でいくと抜けるのにどれほどの時間が掛かるのやら」
「休息が取れないことも大きな問題です」
一通り回収が終わったからか、近寄ってきたアルナが深刻な表情で会話に入ってきた。
確かに、物陰の無い長い通路ではゆったりと腰を落ち着けるのも難しい。
警戒するのは前後だけでいいとはいえ、直線的な通路では射線が通り過ぎるし、下手をすると挟み撃ちになる。
「すでに結構な消耗しているし、食事やトイレ休憩も厳しそうだね」
「垂れ流すしかないかもしれないわねぇ」
「そこで羞恥心を捨てないでください」
「飲みたいって言う人も居るのよ?」
そんなアブノーマルな話に付き合うつもりはなく、そっぽを向くと頬を朱に染めてこちらを見ていたイリスと目が合う。
妙にうっとりとした様子なのだが、とりあえずは見なかったことにしておく。
下手に口に出すと何が起こるのかわからなかったからだ。
「・・・この先で手頃な場所が見つかればいいのですが」
「最悪、T字路みたいな場所でってことになるかな」
全ての通路を塞がれたら話にならないが、逃げ道は多い方が良い。
それに角ならばやりようによっては壁を盾代わりに利用することもできる。
一本道よりはマジだとノアは考えるが、それもどこまでが正解なのやら。
「けど、まだ分岐らしい分かれ道もなく一本道だからなぁ・・・この先もこんな通路ばかりだとかなり厳しいな」
「そうねぇ。縦に並んで進まざるを得ないのは相性が悪いもの」
あくまでゲームの時の情報ではあるがマグナガンを筆頭に、このダンジョンには射撃攻撃を主体にした敵が多い。
通常の射撃攻撃はまだ防ぐ手段が複数あるし、相手の命中精度が低いこともあって対処は何とかできている。
けれど、この先には『砲撃』やら『雷撃』やらの特殊な効果や範囲を持つ攻撃も増えてくるだろう。
アルナの盾だけで対処するのは不可能で、だからと言って回避は困難。
(この時点で詰んでいる気もするけど・・・かといって、諦めて戻るのも、な・・・)
気が重い。
対処方法がまるで思いつかないというのは、予想以上に精神へ負担があった。
「とりあえず、行けるとこまで行ってみようよ!」
「・・・そう、だね。それしかない、か」
能天気とも取れるカザジマの言葉に、小さく頷いて隊列を組み直す。
アルナを先頭に、わずかに遅れてノア、その背に張り付いたままのフィル。
その後ろをイリスとアコルが並んで歩き、カザジマが最後尾。
戦闘が始まれば状況を見てフィルとイリスが前後どちらのフォローにも入る構えだ。
迷宮内の通路は変動する可能性もあるが、それでも一本道だったので自分達より後ろは安全確認が終わっているので比較的安全。
もっともキャラクターレベルが低いカザジマに殿は危険かとも思ったが、さほど隊列が間延びすることもなく目以外でも気配を感知する面々が一緒なので問題は無いだろうと判断している。
「・・・意外と黴臭さや埃は気にならないわねぇ」
「慣れもあると思うけど、たぶん、今の身体が花粉症とかアレルギーとは無縁っていうのも要因の一つかも」
「あ、そっか。あたしハウスダストのアレルギーだけどムズムズしたりしてない」
完全な暗闇というわけではないが配置されている光源だけでは薄暗い。
単調な通路ということもあって雰囲気が重くなりがちなのを嫌ってアコルが口を開くとノアもその意図に乗る。
こういったことは色々な意味で沈黙が苦ではないアルナ達ではできない気遣いだ。
アコルが気にかけているのは精神的に最も未熟な一人だけのようだが。
「ふふ、想像していたより私たちも冒険者やれているのねぇ」
「今ならお蕎麦も美味しく食べられるかも!」
「カザジマちゃんはソバにアレルギーがあったのかしら?」
「うん―――」
加わる余地を失ったのでノアは押し黙った
二人の雑談をBGMに少しだけ気持ちを軽くして一行は薄暗く無機質な通路を進んでいく。




