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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第一章 最前線だったはずの入門編
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03 手に取るは剣か華か


ノアが歩くことが出来るようになるまでに三日の時間を要した。

その間の彼女は三人の女性に手厚く介護されて何とか生活することが出来る状態としか言いようがない。

麦粥を食べさせてもらっただけで頭が真っ白になる程の衝撃を受けたり、お手洗いに行けなくて大変なことになったりと色々とあったが。

男と女の身体構造の違いについても()()()()()洗礼を受けたようである。

三日の間に判明した大きな事柄もいくつかあった。


ひとつは『錬金術』。


これは|セブンスターオンライン《SSO》におけるゲーム上のシステムとしての機能のモノであって、本来の意味合いとは若干異なる。

SSOというゲームにおける錬金術は私室(マイルーム)でしか使用することが出来ないアイテム作成機能全般だ。

武器防具の作成・強化。消耗品の作成などは本来の作成工程がどうあれ、全て錬金術に分類されている。

鍛冶鍛造のための炉が、機織機(はたおりき)が、醸造台(じょうぞうだい)が、といった様々な種類のモノが生成に必要になるのだがシステム的には全て『錬金術』で一括されるのだ。

この機能が使えるということと同時に、壁や床の補修修繕、新たな家具や食器類の作成なども錬金術で可能だということが判明した。

あっという間に壊れたベッドや床が新品同様に作り直される様は驚愕するしかないモノだった。

ノアとしてはベッドや床だけでなくコップを含めた食器類も何度も破壊することになったので大いに助かったのだが。


他に私室(マイルーム)という空間が広くなっているということが判明した。


画面越しに見ていた時はベッドですらキャラの身長よりも小さかったり部屋の端まで自キャラの歩幅で、五歩で辿り着いたりしたので現実的な大きさに合わせれば広くなるのは当然だった。

それ以外にもゲーム描写としては省かれていた部分としていくつかの別室の存在がある。

トイレや風呂場、キッチンなどの生活空間はゲーム内では存在しなかった空間が、画面上では入ることのできなかった扉オブジェクトの先に広がっていたのだ。

パートナーたちの個室が存在していたことにもノアは驚いたが、それ以上に倉庫(ガレージ)の存在が大きい。

マイルーム内でメニュー画面からリストを操作するだけの倉庫が生活空間の倍以上の広さで実在していたことにノアは呆れるしかなかった。


私室(マイルーム)というよりは私邸(マイホーム)みたいな広さ」


と肩を竦めて呟いたのは、何となく納得できないモノがあったからだろう。

集めていた装備やアイテムだけでなく所持金も金貨や銀貨として倉庫に収納されていたことで当面の生活は可能だと判断できた。

メニュー画面に数字で所持金表示されていただけのものであっても持ち物として保管されていたことも驚くポイントだったのかもしれない。

しかし、倉庫内に保管されていたはずの物でも無くなっている物も複数存在していた。

例えば成長補助(ブースト)アイテムやキャラクター名や声などの情報変更系アイテム。

他にも足りないものがありそうだがリストが存在しない上に倉庫は広く、物の数が多いこともあって把握できなかった。

ノアは身体を動かす訓練―――リハビリにも近い感覚で倉庫の整理をしていたが、やはり全てを管理するのは厳しいと感じるのだった。


その他こまごまと多くの吃驚(びっくり)ポイントを体験したノアだったのだがゲームとの差異は大きく多過ぎる。

特に娯楽としてのゲームでは描写を省かれる『生活』という面については本当に数が多い。

見覚えのない女物の私服が大量に収納されていたのを見た時には頬が引き攣る程度には。

当然というべきか、ゲームという世界に作られた存在に現実味を持たせるとなると生活が大きなウェイトを占める。

だから、例え女である自分の分身体(アバター)の下着が出てきたとしても不思議はないのである。


「これ、どうやって買い集めたんだ・・・?」

「お恥ずかしながら、わたくしが作成いたしました」

「イリスの手作りっ!?」


そんなやり取りから『錬金術』のアレコレを聞く切っ掛けになったりもした。

三日というまともに動くこともできない期間でそれはもう懇切丁寧に全身のケアをされたこともあってノアはパートナー達との会話がとても多かった。

ゲームシステム上のハートマークで示される好感度・交友度の類はかなり高かったことが気安い関係性を作っているのかもしれない。

SSOでは好感度がパーセント表示ではなかったため本当に友好関係が成立していたのかどうかはわからないのだけれど。

少なくとも三日間共に過ごしたところノアの目から見てとても仲がいい。

甲斐甲斐しく、本当に『おはよう』から『おやすみ』まで心底楽しそうに世話を焼く三人からノアは裏を感じることはできなかった。


(それほど人を見る目に自信があるわけではないから、単に自分が信じたいだけかも)


製作者たる自分にとっての彼女たちはゲーム上の存在であっても、そう願う相手であるというだけの話。

だからといって全裸に剥かれ浴槽に担ぎ込まれて三人に上から下まで徹底的に辱められたことは許すつもりが無い。


幸いにというべきか、認識できない操作者(プレイヤー)に身体を操られるといった事態はこの三日では起こっていない。

単純にゲームキャラに人格が芽生えた、あるいは意識が乗り移ったという現象ではないようだ。

原因と考えられるモノはあれど確定できる要素が少ない。


「やっぱり、まずは目の前の状況に適応するところから、かな」


どうしても無駄なことに引き()られる思考を断ち切る様に、ようやく慣れてきた身体に活を入れる。


(馴染んできた・・・というと、肉体に魂が定着してきたみたいで嫌な感じもするけれど)


しかし、それは事実かもしれない。

体の不調は時間と共に復調していった。

鋭すぎる感覚や加減のできない力なんかは『ゲームキャラのステータス』に自分の魂が馴染んでいなかったから、と考えてしまうのだ。

ファンタジーのプレイヤーキャラクターというのは魔法的な能力などなくとも一般的な常人を遥かに上回る身体能力を持つものだから。


(でも、聴覚や視覚なんかは比較的普通だったことを考えると何らかの制限があるのか、個人差があるのか)


触覚と同じほどに聴覚も鋭敏になっていたらアルナの声を聞いた時点で鼓膜が破れるかのような苦痛を抱いていたに違いない。

力加減は筋力値の反映、身体の感覚は『異性』の肉体に適応するため、だったのかもしれないが。

本来の自分とは似ても似つかない細く華奢な白魚のような自らの手を眺めてノアは嘆息吐く。

加減はだいぶできるようになったが、扱える力は成人男性を遥かに超える。

人間くらいなら首だろうが頭だろうが力任せに握り潰せるほどの力が。

しかし、筋力のステータス同様に耐久力のステータスがあるので圧倒的な力量差が生じるかどうかはわからない。

考える必要があるのかどうかもわからないわけだけれど。


「ふ~・・・何というか、やっぱり違和感はあるなぁ」


私室(マイルーム)には訓練場が併設されている。

ゲーム的にはキャラクターのモーションや攻撃範囲、連携の確認用の施設だったのだが、小さな運動場程度の大きさのソレが普通に存在していることにも驚きを隠せない。

しかし、目下の問題は明らかに広すぎる私室(マイルーム)の敷地ではなく自分の肉体について。


(こんなことなら、もう少し小さく・・・いや、男性キャラにしておくべきだった・・・)


本来の肉体と大きく違う、胸元の重石や足の付け根付近の心許無さは軽い準備運動だけでも浮き彫りになる。

将来的にはもっと色々と出てくるのだろうけれど、動くたびに感じる違和感は近時で最大の問題のひとつ。

ちなみに、お手洗いや入浴に関しても似たレベルで大いなる問題なのだが、それは別の話である。


(女性の下着って、本当に大事なんだなぁ。と、それはともかく)


動くたびに揺れは擦れてゾクリと刺激を与えてくる柔らかな塊を締め付けるように胸当てを直しながら嘆息吐く。

もちろん身体の違和感は大いなる問題なのだけれど、物理的な問題として死角が増えたことが挙げられる。

すでに何度も足元が見えなくて転び、一度はトイレに顔を突っ込みそうになった身からすると大変に重要なことだった。

腕や足の長さの違いからくる遠近感の差もそれに拍車をかけていて、ごく普通の動きすら失敗するくらいに困惑している。


(巨乳美女は嫌いじゃないけど、自分が成っても・・・いや、美人が得だって話もあるけど、さぁ・・・)


私室(マイルーム)から出ることを躊躇っている現状では美醜はあまり関係が無い。

もしかしたら三姉妹に対する好感度には多少の意味があるかもしれないけれども。


「・・・」


ノアは静かに胸元へ視線を落とし細い指先で―――


「マスター?」

「―――ひゃいっ!?」


ビクリと肩を震わせて何とか笑みを浮かべつつ振り返った。

痛いほどに心臓が自己主張していたけれど、アルナは特に気にした様子もない。


「身体は、大丈夫ですか?」

「あ、うん。ん~・・・身体能力という意味では問題ない、けど」


不安はいくらでもある。

当分は日常生活にすら支障が残るだろう。


「これは、剣を持っても動けなさそうかな」

「それは戦技特型(スタイル)に依るのではないですか?」

「いいや。身体の違和感が大きくて、技術や能力以前の問題だと思う」


SSOでは冒険者(プレイヤー)は12種の戦技特型(スタイル)から自分の戦い方を選ぶ。

戦技特型(スタイル)とは他のゲームで言う職業(ジョブ)システムのようなもので、装備できる武具や体得できる能力が異なる。

主戦型(メイン)副戦型(サブ)を設定でき、総合能力の上昇や切り替えることで戦術の幅を広げることが可能だ。

システムがどこまで有効なのかは別にして、戦技特型(スタイル)によって武器の扱える技量が変わるのはあり得ることだとノアも考えていた。

ちなみに、実装されている武器種は戦技特型(スタイル)ひとつに付き3つ以上。種類だけでもかなりの数がある。

またレベルが戦技特型(スタイル)ごとに設定されており、特定の設備を利用することでいつでも変更することが可能だ。

設定していない戦技特型(スタイル)であっても基礎能力に補正を掛ける能力(アビリティ)が存在するので強くなるには複数の戦技特型(スタイル)を育てる必要がある。


(と、言っても成長補助アイテムをちゃんと使えば結構簡単にレベルは上げられるのだけど)


ノアはそう思っていたが、それすらも戦闘難易度が高いとされるSSOでは相応のプレイヤースキルが求められる。

それでもプレイヤー全体の半数以上が主戦型(メイン)副戦型(サブ)で扱う戦技特型(スタイル)2つ以上をカンストさせていたが。

ノアの場合はやや戦闘寄りのプレイスタイルだったこともあって12種全てがカンストしていた。

なので、戦技特型(スタイル)さえ変更すれば全ての武器種が装備できるはずである。


(でも、それは画面越しのキャラクターでのこと。武術の経験はほぼないし、本当に武器を取ったことも無いのに上手く扱うなんてできるのだろうか)


小さく頭を振る。

それはできないだろう、と。

日常生活すら困るくらいに体の動かし方に難があるのに戦闘なんて夢のまた夢だ。

もう少し馴染んでくれば多少は動けるのかもしれないけれど。


「アルナは十全に動くことができるんだよね?」

「もちろんです。マスターの足手纏いになるようなことはありません」


自信満々に胸を張る彼女はノアの目からは輝いて見えた。

足手纏いになるのは自分の方だろう、と思ってノアは苦笑する。


「じゃあ、アルナに教えてもらおうかな。体の動かし方」

「私が、ですか?」

「身体の違和感もだけど、軽く訓練もつけてくれるとありがたいかな」


SSOにはキャラメイクをやり直すアイテムも存在する。

けれど、性別の変更はできないし倉庫の中には存在していないことを確認していた。

ならば、当分は今の身体と付き合うことになるのだろう。

この世界で生活するにしても帰還の方法を探すにしても戦う必要は出てくる。

ゲームの常識で言えば隣町に移動するだけでも確実に戦闘が起こるのだから。


「訓練・・・模擬戦、でよろしいでしょうか?」

「まぁ、何かの流派の技を鍛錬するってわけでもないから、それでお願いしようかな」

「かしこまりました」


アルナは一礼して空中に手を伸ばす

空気が凝り虚ろの残影が線を描くと不意にそれが実体となり、抜身の剣として彼女の手の中に現れる。


「刃引きはしてありますので、お使いください」

「ありがとう。それにしても、そんなに見事に使えるモノなんだね」

「幻影ですか? 私もマスターに呼び出されてから常に研鑽してきましたから」


パートナーNPC『エインヘリヤル』はその元ネタからか、プレイヤーが志に応えた英霊の魂を召喚したということになっている。

召喚の際にプレイヤーの力を込めることで肉体と特殊な能力を与えるという設定だ。

そして、フィルの『魔眼』同様にアルナに設定したのが『幻影』の能力である。

練度の低い間は厚みもない影を生み出したりして敵の命中率を下げることしかできないモノだが、強化が進むととてつもない能力に進化する。

姿を消すのは当たり前、分身したり、今やって見せた様に幻影を実体化したりすることができるようになるのだ。

実体を持った幻影が同時に襲い掛かるような特殊な戦法は最上位まで鍛え上げた『幻影』の能力を持つパートナーNPCのみに許されていた。

ただし、あくまでゲームでのことで戦闘中にしか能力を使うことができなかった。


「記憶にある限り幻影として生み出せるものは、自分と武器の一部だったと思うのだけれど」

「そう、ですね。確かにそのはずなのですが・・・」


自分でも不思議に思ったのかアルナは小首を傾げた。

彼女たちにも色々と変化が起きているということなのだろう。


「そういうのも検証しておかないと危ないかもね」


言いながら生み出された剣をアルナの手から受け取った。

手にした剣は確かな重みがあり、詳しくはないが実物と遜色が無いように思える。

将来的には耐久力や存在させられる時間も考えた方が良いのかもしれないが、あくまでも後々の話。


「ともかく今は訓練を頼むよ、先生」

「せ、先生だなんて・・・せっ、精いっぱい頑張らせていただきます!」



その後、張り切り過ぎて鬼教官と化したアルナに彼女は日が沈むまで叩きのめされたのだった。






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