35 門前にて先を読む
「う、わぁ・・・」
近づいたことでわかる圧倒される巨大な建造物に、感嘆にも似た呟きが漏れ出た。
カザジマのそんな感覚にはノアにも理解できた。
それほどまでに目の前の建造物は雄大で威圧感がある。
「ようやく着いたわねぇ~」
「予定より時間が掛かったのは確かだね」
感慨深げにカリフラワー・アコルも漏らすが、その視線はやはり眼前の建造物に向けられたままだ。
古代遺跡。
そう呼ばれる迷宮は外から見る様子からすると、どちらかと言えば『城塞』だった。
金にも近い黄土色のレンガのようなモノが積み上げられた壁は、かの有名な万里の長城を彷彿とさせるほどに山と山の間を埋め尽くしている。
(いや、万里の長城を直に見たことはないけど)
その来歴すらもうろ覚えの建造物を引き合いに考えていた自分にノアは苦笑を漏らした。
ともかく、見た目には何らかの防壁のように見える壁が視界の彼方まで続いているのだ。
それだけでも十分に壮大だが、その壁の奥には『城』にも見える遺跡の中枢が覗いている。
左右を囲む山脈と同じくらいの高さがある、と言えばその巨大さの想像がつくだろうか。
この遺跡はゲームの時のマップを信じるのなら地上3階層、地下2階層から成る5階層構造で内部は常に変化する。
階層の数自体は変わらないものの、眼前の光景からするとそれ以上の広さと階層が存在していそうだ。
「遺跡って言うより、なんか・・・軍事拠点? みたいな、感じ・・・?」
カザジマが小首を傾げているが、上裸の壮年男が頬に人差し指を乗せてのその挙動は何時まで経っても慣れない。
見た目からして完全に妖精なフィル辺りがやるなら可愛らしくて笑みすら零れるのだが。
しかし、カザジマの感想はある意味で的を射ている。
「そうねぇ。ここは設定的には太古の『都』だった場所だもの。外敵への備えくらいはあったのではないかしら?」
「そんなに昔から魔物って居たのかな?」
「さぁ? そもそもSSOにはそんな設定が無かったかもしれないわねぇ~」
苦笑気味にアコルが返すのを聞き流しながら、設定の矛盾はどこまで有効なのか、という考えがノアの脳裏を過った。
オンラインゲームには設定的な矛盾というのがそれなりに存在することが多い。
これは後付けで設定が追加されていくことによるものだったり、現実の時節を汲んだイベントやアイテムを実装したりすることで良く発生する。
SSOで言えば特に顕著なのは衣装が挙がるだろうか。
歴史的背景も無く和服や刀などが追加され、ソレを好んで採用しているノアにとっては身近な内容だ。
詳しく調べていけばもっと根本的な世界設定にも何かあるのかも知れないがすぐには思いつかない。
(そういうところを追求していけば、帰る方法に繋がる何かとかもわかるのだろうか)
帰還に関して今は積極的な気持ちはないが、方法があるのなら把握くらいはしておきたい。
妹たちがどうしたのか、こちらに居るのかを確認しない限り自ら使うことはないだろうけれど。
しかし、設定の矛盾や破綻を探すのなら歴史的な背景がある程度描かれた『古代遺跡』は絶好の調査個所かもしれない。
「危険と釣り合うだけの成果は得られなさそうだけど」
「何か懸念があるのですか? マスター?」
「無事に抜けられるかどうか、という不安が無いとは言わないよ」
アルナの問いに誤魔化す意味も込めて、ノアは苦笑を浮かべた。
その不安はフィルも抱いているようで、今朝から表情が硬く、イリスですら物憂げな雰囲気がある。
というのも、ノアたち四人での攻略はゲーム時において94戦して1勝。
最後の方は運が味方して何とか突破できた程度の戦績であり、完全に負け越している場所だ。
「私もリスナー参加企画で何回かしか突破できなかったのよねぇ」
「まぁ、噂のカリフラワー・アコルさんの放送に参加するような猛者は多くないかもしれないけど」
彼女の放送スタイルは熱烈な支援者はいるものの数としては多くなかった。
その上で放送に―――それも古代遺跡の攻略に参加するとなるとかなりの数が絞られたことだろう。
もう一つの要因としてはFF率No.1戦技特型の隔霊操型をアコルがメインとして固定して使っていることだ。
本人的にはキャラ作りの一環らしいのだが、これに合わせるにはかなり高いプレイヤースキルを要求される。
「けど、今はメンバー的にも能力的にも、それ以外の要素的にも合わせられないから」
「わかっているわよ~」
ゲームであれば半ば意図したFFは身内受けしかしない笑い話ではあるが、今はそういうわけにもいかない。
現状ではアコルが攻撃頻度を落として支援に徹することで何とか連携の形を保っていた。
否。全員の能力を100%以上に引き出すのが連携だとすれば、彼らがやっていることはママゴトのようなものだ。
だからといって、この場で足を止めるつもりはないが。
「じゃあ、装備と持ち物の最終確認を。特に麻痺と魅了の対策は念入りに」
「それに食料と飲料水もねぇ~。中で何日彷徨うことになるのかはわからないもの~」
アコルの言葉にカザジマが小さく息を飲む。
が、それは以前から予測していた事態なのでノア達には特に動揺は無かった。
何せゲームでは五番目の街から古代遺跡までの距離は戦闘を含めても10分掛からない。
その道程に二週間以上の時間が掛かったことを考えれば、ダンジョンの中に複数日滞在することになる予想はしてしかるべきだった。
(むしろ、数日で済んだら御の字、か)
ゲームとしての描写の関係もあるとは思うが、屋外の移動よりも迷宮の探索の方が長時間描かれる。
それこそ、最短ルートを通っても30分以上、戦闘含めて数時間かかるということすらザラだ。
それを考えるとダンジョンを通過するのに単純計算でひと月以上の時間が必要ということになりかねない。
流石にそこまでの時間が必要とは考えていないが、危険度が跳ね上がるという関係もあって数時間で抜けられるとは思っていなかった。
「まともな休息すら取れない強行軍になるかもしれないな」
「数日であれば、私たちはどうにかできるとは思いますが・・・」
アルナの声音に固いものが混じる。
言葉にこそしなかったが、いざとなれば足手纏いを切り捨てることを覚悟しているのだ。
その候補の筆頭はカザジマだが、ノアさえ生き残れば良いという考えのアルナ達自身すら候補に入っている。
ノアとしてはそんなことで他者の命を背負いこみたくないのだが、ダンジョンに潜るのは初めてということもあり覚悟はしておくべきことだった。
誰かを犠牲にしてでも先に進む覚悟は、むしろ戦闘をすると決めた時に終えているべきことではあったのだけれども。
(まだまだゲーム感覚が抜けていない、か)
あまりにもゲームの時の知識が有用に働きすぎて、自分にとっての現実を上手く認識できていない自覚があった。
少なくとも今、思考して自分の意思で動く肉体はひとつで、すでに何度か死にかけたというのに。
命の重みというのを、想像していたよりも軽く考えている自分にノアは苦々しく思う。
今の彼女にとって最も重い命が、本来はデータであるアルナたちというのはある意味では皮肉な話だった。
「全員で抜けよう。せめて気迫くらいは持っていないと」
「そう・・・ですね」
アルナがホンの少しだけ困ったように、けれども確かに笑みを浮かべて頷く。
最初から被害を前提にして気力を落としておく必要などないのだ。
「せめてこれが役立つことを祈ろう」
取り出したのは手のひらサイズの『鍵』だ。
白金と金で彩られ、ブレード部分は水晶のような透明度の高い、けれど内側に七色の輝きを宿す不可思議な素材で作られている。
パッと見は典型的な鍵に見えなくもないが、ブレード部分がずいぶんと太く、そもそもが手のひらと同じ程度の大きさという時点で普通の代物ではないとわかる。
認証通電キーという古代迷宮をソロで突破した際の報酬アイテムだった。
難易度の緩和後に作り上げた古代迷宮対策装備を用いた上で300以上の試行回数を費やしてようやく一度だけ成功した成果である。
もちろん、ゲームであったから何度も挑戦出来たし気力も保ったので、今からもう一度入手できるとはノアも考えていない。
しかし、それでも三連休を費やして意地になって攻略した記憶から、せめて役に立って欲しいという願望が生まれていた。
「綺麗ねぇ~」
「アクセサリーにするには重いですけど」
準備を終えたアルナが手元を覗き込んでくるのに、ノアは肩を竦める。
彼女たちはこの世界に置いての鉱物や鉱石類がどんな種類があるのか全てを把握しているわけではない。
それでも『認証通電キー』の光物としての美しさは文字通り現実離れしていると感じた。
などと考えているうちに、全員の準備が整ったようだ。
冒険者や従者の利点は多くあるが手荷物に関しても大きな利点がある。
霊倉の腰鞄があれば旅のための荷物や食材などを重量に関係なくかなりの分量を持ち運ぶことができるからだ。
少なくともコレが機能している限り、ひと月以上は迷宮の中でも食事と水に困ることは無いと言い切れる程度は容量がある。
十全に補充されていることを確認したのなら、とりあえずは大丈夫だろう。
(他に考えておくべきことは・・・)
万全の準備というのは、実質的に不可能だ。
食事や飲水が必要になる時点でゲームとは違うし、現実で命の危険のある探検なんてしたこともない。
何が必要になるのか、というのは、結局のところやってみなければわからない。
これが自然の洞窟などなら二酸化炭素中毒や毒性ガス、光源と空気の確保に・・・、と多少は想像ができるのだが。
それでも多少であって万全とは言い難いのが事実ではあるが。
「基本的には危機察知はアルナとフィルに、罠の解除をイリスに」
「先頭がアルナちゃんで、最後尾がフィルちゃんでいいのよね?」
「あくまで基本は。臨機応変を忘れるのは良くないと思う」
「そうねぇ・・・」
専門家というには程遠いノアとアコルはお互いに困ったように笑みを零した。
「とりあえず、カザジマちゃんは前に出過ぎないようにねぇ~?」
「うぅ、わかってるよ!」
不満げなカザジマではあるが、彼の場合、戦おうとすると装備や能力の関係上、特出してしまいがちだ。
その上、本人の気質からか中身の年齢的な問題か視野が狭い傾向にあり、アルナたちよりも前に出たがる。
外ではそれもフォローが利く動きだが、トラップのある屋内となると話が変わってくる。
「古代迷宮は危険なトラップが配置されているし、罠を感知できないカザジマが自由に動くと即座に命を落としかねない」
「う、うん。わかってる。大丈夫・・・」
ノアの言葉に小さく身震いし、顔色を悪くするがそれで命を拾うなら安いものだ。
ゲーム時には即死だったトラップのいくつかは落とし穴や釣り天井のような圧殺系のものなので現実的には対処の仕様もある。
が、それも事前に察知できるか、引っかかってもリカバリーできるだけの反応速度と能力が必要になる。
それらの全てを持ち合わせていないカザジマは罠に対して最も無防備だ。
いや、現状で確認はできないがレベル的にも最も脆いのだが。
「じゃあ、三人とも。毎度で悪いけど今回もよろしくね?」
「お任せください、マスター」
「心得ておりますわ」「ん」
それぞれに返答した後、三姉妹の身体が淡い輝きに包まれる。
その光景を眺めて『なんか魔法少女モノの変身シーンみたいだな』と内心で思い、次いで自分もああなるのかと少し羞恥心が浮かんだ。
けれど、今更のことなので小さく嘆息を漏らしつつも、目には見えない『神装の腕輪』へ意識を向けた。
一瞬だけ感じる浮遊感にも似た意識が薄くなるような感覚の後に、身を包む衣装と装備が変わる。
肉体も偽りのモノに変わったはずなのだが、傷を負わないと実感が湧かない。
「うふふ~。いいわねぇ~・・・とぉ~っても、扇情的」
「そう、かな・・・?」
妙にアコルがニヤニヤしているが、ノアとしては疑問だった。
ノアたち四人の装備はファンタジーというよりは、SFに近いパワースーツ的な見た目をしている。
対機械系の敵というコンセプトでデザインしたもので、宇宙を舞台にした戦闘アクションをモチーフにしていた。
身体に張り付く様な全身スーツを基にはしているが、艶消しされた金属プレートの装甲や輝きを放つラインなどで装飾してSF感を強めている。
デザインの玄人が作ったわけでもないので防具的にはあまり意味のない構造だったりもするが、ノア個人としては四人の見た目はかなりそれっぽく出来たと自負していた。
腰に佩く武器に関しても刀というよりはレーザーブレード的な機械感のある白い鞘の透き通るような青い刀身の片刃の剣で、アルナ達も雰囲気的には似たものを装備している。
しかし、全身スーツが下地にあるので身体のラインは多少出ているが、装甲などが多めなので露出度の少なさもあってそれほど扇情的な見た目だとは考えていなかった。
あくまでテーマは『疑似SF』程度のモノで、ノアが黒、アルナが青、イリスが緑、フィルが紫のインナーで特徴を出した程度なことで統一感がありどこかの戦隊ヒーローのようにも見える。
「意外と通気性も良さそう。これならあんまり蒸れないかも」
「あら? そういう濃厚な香りが好みという方々も多いのよ~?」
「そういう情報はいりません」
特殊性の強い癖にはあまり触れるつもりはない。
ましてや、自分がその標的になる可能性を提示されて―――ノアは小さく身震いした。
「アコルさんはそのままでいいんですか?」
「これが手持ちでは一番高性能だから・・・魅了も防いでくれるし」
アコルは戦闘時も普段着もスリングショット水着だ。
旅路の中で何色か色違いを持っていることは理解したが、見た目の露出度ではメンバーの中でも最高である。
普通に考えれば草木などで怪我をしそうなので注意をするところなのだが、この変態水着の性能は確かに高い。
肌を露出しているように見えても全身を不可思議な力が守っているようで、露出部分ですら敵の攻撃を弾き返す。
まぁ、見た目と性能が一致しないのはノア達やカザジマも同じなので今更ではあるのだが。
しかし、あの露出度で致命的な部分が見えることが無かったのにはどんなカラクリがあるのか気になるところではある。
解明する気は欠片もないが。
「じゃあ、行くとしようか」
軽く言ってノアは城門―――のようにも見える扉へと向かって歩き出した。
現代の基準であれば、歩道を含めた四車線くらいの幅に三階建てのビルのような高さの黒い扉。
その隣に小さなコンソールパネルのようなモノが存在している。
(これがどういう意図で設置されて、どういう構造なのかには興味があるけど・・・とりあえずは『認証通電キー』が使えるのかどうか)
しかし、鍵穴のようなものは見当たらない。
翳してはみたが、それでは意味が無いようで―――スリッドのようになっている部分にブレード部分をカードに見立てて通してみる。
歯車が噛み合う様な金属音の後にガラガラと音を立てて巨大な扉が車庫の門のように上部に飲み込まれるような形で開いていく。
「って、カードキーかよ・・・っ!?」
無駄に豪華な柄の部分がただの装飾だったことが判明した瞬間であった。




