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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第二章 勇者の彩る初級編
37/99

34 行く先の壁の威圧



旅路を進む足取りはペースを落としていた。

そうというのも、この旅における最初の要所に対する恐怖が大きいからだ。

ゲームで辿った道順を逆に進むということは、基本的には難易度が徐々に下がっていくということ。

つまり、旅の出だしに近いほどに危険が大きいということになる。

完全にゲーム画面越しの時と同じだとはプレイヤーだった3人も思ってはいないが、警戒(けいかい)のし過ぎということはないだろう。


「そうねぇ、古代遺跡だものねぇ・・・」

「古代遺跡だもんねぇ」


と、カリフラワー・アコルとカザジマが疲れたような口調で述べたのが何時(いつ)だったのかは覚えていない。

しかし、そういう感想が出る気持ちはノアにも十分に理解できた。


順路迷宮(ルートダンジョン) 『古代遺跡』


そこは SSOセブンスターオンラインというゲームにおけるひとつの壁と言っていい。

実装当初にはレベルデザインを完全に失敗しているとすら評されたことがあった程の難関。

突破率は当時にして四番目の街に到達したプレイヤーの1割にも満たない数―――全体プレイヤー数から見ると0.01%以下―――だった。

このダンジョンの特色は複数あるが、4種の即死トラップと物理・術理(ルーン)のどちらに対しても耐性を持つ敵、行動制限の大きい状態異常である麻痺(まひ)魅了(みりょう)を扱う敵などが挙げられる。

一度に出現する敵の数も多く、戦闘中にも罠が起動する仕様のため、そちらにも注意を割かなければならず、ともかく常に劣勢(れっせい)を強いられるような場所だ。

また、SSO全体の仕様として迷宮(ダンジョン)はランダム作成―――入るたびに構造・敵配置・罠の位置などが変化する。

これは近年のネット上から簡単に攻略情報を入手できる環境に対してランダム要素を高めることで、攻略する楽しさを担保することを狙っているらしい。

共通の仕様ではあるのだが、即死トラップが多数配置されている『古代遺跡』の難易度向上に一役買っている。


当たり前の話ではあるのだが、これについては難易度調整(なんいどちょうせい)()された。

多少は難しさを売りにしているとはいえ、仮にも大衆向けのオンラインゲームだ。

β版の時ならともかく、1年以上も運営されている中でプレイヤーが()()()ような状態では放置することができない。

ゲームにおける難易度の調整というのはいくつか方法があるが、今回の場合はプレイヤー側を強化することで実施された。

古代遺跡に一週間遅れる形で実装された五番目の街『リッシュバル』と共に導入された『種族特攻』がそれに当たる。

これは武器や防具の強化の一種で武器であれば特定の種族に対する攻撃に倍率補正が掛かり、防具であれば特定の種族から受けるダメージを倍率で低減させるというものだ。

実質的に機工(マシン)系の敵しか出現しない古代遺跡では特に大きい効果を発揮する仕様だった。

他にも罠の発見・解除の能力が強化されたり、状態異常に対する耐性の上限が引き上げられたりと、いくつかの要素が同時に導入されている。

しかし、そんな難易度緩和(なんいどかんわ)が行われた後でも攻略したプレイヤー数は全体の0.1%程度だった。

これは単純な難易度の問題ではなく、SSOのゲームのプレイ傾向がサービス開始直後と比較すると冒険というよりその他の要素に向けられるようになった事にも要因がある。

難しい戦闘を攻略するゲームから、キャラの着せ替えや見た目を変更したりする創作や、他のプレイヤーとの交流を楽しむという方向性に。


プレイ傾向はともかくとして、この方向性の難易度緩和には大きな問題点がある。

簡単に言えば、キャラクターをきちんと育成・調整しなければ意味がないという点だ。

ダンジョンのギミックや敵の強さが変わらない以上、きちんと対策を立てて必要となる技能を修得し、装備を整えなければならない。

これを(おこた)ったプレイヤーにとっては相も変わらず凶悪な壁として立ち塞がっている。


必ず通らなければいけない要所なのに、なぜ対策を怠るのか。


その理由は主に2種類存在する。

ひとつは単純に難しいうちは先に進む必要性を感じないというプレイヤー。

多くのオンラインゲームではアップデートが重なっていけばレベルなどの成長上限が上がっていくため、相対的にダンジョンなどの難易度が下がっていく。

そういった今後の難易度の低下が訪れるまで先のエリアに進む必要性や、進むことに魅力を感じないという理由。

もうひとつは、シナリオ的には通過が必須な場所ではあるが、()()()()()()()五番目の街・リッシュバルへ入る方法があるから、だ。

これはSSOの仕様上にある穴でもあるのだが、プレイヤーのシナリオ進行状況に限らず、所属する同好派閥(ギルド)の本拠地にはメニューから転移で入ることができる。

それを利用して同好派閥本拠地(ギルドホーム)を経由することで要衝(ようしょう)となるダンジョンを無視して本来は辿り着けない街へ訪れることが可能だ。

リッシュバルで出会った同好派閥(ギルド)『異世界サバゲ部』の青華(せいふぁ)などはその一人で、シナリオを全て攻略したわけではない。

似たような方法でパーティ転移やマイルーム経由などの方法もあるのだが、当然のように転移ができなくなった現在ではどの方法も使用不能である。

そして、そんな育成不足で先に進んだ冒険者(プレイヤー)のひとりがカザジマだった。


「うぅ・・・ごめん、なさい」


筋肉質な体格の良い体の肩を丸めて小さくなる姿は、どこか哀愁すら誘われる。

彼が自分の力量―――ゲーム時の最後に確認したステータスについて打ち明けてきたのは周囲の連携が固まり始めた頃だった。

実は彼は三番目の街『ブレベルナ』までしか到達しておらず、リッシュバルにはたまたま野生動物MOBの手懐け(テイム)のために友人に頼んで連れてきてもらったとのことだ。

その友人は家族旅行のためテストサーバーでの先行プレイに参加することはないとの話だったため、彼だけがリッシュバルに取り残されることになった。

絶望と焦燥と混乱で泣き叫んでいたところを『発狂』と判断されて捕縛―――というか保護―――されたらしいが、それはそれとして。


「ま、連携失敗はいつものこと」

「うぅ・・・」


ノア達が戦い方を固定したことで連携自体はずいぶんと見られるようになった。

彼女の予想通り、冒険者(プレイヤー)()()()()()味方に十全に意図を伝えるテレパシーのような能力があることもわかった。

これにより、ノアをリーダーに、アコルを副リーダーにした柔軟な対応や有機的な連携も比較的機能するようにはなってきていた。

しかし、圧倒的に能力で劣るカザジマが足を引っ張る形で失敗する・・・というのが、ここ数日で続いている不調だった。


「カザジマちゃんだけのせいじゃないわよ~」

「・・・確かに。そもそも連携の相性が悪いか」


ノアのゲーム時のプレイスタイル的に前衛は回避優先の動きで手数を重視して相手の足を止める。

リスクを減らすために中衛が援護しながら敵の動きを抑制して、後衛の大火力で大きく削る、あるいは仕留めるというのが基本だ。

カザジマのように危険を承知で前に出て大きな一撃を狙うというのは、コンセプトの時点で噛み合っていない。

もちろん、動きを合わせることができるほどにカザジマの能力が高ければ問題は少なかっただろう。


「けれど、カザジマに合わせるのは無理があります」

「うぅっ」


アルナの言葉に彼は打ちのめされたように肩を落とす。

しかし、それは当然の感想だとも思えた。

ステータスを確認できないとはいえ、体感で感じるほどに彼とノアたちの能力は大きな差がある。

特に行動速度は彼が戦槌(せんつい)を一振り終わるまでに、ノアたちが2つ3つ行動できるくらいに。

いくら何でもゲーム時にはレベルによってそこまでの速度差が発生することはなかったので異常にも思った。

けれど、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)なカザジマと小柄で華奢(きゃしゃ)なフィルが腕相撲をして一秒と経たずに決着がつく。

そのくらいの身体的な能力と戦闘技量の差が表出すればあり得ないということもないだろう。

何よりも問題なのは、敵はノアやアルナたちの動きについてくるレベルだということ。


「仕方がないな。こんな場所で放り出すわけにもいかないし」

「マイルームに引き籠っていて貰う、というのはいかがでしょう?」

「それ、下手すると出てこられなくなるだけだからなぁ」


イリスの無慈悲(むじひ)とも思える言葉に、ノアは難色(なんしょく)を示した。

私室(マイルーム)に入る『魔法の鍵』は複製できる。

だが、その複製を()()()()()()()()のはその部屋の主と従者(エインヘリヤル)だけだ。

魔法の鍵は所有権を有するプレイヤーたち以外には物理的に手にすることができず、触れようとしても幻か何かのようにすり抜けてしまう。

その上、ゲームの時はマイルーム内から転移でフレンドなどの部屋へ入ることができたが、現在はきちんと扉を潜らなければ侵入できない。

そのため内部に取り残された場合に別のエリアへ移動する方法が現在は存在しない状態だ。少なくともノアたちには思いつかなかった。

安易に試すこともできず、マイルームの中に長期間取り残されてしまった時にどうなるのか、本当は脱出する方法があるのかは今のところ不明だった。

少なくともノアが考えた程度の方法では扉を失ったマイルームから外に出ることはできなかった。


「あ、足手纏いでごめんなさい・・・」

「ん。まるで使えない」


バッサリと切って捨てたフィルを抱き寄せて黙らせてから、ノアは肩を竦める。

あまりにも率直な感想ではあるが、アルナやイリスも同意の空気が感じ取れた。

はっきり言ってこの三人の評価はノアと自分達とそれ以外の三種類で大きく様相が変化するので参考にしすぎるのも良くはない。

しかし、正論で打ちひしがれている壮年の男に何と声を掛けるべきか。


(というか、フォローの必要があるのかどうか)


彼は実力不足を隠して着いてきた。

その事実を考えれば非難する方が自然なのかもしれないし、この場で見捨てるのも選択肢ではある。

しかし、リッシュバルまではすでに二週間近くかかるほどに距離があるし、カザジマだけでは帰る事も難しいだろう。

それはノアにしたところで同じで、魔物も居る上に物資も補充できるわけではないとなれば単独で走破することは不可能に近い。

近場に避難する場所が―――無い、とは言い切れないが少なくとも入手した地図には記載がされていなかった。

この世界に五つの街以外に村みたいな場所があるのかどうか。

それすらも今のノアにはわからないことであった。

それらを考慮しながら、ノアはゆっくりと口を開く。


「・・・アルナ、覚えているかな? アルフヘイムの面々のこと」

「マスターが所属していた同好派閥(ギルド)の方々、ですね。記憶には残っていますが・・・」

「フィルはあんまり経験が無いだろうから、アルナとイリスでフォローしてあげて」


投げやり気味な言葉だったが、アルナは神妙に、イリスは少しだけ呆れたように微笑んで頷きを返す。

何のことかよくわからなかったのか腕の中の妖精は小首を傾げてノアを見上げる。


「ナニか、いい案でもあるのかしら?」

「案とかそういうことじゃなくて、単に丸投げするだけの話だけど」


どこかホッとした様子のアコルに問われて小さく嘆息を漏らす。

懐かしいような、不安な様な何とも言えない想いを抱いたまま言葉を続ける。


「少し、ホンの少し前まで所属していた同好派閥(ギルド)『アルフヘイム』の面々は総じてレベルが低い。今のカザジマよりも」

「ふ~ん?」


フィルは良く分かっていないのか不思議そうに目を瞬かせた。

そんな彼女の頭を撫でながら、腰を落としたままのカザジマへノアは苦笑を向ける。


「アルナ達はあの頃の記憶を―――カザジマなんて目じゃないくらいに、どうしようもなく足手纏いな奴らの面倒を見ていた時の記憶がある」


カザジマは唖然としてノアを見上げたが、それは単なる事実だ。

寄生プレイ、と呼ばれるそのゲーム内において強者である人間に着いて行って自身は何の貢献もせずに様々な恩恵を得ようとするプレイの方法がある。

こういったプレイ方法は基本的に迷惑行為であり、他者に依存している分、純粋にゲームを楽しめているとは言い難い。

世間にはそのような迷惑をかける事自体が目的となっているプレイヤーも居るかもしれない。

あるいは製作者や一般的なプレイヤーとは異なる捻くれた楽しみ方をしているのだろう。

そういうのは所謂(いわゆる)野良(ノラ)プレイヤーが参加している場合には非難の対象なのだが、身内のみで形成されている場合はやや事情が異なる。

特に仲間内の大半が足を引っ張る側の場合は。


「たかがゲーム。とはいえ、酷い時も結構あったんだよね・・・」

「そういうものかしら?」

「パーティ3人が放置の状態のパワーレベリングとか」

「「・・・うわぁ・・・」」


仮にも同じゲームのプレイヤーだったからか、同情とも呆れとも取れる言葉がカザジマとアコルの口から洩れた。

SSOにおける放置プレイというのは、基本的に成立しない。

何故なら、戦闘が起こる領域に安全な場所というものが設定されていないからだ。

そして戦闘が発生しないのなら、そもそも報酬が発生しないだけであり、時間と電気代が無駄になりプレイ時間の数字だけが増えていく。

逆に言えば、そんなゲームにおいて『放置プレイ』―――プレイヤーが一切操作しない状態で放置したまま戦闘結果の恩恵を得る状況とはどういうものか。

答えは簡単で、操作しているプレイヤーが彼ら、彼女らを護ることができれば成立する。

そこまでして同じゲームを遊ぶ意味があるのかどうかは大いに疑問の余地があるくらいだが。


「アレに比べれば協力的な分、カザジマの方が圧倒的に楽」

「けど・・・」

「わかっているよ。あの頃とは()()()()()()()ってことは」


わかり切っていることだ。

ゲーム画面の中と今での違いは数えるのも馬鹿らしくなるほどの差があるし、失敗は許されない。

一応は『復活』も可能なようではあるが、そのルールが明確になっていないため(すが)るには心許(こころもと)ないものだ。

殺されれば死ぬ、という当たり前が魔物が跋扈(ばっこ)する今では現代の日常と比較して近すぎる。


「それでも、アルナたちならやれると信じている。だから、大丈夫」

「「・・・」」


満面の笑みと共にノアが言い切ると、さすがにアコルとカザジマが絶句した。

けれども、それだけの信頼を寄せるだけの実績をすでに3人は何度も積み上げてきている。

彼女たちで可能でないならこの世界で他にできる人間はいないとノアは言い切るだろう。

その感情は当初の頃から抱いていたものとはやや異なってきてはいたが表出する態度には変化が無い。


「本当に、貴女は彼女たちを愛しているのねぇ~・・・」

「全幅の信頼は寄せているよ。少なくとも親愛の感情はある」


からかおうとしたのだろうが、ノアが真面目な口調と表情で言い切ったのでアコルとしても追及することができなかった。

もしも男性であったのなら、自らの理想とも言える魅力的な三姉妹に対してもっと複雑な感情を抱いていただろう。

感情、というか欲望を。

しかし、今のノアには同性である三姉妹に対してその気は全くないと言い切れる。

言い切れると言ったら言い切れるのだ。うん。


「まぁ、それはそれとして」

「あらぁ? ナニがソレなのかしら~?」


ニヤニヤしているアコルの言葉を咳払いで一蹴する。

彼女の()()に構うつもりは、ノアにはサラサラない。


「ともかく、古代遺跡までの残り短い道のりで連携を見直す。アルナ、イリス頼むね?」

「お任せください!」

御心(おこころ)沿()えるよう全霊(ぜんれい)で務めさせていただきますわ」


何故だか少しだけ上気した頬の二人は眩しいくらいの笑みを浮かべてそれぞれの返答を返した。






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