33 偽りか現か自らに思う
街を離れての旅路の中で、夜が更けていく中で行うようになった日課はいくつかある。
戦技特型―――プレイヤーやエインヘリヤルが選択できる戦闘技法の種類の見直しもその一つだ。
もっとも、ステータス画面、スキルボードやアビリティツリーと呼ばれるキャラクターの成長を確認・決定できるデータを参照できない。
そのため実質的には成長や能力を確認したり変更したりするモノではなく、装備の確認と調整の時間と言っていい。
本日使用した武器はもちろん、他の戦技特型の武具も含めてズラリと地面に並べて様々な確認を行う。
「う~ん。やっぱり刀が一番戦いやすいかな・・・籠手と片手剣も割といいけど。銃器は何となくしっくりこないし」
「術理はいかがですか?」
「自分の戦術補助として使う分にはマシだけど、回復補助はイリス、攻撃はフィルっていう専門家が居るからなぁ」
イリスの問いかけに苦笑気味に返す。
SSOの時のステータスは完全に覚えているわけではないが、自分と三姉妹の育成の方向性は良く覚えている。
ゲームの特性上、何らかの能力に重点を置いて特化した形に育成した方が成長させやすい。
例えばカザジマのように12ある戦技特型の中で両手武器を扱う武器攻撃に秀でた近剣突型を主戦型に。
副戦型を双剣など武器の種類は違うが同じ武器攻撃に秀でる双刃疾型とする。
その場合、サブの方の常時発動能力として存在する『近接武器攻撃力+2%』などが直接的に強化に繋がる。
そういった互換性の高い能力を習得し易い戦技特型を重ねて特化するのが強力なキャラクターを育成するときの基本的な方法だった。
最終的にはセットしなかった戦技特型でも発動する基礎能力向上系のアビリティを習得した方が強くなるので、多くの戦技特型を育成した方が強くはなるのだが。
「ノアちゃんは、銃器は苦手かしら?」
「射線の管理が難しいんですよね。反動や照準は訓練してマシになりましたけど、仲間ごと撃ちそうになる事の方が多くて」
「後ろからヤられるのは、夜だけにしてほしいわねぇ~」
アコルの言葉に肩を竦める。
彼女は蛇腹剣を使う隔霊操型で、サブは撃術破型。
SSOはひとつのスタイルにつき3種類の装備可能な武器種とそれに応じた攻撃モーションが用意されているが、アコルやカザジマはメインの武器を変えることはしない。
いや、出来ない、と言った方が正しいのかもしれない。
ゲームとしては12×3の武器種でゲームが楽しめるとはいえ、五番目の街付近での戦闘に使えるほどの強化を施した武器が他に無いのだ。
防具は使い回しができるのだが、武器の強化に関してはステータスが確認できなくなった今から行うのでは不安が残る。
また、ノアが譲ればいいという考えもロック機能―――ゲーム時に誤って売却や交換に出さないための保護機能が残っているようでノア達以外が扱うことができないのだ。
これは私室への入室機能の制限と似たようなもので、ゲームの時の機能や制限がある程度、この世界の摂理として効果を発揮しているということを意味している。
「それにしても、ノアさんは色々作ったんだね」
「そういうプレイスタイルだったというのもあるけど、冒険者の六人編成じゃない場合は毎回戦い方を工夫しないとまともに進めなかったからね」
カザジマに言われて、ゲームの時のパートナーNPCとの試行錯誤しながらの孤独な旅路を思い出して遠い瞳をする。
ソロとは逆に冒険者が六人編成で揃っているのなら自分の役割に特化している方がプレイスキルも磨きやすい。
特に早期攻略をしたりプレイ動画を上げる様なプレイヤーはその傾向が強く、それを真似するプレイヤーの方が多かった。
単純に幾つもの武器を強化していくのが面倒だった、ということも要因だろうか。
もっとも、カザジマとアコルのように一種類だけ、というのもソレはソレで珍しかったが。
「一応は一通りの戦技特型で使える装備は持っている。レベルも全部実装上限まで上げたはずなんだけど・・・」
「得手不得手はあるのが当然なのでは?」
「全ての武器を十全に使えているアルナに言われてもなぁ・・・」
ノアとアルナのゲームの時のレベルは記憶にある限り全く同じで全戦技特型のレベルが上限まで上がっていた。
バランス型のノアよりもアルナの方がやや前衛よりの育成をしたが、能力値にはそれほど大きな差はなかったと記憶している。
それでも武器の扱いも術理の精密さや応用力などにおいてもアルナの方が圧倒的に上だった。
これについては色々と仮説があったが、ともかく今のノアには全ての武器を自在に扱うことはできない。
「ただ、前と違って出来る事を増やす様に装備を考えた方が良さそうなんだよね・・・」
「特化するよりも状況対応能力を上げた方が良いという考えですか」
「目が覚めてからの僅かな時間だけど、何かしかできない、よりは器用貧乏の方が良い場面の方が多いからね」
ただでさえオーバーパワー気味だし、という言葉は呑み込んだ。
どの能力にしても常人以上の能力を持っているのは確かなので、特化して役割遂行能力を向上させる意味合いは薄い。
わざわざ自分の能力を制限してまで一つの能力を引き上げなくても、満遍なく能力を割り振っても十分に事足りる。
特にアルナたち三人は現状では未だ力の使い方を理解できていない多くの冒険者よりも強力な能力を操ることができるようだ。
将来的にはノアや先に進んだトッププレイヤーの方が力が強くなるかもしれないが。
(まぁ、エインヘリヤルの持つ特殊能力が凶悪だから冒険者よりも普通に強そうだけど)
エインヘリヤルはNPCであったためにプレイヤーと比較すればずいぶんと動きが悪く、その格差緩和のために特殊な能力を宿している。
ゲームの時にはそれでもプレイヤーの方が圧倒的に強かったのだが、自己を確立して自在に能力を操るアルナ達を見ると立場は逆転したように見えた。
しかし、ノアの予想が正しければ思考加速や強力な指揮能力がプレイヤーには有ることになるので一概に言い切ることもできない。
「とりあえず、全員が術理を使えた方が良さそうだ」
「定型の連携ではなく、想定外の事態への対応力を高めるためにはその方がよろしいかと」
アルナとしても、今までの四人だった時はともかく、二人の冒険者が入ったことで戦い方の柔軟性を考え始めたようだ。
まだ成果こそ出てはいないものの、ここ最近のアルナは戦闘中にも思慮深い面を見せている。
そのせいで指示が滞ることもあるが、全体としては良い傾向だろう。
彼女が最も『戦場』の経験を有しているのだから、頼りになる場面が増えるのは歓迎するべきことだった。
「それじゃあ手早く、っと」
装備の変更は何度も行っているため手慣れたものだ。
まずは片手で白金の台座に嵌った七色に輝くの球に触れる。
これはマイルームに設置されている戦技特型変更やアビリティ習得が可能なオブジェクトなのだが、今は持ち出すことが可能になった。
そしてプリズムオーブに触れたまま、左腕の手首あたりに感じる不可視の『神装の腕輪』―――ゲームの時の戦闘中装備セット変更アイテムを置いてある装備に向けて『使う』だけ。
最初の頃は使うことをイメージするのが難しかったが、一度慣れてしまえば武器や防具を腕輪の中に収納するのは着替えるのよりも簡単だ。
外した装備は目の前の地面に脱ぎ捨てられたように現れ、再度同じ手順を踏めば装備することが可能となる。
しかし、この腕輪・・・左腕が物理的に存在しなくても機能するようなので、左腕にあるということもあくまでイメージの問題なのかもしれない。
登録して置ける装備セット―――武器・防具の一式で1セット―――は最大6種類+非武装の私服で7つまで。
これはゲームの時の設定のままで、無課金状態だと装備セットの登録は3種類で、以降は課金によって解放することができる。
エインヘリヤルに関しても同じように装備セットは基本3セットだが、アルナに関してだけ4セット目を開放している。
余ったゲーム内の課金通貨を消費しただけだったのだが、こうなってしまった以上は良い使い方だっただろう。
結局、ノアは刀を主体にメインを双刃疾型、サブを隔霊操型。
アルナが盾でフォローし易さを主として攻盾戦型/癒遠傀型。
イリスは本当の意味で命綱の役割を回復サポートに寄せて術命法型/仙気鳳型。
そして、フィルが攻撃の範囲と手数を考えて撃術破型/突闘銃型。
というように変更した。
この一週間ほどで考えたバランスの良い組み合わせではあるが、これが最適であるかは微妙なところだ。
しかし、問題があれば適宜、調整すればいいと気楽に構えておける。
理由は単純だ。
「それでは、残りは片づけておきますね」
「ん。手伝う」
イリスが言って装備を丁寧に折り畳み始め、フィルがそれに続いて手伝う。
これをノアが手伝おうとすると従者である彼女たちが恐縮してしまう―――すでに一悶着あった―――ので手伝わない。
アルナは周辺警戒のために周囲へと気を配っている。
装備が盗賊あたりに盗まれると―――ロック機能が有効になっているせいで使えないだろうが―――取り返すのには一苦労しそうだ。
そして、イリスたちが一通り装備を運ぶ準備が整うと、おもむろにアルナは『幻影』の能力でその場に幻の扉を作成する。
その幻の出来を確認してから、成長したエインヘリヤルの能力を以て実体化させた。
「それでは、少々席を外しますね」
「うん。よろしく」
イリスが実体化した扉へ『魔法の鍵』を差し込んでから扉を開く。
すると、その向こうには暖かな生活空間が覗き見え、フィルを伴って二人は入室していった。
閉じた扉は、どこぞの未来のタヌキ型ロボットが取り出すようなドアと似たように本当に扉だけが存在している。
しかし、この扉は件のモノのようにどこにでも通じているというわけではなく、むしろどこにも通じていない。
特別な力を持っているのは扉ではなく、鍵―――私室へ入るための『魔法の鍵』の方だからだ。
この『魔法の鍵』は鍵を差し込める扉さえあればどこからでも私室へと入ることができる特殊なアイテム。
それ故にアルナの能力と組み合わせればどんな場所でもマイルームの設備を扱うことができるのだが、当然、問題点もある。
最も大きいのは、中に人がいる状態で入室した際の『扉』が無くなった場合。
そうなると内側からは扉が開かず、誰かが外から再度『魔法の鍵』を使って部屋を開ける必要がある。
屋外に扉を設置できることができる人材がアルナしか居ないため、何らかの理由で彼女が能力を使えなくなると外に出られなくなってしまう。
そのため、毎晩マイルームで夜を過ごすのではなく、全員で野営することにしている。
これは魔法の鍵がダンジョンの中などの特殊な場所でも効果があるのかわからないということに対する警戒でもあった。
どちらにせよ、街の外でも消耗品の補充や布類などを含めた物資の修繕なども行える利点は長期の旅路には強い味方だ。
それでも食料などはマイルームで栽培していないので、貯蓄している分には限界があるけれども。
「ねぇ、ノアさん・・・」
イリスたちが扉の向こうに消えて、わずかに手持無沙汰な時間ができたためかカザジマが口を開いた。
暇つぶしの雑談、というには彼の表情は険しいものだった。
「ノアさんは、元の世界に帰りたいと・・・帰ることができると思っている?」
真剣な声音の問いかけに、言葉が詰まった。
帰る具体的な方法が思いつかないのは当然だが、帰りたいと思っているのか、というのは自分でも答えが出ていないことだったからだ。
なにせ『この場所』には自分の創り出した理想のパートナーたちが慕って付き従ってくれている。
隷属させるつもりはないが、心の底から信頼できる相手が三人も居る現状が心地良くないわけがなかった。
共に過ごした時間は今までの人生の中でもわずかな時間ではあるが、すでに別れを考えるのが辛いくらいには心理的に依存している。
「あ! えっと、そんなに重い話じゃなくて・・・元の姿に戻りたくないかな?って」
アルナを視界の端で捉えたからか、カザジマは慌てて訂正した。
すぐに結論を出せる問題ではなかったので、ノアもそれに乗ろうとして―――アルナを意識して苦笑を浮かべた。
「今は、いいかな。たぶん、戻ったらこんなに平静としていられないから」
「そうねぇ。三人とも魅力的だものねぇ」
アコルがニヤニヤとするが、その通りなので言葉もない。
もしも男性のままこの世界に来ていたのなら理性を保てた自信がなかった。
今頃はマイルームに篭って退廃的で淫靡な日常を送っていたかもしれない。
あるいは、そのせいで三人に見捨てられて悲惨な末路を辿っていた可能性すらあるので、ある意味では助かっている。
「女の同士でも、出来ることはあるのよ~?」
「結構です」
歯止めが利かなくなりそうなのでアコルの誘いを断る。
カザジマは顔を真っ赤にして居心地が悪そうに腰を揺すっているが、壮年のオジサンのそういう姿は正直見たくなかった。
視界から外すために、顔を背けると―――アルナと目が合う。
その瞳に浮かぶ様々な感情に、一度胸が詰まり、一呼吸おいてノアは苦笑を浮かべた。
「おいで」
彼女は小さく頷きを返して、ノアの隣に腰を下ろす。
そんなアルナの肩を抱いて優しく撫でるように頭を撫でた。
「・・・マスターは・・・いずれ、帰ってしまうのですね・・・」
「それは、どうかなぁ・・・?」
寂しそうな声音に、思わず本音が零れる。
それは帰りたくないという思いとは別の、もっと根幹的な不可能という仮説。
正直、カザジマやアコルに聞かせるべきかは迷ったものの、あくまで憶測なので口にしても問題ないと判断してアルナへ言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「そもそも帰る手段が無いかもしれないし―――自分が『向こう』の存在かどうかも自信がない」
「え?」
声を上げたアルナだけでなく、アコルやカザジマも目を見開いて驚きを表した。
「そもそも、向こうの人間が『ノア』としてこっちに現れたのか、『ノア』が向こうの記憶や知識、あるいは魂と呼ぶようなモノの情報を得て独立した自我を得たのかがわからない」
「それは・・・何か違うのですか?」
「後者の場合、『向こう』には普段通りに生活する本体が居ることになる、かな?」
どちらが主体か、という問題だ。
知識や記憶が残っているからプレイヤーがゲームキャラクターに成ってしまったように考えられるが、逆も考えられる。
ゲームキャラクターがプレイヤーの『魂』やそれに類するものを参照・基にして自我を持った場合、だ。
つまりこの場に居る『自分』というのはプレイヤーの知識や記憶は写し取っただけの複製である可能性。
二つの世界を同時に観測する手段が無い以上、証明する手段などない。
けれど、自分の記憶が複製であるとするならば『本体』は今も普通に日常を過ごしていることになる。
「もしも本体が向こうに居るのなら、そもそも『帰る』という事そのものが成立しない」
「・・・異界の人間の記憶を手に入れた、この世界で発生した生命だから・・・ですか」
「そうなるね」
本当のところは決してわからない。
どちらの世界の、どこに帰属する存在なのか、というのに疑問を持ってしまえば何もかもが疑わしい。
「我思う故に我あり。こんな形で実感するとは思わなかったけれど・・・」
申し訳なさと苦笑が漏れる。
結局、帰るのかどうかという意志の結論を先送りにしたのだから。
それはアルナにも伝わっているのだろうか。
角度的にノアからは表情を覗うことはできない。
「私ではない、私・・・か」
小さな呟きが真剣で思案するような声音の言葉がアコルの口から漏れ出る。
普段の彼女とはまるで違う様子にノアたちは気が付くことはなかったが、カザジマはそんな彼女へ心配そうに視線を向けた。
けれど結局は声を掛けることなく、イリスたちが戻って来て頭を撫でられているアルナを発見して騒々しいひと時が訪れる。
そんな一幕の後に夜番の順番を決める頃にはカザジマもその事を記憶には留めてはいなかった。




