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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第一章 最前線だったはずの入門編
29/99

28 襲う変化の波に揺られて



――― ピシ・・・っ!


薄暗い部屋の中。

静かに燭台(しょくだい)蝋燭(ろうそく)が燃える小さな明かりだけが頼りの暗闇の中でテーブルの上に置かれていた水晶が罅割(ひびわ)れた。


「・・・失敗、か?」


静まり返った部屋の中に男の声が落ちる。

意図してなのか、もともとの気質なのかその声からは感情が抜け落ちたような平坦なものだった。


「当初の目的は達した。完全な失敗というわけではない」


返ったのは女の声だ。

硬質な声音には感情を押し殺しているような気配が感じられるが、それに触れることもなく「それもそうか」と男は感慨もなく返す。

何の興味もないというように彼は静かに立ち上がり、閉め切っていた部屋の窓を開けた。

音を遮断する結界を張っているためか、風音はおろか混乱による喧噪(けんそう)すら聞こえてこない。

それでも月明かりが入り込み、遠く望む海の上では巨大な岩人形(ゴーレム)が、さらに大きな光を纏う剣によって貫かれ崩壊していく様がそこからも見えた。


冒険者互助組織(ラタトスク)や騎士団の支部も破壊しておきたかったけれど、そこまで都合良くはいかないか」

「欲張る必要もない。今は、これで満足しておくとしよう」


わずかに怒気を(はら)む女の言葉に、男は何の感情も映さない声音で静かに返答する。

リッシュバルの街は夜も深いというのに、今日は珍しく街全体で篝火(かがりび)()かれ、普段なら眠りについて静まり返っている居住区ですら騒々(そうぞう)しい。

彼らが潜む宿の一室の窓からの光景だけでもその様子が十二分に伝わってくるほどに。


「・・・確かに、『魔王様』のご命令は遂行されました。戦力をずいぶんと減らされはしましたが」

「アグリッシュはともかく、人形などいくら減ろうが構わないだろう」

「あれだけの数や巨躯を操るような術理球(オーブ)を創るためのコストもバカになりませんけれど」


不機嫌を滲ませる女の声音。

最低限の目標しか達成できなかったことが不満であるらしい。

だが、男の方の心境としては決して表に出すことはないが最低限の内容を遂行できたことへの安堵(あんど)の方が大きかった。


(あれを退けるか・・・冒険者(バケモノ)め・・・・)


この街の戦力については大方を把握していたつもりだった。

しかし、冒険者に関してはその限りではない。

彼らは成長も思考も行動も装備も何もかもが、内心で苦々しく吐き出した男たちとは違い過ぎる。

そんな奴らの戦力を把握することなど不可能に近い。

それでも今回の侵攻は十分と思える戦力に念のため1.5倍ほどの追加戦力と『巨人』まで投入したのだ。

事実、街に常駐する兵士や騎士が十倍以上―――下手をすれば百倍の数が居たところで止めることなどできなかっただろう。

そのはずなのに海中に待機させていた戦力も含めて六割以上が粉砕されてしまった。

最後の一兵まで―――なんて事をしてもこれ以上の戦果は期待できず、撤退の指示を出すことができたのは幸いだった・・・のだろうか。

逃げ帰った兵が味方に語る恐怖や不安がどれほどの影響を与えるのかを考えれば一概に良かったとすることもできない。

だが、必要以上に兵を失うことがなかったことに安堵する心があることもまた否定できなかった。


―――仮面のような無表情で、男は複雑な想いを乗せた視線を崩れ落ちる巨体の方へと投げ続けた。







周辺被害を完全に無視した味方の攻撃の余波で命を失いかけたせいで思わず叫んでしまったが、すぐにそんな場合ではないと気が付く。

何せ五階建ての建造物に匹敵するサイズの巨体が間近で崩壊し、破片となった岩石が周囲へと降り注いだのだから。

その光景に目を見開いて驚愕したのは一瞬、すぐにノアは急いでその場を離れようと足に力を入れ―――


「・・・え・・・?」


―――足場がかき消えた。

それだけではない。

急激に全身の力が抜けて思うように身体が動かなかった。

ホンの一瞬でそこまで把握し、けれどもどうすることもできない。

崩れ落ちる身体を支えることも、海面へと落ちるのを阻止することも。


「お姉ちゃん・・・っ!」


海面にノアが接触する直前、淡く輝く(はね)を羽ばたかせて妖精が彼女の身体を抱き留める。

腰に回した腕に痛いくらいの力を込めて、フィルは力強く空を舞った。


「フィ、ル・・・ちょ、ちょっとだけ力、緩めて・・・苦しい・・・」

「ご、ごめんっ! お姉ちゃん!?」


慌てて腕を離してしまい、落ちるノアの身体を抱き直して―――と空中でワタワタとやっている間にさらに上空で金色の髪を揺らす戦乙女が舞う。

宙に『幻影』で一瞬だけ足場を創り跳躍し、それを繰り返して天へと昇っていく。

ついでと言うように『下』に居る(マスター)と妹への被害を低減させようと降り注ぐ岩石の一部を粉砕しながら。


「イリス・・・!」

「アルナ姉さん!」


巨人の肩の上で動くことのできなかった妹がなすすべなく空に放り出されるのはわかりきっていた。

先の攻撃の余波で吹き飛ばされるかもしれないと―――思い至ったのは攻撃した(やってしまった)後だったけれど。

むしろ今は巻き込まなかった事に大いに安堵(あんど)の感情が沸き上がり胸を撫で下ろしているくらいだ。

ともかく投げ出された妹に向かって手を伸ばし、イリスもそれに気が付いて姉へと手を伸ばした。

空中で絡み合う白い指先に力が籠り、アルナは妹の身体を引き寄せてお姫様抱っこの形で支える。

首に回されたイリスの手、妹の重みと温かさを感じる腕の感触にアルナは―――


「―――イリス、太った?」

「なぁっ!? なな、何言って! 怒りますよっ!? ノア様はそんなこと言いませんでしたし! 仰いませんでしたしっ!」

「耳元で叫ばないでよ・・・」


思わず口をついて出た言葉は、あまりにも柔らかすぎる胸部の兵器に対する皮肉にも似た内心だった。

とても重要視しているわけではないが、稀に主の視線が惹かれることがあるのを知っていたからかもしれない。

わずかな嫉妬を苦笑に乗せながらも、アルナは次々に創り出した足場を経由しながら高度を下げていく。

軽口を叩き合いながらも寄り添う二人の姿を見上げ、ノアは小さく吐息を漏らした。


(そうか・・・イリスの『重奏(じゅうそう)』の効果が切れたから急に体が・・・)


特に意識を向けていたわけではないが、イリスが足場としていた物体が崩壊した以上は当然彼女が演奏を続けることはできない。

そのため音楽と共に体を包んでいた能力強化(バフ)の効果も途切れたということだろう。

敵集団を圧倒できるような強力な効果ではなかったが、やはりずいぶんと助けられていたようだ。

実感する余裕もなかったが能力弱化(デバフ)も相応の効果を発揮していたのだろう。


(数字で確認できないから正確に把握するのは難しいけど・・・)


能力強化(バフ)はともかく、能力弱化(デバフ)は明確な結果が出ることの方が難しい。

一割程度の防御力低下と言われても、相手の防御力が元はどれくらいで減ったからどの程度になったかを体感するには能力弱化(デバフ)の有り無し両方の状態で相当な試行回数をこなす必要があるだろう。

個体差もあり、数値で確認することのできない現状では。


「・・・フィル、大丈夫?」

「ん」


短い、いつもの返答。

しかし、そこに滲む疲労感に気が付くが、ノアにはどうすることもできない。

何せ高波によってほとんどのものが押し流された後で周囲には一時的に休ませてあげられるような足場も周囲にはないのだ。

さらに言えば、そんな大津波をたった一人で半減させるほどの力を無意識に振り絞った彼女自身もまた肉体的にも精神的にもわりと限界と言っていい状態だった。

一度死にかけた後で精神的な余裕が残っていた彼女とはいえ、だ。


(陸地までは、何キロくらいだろう・・・? 今、水の中から攻撃されたらどうしようもないけど・・・)


疲労感に思考が鈍っているからか投げやり気味の考えが浮かんでくる。

足場と共に敵も大半が流されたとは思うのだが、油断する理由にはならない。

ならないが、かといって警戒心を維持するだけの気力が底を()く寸前だ。

眠気も襲いつつあり、自然と注意は散漫になっていく。


「マスター!」


そんなところに、慎重に高度を落としてきたアルナが舞い降りてくる。

彼女の消耗も相当なモノのはずだが、それでも声からも表情からも疲労を欠片も感じさせない。

アルナの腕の中で苦笑を浮かべているイリスは汗で前髪を張りつかせ、姉に身体を預けてぐったりとしているけれど。

もっともイリスの消耗は敵味方の全員に効果を及ぼす『重奏』の副作用のようなものなので仕方がないのだが。


「少々お待ちください。船を用意します」

「そう、だね。背に腹は代えられないというか、それ以外に方法が思いつかないというか」


アルナの『幻影』ならば小船を用意することなど造作もない。

イリスやフィルも消耗はしているが、協力すれば陸地まで周囲の気流や水流を操ることも可能だろう。

しかし、容易に水中から発見され、彼女たちが自分で駆けるよりも移動速度が遅く、回避と防御の面で不安が残るという問題点がある。

あっさりと迎撃される未来しか見えなかったので巨人への接近では使わなかったが、今は甘えるしかないだろう。

アルナが生み出したどこぞの湖でカップルが乗っていそうな木造のボートに四人で腰を下ろして誰からともなく息をつく。


(流石にクルーザーとか、モーターボートは出てこないか)


幻影の能力ではあまり複雑なモノを創り出す事はできないようだ。

最低でもアルナが正確に素材や性能を思い描けないものを実体化させることはできないらしい。

逆に言えば木製ボートくらいは難なく思い描くことができるということでもある。

脳裏に物体を正確に思い描くということ自体が相当な能力な気もしたけれど、疲労感からノアは思考を放棄した。

それと同時に、半ば忘れていた右肩―――失った腕の傷の痛みが体に響き顔を(しか)める。


「ノア様・・・」

「陸まで移動するのを優先で。治療するにしてもきちんと腰を落ち着けたいし、すぐに倒れる様な事もなさそうだから」


言葉に従って小さく頷いたイリスは風を操り、海面に干渉して船を進ませる。

痛みのおかげで眠気が飛ぶのは、むしろ有り難いことだった。

完全に気を抜いていい状態ではないし、何時また襲撃されるのか気が気ではない。

治癒の能力はイリスの少なくない時間を拘束する上に攻撃優先度(ヘイト)の上昇効果もあるため現状ではどのような弊害(へいがい)が出るのか予想もつかない。

蒔き餌のような効果を発揮して、今、敵集団に取り囲まれたらかなり危険だ。


「・・・お姉ちゃん・・・」


こてん、と倒れるように膝の上に頭を乗せてフィルが動かなくなる。

呼吸はしているし、完全に眠っているわけではないが限界が来たということだろう。

小さな町や村なら一撃で消失するような砲弾と術理(ルーン)の撃ち合いから大技を連発していたのだから疲弊(ひへい)するのも無理はない。

SSOではAPを使い果たしたからと言って死亡扱いにはならないが、現実となった今、力を使い果たすことにどんな結果が付いてくるのかは不明だった。

危険すぎて試す気にもなれない、という類の内容でもある。

死、に関しては多くを検証していない。

理由としては、()()()()()()()()という確証が得られなかったからだ。

実はゲームと同じようにペナルティを受けたものの復活したという事例自体は存在している―――らしい。

伝聞形式でしか得られなかった情報であり、しかもそれが絶対ではないということを聞いたせいで臆病(おくびょう)になっている側面がある。

聞いた限りでは復活の確率は50%ほどであり、どうして復活できた―――あるいは死ぬことができたのか、復活しなかったから『元の世界』へ戻れたのかもわからない。

いずれ誰かが検証するかもしれないが、復活アイテムや身代わりアイテムの関係も含めてノアにその気はなかった。


(あるいは、今回のことで少しは進展があるのかどうか)


半ば眠るように体を休める妖精の頭を優しく撫でながら、暗い海面へと視線を投げる。

夜の海は漆黒に染まり、月明かりを反射しているがその内側を見通すことはできない。

少なく見積もっても十人以上がその暗闇に呑まれ、二度と浮き上がってくることはないのだろう。

自己判断による自発的な行動の結果とはいえ、同輩の死に対して自分でも驚くほどに感情が揺れなかった。

しかし、別段不思議ではないのかもしれない。

目の前に死体が残っているのならともかく、彼らの苦しみながら死に逝く様を見送ったわけでもない。

まして、会話もしたことのないような関係性の薄い相手が自分の判断の結果、命を落としただけの話だ。

中学生の時に同じ学年の会話もしたことのない人物が事故に遭って世を去った時と同じように、完全に他人事で何の感情も湧き出てこない。

共感性や感受性の欠如かもしれないし、わざわざ口に出すようなことでもないが、ノアはほとんど関わりもない赤の他人の死にいちいち囚われるタイプではなかった。

自分で手を下したり、自分の指示でその状況に追いやったりするのであれば話は変わってくるのだが。


(どちらにせよ、状況が大きく変わってきたのは間違いない。安全圏のはずの街という拠点への襲撃、ゲーム時には見たことのない敵の出現、同時に多くのプレイヤーの死・・・)


周囲もそうだが自分たちについても、だ。

いくら何でもあんな巨人を一撃で粉砕するような技はゲーム時には存在しなかった。

そろそろ()()()()()()()()()()()()()を中心に添えて確かめていく必要も増えてくる。

問題ばかりが増えてくるようで、疲れた気分と共に吐息を漏らした頃になって、どこからともなく声が聞こえてきた。

初めは幻聴かと思ったが、ノアに続いてイリスが顔を上げて周囲を見渡し、その様子に気が付いて周囲を警戒する。

が、それは杞憂(きゆう)だったと言わざるを得ない。


「先輩・・・っ!」


まともな言葉として耳に届いたのは聞き覚えのあるレオンハルトのものだけだった。

それ以外にも歓声にも似た歓喜の声が崩れ落ちた港―――あるいはその奥の街から聞こえるほどに大きな音として空気を震わせている。


「・・・マスター」

「どうやら、とりあえずは終わったみたいだね」


中には反感や批判、怒声などもあるのだろうが、大半が安堵と好意を宿すものであったことで彼女たちの肩の力が抜けた。

ああして声を上げ安堵を漏らしているということは少なくとも廃墟となった港区画での戦闘の大半が終了したことを意味しているのだから。

こうして、多くの被害を出した水の街への大侵攻は一応の終息を見たのだった。






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