24 不安の狭間に笑う
2020年1月1日。個人的な大事件―――PCと共に色々なデータとやる気が消し飛ぶという事件からずいぶんと掛かりましたが、作品の更新を再開します。
それと共に投稿済み部分も読み直しながら気が付いた限りではありますが誤字や矛盾点の修正を行いました。
物語の大筋には関係がありませんが、念のために報告させていただきます。
詳しい内容は・・・多すぎて覚えていません。
稚拙な作品であり今後も何らかの理由で更新が途切れることもあるかと思いますが、お読みいただける方々には楽しんでいただけると幸いです。
轟音が中空で爆ぜた。
「・・・ふぅ~・・・」
光り輝く巨大な盾が空中で巨岩の投石を受け止めた瞬間に、細く息を漏らしながら飛び掛かったノアの斬撃が岩を粉砕する。
赤い斬閃が尾を引くのが消えるよりも早く、粉砕した瓦礫が降り注いだ。
(あの盾、どうやって浮いているんだろう・・・?)
自身の身長の三倍以上の直径を誇る岩を腕の長さにも満たない二刀―――個人的な好みで小太刀ではなく脇差を使っている―――で切り刻んでノアの胸中に思い浮かんだ感想はそんなものである。
幻影を物質化するような能力なのだから物理法則なんてあってないような物の気もするのだが。
(しかし、これも『投石』なのに障壁装甲で防げそうにないのはやっぱり威力的な差異なのだろうか。ちゃんと試していないけど、実は止められるとか?)
少し前に街の中で戦った『発狂』した人物との戦闘が脳裏に過る。
けれど、実際に『船』の投擲に大怪我を負わせられたのだから試す気にもならない。
あるいはノア達と敵では法則自体が異なる可能性もあるので考えるだけ無駄でもある。
そんな無駄な思考に意識を向けられたのは、敵の攻勢が落ち着いた間隙であった事と、ちょうど予定していた防衛時間が終わったところだからだ。
「とりあえず、およそ3分は防いだけど―――」
―――呟くと同時に、青い閃光が灯台から発射された。
極太のレーザー光線のような光が遠方の海面に着弾すると閃光は炸裂し、まばたき一つ分の時間で周囲を極寒の景色へと塗り替える。
海面を覆う分厚い氷、空気中の水分が凍ったのが夜なのに銀の欠片が宙を舞い、吐き出した息が白く染まる。
街にも結構な被害は出ていそうだが、すでにかなりの範囲が戦場になっているようだし今回は仕方がないと思ってもらうことにした。
というか、そこまで考慮していられないというのがノアの正直な心境である。
(北の方では湖とか池に自然と張った氷でスケートもできるらしいけど、ちゃんと足場になるだろうか)
今更ながら不安が込み上げてくる。
そもそも淡水と海水では融点にも差があるし、詳しくはないが凍った時の強度も差があるのではないだろうか。
術理を初めて練習した時のことを思い出して氷の足場を考えたが、早計だった気がしてくる。
「マスター。行けますか?」
「まぁ、想像していたよりも消耗はあんまりないけど」
隣に降り立つアルナへ返しつつ霊倉の腰鞄から青い瓶の水薬を取り出して一気に呷る。
それを見た金髪の戦乙女が真似をするように同様のことをして、灯台から飛び降りてきたイリスとフィルもその様子を見て後に続く。
味は栄養ドリンクに似ているソレはテストサーバーでのプレイに備えて大量に作成しておいたものの一つ。
一定時間、アウル―――他のゲームならMPと表示されるモノの自動回復量を倍加してくれる便利なアイテム。
先んじて水薬が飲み薬だと知れたのは良かったかもしれない。確認し忘れていただけなのだが。
頭から被って変な奴と思われる事態は避けられたようだ。
―――実はAP回復ポーションは体に振りかけるのが一般的だと知るのは後になっての話である。
「喉も潤ったし、多少は無理も効くとは思うけど・・・」
「不安、ですか?」
「無いわけがないね。まぁ、三人が一緒に居てくれるから割と気軽な心持ちではあるけど」
ヤバい状況になってもきっとこの娘たちが何とかしてくれる、と。
それで無理なら自分にはどうしようもないと割り切れるノアも普通の精神構造であるかには疑問がある。
「とはいえ、灯台の防衛は、敵が頭悪いから比較的楽だったけど」
「ええ。中距離、遠距離の飽和攻撃となり得る弾幕を張られるどころか、術理を使ってくる相手も居ませんでしたから」
「そういえば、物理的な近接攻撃をしてくる相手くらいしか見ていませんわね」
イリスの言葉に頷きを返す。
それに気が付くまでにずいぶんと掛かった。
単に出し惜しみしているだけとも考えたが、仮にも五番目の街・リッシュバルで遭遇する敵が単調な力押しだけの相手であることはマズありえない。
街道で遭遇するような敵キャラですら中距離攻撃を交えた連携攻撃をしてくるのに、あの触手頭たちは武器を持っているにしても原始的とも思える物理攻撃ばかりだ。
けれど半魚人と呼んでいる相手―――SSOにおけるアグリッシュという名称の敵は、あだ名が付いていることからもわかる通りこの街に来るまでの道中での冒険の中でも登場している。
そのため行動パターンはある程度ではあるが把握しており、術理も使用してくる厄介な相手だということはこの場の全員が知っていた。
特に、水中から一方的に攻撃される地下水道のダンジョンは所見殺しやら特定の戦技特型への贔屓やら色々と言われていた。
「凍っているとはいえ、海の上は相手の領域。本番はここからと考えた方が―――」
―――うぉぉぉおおおおお・・・・っ!!!
警戒を促す会話をしていたら、どこに隠れていたのか幾人もの冒険者が雄叫びを上げて海の上に現れた氷原へと駆け出すのが見える。
あんなに居たのならフィルに任せきりじゃなくて囮くらいやって欲しかった、とも思ったが。
「百人ほどは居そうですね」
「人数を考えれば放っておいても終わらせていただけそうですが・・・」
眼を眇めて様子を覗うアルナに、イリスの呟きが返る。
しかし、ノアはそれで済むことはないと感じていたし、イリスも本気で言っているわけではない。
そもそも、状況を打開できるだけの戦力があるなら最初から苦労なんてしていないからだ。
こうなってからまともに戦闘訓練したプレイヤーの数もさほど多くないようだし。
「でも、いいの・・・?」
「自己責任。この状況で他人の命まで責任持てないよ」
戦う力を持たない一般人ならともかく、彼らは自分の身を守る力のある冒険者だ。
ゲームのやり込み度もさほど変わらないであろう同じ立場の人間たち、ともいえる。
ノアは自分がアルナたちという優秀すぎるほどのパートナーたちが居るので恵まれた環境だということは自覚している。
だからといって、同じ状況に陥った人間に何か言ってやれるほどに差があるとは思っていない。
援軍に、と呼んだレオンハルト達ですらどこまで戦闘に手を貸すのかは自分たちで判断するべき、と考えている。
声を掛けず無視するよりはマシな対応であったとは思っているが。
「こっちは十分に敵の注意を惹いたし、攻め込むきっかけも作ったし、一時的とはいえ海中の戦力を低減させた」
「たった四人での戦果としては申し分ないですし、文句を言われる筋合いもないですね」
「まぁ、レオンくんたちは流石に冷静みたいだから、あんな無策に海の上まで歩を進めはしていないようだけど」
見た目には判断することが難しいが、飛び出して行ったのは勝機と踏んだ面々だろう。
だが、彼らは・・・フィルや、それを補助したイリスたちの実力も海中に『何が』潜んでいるのかもさして理解していない。
張った氷の厚さも、それを粉砕するような敵の攻撃があるかどうかも、そもそもこれで勝つことができるのかどうかも。
ゲームであれば勝ち筋は必ず用意されているし、面倒過ぎるギミックなんて実装されることはまずない。
だが、今の状況でソレは当て嵌まるのだろうか。
(・・・弱気になるな。どっちにしろ、あのデカ物を倒すと決めたんだから)
この戦いは、勝てない。
それをもう理解している自分が居る。
そもそも『勝利』の条件がわからない。
だが。
目の前で轟音と共に海面の氷が罅割れ、地割れのように何人もの冒険者が呑み込まれていった。
悲鳴と絶叫、怨嗟の声が聞こえてきたがノアの顔には何の感情も浮かんでこない。
「イリス。全員に速度強化と、出来れば軽量化みたいな補助を」
「かしこまりました」
ノアの指示を聞いて彼女は軽く奏杖を振るう。
シャランと軽い音と共に黄色の温かい輝きがノア達を包み込む。
SSOというゲームには『重量』の概念がほぼ存在していない。
重量による装備制限もなければ、持ち運べる物資の量などもゲーム上では個数でしか表示されるものではなかった。
よって、他者への重力からの影響を低減するような術理というのはそもそも存在せず、自身にしか使えない跳躍力を引き上げる様な特殊な技能の説明文にわずかに記載がある程度だ。
それを即興で作成してしまうのだからイリスの能力もやはり頭抜けている。
「・・・うん。大丈夫そう・・・念のために言っておくけど海に落ちないように」
その場で小さく飛び跳ねながら軽くなった身体の調子を確認しつつ三姉妹へ微笑みかけた。
後ろで聞こえる阿鼻叫喚は完全に無視の体勢である。
服を身に着けたまま海の中に落ちた上に、水中を自在に動ける半魚人に襲われたら着衣水泳の経験者でも無事では済まないだろう。
氷の足場が割れた時のことをまるで考えなかった方が悪い。
それで犠牲になったのは十数人程度のようだったが、割れた分厚い氷の狭間から飛び出した半魚人たちが不安定な足場で冒険者たちと刃を交え始めた。
巨人はともかく、水中の戦力の注意がそちらに向いたことを考えればチャンスでもある。
しかし、人が乗れるほどの厚さの氷を張るほどだったというのに、冷気で半魚人の動きが鈍るような様子もない。
詳しくはないが、アレは恒温動物なのだろうか。
「マスター、私たちも水中戦は経験がありません。もし、もしも落ちてしまった時は―――」
「自力で何とかするしかないかな? 後を追って飛び込んでも被害が増えるだけだと思うし」
「「「・・・」」」
ノアは苦笑気味で気軽に言うが、アルナ達からしたらそういうわけにもいかない。
最愛の主の危機を救えない従者など居る価値もない、とすら思っているような娘たちなのだから。
だからと言って無策で水中に飛び込むことを良しとすることもなく、三人は絶対に落ちる前にノアを助けるのだと視線で通じ合った。
三人は悲壮な決意を滲ませるが、ノアはそこまで深刻に考えていない。
(いざとなればアルナの『幻影』で足場を作ってもらえばいいし、フィルに背中に張り付いてもらえば多少は飛べる。四人だけなら撤退は難しくないだろう)
逃げる算段は複数用意している。
自分の能力だけで賄えるわけではない辺りが情けない限りではあったが。
精神的な余裕を自分に言い聞かせるためにも、逃げる方法を複数考えておくのは重要だった。
二人だけではない。最も重要なのは―――
「―――イリス。能力を使うタイミングは間違わないようにね?」
「もちろんです」
「けど、いつもと違って誰か一人でも危なくなったら躊躇せずに使っていい」
イリスが深々と頭を下げるのを見て頷き返す。
最後の命綱を握る彼女にはプレッシャーも大きいだろうが、最も冷静なイリスだからこそ安心して任せられる。
他の二人は少し思考が好戦的で撤退などを判断するには経験が足らないという雰囲気がある。
そういった不安を小さくするためにも、ノアはできるだけ不敵に、不遜に笑みを強めた。
「じゃあ、行くとしようか。フィル相手に散々やってくれた奴に一泡吹かせに」
「・・・マスター。それ、根に持っているんですか?」
「そりゃあ、泣いちゃう原因を作った相手だし?」
悪戯っぽく笑いながら末の妹を見据えると、彼女は何とも微妙な表情で固まった。
恥ずかしいのか、情けない姿を思い出したからかわずかに頬を赤らめ、けれど直接的な原因はノアにあると恨みがましい視線を向ける。
自分の失敗と縋りついて泣きじゃくって姉に頬を張られるまで冷静さを失った記憶は真新しく、顔から火が出るほどの羞恥を覚えた。
「肩の力を抜いていこう。本来、無理をするような理由なんてないのだから」
「え? そう、なの?」
「ほとんど巻き込まれただけなのに命まで賭ける必要性は感じないかな」
状況の把握と、拠点となる街の被害の軽減くらいは考えていた。
だが、従軍経験があるわけでもなく、今の世界に愛国心があるわけでもないのに勝てない戦いを挑む理由は多くない。
だからこそ、身内に涙を流させた相手への敵意くらいは持っている―――持っていたいと思ったのだ。
執着するものが減っていけば、三姉妹に対する最低限の優しさすら失ってしまいそうだったから。
「まぁ、一般人や徴兵されている兵は実力的にできる限り守ってあげるべきだろうけど」
「冒険者はいいのですか?」
「同じ立場の人間を庇護しようなんて調子に乗るつもりはないよ。彼らと『騎士』は自己責任」
中身の年齢差はあるようだが、それを言い出したら年上も結構な数が居るだろう。
また、騎士は冒険者と同等の力を持つはずなので下手に庇うようなつもりもない。
戦闘能力が大きく劣る相手に対する偽善の範囲程度の支援がノアとしての妥協ラインであった。
「とりあえず、あのデカ物にフィルを泣かした分の怒りを叩きつけてからだな」
「マスター。マスターへ傷をつけた怒りも、叩きつけてよろしいでしょうか?」
満面の笑みを浮かべるアルナの目が冷ややかな光を帯びる。
イリスとフィルも、先ほどよりも気合が入ったような気がした。
(下手な正義感や義侠心なんかよりはよっぽどマシか)
外から制御できないほどの強い感情を持って動かれたら止めることはできない。
怪しい宗教に加入して熱心に信仰しているような人間を言葉だけで引き留めるのが難しいように。
「じゃあ、そんなわけで叩き潰しに行こうか!」
できるだけ軽い口調で号令を掛けて、彼女たちは駆け出した。