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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第一章 最前線だったはずの入門編
22/99

21 踊りもしない舞台の上で



「先輩っ!」


何とも言えない空気を切り裂く様に声が響いた。

ノアが視線を向けると、どこのサバゲだ、と問いたくなるような迷彩服のレオンハルトが瓦礫の山を滑り降りてくる。

同好派閥(ギルド)的には間違っていないような、いや、都市迷彩にしておけと言うべきか、あるいはもっと何か言葉を絞り出すべきか。

色々と脳裏に過ったが、状況の混迷さが増すだけだと思って言葉を飲み込み、小さく頭を振る。


「ご無事で何よりです!」

「あ、うん・・・まぁ、うちの子たちは優秀だから」


未だ胸に顔を埋めてくる小柄な妖精の頭を苦笑交じりに撫でてノアは小さく息を吐く。

段々と()()()()に慣れてきたようで複雑な気分を抱いたが、彼女が落ち着くのならと受け入れてしまっている。

しかしこの娘、一応中身は年上という設定ではなかっただろうか。

いくらノアの方が年上の見た目とはいえ、こんなにも甘えん坊なのはどうなのだろう。


「・・・まぁ、可愛いからいいか」

「?」


おそらく意識して可愛らしく小首を傾げているフィルの首根っこを掴んでアルナへと投げ渡す。

甘やかしてあげたいのは山々ではあるが、そういう状況ではないくらいにはノアも理解している。

ちなみに、フィルは胸当てに後頭部をぶつけて、柔らかくない胸部に涙目で恨みがましい視線を向けていた。

フィルよりもよほど弾力があるはずなのだけれども。


「さて。ちょっと眠っている間に色々と変化はあったみたいだけど・・・」

「派手な花火が何度も上がったので、皆協力してくれています」

「ああ、確かに・・・あんな砲弾、拠点に撃ち込まれたら堪らないもんなぁ」


周囲への影響を考慮する余裕が無かったから気にしていなかったが、あんな大火力が宙を飛び交っていたら危機感のひとつくらい持つのは当然だろう。

朧気ながらフィルが迎撃するために通常戦闘では全く使わないような足を止めて準備に何十秒もかかるような術理(ルーン)を放っていた音も聞こえていた気がする。

それもまた派手さという意味では多くの人の目を惹いたことだろう。


「あの手の技って、パーティ単位の戦闘だと使う機会ないんだよね」

「だろうな。あんなものは効率が悪すぎる」


狙撃銃を抱えた黒尽くめの青年、イーグルがさらっと会話に混ざる。

役割的に降りてきたらダメだろうと思わなくもなかったが、彼からしても情報が欲しいところだったのだろう。

自分の仕事に徹するにはせいぜいが大学生ゲーマーという自分たちの精神年齢は幼過ぎる。

思いつつも視線を飛ばせば、アルナが小さく頷いてフィルを連れて近場の廃墟を駆け上がっていった。

ノアとしても情報が欲しかったので、意図を汲んで周辺警戒をやってくれるのなら助かる。

主治医か守護霊のように背後に引っ付いているイリスが笑顔のまま動こうとしないのも、まぁ、許容範囲だろう。

イーグルが口にしたのはゲーム的なDPS(Damage Per Second)の―――特定の時間内にどれほどの火力が発揮できるのかという話だ。

SSOというゲームは基本的に足を止めて十分な準備をして威力の高い攻撃を繰り出すよりも、一定以上の火力の攻撃を連続して当てていく方が、総ダメージが大きくなる。

三十秒も足を止めて準備する暇があるなら連続して撃てる中火力攻撃を強化して使った方が圧倒的に使い勝手が良い。

不可能ではないが大技による一発逆転が狙い辛いこの仕様は賛否両論だったらしいのだが、そういうゲームデザインだったのは間違いないので今更な話だ。ちなみに公式では、パーティで連携して攻撃を連鎖させ続けよう!などと謳っていた。

コンセプトは分からなくもないが、制限を与える部分はチャージタイムじゃないだろう、と思うのはプレイヤー側の我が儘だろうか。


「それで、どうしますか? 先輩?」

「・・・いきなり聞かれても困るんだけど」


どうでもいいことに思考を持っていかれていたところにレオンハルトが問いかける。

だが、ノアとしても多少はイリスから聞いているとはいえ、状況が良くわからない。

敵戦力の配置や数はもちろん、味方がどれほどの人数と種類が居るのかすらもわかっていない。

もっとも、理解していたところで指揮官として有能だとは思えない。

ターン制のシミュレーションならチェスや将棋のようなボードゲームやAIを相手にするモノなら多少は心得があるのだが。


(どちらかというとFPSとかの方が、想定が近いのだろうか? けど、敵味方で装備も兵力も大きな差があるのは―――)


対戦物のゲームというのは基本的に戦力が拮抗した状態から試合が始まる。

囲碁などでは先手と後手の差を埋めるためのハンデがあったりもするが、それこそ公平性を保つための処置だ。

回線落ちなどの特殊な状況を除けば、最初から一方が圧倒的に不利な状況で勝負が始まる対戦ゲームなど、ノアは今まで見たことが無い。ライトな物しかプレイしていないこともあって、自分や相手の戦力が把握できないゲームというのも記憶になかった。

いいや。多少難易度の高いゲームでも自軍の戦力が把握できないというのはゲーム性に問題があるだろう。

まして、全員が指示を聞くかどうかもわからない、では。


「やっぱり、現実ってクソゲー」

「急に何言っているんですか、先輩?」


心配そうな視線をレオンハルトから投げられる。

かといって、どこぞの戦略ゲームのように自軍を全て把握するには今から情報収集するのも時間が足りないだろう。


「各自、臨機応変に・・・じゃダメ?」

「先輩・・・」

「お前が命令しないでどうする」


不安げなレオンハルトの態度はわからなくもないが、何故か偉そうに言うイーグルの態度は良くわからない。

彼にとって、ノアという存在は一体何なのだろうか。


「というか、そもそも命令する権利も義務もないはずなのだけど。こっちだって巻き込まれただけみたいなものだし」

「それは―――」

「流石に君たちの分まで責任は持てないよ。自己判断優先で」


軽く手を振って突き放す様に言う。

依存されても今後のためにもならないし、事実しか口にしていない。

レオンハルトよりもイーグルの方が衝撃を受けたような表情をしていたのが印象的だった。


「でもぉ、目的の共有はしておいた方がいいんじゃないかしら?」


苦笑交じりで口を挟んできたのは、三角帽子を被った紐水着の変態痴女ことカリフラワー・アコル。

そのプレイヤーネームの由来も、ギリギリを責める恰好の理由も不明な中身既婚者女性である。

現実にこんな腰を振りながら歩く女性というのを他に見たことが無い、というのも特徴かもしれない。


「そう言われても・・・なら、アコルさんが指揮を取ればいいのでは?」


年上ですし―――と口にしかかった瞬間に殺意を纏った眼光がノアを捉えた。

満面の笑みを浮かべ目が笑っていない痴女は、そうであっても年齢の話題はNGらしい。

過度な露出についても年齢に対するコンプレックスから来ているのかもしれない、と何となくノアは思った。


「私は、ほら? そういうの、向いていないから」

「この場の全員、似たようなものだと思いますけど」


結局、意見を出すつもりはないのか彼女も曖昧に微笑んで手頃な瓦礫(がれき)の上に腰掛けて足を組む。

角度が変わって際どい部分が見えているが、本人は気にせず嫣然(えんぜん)と笑みを浮かべる。

動く気すら感じられない彼女の様子に、ノアは深々とため息を吐く。


「目的の共有と言われても、この時点で他人に指示を仰ぐ時点で問題があると思うけど」

「それは―――」「そんなこと言われたって―――」


申し訳なさそうにするレオンハルトと、不服そうなイーグルを横目で眺める。

この二人に期待はできない。かといって―――


「? なぁに? お姉ちゃん」

「本気で気持ち悪いから『お姉ちゃん』って呼ぶのは止めてください」

「敬語になるほどっ!?」


中身が女子中学生という話の上裸(じょうら)の壮年男・カザジマ。

こちらも地面に腰を下ろして休息を取っており、会話に割って入る気は無さそうだ。

出しゃばってこないだけマシと考えるべきなのかもしれないが、こちらにも頼るのは無理そうだ。

外見的には最も頼りがいのある相手のはずだが。


「・・・イリス」

「はい」


声を掛けるとすぐに彼女は合図を送ってアルナを呼ぶ。

確かに、状況を判断するのならば治療に掛かりきりだった彼女より前線で戦っていたアルナの方が適任だろう。

一秒と経たずに煌めく金色の髪を揺らしながら戦乙女が傍らに降り立った。


「マスター、御用でしょうか?」

「意見を頂戴。とりあえず―――敵戦力は終わりがありそう?」


問いかけを投げるとアルナは難しい顔で押し黙った。

ゲームにおけるイベント戦闘というのは複数のパターンがある。

ノアが思いついた中でも現状で最悪と思うモノのひとつが条件達成型のイベントだ。

特定の条件を満たせばクリアになるが、逆に言えばその条件を達成できなければ永遠と戦闘が続く。

いわゆる無限湧きなどと言われる雑魚敵の無制限出現(ポップ)はかなり危険が高い。

持久戦になったら確実に負けるのだから。


「・・・わかりません。ペースは落ちているように見えますが、海の中は確認できませんので」

「海の中から出てくるのは確定か」

「確認できる範囲では、としか。別の場所から湧いて出て来ていても不思議はありません」


険しい表情で告げるアルナとしても不安は大きいのだろう。

倒しても倒してもキリがないというのは―――終わりが見えないというのは精神的に負担が大きい。

触手頭の敵歩兵は今の自分たちにとって雑魚と言い切っていい相手だが、だからといって無限に戦い続けられるかと言われれば否と答えざるを得ない。

物資や能力というよりも体力的に無理が出るのは目に見えている。


「どのくらい()つと思う?」

「半日程度は問題ないかと。もちろん、援軍が無い事が前提ですが」

「まぁ、すでにこれだけ攻め込まれているわけだし、そんなものか」


ここで言う『援軍』は敵味方両方だ。

想定外が起これば予想なんて簡単に覆るのだから。


(とりあえず、無限湧きを否定する情報はない。かといって敵の増援を止める手段の情報も無し。総数はやっぱり不明)


そうなってくると嫌でも目に付く海上の巨大な影。

しかし、だからこそ怪しく見えてくる。


「一応聞くけど・・・アレが『頭』だと思う?」


海面の船は全て使い切ったのか、今は大きな動きを見せていない巨人のような何か。

後ろで「何を当然のことを・・・」とイーグルが呟いていたが、アルナは少し考えてから小さく頭を振った。


「そう見える動きはありましたが、確定はできません」

「そう・・・。まぁ、これ見よがしすぎるし」

「私ならアレを囮に海中に身を潜めます。もちろん、海中呼吸ができることが前提ですが」

「そもそも、総指揮官が戦場に居る必要なんて皆無だし、見える範囲には居ないと考えるべきか」


ノアとアルナのため息が重なった。

相手の戦力や能力、目的がわからないというのはそういうことだ。

総指揮官が流れ弾でやられかねない位置に立っていると考える方が不自然。

味方を鼓舞して共に戦場を駆けるような過去の英雄でもあるまいし。

後ろで驚愕の吐息を漏らしたのが誰かはわからなかったが追及する元気もない。


「だからといって、か」

「はい。放置しておくのは危険だと思います」

「フィルの『弾数』にも限りがある。けど、相手は海の底から岩石でも拾い上げれば『砲弾』には事欠かない」


今のところそういう動きを見せないだけありがたい。

海上の巨人が何を考えているのかはまるで不明だが動き出す前に何らかの方策を打ち出す必要があるのは分かり切った事実だった。

もっと言えば、別に遠距離攻撃に執着しなくとも相手の巨体が上陸してくるだけでこちらの被害は甚大だ。

倒れ込むだけでも何人、下手をすれば何十人が巻き込まれるのかもわからないほどの巨体は決して無視できない。

そうなってくると、用意されている道は多くない。


「・・・ここで逃げるくらいなら、最初から首を突っ込むなって話だよね」

「マスター・・・」


心配そうにのぞき込んでくるアルナに力ない笑みを返す。

やりたいか、やりたくないか、という二択なら確実に後者。

けれども、それを選ぶことは手にしたちっぽけなプライドが許してくれない。

今更ではあるが、自分が作り出し、全幅の信頼を預けてくれている少女たちにカッコ悪い背中を見せるのは気が引けた。


「イリス。フィルにも声を掛けてきて」

「やる、ということですか?」

「時間を掛けるだけ状況が悪化するのだし、余力があるうちに」


一瞬だけ不安げに瞳を揺らした竜の角を持つ治癒術師は、次の瞬間には凛々しい表情を浮かべていた。

普段の穏やかで母性溢れる姿とは違う凛とした眼差しがノアを捉え、重々しい頷きをひとつ残して恐るべき身体能力で瓦礫を飛び越えてフィルの元まで駆けていく。


「それでぇ、私たちは何をすればいいのかしらぁ?」


間延びする甘ったるい声音で問いかけられて視線を向けた。

ニヤニヤと笑うアコルに、真剣な眼差しのレオンハルト、狙撃銃(スナイパーライフル)を抱えて腕を組むイーグルに、立ち上がり体を解すカザジマ。

彼らのゆっくりと見回して―――ノアは薄く笑みを浮かべて口を開く。


「自分で考えなよ。どうぞご自由に」


虚を突かれたようなアコルや、何を言われたのか理解しても居ない他の三人を無視するようにノアは踵を返した。






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