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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第一章 最前線だったはずの入門編
21/99

20 混沌は増して



「ウォォリャァアアアアア・・・っ!!!」


野太い雄叫びと共に豪快に振るわれたのは巨大な戦槌(せんつい)

力強いフルスイングは技を感じさせることはないが、清々しいまでの力技によって触手の生えた不細工な人形のような敵を三体纏めて吹き飛ばした。

そんな様子を間近(まぢか)で見せつけられてアルナは唖然(あぜん)として軽く目を(みは)る。

笑みすら浮かべてスッキリとした表情で重量級の武器を振り回すことにも驚いたが、彼女が驚愕している理由はそれだけというわけではない。


(・・・この方、なぜ上半身がむき出しなのでしょうか・・・?)


そう。

彼は鍛え上げた鋼の肉体を見せつけるかのように上裸(じょうら)である。

頭髪(とうはつ)は白く染まり、整ってはいるが壮年の貫録(かんろく)を持つ(しわ)の刻まれた顔。

浅黒い肌にはわざと残しているのか傷跡の残り歴戦の闘士を思わせる。

しかし上裸(じょうら)である。


―――パァン・・・ッ!


上裸のおっさんが高笑いしている間に乾いた炸裂音が響き渡った。

コンマ数秒の間を置いて複数の触手頭が内側から破裂したかのように爆砕される。


「おじさん。もう少し連携を考えて」


ぼそりと呟くような冷めた声を発したのは長身の男だ。

細身だが鍛え抜かれた肉体を黒づくめの戦闘衣で包み、手元には長大な漆黒の物体―――狙撃銃(スナイパーライフル)を手にしている。

アルナの主たるノアも黒い衣装を好むが彼の場合は上から下までベルトの金具や風に(なび)くマフラーなどの小物も含めて真っ黒。

あれでは逆に目立つのでは?と疑問に思わざるを得ないのだが、彼なりのこだわりがあるのだろう。

森妖(エルフ)の特徴である尖った長耳がマフラーの狭間から見え隠れしている。


「おっさんじゃ、なぁぁああああいぃぃぃいいい!!!!!」


野太い雄叫びを上げながら戦槌を振り回し敵陣に突っ込んでいく壮年の男。

その頬には涙の滝が流れ落ちていた。


「んもぅ・・・あんまりイジメないのぉ」


どこか間延びした、甘えるような声音で黒い男に声を掛けたのは女。

艶めく薄桃色の波打つ長い髪、二重の大きな青い瞳、豊満な胸にきめ細やかな白い肌。

しかし、冒険者(プレイヤー)が見目麗しい美女というのは特に珍しい事ではない。

ノアや、彼女によって生み出されたアルナ達自身もまた十分に美女・美少女であるのだから。

そのピンク髪の女が特殊なのは出で立ちというか服装というか立ち振る舞いというか・・・。

彼女の衣装はいわゆる深紅のスリングショット水着―――ほとんど紐であり戦場は当然だが浜辺ですら滅多に見ない格好である。

靴は黒いハイヒールであり、なぜか頭には魔女のような濃紺色の(しな)びた三角帽子が乗っているあたりがどこを目指しているのか全く分からない。

ただ、アルナにも理解できることはある。


(この(ひと)・・・痴女です・・・間違いなく・・・)


無駄に()()を作り、ほとんど裸のような格好で自身の肢体を見せつけるように歩く女に対しての感想はこんなものである。

時に胸を強調するように腕の位置を変えたり、わかりやすく紐の位置を変えるフリをして隠すべき場所を空気に触れさせたりしているようだ。

額にはイリスとは違う(つの)・・・妖鬼(オーガ)(つの)が生えており、耳にはピンクのハートイヤリング、首にはレザーチョーカー、臀部(でんぶ)からは悪魔のものを模した尻尾のアクセサリーが生えている。

そんな女が黒衣の男にしなだれ掛か―――ろうとしたところで、サッと避けられた。


「寄るな、変態」

「あらぁ、真っ赤になっちゃって。かわいい」


茶化すように言いつつ女は微笑み黒衣の男は傍から見ているアルナにもわかる程に赤面しつつ過剰(かじょう)に距離を取った。

離れつつもふるふると過剰に揺らしている胸元に彼の視線が釘付けになっているのを遠巻きに眺めるフィルの視線が冷たい。

案外、敵の『砲弾』に対応するために待機している自分を差し置いて楽しそうにしているのが気に食わないだけかもしれないが。


「皆さんっ! 真面目にやってください・・・っ!」


レオンハルトがアサルトライフル片手に叫ぶ。

彼は弾幕を張りつつ相手の侵攻を遅らせ、仲間たちへと手信号で指示を出しながら連携して着実に敵の数を減らしていく。

二十名近いメンバーが協力し合っているからこその危険度の低い安定した戦法で確実に戦線を押し返していた。

中距離での面攻撃が可能な彼ら『異世界サバゲ部』の面々が戦闘に参加したことで制圧力が大きく上がったのは間違いない。

街の方でも別の冒険者たちが立ち上がり防衛線の構築しているようだが、触手頭の敵はアルナ達への攻撃を優先しているようだ


(理由はいくつか考えられますが、おそらく―――)


耳を(つんざ)く轟音が空を奔る。

闇を切り裂く雷光が『砲弾』を撃ち落とし、轟々と燃える残骸が海面へと散っていく。


―――ヴヴァァァァアアアアアッッッ!!!!


大気を震わせる不気味な声は海上から響いてくる。

最初の頃は宵闇に紛れてわからなかったが、海面に光源が増えたことでその異様な存在が露わになった。

サンゴやヒトデ、海藻のようなモノがこびり付いた巨大な岩が組み上がって動く巨大な人型が。

『砲弾』の正体はソレが船を投げつけて来ていたというだけのことに過ぎない。

それが何度も迎撃されてご立腹なのか、不満げにも聞こえる唸り声は幾度も響いてくる。


(アレが指揮官(リーダー)なら、狙いはやはりフィルでしょうか)


決めつけは危険だと思いながらも、十にも及ぶ砲弾を(ことごと)く撃墜しているのは彼女だ。

優先的に狙われる理由は十分すぎるほどだろう。

そんな思考を回しつつも流麗な挙動でアルナは次々と敵を斬って捨てていく。

人数が増えたことで攻撃に意識を大いに割けるようになった彼女の殲滅(せんめつ)速度はかなり上昇している。

それこそ二十人ほどのレオンハルトたちと比較しても遜色(そんしょく)ないほどに。

踊る様に輝く剣を振るい、光の法陣を纏う盾で殴り掛かれると敵が吹き飛び押し寄せる攻勢を跳ね返す。

青い鎧を纏う凛とした眼差しの戦乙女の雄姿は演武のようですらあった。


「・・・」

「見惚れている暇は無いのではないのかしら?」

「っ! わ、わかって―――っ!?」


変態痴女に揶揄(やゆ)されて黒衣の男が慌てて銃を構える。

だが、スコープを覗き込んだ彼は飛び込んできた光景に身体を強張らせた。


「う、うそ・・・どこに、こんな・・・」


壮年の男も黒衣の男が見た景色に気が付いたのか愕然(がくぜん)とした様子で呟く。

蠢く触手が瓦礫(がれき)蹴散(けち)らし気色の悪い濁流(だくりゅう)の如く海岸線を埋め尽くすほどの数の敵が海から押し寄せてくる様を。

数えるのも馬鹿らしくなる―――というより、個体によって数に差のある発光する触手と夜闇のせいで数の把握が困難なのだ。

その光景に紐装備の女の表情も引き()った。


「うっ、うおわぁぁぁああああっ!?」


手を止めたのはホンの数秒。

けれど、その隙に壮年の男の周囲で腕や脚の一部が砕かれた触手頭が体を起こし取り囲む。

のっそりとした動きは不気味で男は思わずといった具合に悲鳴を上げていた。

内心で舌打ちしつつ駆け出そうとアルナが一歩踏み出し―――


「悪いね、アルナ。遅れて」


―――その背を追い越して疾風が駆け抜ける。通り抜けざまの斬撃で触手頭が空を跳ぶ。

いつの間にか投擲(とうてき)されていた卍型の手裏剣が地面へと突き刺さり、淡い光の壁が世界を隔てる。


「フィル!」


返答は言葉ではなく煉獄の炎だった。

深紅の閃光が光の壁の向こうで炸裂して一瞬のうちに業火が敵の群れを焼失させる。

その炎を隙と捉えたのか海上の巨人が船を持ち上げた。


「アルナ、イリス。お願い」

「「はい!」」


背後を確認するまでもなく、タイミングを計るでもなくアルナは自然と能力を解き放つ。

シャランと奏杖の音の響きを耳にしながら海と港の狭間に『幻影』の盾を浮かび上がらせる。

青と緑の輝きの渦が盾に重なって船が激突する瞬間に幻影は実体へと遷移(せんい)していた。

激突による轟音が空中で爆ぜるのが終わるよりも先に『彼女』は次の行動として手裏剣を宙へと投げ放つ。

一筋の光が中空を駆け抜け、次いで鋭角に分裂したソレが流星群のように降り注ぐ術技(アーツ)

光纏う手裏剣が盾の内側の敵の群れに降り注ぐが、その攻撃には殆んど攻撃力はない。

そもそも攪投術型(トリックミーティア)は投擲武器を扱うが武器攻撃力はさほど高くはないスタイル。

使う術技(アーツ)はほぼ全てが術理(ルーン)へと繋ぐ連携用の技だ。

つまり、本命はその先にある。


「フィル、雷!」

「ん」


指示とのタイムラグがほとんどない落雷での追撃。

天から降り注ぐ一条の破壊の閃光が地面を穿ち、突き刺さった手裏剣によって伝播(でんぱ)して紫電の波紋を広げる。

雷鳴による破壊はかなりの広範囲に及び、触手頭の群れの過半数近くを薙ぎ払い破砕して消し飛ばした。


「スッキリした。固まってくれると戦いやすいよね」

「範囲攻撃を持つ相手に密集陣形など愚の骨頂ですね」


中空の盾が船という砲弾を弾き返して海へと叩き落とす爆音の中で、安堵(あんど)と歓喜を(いだ)きながらアルナは柔らかく微笑みを浮かべる。

ふわりと宙を滑るように横に降り立つフィルの顔にも安堵が浮かぶが次の瞬間には泣き出しそうなほどに顔を歪ませた。


「お姉、ちゃん・・・」

「ただいま、フィル。ちょっと寝過ごしちゃった」


困ったようにお道化(どけ)た雰囲気で言うノアに、フィルは涙を(こら)え切れずに頬を濡らしながら抱き着いた。

その気持ちはアルナにもよくわかる。

簡単には死なないとはいえ、四肢の()げた重症の主の姿を見たときは肝が冷えるどころ話ではなかったのだから。

自身も泣き出しそうな感情を持て余していると、イリスがそっと肩を抱いて身を寄せてきた。

お互いに顔を見合わせれば同じようなことを考えていたことがわかって小さく微笑み合う。

フィルが大泣きしている手前、姉たる自分たちが泣きじゃくるのは何故だか気恥ずかしい。


「・・・お久しぶりね、ノア・・・ちゃん?」

「『ちゃん』でも『くん』でもどちらでも。お久しぶり・・・です、ね・・・?」


胸に抱いたフィルの頭を撫でつつ顔を上げるとノアの視界に直視し(がた)い露出度の女が映る。

自身も女性の肉体となったからか視線を逸らすことはしなかったが、完全に公序良俗(こうじょりょうぞく)に反する衣装は現実となった今、色々な意味で衝撃が大きくて顔が引き攣った。

画面越しの時はどれほど露出が高かろうと、水着どころか下着姿で戦闘しようとゲーム内の出来事と割り切れたが目の前の光景は予想外に過ぎる。


「え、っと・・・カリフラワー・アコルさん、でしたよね・・・?」

「えぇ」


戸惑いを消化できないままに問いかけると、彼女は胸を強調したポーズで嫣然(えんぜん)と微笑む。

彼女はゲーム時にもサキュバスプレイと称して少々刺激の強い衣装やモーション、言動で男性プレイヤーからは人気があった女性プレイヤーだ。

しかし、画面の中でキャラにやらせるのと仮にも自分の肉体を駆使して行うことには圧倒的な(へだ)たりがある。

少なくとも、ノアはそこまで割り切ってあえて肌を露出して自分の肉体を見せつけようとは思わない。


「ていうか、アコルさんって既婚者って話じゃ・・・?」

「そうよぉ?」

「なんでそんな恰好なんですか」

「うふふ。普段からこんな感じよぉ?」


それがゲームの中の話か現実の話か聞く勇気はノアには無かった。

聞いたところで気の利いた返答をできるわけではないし、両方などと答えられた日にはどうすればいいのか。

ともかく、三姉妹の教育と自身を含めた全員の精神衛生上、距離を置こうと心に留めることにはしたのだが。


「? イーグル、どうかした?」

「いっ、いや・・・!?」


黒衣の男―――プレイヤーネーム(PN):イーグルはレオンハルト達と同じ同好派閥(ギルド)『異世界サバゲ部』のメンバーでFPS時代からのゲームの中だけとはいえ知り合いでもある相手だ。

けれど、イーグルと変態痴女(カリフラワー・アコル)、それにもう一人の壮年男性―――PN:カザジマは『発狂』などと呼ばれる状態に(おちい)り一度投獄(とうごく)された冒険者(プレイヤー)であるため、こうなってから実際に顔を合わせたのは初めてである。

依頼(クエスト)と情報収集のために何度か牢獄(ろうごく)へ足を運び、正気を取り戻した冒険者(プレイヤー)を解放するように何度か頼んできたが今回の港湾(こうわん)襲撃という緊急の事態に釈放(しゃくほう)されたようだ。

それが一時的なモノなのかは知る由もないが。

小首を傾げているとイーグルは少し慌てた様子でそっぽを向くのに疑問を感じていると、足元に巨体が転がってきた。


「うぉおおあああ、助かったよぉっ! ノアお姉ぢゃん・・・っ!!!」

「えっ!? なっ、は!? お、オジサン、きっ、気持ち悪っ!!」


涙でぐちゃぐちゃに歪んだ顔の壮年の男に『お姉ちゃん』などと呼ばれるのは言いようのない嫌悪感となって背筋を異様な感覚が這いずり回る。

失礼ながら口を突いて出てしまうほどには気色が悪かった。


「おっ、オジサンじゃなぁぁぁぁあああいぃぃぃ・・・っ!!!」


壮年の戦士カザジマは膝から崩れ落ちて地に伏せる。

(むせ)び泣く姿は哀愁(あいしゅう)というか、何とも近寄りがたい異様な雰囲気があった。

思わず身を引いて距離を取ったノアを責めるのも酷というモノだろう。


「あぁ・・・カザジマちゃんって見た目はこれだけど中の人(プレイヤー)は中学生の女の子なのよぉ」

「「えぇっ!?」」


アコルの衝撃の発言にノアとイーグルの驚愕(きょうがく)の声が重なった。

ノア自身やレオンハルトなどで冒険者(プレイヤー)の外見と中身となる精神が一致しないことは良く知っていたつもりだったが、目の前の壮年の男が女子中学生というのは意外すぎる。


「ぢがうの゛ぉ・・・カッコいいオジサマに憧れてただけなのぉ・・・自分が成りたいわけじゃないのぉ・・・」

「気持ちはわからないでもないけど」


似たような感情はノアも抱いたものだが、カザジマほどに深刻なモノではないであろう。

だとしても、ノアは拭いきれない気色悪さに距離を取ったままであった。



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