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ウィッシュスターストーリー  作者: multi_trap
第一章 最前線だったはずの入門編
17/99

16 身体は心に正直に



宵闇(よいやみ)の帳を白銀の刃を持って切り払いながら疾駆する。

撤退する兵たちを支援して通り道の敵を打ち払い、彼らにある程度の余裕が出来て簡素なバリケードが形作られた後、ノアは海の方へと向かって移動を開始した。

彼女の手にする波紋の美しい日本刀、ゲーム内のデータでは『緋桜』と名付けられた刃はわずかな月明かりを反射して自ら輝いているかのようだった。

返り血もつかないし刃毀(はこぼ)れもしない、実際に存在すればとんでもない一品だがゲームとしては普通の品だろう。

SSOにおいては武器や防具の耐久度という項目は存在しない。

戦闘面でのシステムがシビアだったが、アイテムなどの管理についてはRPG寄りではあったが比較的普通だった。

しかし、本来なら破損することが無い破壊不能オブジェクトも壊れた事を考えれば油断は禁物。

そう考えて一刀のもと確実に怪物の首を切り落としていく。


(ゲームじゃ狙って致命必殺(クリティカル)なんて出せなかったけど)


FPSならヘッドショットという一撃必殺、ないし大ダメージを与える要素が存在する。

しかし、様々な武器種が混在し、相手が人間大のゲームで部位によるダメージ差が実装されることはマズない。

単純に判定を設けることが難しいし狙って攻撃できる武器が限られるために格差が起きやすいからだ。

当然だが刀剣系装備で『首を落とす』なんて攻撃が連発できればゲームバランスは崩壊していただろう。

鞘打ちによる打撃で敵の攻撃を逸らし受け流して次の瞬間には高速での踏み込みから一閃。

相手の挙動が単調でさほど機敏(きびん)ではないからこそ駆け抜ける勢いそのままに切り捨てることが出来ている。

幾重(いくえ)にも連なる銀閃は波のようでもあった。


「マスター」

「状況は?」


ふわりと舞い降りたアルナが金の髪をたなびかせて並走する。

先行して港周辺に突入していた彼女には殲滅(せんめつ)以上に情報収集を優先するようにノアは先んじて指示していた。

というのも、SSOにはいわゆる拠点襲撃イベントという街や村が襲われるというモノが実装されたことが無かったからだ。

拠点となる街や村はテキストとして魔物による被害が仄めかされることはあっても実際に街中で大規模な戦闘が行われたことはない。

例外は犯罪集団などの人型エネミーに対してプレイヤー側が拠点に攻め入るといった内容の物くらいだろうか。

ここで問題となるのは『襲撃』に対処するだけの経験や知識が不足しているということ。

既知のイベントならば最短でクリア条件を目指せばいいが、戦場など経験したことも無いノアからすればこの場合の解決方法など多くは思いつかない。

平和な現代社会でゲーム以外の実戦経験を持つ学生などそれこそ居ないし、居たとしてもSSOのようなゲームなどやっていないだろう。

少なくともノアはその極少数には当てはまらないこともあって、こういう状況下で何が最善なのかを判断する基準すらもすぐには浮かばなかった。


「イリスが先導して夜陰(やいん)に紛れながら避難している最中ですが・・・生き残りは、多くありません」

「そう・・・」


思うところはあったが、ノアは思案を優先して口を閉ざす。

そうしている間にも彼女は半ば無意識に刃を振るい怪物を切り捨て、アルナもそれに続く。

軽く戦闘した結果、純粋な能力だけで見れば負ける要素はないと判断していたが、油断できる要素はないとノアは感じている。

理由はいくつかあるが、自分が一撃で切り捨てることが出来ているのだから逆もあり得る、というのが大きい。

きちんと防御できれば脅威にはならないのかもしれないが、不意打ちで急所を突かれればあっさりと死にかねない。

今のノアのメインの戦技特型(スタイル)双刃疾型(クロスブレイダー)

主に双剣などの二刀流や盾を持たない片手武器を扱うスタイルであり、攻撃能力は高いが防御技能が(とぼ)しい。

能力差から来る慢心などしていれば地面の染みになるのは自分の方だと、己に言い聞かせながら刃を振るう。


(未知のエネミー。敵の目的は不明。正体も不明。すでに結構に侵攻されていて敵の数は多く、分散気味で範囲攻撃で殲滅するのは難しい)


脳裏に過るのは暗い情報ばかりだ。

その上でノアは何の結論も出すことが出来なかった。

これが経験したことのあるイベントのひとつなら何かを思いついたのかもしれないが、彼女には思い当たる節がなく何もわからないとしか言いようのない状況に歯噛みする。


「・・・ともかく、数を減らそう」

「わかりました」


何とか絞り出した言葉に、アルナが即座に頷きを返す。

苦し紛れの場当たり的な対処だが、アルナにとっては主の下した最善の策ということなのだろう。

内心で苦々しく思いながらも他にできることも思いつかず、ノアは太ももに括りつけたベルトから投擲(とうてき)用のナイフを引き抜く。

投擲用のため柄の部分は(リング)状になっており、一度手から離れると簡単には触れることが出来ないようになっている。

刀身には不可思議な紋様が描かれていて明らかに普通の武器ではない雰囲気を放っているのも特徴だろう。


「ふっ!」


一閃の刃が宵闇を駆け抜け気色の悪い触手頭に突き刺さったと思うと轟音を立てて爆裂した。

広範囲に渡って青白い炎が周囲の『敵』を纏めて焼き払う。


「・・・うわ・・・」


自分でやっておいて、ノアの口から(うめ)くような呟きが漏れた。

軽い気持ちで用いた術理(ルーン)が街の一角にクレーターを生み出したのだから当然かもしれないけれども。

いつの間にか太もものホルダーに戻ってきていた投げナイフに軽く触れながらノアは頬を引き攣らせる。

サブに設定している攪投術型(トリックミーティア)は術攻撃主体のスタイルでありながら投擲武器を扱う。

投擲した武器を中心に術理(ルーン)を発動したり、複数投擲して『陣』を描いて結界を作ったりできる武器と術を組み合わせたスタイルだ。


余談ではあるが、刀を装備したメイン双刃疾型(クロスブレイダー)・サブ攪投術型(トリックミーティア)という組み合わせは『忍ばないシノビスタイル』として結構人気があった。

投擲武器もナイフではなく手裏剣や苦無(くない)もいつの間にか追加されており公式認定のようだったが。


攪投術型(トリックミーティア)の同系統のスタイルとして鞭や蛇腹剣などを自在に操る隔霊操型(エーテライザー)というのがある。

こちらは音や付けた傷で陣を描いて空間を支配するように立ち回るのだが、FFフレンドリーファイヤーしやすく連携がとても難しいこともあってノアは好まない。

それはともかく、攪投術型(トリックミーティア)の投擲攻撃は、フィルの撃術破型(ルインテイカー)のような純魔法使い型とでもいうべきスタイルと比較すれば攻撃の威力も範囲も格段に劣る。

まして副戦型(サブ)に設定してあるスタイルは能力こそ使用できるが八割程度の能力値しか反映されない。


(現状でこの威力、って・・・フィルたちが本気を出したらどうなるんだろう・・・?)


微かな戦慄(せんりつ)が背筋を撫でた直後、嫌な予感は現実となった。

ノアの攻撃を合図だと思ったのか、それなりに離れた位置で薄い翠の燐光を纏った小柄な影が宙へと浮かび上がる。

蝶のような翅を持つ彼女の手には遠巻きにも紫電が纏わりつく様子が確認でき、思わずノアは制止のために口を開こうと―――


――― ~~~~~~~!!!!!!


衝撃波としか認識できないような耳を(つんざ)く轟音と共に雷光が闇を駆逐し、夜に沈み込んだ深く暗い海を引き裂いて(ほとば)る。

でかい松明と化していた木造船も、辛うじて残っていた桟橋(さんばし)残骸(ざんがい)も、廃墟(はいきょ)となっていた倉庫跡も纏めて消し飛ばす雷撃。

ゲームならただの派手な演出で済まされるものだが。


「フィル! やり過―――」


言葉は途中で止まった。止めざるを得なかった。

フィルの放った雷撃へのお返しとばかりに、海上の船が浮きあがる。

ガレー船というのだろうか、いくつもの(かい)が左右に伸びた巨大な船は次の瞬間には巨大な砲弾となって妖精目掛けて射出された。

三階建ての建造物のような巨大な物が豪速球並みの速度で宙を行く姿なんて初めて目の当たりにしたせいでノアは小さく息を呑んだ。

いや、旅客機だって映像で見る分にはゆったりとしたようにも映るが、秒速300mで移動するというのだから見たことが無いというのは語弊があるのかもしれない。

ただ木造船が空気圧で崩壊しながらもたった一人に向けて打ち出される様に圧倒されただけ。


「―――っ!」

「マスターっ!?」


アルナの驚いた声を置き去りに、ノアは駆け出していた。

ほとんど反射的な行動であって策があったわけでも、何かを感じ取ったわけでもない。

けれど。


「フィル・・・っ!!」


ほぼ全てのゲームにおいて、大規模・広範囲の攻撃は再準備(リチャージ)再使用(リキャスト)に時間がかかる。

SSOにおける『魔法使い』も例に及ばず、入念な事前準備無しで攻撃力の高いルーンを連発することはできない。

何よりフィルは小柄な姿ながら一番後ろから要所で高火力をぶっ放す、高火力砲台型のキャラ―――という風にノアが造った(・・・・・・)のだ。

彼女は強固な、あるいは確実に注目を引いても生き残る回避ができる手練れの前衛と組み合わせて最大のパフォーマンスを発揮するように育てた。

だから今のフィルに防御手段が無い事を誰よりもノアは理解していて、だからこそ無意識に駆け出したのかもしれない。


「!!」


何かの残骸を足場に空に駆け上がり『射線』に身を躍らせ―――そこでノアの思考は真っ白になった。


無計画(ノープラン)


フィル本人に飛びついて引き()り下ろせれば良かったのだが距離があり過ぎた。

かといって攻撃寄りの今の彼女の能力構成では砲弾のような船体を受けるのは不可能。

本人も自覚していなかったが攻撃を受け止めるのが怖くて先の先を取って倒すような構成にしていたことのツケでもあった。


「・・・あ・・・」


死んだ。

そんな一言が脳裏を過り、迫る船が巨大な壁にしか見えない距離まで近づき、間抜けな表情を浮かべ―――


(―――思考停止している場合じゃない!)


ホンの数秒。

その間にノアは自分自身で意識を覚醒させて『迫る壁』に向かってナイフを投げつけた。

ナイフは刺さらず『砲弾』の勢いに負けて弾き飛ばされ宙で爆炎を撒き散らすが僅かな時間すら稼げなかったことを苦く感じる。

しかし、一拍の間すら置かずに刀を鞘に納めるところまでは流れるような挙動で繋ぐことができた。

居合。居合抜き。抜刀術。

呼び方は様々だがSSOにおける抜刀術にはゲームならではの特殊な効果がいくつかある。

それは習得している技能で差が出てくるものではあるが、現実では決してあり得ない効果も複数存在する。

リアルではあり得ない、けれどゲームなら当たり前に存在するソレ―――カウンター攻撃時の無敵時間を利用した回避判定が発現することを祈った。


「ふ・・・っ!」


小さな呼気を漏らし、自分の身体ごと振り回すつもりで刃を抜く。

空中では足場がなく踏ん張りも聞かなければ脱力から重力を使って加速するのも難しい。

そもそも間合いを詰める勢いを利用する剣術は足場が無ければ役に立たないのだから。

だからできうる限りシンプルに、水中で回転するように身体を振り回しながら僅かでも重力を利用しようと上から下へ。

ゲームの時の能力を頼ろうとしているのに物理法則にも(すが)ろうとする自分が滑稽(こっけい)でノアは知らずに苦笑を浮かべていた。


するり、と。


ほとんど音のしない最速の抜刀。

抜き放たれた刃はほとんど抵抗を感じさせず―――天地を割った。

ゲーム時の抜刀術に乗せることが出来る特殊効果である射程拡張は確実に成果を上げたことを実感。

青い閃光が残影として残り、一瞬ではあるが世界が真っ二つに割れたような錯覚(さっかく)を引き起こす。

が、それも泡沫(うたかた)の間。

その斬撃は予想していたよりも()()()()


「っ・・・ぁ゛・・・!!?」


声が出たのかもわからない。

次の瞬間にはノアの身体は巨大な弾丸の撒き散らす破壊の波に呑まれた。

けれど、巨大な木造船という砲弾はそこで勢いを急激に減じて、呆然と目の前の光景を眺めることしかできなかった妖精を避けるように左右へと流れていく。

空中で崩れ落ちるように地面へと落下していく船体の狭間で、フィルはくるくると銀色の刃が宙を舞う姿を目撃する。


「・・・お、ねえ・・・ちゃん・・・?」


落下していく刀を経過する時間の何倍もの体感時間で見送りながら愕然(がくぜん)とした言葉が口から零れ落ちた。

それは船が地面に突き刺さる轟音によって掻き消され誰の耳にも届かない。

けれども、身体は―――あるいは創造主がそうであったように―――無意識のうちに動き出していた。


「お姉ちゃんっ!!?」


フィルは淡い燐光の尾を引きながら破壊と宵闇に沈む港の廃墟へと落下するように飛んだ。





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