14 変わりゆく世界で
先日、累計1000PVを超えました。読んでくださった皆様、ブックマーク・評価・感想をくださった方々、ありがとうございます。
今後もできうる限りペースを維持して投稿していくつもりですので、稚筆な作品ではありますが、よろしければお付き合いくださると嬉しいです。
思い付きで行われたお好み焼き・たこ焼きパーティーは盛況だった。
イリスたちの腕が良いのもあるのだが、この世界には和食が極端に少ない。
ゲームだった影響なのか、何故か三色団子のレシピは出回っているのに、ご飯も味噌汁もない。
というか、そもそも料理の種類が少ない。
店舗で売っている食品はおおよそで五十種類ほどだが、主食となるパンとパスタだけだと七種類しかない。
そんなわけで、自炊のできない男どもは久方ぶりに口にできる別の食べ物に歓喜したのだった。
いいや、それだけではない。
まず、ノアの私室のように現代日本とほぼ変わらない環境が整っている部屋が稀なのだ。
調理器具の充実したキッチンや四人で一緒に入れるほどの広さの浴場などは最たるものだろう。
レオンハルトの私室などはキッチンは昭和時代ようなモノがあるそうだが浴場は存在しないらしい。
現代日本で自炊できる人間であっても、さすがにゲームに熱を上げる年代で、薪で火力調節するコンロを上手く使える人間は多くない。
キャンプの経験があったところで数々のレパートリーを披露することは難しいだろう。
料理を売るだけでも一財産稼げそうではあるが―――。
「まぁ、今の目的はお金じゃないし」
「?」
ニコニコと、本当に機嫌が良さそうに微笑むイリスが小首を傾げる。
彼女に任せるだけでいくつもの事業が成功するだろうと思うが、それに手を付けることはない。
資金があればどうにかなることも多いが、今の段階で巨額の資金を得ようとすれば無用な争いに巻き込まれることになる。
知っている限りSSOにはシナリオに大きく関わって来るわけではなかったが国家があり、騎士団や商業組合、教会も存在している。
下手に個人で注目を集めてしまうと何らかの組織に関わることになって動きが制限されかねない。
「いずれは必要か。でも、時期尚早なのは否めないからな・・・」
「何かやるべきことがあるのですか、マスター?」
笑みを浮かべたアルナに頭を振って返す。
ゆったりとした挙動で歩を進めつつ、スルリと刃を抜く。
草陰から飛び出てきた狼をモチーフにした迷彩色の敵を一閃で首を落とす。
納刀の澄んだ音が響いた時には死体は地面に転がり、一拍の間を置いて首が落ちる。
「ふわぁ~」
「凄い・・・」
青華とレオンハルトを筆頭に感嘆の声が漏れた。
食事会を終えて腹ごなしも兼ねて実戦訓練へと赴くノアたちに同好派閥『異世界サバゲ部』の面々が同道している形だ。
SSOにおいて別パーティが共闘して発生するペナルティは存在していない。
ダンジョンが別マップとなっており1パーティのみが入れるようになっているくらいしか制限がないのだ。
そのためプレイヤーキルに代表されるネットゲームにおけるマナーを逸脱する行為もそれなりに多かった。
ゲーム時は最後の一撃を奪われることもあり得るし、ドロップアイテムを盗まれることも少なくないためにフィールドでのレベリングは推奨されなかったが。
「色々と試したけど刀が一番安定するなぁ」
「お見事です、ノア様」
流石に獣狩りには慣れた、とノアが肩を竦めた。
その周囲にはいくつもの獣の死体が転がっており、余分な傷など一切なく全て一太刀で首を落としている。
それがどれだけ難しいことなのか、レオンハルト達も何となくではあるが理解していた。
何せ彼らでは六人がかりでライフル弾を叩き込んで一匹二匹仕留めるのがやっとだからだ。
当然ながら死体はボロボロだし剥ぎ取ることのできる毛皮などの素材も同様である。
売値に響くほどに。
「やはり、近接系のスタイルも育てるべきでしょうか?」
「微妙なところだね。障壁装甲があるから中・遠距離攻撃を扱うのにもそれなりに技量が要る」
近代兵器である『銃』はこの世界において一方的に強力な武器というわけではない。
直接的な原因として真っ先に上がるのは、手元から離れた攻撃のダメージを一定量無効化する障壁装甲の存在が大きい。
敵が一体だけなら集中砲火で何とかなるが複数相手となると途端に厳しくなるし、障壁装甲は一度破壊しても短時間で復活する。
何よりも防御を貫くだけの攻撃を相手に照準し続けるのは案外難しいというのも大きな問題だった。
「連携もですけど、実際に銃を持つとゲームとは比べ物にならないほど照準がズレますよね・・・」
「自分の身体を使う以上、ゲームのようにはいかない、か」
ゲームのキャラというのは本当に高性能だ。
わりと大きな傷を負っていても画面の真ん中に弾丸を飛ばしてくれる。
多少反動などでブレると言っても実際に銃器を扱うよりもその照準は正確だ。
動かない的を撃つのならともかく、森などの遮蔽物のある場所で確実に数発から十数発以上を動く獣に当てるのは難しい。
現実世界ならゴム弾だけで獣を仕留めようとするのに近いかもしれない。
いや、撃ち所が良ければ一撃で仕留めることが可能な分、そっちの方が簡単だろうか。
「かといって、鍛錬の集積のない戦技特型を扱うのは危険だと思いますが?」
冷ややかなアルナの言葉に、ノアも嘆息しながら同意を示すために頷く。
その視線の先には親戚が道場をやっているという理由で格闘ができるスタイルに変えたチャイナ少女が居る。
実戦経験もほぼゼロの彼女を引き合いに出すのはあまり意味がないが、自分に合わないスタイルに変えても成果が出るとは思えなかった。
「先輩は剣道とかやっていたんですか? ゲームの時の技というわけでもありませんでしたけど・・・」
「高校の授業で竹刀を握ったことがあるくらいかな」
言いながら空を舞う木の葉を居合抜きで一閃。
刃を納めた際の鍔鳴りと断ち切れて二枚になった葉によって、刀を抜いたことに気が付くほどの早業だ。
「憶測だけど『ノア』の身体は覚えているってことなんだろうね。そうでなければ、こんなに簡単に刃筋を立てることはできない」
言いつつもノアはそれだけでもないと考えている。
キャラクターが経験してきた技能が一部でも還元されているだけなら、もっと簡単に扱える武器が多くあるはずだからだ。
それこそ銃器などは多くの恩恵を得られるだろう。
「私たちはそういった恩恵を感じていないのですが・・・」
レオンハルト達が顔を見合わせてみるも思い至る節は無さそうだ。
現実世界でサバイバルゲームをやっていた人も居るようだが、そちらもこの世界での実戦に生かすことはできていないらしい。
「一応、アルナに特訓してもらったけど・・・それだけにしては動けすぎている気がするんだよね」
「けれど、特訓の成果も否定できない、と?」
「そうだね。どっちにしても訓練あるのみ」
アルナに視線を向けると、優しく微笑まれた。
彼女の特訓は足腰立たなくなるほどの厳しいモノではあるが、数週間で達人クラスの技量が身に着くようなものではありえない。
どれほど効率のいい修業を積んでも奇跡のような技を体現するレベルに達するのは数十年の時を必要とするか、一生到達できないモノだ。
だというのに、ノアは自分が達人レベルの技を難なく扱うことが出来ているのに違和感を覚える。
(現実で居合抜きなんて挑戦したら、鞘に入れられなくて自分の指を落としそうだし)
居合抜き、という技については諸説ある。
最速の剣術とする場合もあれば、実際には大上段からの振り下ろしの方が速いという話もある。
が、どちらの説にしろ抜刀から納刀までを一連の動作とする場合は曲芸か神業の領域だ。
実戦において再度納刀する意味合いは薄いのだから。
そんな曲芸を苦も無くできてしまう辺りが違和感の原因でもあるのだけれども。
「・・・先輩は銃も扱えるのですか?」
「それなりに。けど、教えられる気はしないな」
半ば以上が自分で積み上げたものではない経験の上に成り立っている技術だ。
他人に伝えることなど不可能と言っていい。
数学の答えの数字だけ知っていて途中の数式をまるで理解していないのと似ている。
自分なりに技術を自分の中に落とし込んでいない人間は伝えることが出来ないモノだ。
「指導はともかく、できるだけ早く自分たちのできることを把握しておいた方が良いだろうね」
「早く?」
「何でっすか?」
疑問符を浮かべるレオンハルトや青華に対して思わずため息が漏れた。
「君たちはこの状況になってから依頼を幾つ受注した?」
「え? いえ・・・」
レオンハルトだけでなく、ギャラリーと化している男たちも顔を見合わせて頭を振る。
どうやら彼らは自分たちの周囲への情報収集が欠けているらしい。
「冒険者互助組織がどういう組織か考えれば何となくわかると思うけど、冒険者と世間の間に立つ組織だ」
「まぁ、冒険者互助組織はいわゆる仲介人ですから」
「仲介人だって慈善事業じゃない。プレイヤーが一斉に職務放棄すれば真っ先に責任が問われるのは彼らだ」
本来冒険者互助組織は冒険者の管理は職務に含まれない。
ゲームの時はそういったものは運営と言う『神』が肩代わりしていたので問題はなかったのだが。
「で、でもそんな問題になるなら今だって―――」
「様子見の期間ってことだろう。あるいはゲームからの移行期間なのか」
「すでに・・・変化が出ている、と?」
「当然だね。報酬や期限はもちろんだけど、ゲームの時の様に別の冒険者と同じ依頼を受けられない事なんかも変化と言えるかな」
クエストというのはゲームで考えれば均等に受ける機会が設けられるべきだが、現実となれば話がまるで違う。
依頼主の必要とする結果が出ているのに追加で報酬を用意する人間はいないだろう。
冒険者互助組織にしても同じ依頼を重複して仲介するような真似はほぼしない。
「内容とかは・・・?」
「高難易度とか遠方のモノが取り下げられたくらいで大きな変化はないかな。今のところは」
「今のところ、ですか」
「もう動いている組織は多そうだからね。特に商会あたりが」
メインシナリオに関わってこなかったこともあって『周囲の状況』というのをノアは把握していない。
それはアルナたちも同じで、ラタトスクも商業組合も騎士団や王国自体についてすら詳しくは知らないのだ。
後の伏線に使おうと思っていたのかもしれないがプレイヤーには国王の名が伏せられており、国内状況や法律も有名人すら知らない。
冒険者というモノの自由がどれほど保証されているのかも。
「王国とか騎士団ではなくて商会―――商業組合ですか?」
「そっちは割とわかりやすいから・・・まぁ、どちらにせよ、すでに投獄されたプレイヤーが居るんだから騎士団だって動いているってことでしょ」
「確かに、そうですね」
「彼ら『騎士』が冒険者を取り締まれる―――つまり冒険者よりも強いのならあんまり好き勝手やっているとあっさり処刑されるかもね」
何人かが身震いするのを視界の端で捉えたが、ノアの懸念は真逆の事だった。
それはプレイヤーが騎士たちより圧倒的な強者であるという懸念である。
オンラインマルチゲームとは言えメインとなる物語の主人公として描かれているのがプレイヤーなのだからその可能性は高い。
もしも国家権力で縛れない人々が好き勝手に行動し始めたら。
(プレイヤーの平均年齢は17、8くらいだったか。軽率な子が少なければいいけど)
日本で暮らしていると忘れそうになるくらいに秩序というのは大切で脆い。
公的な『軍事力』を上回る無秩序な軍勢が出現すれば、あっさりと平和は消え去ってしまう。
それだけならともかく、戦争でも起こって勝ってしまったら―――。
「それは今考えるべきことじゃないか」
「?」
小さな呟きに反応したのは傍に控えたアルナだけで、他の人の耳には届かなかった。
苦笑を浮かべて何でもないとアイコンタクトを送るとアルナは小さな頷きを返して一歩引いて静かに佇む。
「まぁ、少しは冒険者らしくクエストもこなすことだね。冒険者という身分も剥奪される可能性もあるし」
「そんなこと! ・・・無い、とは言えませんか」
「実際にできるかどうかはわからないけどね」
できるできないはともかく、もしも可能だとしたら冒険者でなくなったプレイヤーが生きていける世界なのか。
それを楽観的に考えているのはこの場では呑気な顔をして蝶に目を奪われているチャイナ少女くらいのものだった。




