13 知り得ぬことは多く
ノアの従者たるエインヘリヤル三姉妹は優秀である。
何がと、ひとつに限定することは難しいのだが、調理に関する技能と知識も挙げられる。
「そんなわけで、粉物が食べたくなったんでたこ焼きとかお好み焼きあたりを作ってもらいま~す」
五番目の街リッシュバルにおける冒険者互助組織の一角を占領しノアが声を上げた。
お洒落なカフェ風のロビーを抜けてテラスになっている部分を間仕切りで区切った一角である。
そんな場所に特製コンロと複数の鉄板を設置した中心で頭巾に花柄エプロンという姿のイリスが陣取る。
アルナはそんな風に気張る妹を少し引いたところから見守りつつ手伝う姿勢だ。
「が、頑張らせていただきますわ・・・!」
「「「おぉ~!」」」
決意を宿すイリスの言葉に異様な熱気の声援が響く。
この場に居るのはノアと配下の三姉妹を除けば青華やレオンハルトの所属する同好派閥『異世界サバゲ部』のメンバーしかいない。
フレンドリーファイヤーのシステムと銃器の装備が可能というSSOのシステムを利用して異世界でのサバイバルゲームを楽しもうという独特の思想の集団である。
なんでそんな集団にチャイナ少女や細身のイケメンが所属しているのかアレだが、メンバーの大半はガタイのいい軍人風の男性キャラクターだ。
中身は高校生や大学生が多く、一部社会人でOLも居るようだが今ではすっかりとマッチョな特殊部隊風の黒人だったりする。
本来は60名近いメンバーが居たようだが、この世界で確認されたのは24名。うち高レベルの6名は『先』を目指して旅立ったらしい。
メニューが開けないためメンバーリストなどを確認することが出来ないので他にも居る可能性はあるようだが。
ともかく、この場の18名は歓喜の声を上げて次第に熱を帯びる鉄板を見据えている。
「・・・で、どう思う?」
「楽しみっす!!」
席についてノアが問いかけると青華が無邪気に返してきた。
思わずげんなりとため息を吐くとレオンハルトが苦笑を浮かべる。
「レシピのことですね?」
「ああ。色々調べたけど日本料理のレシピに関する情報はなかった」
「元が中世ヨーロッパ風の世界観ですからね・・・東方の国のことは示唆されていますが、レシピが出回っているとは聞いたことがありません」
「まぁ、刀は存在するくらいだし東方・・・日本に類する国が存在する可能性は否定できないけど」
武器の分類上の『刀』は存在するが、文化として日本刀が存在するわけではない。
当然だが鍛造技術なども伝わっておらず、街の中に製鉄技術を売りにする鍛冶場が存在しないこともすでに確認していた。
服装に関してはもっと乱雑で、ゲームとしての影響か文化的な背景が存在しないのに多種多様なモノがあるので指針にもならない。
「問題なのは、彼女たちが知らないはずの事を知っている可能性がある、ということでしょうか?」
レオンハルトの問いかけにノアが重く頷きを返す。
「本人たちに聞いても『何故か知っていた』だからね」
「ん~、じゃあ、やっぱりどこかで聞いたことがあったんじゃないっすか?」
「青華は味噌汁の作り方を知っているからって味噌を作る方法を知っているのか?」
「いや~、あたしは料理とか全然ダメっすから!」
何故か胸を張る青華。
ドヤ顔に苛立ちを誘われるが、ノアはため息ひとつでやり過ごす。
「可能性はいくつかある。ひとつは彼女たちの前世ともいえる時に覚えがあるというもの。」
「二つ目は冒険者の記憶を参照している、でしょうか? 本人は覚えていない細かいことを含めて」
「無いとは言わない。独り暮らしだし料理のレシピや色々な食品の作り方を調べたことはあるから」
エインヘリヤルを形作っているのがプレイヤーの『何か』であるのならば可能性はあるだろう。
知識や記憶の一部を共有しているのなら、そういうこともあるかもしれない。
「もうひとつあり得ると思っているのが、彼女たちは夢見や神託とかの形で『インターネット』を参照している可能性」
「えっ!?」
ノアの言葉にレオンハルトが驚愕の表情を浮かべ、青華は小首を傾げる。
「ここがSSOの世界なのか、SSOに影響を受けた異世界なのかはわからないけど、ネットゲームであるSSOに関連しているのならネットから得られる情報は『元始からの世界記憶』そのもの」
「それと同時に、現実世界へと繋がる鍵になり得る・・・?」
「どの仮説も証明する手段はないけどね」
苦笑しつつすでに供されていたコップの水で喉を潤す。
エインヘリヤルの持つ、知っているはずのない知識はこの世界の謎について大きな意味を持ってくるかもしれない。
もっとも、最後の仮定を真実だと仮定に仮定を重ねても、欲しい情報を任意に得られるものではないので有益な能力ということにはならないだろう。
単純に現実世界と何らかの繋がりが残っている、ということに大きな意味がある。
「エインヘリヤルを調べれば、現実に戻る手段もわかるのでしょうか?」
「無理だな。どの仮定でも異世界間の移動の真実なんて出てこない。まぁ、それこそ『本物の神様の知識』でも授けられているのなら可能性はあるけど・・・」
「真相を確かめる手段がない、ですね」
肩を落とすレオンハルトに対してノアは軽く肩を竦めた。
念のために情報共有しておこうと思っただけなので、この場で答えが出るとは思っていなかったからだ。
和食のレシピから世界の真実なんてモノがわかれば苦労はしないのである。
「それはそれとして、最近盗賊狩りをしているのだけど」
「「盗賊狩りっ!?」」
二人の声が響き、耳をそば立てていた周囲も僅かに騒めく。
レオンハルトは僅かに怯えと恐怖の表情を浮かべ、青華は瞳をキラキラさせて対照的なのが印象的だった。
「せ、先輩、大丈夫だったんですか!? この辺りは盗賊だってレベル低くないのに・・・」
「レベルで言ったらこっちが上回っているし、アルナたちが居るからなぁ」
街周辺に出現する敵も、当然ながらシナリオが進むほどに強くなる。
五番目に訪れるこのリッシュバル周辺の敵は最後にゲーム画面でプレイしていた段階では野外敵の中では最上級クラスなのは間違いない。
しかし、それは所謂野外マップでの話であって探索のメインとなる迷宮と比較すれば圧倒的に格下だ。
レベルで言うと最大で30くらい。平均でも15くらいの差がある。
ゲームの時なら三姉妹すら連れずにソロで最高難易度ダンジョンにも潜っていたノアからすれば盗賊など倒せて当たり前の相手。
「いやぁ、凄いっす! あたしたちじゃあ全然勝てないっすからね!」
「それは大いに問題あると思うけど。六人編成で雑魚に勝てないようだと」
「それが―――」
レオンハルト曰く、今のこの街にはまともに戦える冒険者は少ないらしい。
高レベルプレイヤーの大半が『発狂』してしまったことも大きな理由だ。
そして残っていたプレイヤーで行動的な人は帰る手掛かりを求めて冒険に出たようである。
つまり、ここに残っているのは幸運ながら『発狂』を免れたものの行動力に欠ける面々ということだ。
もちろん、冷静に様子見をしている人や高レベルプレイヤーに連れて来てもらったレベルや装備に不安のあるプレイヤーなど様々な事情を持つ人も居る。
また最前線であったために逆に同好派閥の本拠地として使用しているチームが少なかったことも要因のひとつだ。
ゲーム時ならメニューからコマンドひとつで別の街に転移できたことを考えれば、一度作った同好派閥拠点を取り潰して移動するよりも手間が少ないのだし。
「まぁ、取り残されていたら合流も大変そうだしねぇ」
「チャットも転移も使えませんし、移動するにも相応に戦闘が必要です。何よりも・・・心構えが出来ていませんから、ね」
「確かに」
ノア自身も思っていたことなので深々と頷く。
敵を殺す覚悟もだが、現実となったことでフィールドもまたかなりの広大さになってしまった。
別の街まで徒歩で一日や二日では辿り着けないほどに、である。
ゲームを嗜む現代日本人の中でどれほどの人数が命の危険のある旅路を踏破するだけの心構えが出来ているだろうか。
身体能力や体力の面はゲームキャラらしいチート性能があるにしても、夜営の知識すら怪しいのが実情だろう。
それに必ず通ることになるであろうダンジョンは仕掛けも考慮すれば外とは比較にならないほど危険だ。
そして、今もノアが頭を悩ませる命を奪うことへの忌避感―――注意するべきことはいくらでもある。
「どうにかしようとは思っていますが、やはり難しいですから・・・」
「件の『発狂者』のこともある。自衛のためにもある程度の訓練は必要だろうね」
そう零して、ノアは真剣な表情で鉄板と向かい合うイリスと材料を用意するアルナ、何故か屈強な男を椅子にしているフィルに―――
「!?」
―――何か、変なモノを見た気がするが気のせいだったことにして視線を逸らした。
『発狂者』というのは何もプレイヤーだけが成るものではない。
どちらかと言えばエインヘリヤルの方がその症状が出やすい。
少し調べただけでもわかった原因は『主』を失った者が陥る症状だということ。
この主を失うというのはこの世界に来ていない人間も含む。
SSOの総プレイヤー数は記憶にないが登録者数3000万人突破記念のキャンペーンがあったことは覚えている。
エインヘリヤルは1人のプレイヤーにつき3人作成可能なため最大では登録者数の三倍までエインヘリヤルの居る可能性がある。
もっとも、可能性だけであって登録者=プレイヤー数ではないし、エインヘリヤルを複数作成するにはシナリオを進行しなければならないのでもっと数は減るのだが。
「発狂者は潜在的には一千万人以上の数が居る。この街はプレイヤーの数が少ないからマシと考えるべきだろうけど・・・」
「他の街の方が被害が大きいと考えているのですか?」
「始まりの街・ブラディニアを拠点にしているギルドの数を覚えている? 概算だけど二百くらいかな」
ギルドは最低三人から作成することが出来るので所属人数が少ないことも多いが、最大では百人以上が所属するものもある。
平均すれば数十人程度だとは思うが、ブラディニアにはこの街の十倍以上のプレイヤーが居る可能性は高い。
まともに冒険できるだけのレベルがあるかは別にして、だけれども。
「こっちの世界に、どのくらいの人数が来ていると思いますか?」
「テストプレイで貰えるアイテムは初心者の方が有用性が高いから・・・ブラディニアに限定したとしても最低で数百。千人単位は覚悟しておくべきかもね」
「その想定だと、とても大変なことになっているのでは・・・?」
何とも言えずに嘆息吐く。
低レベル層が多いとはいえ、混乱の度合いは人口密集率に比例すると考えていい。
「まぁ、ここで考えても仕方のないことだよ。どうせ直ぐには行けないし」
「・・・」
表情が僅かに影を帯びたノアへレオンハルトが何とも言えない視線を送る。
ノアがテストプレイに参加する直前まで所属していたギルド『アルフヘイム』の拠点はブラディニアだ。
妹がこちらに来ているかどうかは不明だが心配しているのはレオンハルトも承知していて、だからこそ沈痛な表情には心が痛む。
「その話は一旦置いておくとしようか。他に共有しておくべきことだと思っているのは野外敵についてかな」
「フィールドエネミー、ですか」
「まぁ、普通に考えれば当たり前なんだけど、盗賊って再出現しないみたいなんだよね」
「? 普通っすよね?」
青華に二人分の半眼が向けられるも、彼女は呑気そうな笑みを湛えたまま小首を傾げた。
しばらくして、ため息が重なったのは必然の結果だっただろう。
「他のモンスターはどうだったのですか?」
「ちゃんと出てくるよ。日中と夜の敵の出現率とかも軽く調べたけどゲームとほぼ同じ」
「なら、お金稼ぎは大丈夫ですね・・・」
「死体を解体する必要はあるけどね」
それを想像してしまったのか、うっ、とレオンハルトは口元を押さえた。
SSOはある意味では珍しいゲームで敵を倒しただけで『お金』を得ることが出来るのは盗賊や騎士、海賊などの人型エネミーだけである。
それ以外のエネミーは何らかのアイテムを落とし、それを売却することでお金を得ることが出来るというシステムだ。
レオンハルト達も例外ではない。
冒険者の持っている資金は無限ではないし、ノアほど溜め込んでいる方が珍しいだろう。
ゲーム内通貨なんて貯めておく意味が薄いものなのだから。
どちらにせよ、何らかの方法で稼がなければ将来的に飢え死にすることになる。
「そうなると、エインヘリヤルの子を育てるというのが現実的ですかね?」
「わからないな。ゲーム画面越しならステータスも友好度も確認できたけど、今の状態になってから育てるのはどれだけ時間がかかることやら」
「時間・・・もしかして、伸びているのですか?」
「まぁ、ゲーム内での一日は現実世界においての24時間と同じではないからね」
「?」
青華は頭にクエスチョンマークが浮かんでいるが、SSOにおける一日は現実世界で2日。
プレイヤーたちが言うところの『昼の日』と『夜の日』が交互に来る仕様。
つまり現実の倍の時間で一日が経過するように設定されている。
これは全てのプレイヤーが昼夜のイベントをどの時間帯でも遊べるようにというゲームとしての配慮だ。
しかし、現在は『この世界』と『現実』の間にどれだけの時間差があるのかは正確にはわからない。
確認する方法がないこともあってノアは半ば意識から排していた。
それに加えてゲーム画面では数字で成長を確認できたが、今や不可能なことである。
自分や仲間がどれほどの時間でどれだけ成長したのか確認できないというのは当たり前であっても面倒なことには変わりない。
スポーツの様に年単位でのトレーニングを考えるなら十分に成長はできるのだろうけれど。
「育成は考えた方が良いかもしれないけど、時間がかかるのは覚悟した方が良いだろうね」
「時間短縮用のブーストアイテムもありませんからね。短く見積もっても数か月はかかると思った方が良さそうです」
経験値増加などのアイテムは基本的には課金アイテムに分類され、この世界に来た時に消失していたのをノアも確認している。
もしかすれば残っているモノも存在するのかもしれないが、十分な数を揃えるのは難しいだろう。
「それと、戦場が広がったからだろうけど敵の密度は減っている。余程長時間の戦闘か意図してやるか、周辺警戒を全くしないくらい油断しなければ囲まれることは少ないだろう」
「わりと安全に戦える、ということですか」
「レベリングは面倒になったけどね。範囲攻撃で焼き尽くすのが難しくなったから」
世界の広がりに対して、攻撃範囲はさほど広がったような気がしない。
当然、画面上で見るよりは広いのだが、ゲームの時は街路の端から端まで焼き尽くせていたくらいの攻撃は今は半分くらいと考えれば範囲の低減も実感できるというものだ。
もちろん、能力の自由度が上がったことで範囲の拡張も可能ではあるが、要求される技能や能力が高く簡単に再現することはできない。
アルナたちパートナーNPCほどに自由自在に操れるのなら話は変わってくるのだが。
「―――ノア様。お待たせいたしました」
気が付けば、緊張の面持ちでイリスが二皿を運んできていた。
熱気を纏うソレは香ばしい薫りを放ち、適度に焦げ目の入った生地は僅かに重力に圧されてはいるがきちんと球状を保ち、甘たれソースとマヨネーズの上で鰹節が踊る。
その隣には材料が具合よく混ざり合ってきつね色の円形の生地が鎮座し、その上にはもう片方と似たようなトッピングで彩られている。
青のりは掛けられていない。けれども、小箱に用意されているらしくアルナがスッとテーブルに置いた。
「おぉ~!!」
「特に指示はしなかったけど関西風の方か。作り方は両方知っているの?」
「は、はい。別の作り方の方がよろしかったでしょうか・・・?」
「いや、単純な興味本位の質問だか―――」
―――はむっ!
先にお好み焼きを切り分けようとしていた横で青華がたこ焼きを頬張る。
次の瞬間、中空に銀閃が舞い火球が浮かび上がった。
「どこのどなたか存じませんが、マスターに供されたものに先んじて手を付ける愚か者には『死』が相応しい罰かと思いますが・・・よろしいですか? マスター?」
「お姉ちゃんより先に食べるなんて存在する価値もない」
「んぐぅっ!? んん! んん~!!?」
刃を突き付けてにっこりと笑みを浮かべる狂気を宿した瞳のアルナと『乗り物』の上に仁王立ちして炎を侍らせるフィルが冷たい視線を青華へ向けている。
当の青華は熱いのかハフハフしつつ顔を蒼くして顔を振っているが、口の中のモノが片付く様子が見えない。
「・・・食事中に血の匂いは嗅ぎたくないから、裏でやって」
「はい」「うん」
面倒に思ってノアは軽く許可を出す。
悲鳴のような呻き声が聞こえてきた気がしたが、気のせいと言うことで忘れよう。
その意を汲んだのか、周囲の人々も何かから目を逸らす様に少しばかり大きめの声で雑談に興じ始めた。
「うん、美味しい。本当にイリスは家事万能だなぁ」
勢いを増した喧噪の中でノアは本心からイリスの料理を褒め称え、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて頬を赤らめた。