11 見知った未知を見据えて
その訪れは皆同じだったそうだ。
テストサーバーによる新規アップデート内容のテストプレイへの参加。
そのデータアップロード中に意識を失い、この世界で目を覚ます。
そして現実世界とは違う肉体になったことで戸惑いと違和感に襲われる。
「おそらく高レベルの人ほど身体への負担が大きいみたいで・・・『発狂』してしまった人もレベルの高い人ばかりです」
中身は美人だった、現在イケメンのレオンハルトくんが憂鬱そうに零す。
ノア自身も体験したことだが、現在の肉体が落ち着くまでには色々と危ない刺激があった。
服が擦れただけで反応し、歩くことすら危うかった感覚は今なお記憶に焼き付いている。
あの状況を傍目から見れば感想が『発狂』であったとしても仕方がないだろう。
「それにプレイヤーとキャラクターが異性だと反動も大きいみたいで・・・私もそれなりに大変でした」
イケメンが頬を赤らめて恥じらう様子を見て、ノアはそっと視線を外した。
彼が全身敏感になって身悶えする姿が一瞬だけ脳裏に過って吐き気がしたのを何とか飲み込む。
「エインヘリヤルについては少し話しましたけど、ほとんどの人は何ていうか・・・出来の悪いメイド、みたいな感じです」
「出来の悪い? メイド・・・?」
疑問に思ったが、彼の説明を聞く内に何となく理解する。
要は指示を細かくしないと色々とやってくれない、ということらしい。
元がゲームキャラなら話しかけなければ行動しないというのも何となく理解できる。
ちなみに、ノアに付き従う三姉妹は口に出さなくても割と何でもやってくれるのでとても優秀だ。
そこそこの頻度でやり過ぎてしまうのは、まぁご愛敬というところだろう。
詳しく聞くと料理や風呂の準備などのゲームの時に無かった挙動は特にやってくれないらしい。
ビックリするほど多数のレパートリーを有し、一緒に入浴するために毎日風呂を沸かす三姉妹と比較すれば雲泥の差である。
「はぁ・・・フィルも、いつまでも青い顔してないで、おいで?」
「ぁ・・・ん」
そんなにお説教が恐ろしいのか、隣の椅子の上で怯えた様子のまま縮こまっていた小柄な妖精を抱き寄せた。
抱き締めるとちょうどいいサイズの彼女が腕の中で身じろぎすると甘い香りがして頬が緩む。
たまに暴走もしてしまう娘だが、尽くしてくれているのだから優しくしてあげるべきだろう。
あと、柔らかな彼女を抱くのはとても心地が良いし。
「そんなに落ち込むなら調子に乗らなければいいのに」
「・・・ごめんなさい」
胸に顔を埋めて反省を口にするが、フィルのこの態度は演技である。
何度注意したところで甘えん坊の彼女は抱き締めているとすぐに調子を取り戻すのだ。
そして、似たような暴走を繰り返す。
ベッド際での攻防を何度も行ったことで理解させられた事実に、呆れた様に笑みが零れた。
「でも、後でお説教は変わらないからね?」
「う゛・・・うぅ・・・お姉ちゃぁん・・・」
「猫なで声で言ってもダメ。フィルをちゃんと反省させられるのはイリスだけだから・・・」
残念なことに、ノアが何度言ってもフィルの態度は改善しない。
それ故にいけない事をしでかした場合はお母さん役を兼ねるこの場にはいないイリスへ投げることにしている。
というか、理路整然と言い聞かせ無言の圧力と的確な罰を与える能力において次女たる彼女は三人の中で断トツの能力を誇る。
否。他の二人が低すぎるというべきかもしれない。
「仲、いいんですね?」
「フィルは特に甘えん坊でね。アルナたちは頭撫でるくらいしか―――もうちょっとスキンシップ増やした方がいいのかな?」
「どうでしょう?」
女の子の事だし、中身が女の子のイケメンに聞くのは間違いじゃないと思ったが小首を傾げられた。
しかし、アルナは満面の笑みで期待の眼差しを向けてくるので手招きすると片膝をついて頭を垂れたのでとりあえず頭を撫でておく。
尻尾が在ったらブンブンと振り回しそうなくらいの忠犬のような態度に思わず苦笑い。
「少なくとも、私の見てきた冒険者にはそれほど友好的なエインヘリヤルを連れていた人は居ません」
「まぁ、そうかも。パートナーを愛でるタイプのプレイヤーはあんまりレベル高くないし」
仮にも今いる場所は実装されていた限りでは最前線の街リッシュバル。
足手纏いとも揶揄されるエインヘリヤルを大切に扱うプレイヤーは多々いる。
が、それは戦闘要員としてではなく、スクリーンショットなどを撮って愛でる対象として、だ。
悪い言い方をすれば着せ替え人形として、というところか。
エインヘリヤルはシステム上どうしても戦闘力が劣るので彼らが悪いわけではないし、彼らは彼らなりに愛情を注いでいる。
また、そういったプレイに時間を掛けるとシナリオの攻略速度が落ちるのは仕方のない事だ。
結果、彼らはこの街まで辿り着けていない。どころか、おそらく制限の多いテストサーバーでの先行プレイを避けた可能性も高い。
テストサーバーでは装備などのクリエイト機能にも制限が掛かるからだ。
可愛い、綺麗、エロイ『絵』を見たいがために愛でている彼らに衣裳作成の制限はとてつもなく重いモノだろう。
「そういう意味ではうちの娘たちは最強かもしれない」
エインヘリヤルを最上位まで育てたプレイヤーは多くない。
トッププレイヤーなんてのは特にちゃんとチームを組むし、縛りプレイをやるようなソロプレイヤーもエインヘリヤルを使わない。
つまりエインヘリヤルという戦力を使う人間は大いに限られている、という話だ。
それを考慮すれば、ノアはエインヘリヤルの育成状況に関してだけは最上位に位置するのではなかろうか。
「競うつもりはないからどうでもいいか。本当に可愛くて頼りになる娘たちなのは確かだし」
「マスター!」「お姉ちゃん!」
感極まった様子で見つめてくる二人に小首を傾げながらも微笑みかけて頭を撫でる。
ノアとしては彼女たちが居ないと生きていくことすら困難だと何度も思い知らされたのだから当然の感想であるのだが。
「エインヘリヤル関連はたぶん比較するだけ無意味だな」
「そうかもしれませんね」
もう少し時間が経てば別の要因も出てくるかもしれないが、今の段階では有用な情報は得られないだろう。
将来的に調べておいた方が良いことは多そうにしても伝聞形式の情報で取得しておくべきことは多くない。
特に知りたい戦闘時の情報などはここに居るメンツに聞くよりも自力で調べないといざという時に間違っていましたでは洒落にならない。
アルナたちに関することは本人たちを交えて色々と研究した方が安全だろう。
「冒険者関連はわりと何でも聞いておきたいくらいだけど・・・」
「どこから、というのは難しいですよね」
レオンハルトが苦笑するのに同意するように頷きを返す。
正直なところ、わからないことが多すぎて何を聞けばいいのかノアにもわからない。
「そうですね・・・。変化と言うか、ゲームではありえなかったことは多いです。例えば『声』とか」
「声?」
「SSOはキャラクタークリエイトで使用できるボイスデータは男女四つずつ。多少ピッチを弄ることはできますけど・・・」
そう言われて気が付いた。
SSOはキャラクターの外見に関するデータは膨大だがボイスデータは多くない。
よくよく考えれば、アルナたちも設定していたボイスデータ―――声優の声ではないような気がする。
ゲーム時は会話にボイスが入っておらず掛け声くらいだったせいで正確にはわからないが。
少なくとも冒険者の声はノア自身、レオンハルト、青華とSSOのボイスデータには無かった声だ。
かといって、中身の人間の肉声というわけでもない。
美少女の姿で成人男性の声だったらノアも早々に自分に違和感を覚えたに違いない。
「そういえばレオンくんも中性的な声だね。元の声を聞いた回数は数えるほどだけど、澄んだ良い声だったのに」
「えっ!? あ、ありがとう・・・」
頬を薔薇色に染めてハニかんでもノアとしては面白くもなんともない。
むしろ僅かに苛立ちが沸き上がって頬を引き攣らせるほどである。
「それはともかく。他のプレイヤーはどうしている?」
「・・・半分は『発狂』して刑務所か処刑されたか。残りの七割は『先』に進みました」
「元の世界に戻るための手掛かりを求めて、か」
ノアの呟きに頷きが返った。
現状を打開するためにゲーム時には無かったエリアを探索するのはノアも考えていたことだ。
別の事を優先しようと考えていたために行動に移すのは当分先になりそうだけれども。
「足元の確認が先だと思うけど、随分と頑張るなぁ」
「早く帰りたいと願う人がそれだけ多いということだと思います。この街はレベル帯も高いので無理が出来ると踏んだ人も」
危険な思考だが無理もない。
話を聞く限り、この世界は現代日本と比較すると過し難い環境だ。
親兄弟や恋人、友人などを元の場所に残してきたのなら多少勇み足になるのは仕方のない事だろう。
「そういえば、ステータスとかは確認する方法があるの? レベル上限が外れていたりとか」
「いいえ。少なくとも私は知りません。先に進んだ方たちは知っているかもしれませんが・・・」
「今は確認のしようがない、か。先に進んだ奴らが一旦戻ってくるとしても先の話になるだろうし」
それから、メニュー画面で行える要素―――特にチャット機能などを確認してみたが使用方法は不明とのことだった。
他にいくつかの情報を交換、というか一方的に搾取しているとようやっとチャイナ少女が顔を上げた。
額から血を垂らしているけれども元気そうなので良しとしよう。
「ひ、酷いっすよ、先輩・・・!」
「何? もう一発欲しいって?」
「ひぃっ!? ななな、何でもないっす!!!」
軽い脅しに一瞬で屈した青華だった。
そんな様子に満足げにノアはひとつ頷く。
傍から見ていた男たちはドSの女王様の表情だったと証言していた。
「そういえば、神装の腕輪とかは身に着けている扱い・・・ってことでいいの?」
「はい。神装の腕輪だけじゃなくて、霊倉の腰鞄についても同様です。他の物はわからないモノも多いですけど」
神装の腕輪は戦闘中に装備を切り替えるためのアイテムだ。
先の戦いで使用した―――できた感じだと身体自体を作り替えるような雰囲気だったけれど。
戦闘用の装備を身に纏った際は身体能力が上がった気がしたが、装備のステータス補正だと思われる。
霊倉の腰鞄はいわゆる『アイテムバック』だ。
冒険者は一定量のアイテムを異空間に収納できる鞄を与えられる、という内容で名前だけ大事なモノ欄に表記されていたアイテム。
姿形はないが、これによってプレイヤーはアイテム欄の物資を持ち運ぶためにグラフィックでは表記されないということらしい。
「・・・どうやって?」
「霊倉の腰鞄は見えないだけで常に腰に下げている状態みたいです。ポシェットのような感覚で意識して腰元に触れると開けますよ」
レオンハルトの助言に従って腰元に手をやると何もないはずのソコに『口』が開く。
異空間としか言いようもないソコには色とりどりの水薬やら使い捨ての攻撃アイテム、身代わり用アイテムなどがぎっしり入っていた。
最後に入れていたアイテムなのだろうけれど、詳細の確認は後回しにする。
「性能はどのくらい調べてあるの?」
「容量は重量ではなくて『個数』みたいです。袋や瓶で纏めた物は『ひとつ』という計算で最大量は人によって違います」
「課金で上限を増やしていたかどうか、か」
頷きが返ってきた。
それはつまり、ゲーム時に課金して確定した要素は個人差として残っているということだ。
SSOにおける課金要素はそこまで多くないが、アイテム容量と装備登録数は大きな意味を持つだろう。
「こんなことなら、アルナたちのアイテム所持数も最大まで増やしておくべきだったなぁ」
「先輩もそこまではやっていないんですね」
「ほとんど課金してないからね」
こういう事態が想定できたなら重課金勢と同額くらいまで注ぎ込んで万全にしておきたかったが、今更の事である。
「それと霊倉の腰鞄で保存している間は時間が経過しません。氷は解けませんし、熱いスープを入れておいたりもできます」
「何ともチートアイテムって感じだなぁ」
「ですね。運送業とか始めればいくらでも儲けられそうです」
レオンハルトはそう言って笑うが、これはそういう問題ではない。
危険物の運搬もリスクなしで行えるし、窃盗やらに使用すればまず発覚することがない。
犯罪への使用法はいくらでもあるのだから今後はそういう面でも気を付けなければいけないだろう。
「それと魔法の鍵みたいな重要アイテムも形があれば入れておけるみたいです」
「逆に言えば、それでひと枠埋まってしまうというわけか。持ち歩かないわけにはいかないし」
それからも少し雑談をしているといつの間にか日が暮れてしまい解散となった。
帰り際にフィルの一緒にお風呂に入る発言が一波乱巻き起こしたのだが、それは別の話である。