00 いつかの始まり
セブンスターオンライン―――略称をSSO。
そのMMO(Massively Multiplayer Online)RPGは、はっきり言えば特に珍しいモノではなかった。
ゲーム最盛期、というと語弊があるのかもしれないがオンラインで世界中の誰でも参加できる形式のゲームは多種多様であって類似するものも多く、SSOもまた独創的というには中々難しいファンタジー系のMMORPGのひとつとして世界に公開された。
SSOが注目を集めた点としては複数のプラットフォームで同時にサービスが開始され、同一サーバー内で共に冒険を楽しむことが出来る点くらいだろう。
PCやスマートフォン、家庭用・携帯ゲーム機など十種類以上の処理能力の違うプラットフォームで同様に楽しめるというのは素人的な意見で申し訳ないが技術的な点では難しいことを実現していると思った。
もちろんと言っていいのかはわからないがヘッドマウントディスプレイを利用したVRは存在したが。体感型や催眠誘導による没入型のようなゲームの世界を疑似体験する技術は未だ世界に存在していない。
それでも、初めてプレイする本格的なオンラインRPGとして|セブンスターオンライン《このゲーム》を選んだのは単純にタイミングが良かったからに過ぎない。
オープンβが開始したのが、ちょうど大学受験を推薦入試で終えて暇が出来た時期と重なったから手を出してみたのだ。
それまでにもオンラインのゲームはやったことがあったが、FPSやアクションばかりで、話に聞く育成要素だとかキャラの個性的な成長だとかを体験してみたいと少しだけ思っていた。
かといって、既存の有名作は重課金者やトッププレイヤーと呼ばれる人々と大きく差が付き過ぎていてなんとなく忌避した結果、新しく公開されたゲームを選択したにすぎない。
オープンβ開始から半年の期間を経て、製品版がリリースされた後もデータを引き継げるということで流れで購入してしまったのは制作会社の思惑に乗せられたと苦笑する出来事だった。
ゲームの内容はこれまた珍しいものではなく、一人用の家庭用ゲームでは何度か経験したあらすじから始まる。
曰く。
世界中で魔物が急速に増え、人々を脅かし始めた。
当初は各国の騎士たちが討伐することで平穏をなんとか保っていたのだが、その勢いは増すばかり。
とある王国の王は現状に頭を悩ませ、宰相や占い師に相談し主に二つの依頼を『冒険者』へと要請することにした。
ひとつは大昔に地に落ちた七色の願い星を探し出すこと。
ひとつは魔物の大量発生の原因を突き止め、可能であれば排除すること。
この二つの要請を受けて多くの冒険者たちが旅立つ。
細かな設定や導入は他にも多々あるが、要点だけを纏めるとそんな話である。
片方は創作にしても陳腐の話だが、もう片方はまだ堅実な内容だろうと思った。
国防に騎士を使って探索に消耗しても惜しくない冒険者という肩書の人間を使うという身も蓋もない設定もゲームなら特に気にすることはない。
また、ゲームならではというか、登場する騎士たちを含めたNPC(Non Player Character)は無能なんて呼ばれることがあることもお約束だ。
最終的には冒険者が世界の明暗を賭けて大きな戦いに身を投じることになるのだろうけれど、現在はまだ導入程度しかイベントが実装されていない。
始まりの街『ブラディニア』から始まる冒険は、製品版リリースからほぼ一年の現在、最初の大型ボスが実装され、ストーリー的にはそのイベントの最中に魔王の存在が示唆されたくらいだ。
もっとも、多くのプレイヤーにとってはメインストーリーを楽しむというよりは広大なゲーム世界を楽しむことを優先させている。
プレイヤーはMMORPGに何を求めるのか。
それは開発者にとって大いに頭を悩ませるものだと思う。
SSOについても同様であり、まだ比較的新しいこともあって方向性が定まっていないと言ってもいい。
例えば戦闘。
アクションRPGの要素が強く、FF(Friendly Fire)が設定されていることもあって連携が結構にシビアである。
調べたところ、RPG要素―――ストーリー性の強い作品ほどこういった戦闘面でプレイヤーが不利になりやすい要素は削られる傾向が強いようだ。
あるいは演出やエフェクトの見た目を派手にすると味方を確認しづらくなるから、などの理由も聞いたことがある。
ともあれ、メインのストーリーが割と陳腐なために戦闘に独特の歯応えを持たせようとしているのかもしれない。
その上、他のゲームと比較すると序盤から敵が強く、ネット上では高難易度のゲームという評価がされていた。
他にも見た目の自由度や野生動物MOBの手懐け、様々なアイテムの生産など多くの要素が存在している。
けれど、どの要素についても洗練されておらず、今後ユーサーの意見を取り入れて拡張していくというのが公式の発表だ。
未だSSOは発展期であり将来性については有望だというのがネット上の評価。逆に言えば現状は不満点も多いということらしい。
多少の不満が出ていてもサービスが続く要因として美麗なグラフィックと自由度の高いキャラクリエイトが要素としてよく挙げられる。
自分の分身となる分身体もだが、各装備の見た目も自由に編集することが出来るのでクリエーターたちの創作心を掴んだようだ。
公開されるスクリーンショットは勇猛果敢で秀麗な戦乙女の凛々しい姿や華やかな水辺での一幕、勇猛な騎士たちの円卓や何かのアニメのパロディまで様々。
その上で戦闘の難易度が高いからボイスチャットなどを利用した交流が盛んになって、色々な意味で出会いの場となっているらしい。
うん。他意はない。
そんなわけで、現在のSSOは大きく分けて三種類のプレイヤーが居ることになる。
ひとつは難易度の高い戦闘にやりがいを感じる戦闘系プレイヤー。
ひとつは創作欲を爆発させて自分や他人のキャラや装備を弄って遊ぶ創作系プレイヤー。
ひとつは知り合った人々と交流の場としてゲームを活用する交流系プレイヤー。
プレイヤー数はそれなりに多いので他にも分類はあるのかもしれないが、主にこの三種類がSSOのプレイヤー傾向である。
そして、自分自身がどこのグループに所属するのかというと、正直なところ分類が難しい。
より正確に言えば、どれを重視しているでもなく全てに所属しているとでも言うべきか。
まずは戦闘系。
難易度の高い戦闘というのはある種の中毒性があるものだ。
FPSなどの対戦系ゲームとはまた違った緊張感と興奮は確実にSSOを続ける要因になった。
次に創作系。
ゲームの中に理想の自分を創るという人もいるようだが、自分の場合は自己投影というより理想の相手を考えるのに似ていた。
人気の女優よりも理想とする相手の擬人化を行えるのもゲームの楽しみ方のひとつだと思う。
長時間、自分とは似ても似つかないイケメンの顔を見続けるのも苦痛な気がするし。
そして―――。
話は変わるが、自分には妹がいる。
五歳も年が離れているが、別に仲が悪いわけではない。
というか、話に聞く友人たちよりも関係としては良好と言っていいだろう。
そんな彼女がSSOを始めたのは、大学生活と共に一人暮らしを始めた自分と遊ぶためらしい。
それ以外にも妹の周囲でもスマフォでできるゲームということでそれなりに人気が出てきたのも要因だ。
顔見知りの幼馴染たちも巻き込んで製品版のリリースと共に同好派閥を作り妹は多くの友人と交友を深めた。
気が付けば彼女たちの同好派閥『アルフヘイム』は所属人数だけなら全体でも五十位以内に入る規模のギルドとなっていた。
このギルドは分類するならば交流系ギルドということになる。
人数が多いのでギルド内にも小さなコミュニティが存在するのだが、主軸となったのが妹の友人である中学生ゆえか学校的なノリが強い。
友人が友人を呼び、中学生たちの交友の場となっていったのはある意味では当然というか、彼らにとってSNSに近い感覚だったのかもしれない。
半ば強制的に所属された身で年下の集団というのは完全に隔意なく考えることが出来ず一歩引いて見てしまう。
それが余計に学友会の気分を感じさせていたのだろう。
正直に言えば、妹たちのギルドは肌に合わなかった。
そもそもの目的が違うのだから当たり前のことなのだが。
彼女たちはゲームというツールを通しての会話や交流を目的としているのであって、純粋にゲームを遊ぶためにプレイしている自分とは差がある。
妹を含めてギルドメンバーの大半が難易度の高い戦闘を早々に避けるようになったことも大きな理由のひとつ。
ユーザーの意見を取り入れて拡張していく、という公式の発表に戦闘に関する調整が含まれるという予想が大半だったのも彼らが戦闘を忌避する一助になったのかもしれない。
彼女たちにとっての戦闘とは、ゲーム内の隣町に行くまでの障害という程度の認識となっていて冒険を楽しむというのとは少し違うようだった。
そういった小旅行気分を味わうプレイが悪いわけではないけれど、肌には合わない。
ゲームという仮想世界だからこそできることを楽しむ自分と、現実世界の延長として楽しいことを増やそうとする妹たち。
相手を否定するつもりはないけれど、目的意識の差はゲームの世界だからこそすぐに明確になった。
レベルである。
能力を数値化するのはゲームの常であるが、ゲーム初心者も多い妹たちとそれなりのゲーマーの自分とでは差が目に見える形で現れる。
もちろん、中学生の中にもやり込む子たちは居たのだが、それはさすがに少数派、というか交流用に分身体を別に用意するのが普通らしい。
いわゆる顔バレ状態でオンラインのゲームに参加するのだから当然の考慮なのかもしれないが。
先に始めていた自分は半ば強引にギルドへ所属させられたこともあって別キャラを用意することができなかった。
現在のアップデート環境での上限成長となった頃には、ギルドメンバーとはすでに疎遠だったと思う。
最初期メンバーの一人ということもあって呼ばれることは多いのだが、年下の少女たちと楽しくおしゃべりをするような性格をしていないというのもある。
仮に会話するにしてもゲーム内で彼女たちの日常生活を垣間見るのは、色々と違うと思わざるを得ない。
女性と懇意にするにしても、まだFPSのクラン内での関係の方が健全に感じるくらいだ。
そんな考えが脳裏にあったこともあり、ギルドには寄り付かずゲームとしての戦闘や依頼を中心に楽しむようになるのに時間はかからなかった。
多少、居心地の悪い思いをしながらもSSOを辞めなかったのは楽しかったからに他ならない。
時間を掛けて作ったキャラを無駄にしたくなかったのも多少はあるけれど。
ソロで活動していると他ギルドから勧誘を受けることもそれなりにあった。
それでもギルドを移らなかった理由は自分でもよくわからない。
妹や幼馴染と交流するだけならSSOに拘る必要は無いし、地元に帰れば直接顔を合わせることもできる。
廃人と呼ばれるほど入れ込んでプレイしているわけでなかったことも、ひとつの理由になるのかもしれない。
重課金者が多数所属するギルドに参加するのが気が引けるという意味で。
私生活を犠牲にしてまでゲームに傾注することが出来ないという点では、最前線と呼ばれるようなプレイヤーには程遠い。
課金額もひと月で数十万消費する上位プレイヤーに比較すれば、一万にも満たない金額というのは低い方だろう。
そういうゲーマーとしての引け目から移籍については気乗りがしなかった。
それでも、ギルド結成から一年に達しようとした現在。
実装上限の半分にも満たないレベルのメンバーが八割という状況には考えさせられる。
ゲームをどう楽しむのかは個々人に委ねられてしかるべきだとは思う。
けれど、目的が全く違う者同士が無理に同じコミュニティに所属する意味合いは薄い。
オンライン上の付き合いというのは現実とは違い簡単に切ることが出来るのも利点ではあるのだ。
現実で面識のある面々も居るから完全に縁を切るわけではないし、あくまでゲーム上の事だと割り切るまでに随分と時間がかかった気がする。
その日、俺はギルドを抜けることを決断した。
たかがゲーム。
けれど、一度形成されたコミュニティであることには違いなく、そこから外れることに気が咎める人間もいる。自分の様に。
何人かが非難するような態度を取ったことも、仕方がないことだとは思う。単純にギルドの管理を押し付けることになるからかもしれないが。
ゲーム内とはいえ幾つかの手続きを行ってギルドから脱退しギルドルームから出るとホッとしたような寂しいような何とも言えない気分を味わう。
画面越しの実際には触れることが出来ない世界とはいえ、一年も過ごした場所に二度と入ることが出来ないのは感傷を覚える。
「・・・さてと。もう少しでTTSも解放されるし、色々とやっておかないと」
しばらく感傷に浸ってみたものの、やはりゲームであるためか苦笑を浮かべる程度で済ませてしまう。
これが現実世界なら生家を出禁にされたようなものなのでもう少し思うところがあっただろう。
画面の前で小さく呟いてしまうくらいには思い入れはあったようだけれど。
『お兄ちゃん・・・!』
アバターを移動させようとコントローラーに手を掛けると、ヘッドセットに妹の声が響いた。
近づいてきたのはゲーム画面上でもわかる程に幼い少年のキャラ。
ゲームは現実では体験できないことを楽しむモノ、という兄の考えに感化された妹は少年の成りきりプレイをしていた。
キャラクター名は『Sena』。
柔らかな栗色の癖っ毛の小柄で華奢な少年のキャラが画面上で駆け寄ってくる。
『ギルド抜けたって、どうして!?』
キャラの表情は変わらない。
ボイスチャットに反応して表情を変えるような機能が搭載されるほど先進的なゲームではないのだ。
ただ、聞こえてくる声は怒っているようにも泣いているようにも聞こえた。
「どうして、と言われても。ゲームは好きなように遊ぶから楽しいってだけだよ」
『だって! 一緒に作ったギルドだよ!? みんなで、一緒に!!』
それは否定できない。
ギルドというゲーム内でのグループを作成できることを知って「作ろう!」と言い出したのは妹だが実際に作ったのは自分だった。
長はすぐに妹に譲ったが、ゲーム慣れしていない妹や他の幼馴染二人の代わりに諸々をこなしたのは自分だ。
そこまでして同じゲームをやる意味があるのかと疑問に思ったことは口には出さなかったけれど。
「このゲームは、全く違うことをやろうとする人が時間を共有して遊ぶのには向いていないよ」
言葉にすればそれだけのことだ。
『でも、だって! 一緒に・・・!』
普段は我が儘を言わない娘だ。
それがどうしてこんなに食い下がるのかはわからない。
「まぁ、遊ぶだけなら帰った時に別の事にでも付き合うよ。でも、SSOは別々の方が良い」
『・・・けど・・・』
「悪いけど、テストサーバーの準備があるから」
未だ何か言いたそうな雰囲気は感じたが、会話を切って私室へと転移した。
プレイヤー全員に与えられる個室は、自由に入室制限を掛けられ部屋の主以外は現在は誰も入れないようになっている。
一時的にプレイヤー間のチャット機能をOFFにしているのでしばらくは静かだろう。
「それじゃあ、準備を終わらせるとしようかな」
気持ちを切り替えるため、とでも言うように独り言が漏れた。
それから画面上のキャラを操作してRPGの定番である回復薬なんかの消耗品を作成させていく。
SSOは大型のアップデータの際に独特の制度を導入している。
それがTTSでの先行プレイ。
最終ログイン時のデータをTSへアップデートして、一般プレイヤーが先行して新しい環境を遊ぶことが出来るのだ。
期間は一週間ほどだが新要素を先に堪能できる。
TTSで入手したアイテム類は期間終了時、通常サーバーに移行する際にほとんどが手元に残らないが一部アイテムや情報を入手できる。
また一定時間以上TTSで遊んだプレイヤーには特別なアイテムや称号などが贈られるのだ。
バグチェックの一環だが、贈られるアイテムが強力だったり、有用だったりすることもあってTTSでの先行プレイは割と好評である。
ちなみに、TTS参加者贈呈アイテムはいくつか後のアップデートで通常プレイでも入手可能となる。
そんなわけで、ゲームとして楽しむ多くのプレイヤーはテストサーバーでの先行プレイを行う。
逆に先行プレイ中はチャットなどに制限がかかるので、妹たちのようにコミュニケーションツールとして使う場合は避けるプレイヤーも相応に居る。
またTTSではサーバーを移行する関係上、移行すると期間中に通常サーバーに戻ることが出来ず、TTS上では一部の店舗や銀行、アイテム作成ギミックの一部のようなゲーム内システムが使えなくなるのでプレイするにも準備を整えておくことを推奨されている。
きちんと準備しないと一週間の間、まともに遊ぶことが出来なくなるなんて事もあるくらいだ。
「瀬奈たちと話をするにも、時間を置いた方が良いよな」
何となく呟きながら準備を整え、データのアップロードを開始した。
画面に残り時間が表示され―――
―――意識が闇に呑まれた。