始まりの日Ⅱ
これを合わせてあと三部分したら異世界の話です。気長にお待ちください。
教室の扉を開く。
建てられて二、三年ほどしか経っていない校舎のその扉は音を立てることなくスーッと横へ開いた。
春休みの間誰も入ることなく閉ざされていた教室で純熟された特殊な匂いと窓から差し込み机に反射された淡黄色の朝陽が出迎えてくるかのように開いた扉から放たれる。
俺と優は初めて二年二組の教室へと足を踏み入れた。
一年生の教室とは少し間取りの違う教室と終業日に整えられた机と椅子に二年生の始まりを再認識させられる。
教室に入った優はすぐに白板と教卓の方へと行き、辺りを物色しだした。
「あれ? 座席表は?」
と、目当ての物は見当たらなくて諦めたのか優は俺の方へ顔を向けて尋ねてくる。
「あぁ……それならまだ先生来てないから無いぞ」
「そうなんだ。先生っていつ来るの?」
「さぁ……二十分頃? この時間来てるのは鍵を開けてくれる事務の人と数人のやる気ある先生だ」
「へぇ〜〜〜」
優は白板の上に掛けられた時計の方を見た。
俺も時計へと目をやる。
その時計は六時五十七分を指していた。
「あと二十分か〜」
「先生は基本やる気ないからな」
少し残念そうにする優に先生を馬鹿にして笑うように言った。
「去年なんて松尾、四十五分まで来なかったぞ」
「松尾って……せめてあだ名で呼んであげなよ」
俺の先生に対する少しふざけた敬意に優が軽く指摘してくる。
「まぁ松尾さんが正しい、全力でやる奴は馬鹿……
この世はある程度、手を抜いた方がいいんだよ……」
本当にそう思う。全力でやっても虚しいだけ……
自分の気がどんどん沈んでいくのが分かる。自分でも分かるくらいだから、外にはもっと現れているのかもしれない。
優の顔を見る。
優は俺の様子を感じ取ったのか口を閉じ、哀れむような目で俺のことを見てるような気がした。
(そんな目で見るなよ……)
教室を再び静寂が包み込む。
すると、
「誰が馬鹿って? 高校生でそんなこと言ってないで青春でもしたら?」
その静寂を破るようにそんな声がする。
振り返ると、開いた扉からは一人の女性が階段からこちらに来ているのが見える。
「彩姉……」
その女性は彩姉だった。
時雨彩香、流麗という言葉が相応しい長く流れる髪は左右の耳から上の後ろ髪をひとつにまとめるようになっており、スラリとスレンダーな体にしっかりとした整った顔立ちの少し生真面目だが優しく接しやすい多くの生徒から好かれている女教師。
そんな彼女は、
「おはよ! 階段まで声聞こえてたわよ」
と、俺と優に優しく挨拶をし、そんなことを報せてきた。
「あと! 秋斗君学校では先生ね」
と、続けて彩姉は俺にテンプレの台詞で注意してくる。
「あぁ……」
「ん?」
そうキレが悪く返事する俺に彩姉は圧をかけてきた。
「はい、彩香センセ」
少し棒読みめで返事をし直してみた。
「うん!秋斗君」
彩姉は嬉しそうに俺の名前を呼んできた。
(彩姉はいいのかよ)
と、自分に対する呼び方にふとそんなことを思ってしまったが声にはしなかった。
「二人とも久しぶりね」
彩姉が俺と優に改めて挨拶をしてくる。
「久しぶりです」
「この前会った」
律儀に返す優とは反対に俺は少し食い気味に返した。
「そうね」
春休み中、彩姉は俺の家を訪れていた。理由は彩姉が俺の実の兄である春翔と恋人関係にあるからだった。
「もう、結婚すればいいのに」
「大人をからかうんじゃありません」
真面目に言った俺の言葉を彩姉は冷やかしのように捉えたのか流した。
真面目に言った理由。それは、彩姉と春翔は高校から付き合っており、親同士も認めている仲だということ。幼馴染で高校に入る前から仲が良かったことは俺も知っている。幼い時から二十代半ばまでの関係である。
「まぁいいや、彩センセここの担任?」
「さぁね。はい、これ座席表。貼っておいてね」
答えを濁し、代わりに座席表を俺に渡してきた彩姉は最後にそう頼んで教室を出ていった。
「彩姉、担任だな……」
彩姉が去ってからそう言った。
階段から来ており、座席表一枚しか持って来てなかったという理由からなる安易で簡易な推理から出た質問とそれに返ってきた曖昧な返事。それで、確信した。
「そうなの?」
優が尋ねてくる。
「去年も座席表を持ってきた先生が担任だった」
適当なことを言っておいた。
「そっか〜やったね」
優が俺の答えに能天気に喜ぶ。
「とりあえず、座って話そう……」
そう言って、手に持っている座席表へと目を落とした。
五十音順でできた出席番号、それを縦に五、横に六の三十の枠に教卓から見て左前から順に最後の右端が一つ余りとなる二十九の枠に二年二組の生徒の名前が並べて書いてある。いかにもありふれた座席表。
その中から自分の名前を探し出す。
「うわぁ〜。一番だよ〜一番前だよ〜」
いちのせで出席番号一番の優は一番前の席ということに嘆いていた。
「四列目の三番目……」
そういう俺も、ときとうで出席番号十八番でなるべく端っこの席に座りたかっただけに少し落胆してしまう。
「「当分この席か〜/……」」
俺と優の重なった言葉が教室に溶けていった。
御拝読ありがとうございました。
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明日も続きを投稿さしていただきます。今週は毎日十二時投稿を目指しています。そして、異世界での話は三日後からを予定しています。




