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始まりの日Ⅰ

…ジリリリリリリリリリリリリ!!!


 高鳴る金属音が俺の耳に響いてくる。


カチッ!


 その音で目を覚ました俺は、音の源である目覚まし時計のボタンを押し、目覚まし機能を止めた。


「終わったか……」


 目覚まし時計のいくつかのセグメントで構成されているデジタル表示された日付を見て、そんなことを呟いた。


 四月八日。


 俺の通う学校では、長かったようで短かった春休みは終わり、進級が行われるとともに新年度へと突入しようとしていた。


 四月の始業日。


 おそらく、そんな日を人は色々な考えや感情を抱いて迎えている。


 それは、俺も例外ではない。


 しかし、大概の人と違うだろう事は、それが全て否定的な感情であることだ。


 終わった春休みへの喪失(そうしつ)感、取り組んでいない課題への焦燥(しょうそう)感、クラス替えへの緊張感、その盛り上がりからの疎外(そがい)感……など色々な(わずら)わしい感情を引き起こす元凶。それが、俺にとっての四月の始業日。


 そんな日の朝、俺はそのことから来るやるせなさから落ち着けず、いつもより早く家を出ることにした。


***


「はぁ…………」


 玄関から出ると、ため息を(こぼ)す。


 どこか物憂ささを(はら)んだため息が、うそ寒い春の朝の閑散(かんさん)とした外の世界にスーッと溶けていく気がする。


 そして、気を整えるように、深く深呼吸をした。


スゥーーー!


ハァーーー!


 日があまり昇ってなく、風が当たると肌寒さを感じさせる清々しい朝。


 そんな朝の冷たい空気に気鬱(きうつ)さを取り払われ、自分が少しずつ今日という日を受け入れようとしているような気がしてくる。


(学校行くか)


 渋々決意し、家の敷地を出る。


 途端、


「おはよ!  秋斗!」


 という声がした。


 声がした方は向くと、そこには一人の青年が家の(へい)に寄りかかっていた。


 その青年は優だった。


 俺の幼稚園来の幼馴染である一ノ瀬(いちのせ)(ゆう)、少し茶色がかった髪に穏やかな目つきで優しげな顔、百七十七センチと身長が割と高い、いかにも好青年のような青年。


「なんで今日もいるんだよ……」


「なんでって、いつも一緒に学校行くでしょ?」


 少し(あき)れたように(たず)ねると、優は当然のように答えた。


「いや、そうだが……いつもより一時間早く出たんだぞ!」


「だって、毎年そうなんだから。今年こそは一緒に行きたくて。一時間前から待ってた」


(五時半から……それはもう待ってたじゃなくて張り込んでたの方がしっくりくるだろ)


 俺はそんなことを思いながら刑事(まが)いな事をした優を(いぶか)しむように見た。


 そんな俺の事を気にした様子もなく呑気(のんき)に、


「学校行こっか!」


 と優は話を終わらせ歩き出した。


「あぁ……」


 諦め気味に答え、優と共に学校へと向かった。


***


 学校の校門をくぐり校舎へと向う。


 校内は静寂(せいじゃく)に包まれていた。


 いつもは騒がしいまでに活気(あふ)れる校内。


 グラウンドで朝から元気に部活動に(はげ)む生徒、自販機の前でジュースを飲みながら楽しそうに雑談する生徒、ベンチに座って黙々(もくもく)と本を読む生徒、そんな生徒達で活気溢れる校内が"始業日" "早朝"そんな理由で静まり返っていた。


 そんな静けさに少し違和感を(いだ)く。


 毎年そんな状況を体験している俺でさえ慣れることのない状況。


 優も同じよう違和感を抱いたのだろう、


「不思議だね……」


 と俺に言ってくる。


「あぁ……」


 優の(ひた)るかのように言ったその言葉に、俺は共感してしまう。


 すると、


「この世界に僕たちしかいないみたいだね」

 とニヤリと頬を上げ優は(おどけ)けて言った。


「そういうことは女子に言え」


 ツッコミで返すと、優は嬉しそうに笑った。


 そんなことをしているうちに掲示板(けいじばん)の前まで来ていた。


 普段は生徒全員が誰得と思ってしまうようなプリントやポスターしか貼ってない無駄に大きい掲示板に、三枚の大きな紙が貼ってある。


 黒いインクで不規則な文字列がずらりと書かれているそれは、全校生徒の名前が学年別に一〜四のクラスで分別された紙だった。


「クラスどうだろうね」


 優は紙をまじまじと眺め出した。


 俺も続いて紙を眺める。


 すぐに、


「あった〜!」


 ととても嬉しそうに優が歓喜(かんき)の声を上げる。自分の名前を見つけたのだろう。


「クラスメイトも見てないのに、自分の名前見つけただけでそんな盛り上がるなよ。無いわけ無いだろ」


 自分の名前を見つけた俺は紙から優へと目を移し、優を落ち着かせるように当たり前のことを言った。


「そうだけど、なんか嬉しくて。で、どうだった?」


 ピュアな返事をして、わくわくしながら優は尋ねてくる。


「二く……っ!」


 優は最後まで聞こうとせず最初の数字を聞いた途端、飛びつこうとしてきた。


「やった……うっ!」


 俺は末まで言うのを止めて、そんな優の出した腕の片方を掴み、背負っていた(かばん)の上から円を(えが)くように投げた。


ダンッ!


 優の(くつ)の裏が地面と当たりそんな音を出すと共に、優は地面へと打ち付けられた。


「え? 何? 投げ技? っていうか絶対今のでパン潰れたよ!」


 驚き、思い出したかのように身を起こした、優は下敷(したじき)きになっていた鞄の中を(あさ)り出した。


「大丈夫だ。俺も筆箱が潰れた」


 わざとらしく、俺も鞄を下ろし中を漁るフリをしてみる。


ガサッ!


 優がカバンからビニール袋を取り出す。その中からは潰れてポリ袋と一体化した、何パンだったかの分からなくなったパンが出てきた。


 それをジッと残念そうに眺める優。


 それを横に、俺も筆箱を眺めていた。


「絶対潰れてないでしょう!」


 そんなふざけたことをしている俺に優はジト目でツッコミを入れてくる。


「まぁ……というかお前も二組だったんだな?」


「うん! そうなんだよ!」


 俺の言葉に優は今起きたことが無かったかのように嬉々として明るく答えた。


「あと、パンは帰り買ってやる」


「あれ朝ご飯」


「はぁ?」


 優の口から出た予想外の言葉に驚いて、つい少し間の抜けた声を出してしまう。


「朝食べる時間なくて〜」


「いや、いっぱいあっただろ……」


 そんなことを言う優に朝のことを思い出しながら呆れたように言った。


「まぁまぁ、ひとまずはこのパンを食べるよ。帰りはよろしくね〜」


と、優はにへらと笑ってみせた。


「二つまでだぞ」


「ちぇ〜。食べ放題かと思ったのに」


 個数の制限をつけた俺に優はわざと残念そうし、そんな冗談を言った。


「なわけないだろう。それより、教室行くぞ」


 下ろしていた鞄を背負い直して、教室へと向かった。


「待ってよ〜」


 優は急いで潰れたパンを鞄にしまい、すぐに俺の後を追ってきた。

 御拝読ありがとうございました。

 誤字脱字誤植等ありましたらご報告下さい。

 明日も続きを投稿さしていただきます。今週は毎日十二時投稿を目指しています。そして、異世界での話は四日後からを予定しています。

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