第一章 1話 ギターで奏でる異世界ロック 前編
目が醒めると俺の目の前に見たこともないような世界が広がっていた。
というのも、俺が住んでいる高層ビルやマンション、交通量の多い道路があるような街の風景とはいささか掛け離れ過ぎている風景が眼前にあるのだ。
例えるなら西洋風といったところだろうか。アスファルトの代わりに石畳が地面に敷き詰められており、鉄筋コンクリート造りの街並みは煉瓦や石で造られた家並みに変わっている。おまけにライオンのような獣が人の乗った車を牽いている。馬車のようなものだろうか。いよいよ訳が分からなくなってきた。
ここはどこなのだろうか?俺の住んでいる街ではないことは確かなのだが、いや、そもそも日本なのだろうか?特に海外旅行に行く予定なんてなかったぞ。
俺は必死に思考を凝らす。
『あれ?今日、俺何してたっけ。えーっと、朝飯食って、バンドの練習があったから外に出て、それから………』
『え。何してたっけ?思い出せねー!』
「………ねぇ!」
思い出せないというより、自分の記憶にぽっかりと穴が開いているような感覚だ。
「………おーい、そこの人〜」
それでも何とか今の状況を理解しようと周りをキョロキョロしてみる。
「………もしもーし?」
特に何も変わらず、先程と同じ風景が在るのみだ。
後ろから何やら声が聞こえてくるが、多分俺に向けて発せられたものではないので、ここはスルーする。
「ねぇってば!さっきから聞こえてんのかしら!?」
後ろから肩をトントンと叩かれたような感覚がしたので、いや、叩かれたので、俺は後ろを振り返ってみる。
すると、淡い紫色の髪をポニーテールに束ねた少女が頬を膨らませて俺を見つめてくる。
「え……俺ですか?」
「俺ですか?も何もさっきからあなたに話かけていたのよ?やっと気が付いたわね!」
「ん……何の用ですか?」
「いえ、用は特にないのだけど、さっきからボーっと道の真ん中に突っ立って何してるんだろうと思ったから声をかけたのよ」
「それで?何をしていたの?それとも何か考え事かしら?私に手伝えることがあれば手伝うわよ。」
先程の膨れっ面を萎め、そうドヤ顔で俺に少女は言う。うん。普通に可愛いなこの子。ってそんなこと考えてる場合じゃないな。
「え?…ありがとうございます。とは言っても、今の俺がどういう状態なのか自分が把握できてないんですよね。」
「別に年もそんなに変わらなそうだし敬語じゃなくてもいいわよ。あ、名前を聞いていなかったわ!あなたの名前は?」
「お、俺の名前は羽鳥 時雨です……だ。」
「うん!よろしい!私の名前はキャロライン・ゼル・ファザルナイツよ!キャルでいいわ。よろしくね!シグレ!」
「よ、よろしく!」
「それにしてもシグレって変わった名前ね!どこの国出身なの?」
「え、日本だけど?」
「ニホン……聞いたことがないわね?少なくともユーフォリアス大陸にある国ではないから……どこかの島国かしら?」
「うん。島国であってるよ。ってか!日本知らないの!?つーか、ユーフォリアス大陸ってどこ!?
てーか、今更だけど何で言葉が通じてんの!?」
ユーフォリアス?ユーラシアと間違えてるのかな。
俺は数学とか物理が大の苦手なごりごりの文系だが、地理の分野で大陸の名前くらいは分かる。うん。
「あなた、もしかして記憶喪失?」
「え?……ん、まぁ、そんなとこなのかな。」
「なるほど……だからさっきから言ってることがわけわかんなかったのね。」
「いや、本当のことなんだけどね!?」
「うーん。困ったわね。どうしましょうか。あなた、自分の魔法適性とかって思いだせるかしら?」
「魔法適性って?」
「あ、そっか、あなた記憶喪失なんだっけ?」
うーん。ちょっと違うんだけどなぁ。まぁ、そこを指摘するのは今はややこしくなるのでやめておく。
「いい?魔法適性ってのはね、自分が魔法が使えるかどうかを判断するもので、この世界の誰しもが生きていく上で知ってなきゃいけないものなのよ。大体は聖職者に判断してもらうのだけど、あなたの場合は記憶喪失だから改めて知る必要があるわね。」
「う、うん。分かった。けど、その聖職者ってどこにいるの?」
正直、魔法が使えるとかどうとかって、何言ってるのかわからないけど、自分の今の状況を知る必要があるので、とりあえず、聖職者の所へ向かうことにする。
「ここから近い所だと、フシュール大聖堂が一番近いのだけれど、よかったら私、案内するわよ?」
「ん、それならお願いするよ。」
正直、迷子になりそうなので、少女について行くことにする。あ、ちなみに俺は極度の方向音痴だ。
「よーし!それじゃあ行きましょうか!」
そう言って、キャルは大袈裟に拳を突き挙げてみせる。
「ここから大聖堂までは、大体15分位で着くわね。」
「結構近いんだね。」
「ええ。私達が今いるのは、この大陸の南に位置するミドレーシアっていう国の都市部なんだけど、大聖堂は都市部の外れにあるからね。」
「キャルはこの街出身なの?」
「いいえ。私は隣のファザルナイツ王国出身よ。ここはよくお父様の仕事の関係で来ることが多いのよ。」
「なるほどね。キャルのお父さんってどんな仕事してるの?」
「え...っと、んまぁ、とにかく、仕事で来ることが多いのよ!それより、シグレに色々教えてあげなきゃだよね!うん!」
今、お茶を濁されたと思うけど、これ以上詮索するのも可哀想なので、あえて黙っておく。
「ま、まず、このユーフォリアス大陸は十二人の魔法使王によって統治されているの。」
「魔法使王……」
「そうよ。さっきシグレの魔法適性のランクを聞いた
わよね?あれは大きく分けて5段階に分かれている
の。まず、一番下からイルフドニア。その上にデレニ
ア、一般的なイルメゾニア、アルフォメニアって続いて、最後に最高位のディオニアがあるの。神々の寵愛を受け、その最高位に就くことを許された者達は魔法使王と呼ばれ、世界の均衡を保つ者達として人々に慕われる存在となるの。かつて、この世界を滅ぼしかねるほどだったと伝えられている古の魔法大戦の末、万物を統べる神はXIIの属性ごとに最も強き者を王にし、王達を絶対不干渉であり最強の存在として人々の信仰の対象とした。しかし、そんな王達でも寿命がある。世界の安寧を守る為、万物を統べる神は王の命が尽きる時、新しき王を選定するとルールを定めた。それが今に続いているのよ。そして、その王達が集められて構成されている組織が魔法教会と呼ばれているの。」
「なるほど……つまり、魔法使王は最強の存在ってことか。」
「そうよ!……って、ごめんなさい!私、歴史のことになると熱が出ちゃうのよね!いつも気を付けてるんだけど!」
確かに。言われて気づいたけど、歴史のことついて話している時のキャルの顔はとても朗らかで楽しそうだった気がする。それに、俺も日本史とか結構好きだからキャルの気持ちもなんとなく分かる。
「ううん。大丈夫だよ。俺も気持ち分かるし。」
「え?もしかして?シグレも歴史とか好きだったりするの?」
「うん。まあね。」
「おー!!じゃあ、今度シグレが良ければ、私の家に来ないかしら?魔法史に関連の面白いもの見せてあげられるわよ!」
『家に歴史関連のものがあるって……キャルの家って凄い家系なんじゃ……』
もの凄い気になるけど、さっきの感じからして家柄についてはタブーな気がするから、ここは聞かないでおく。
「じゃあ、今度見せてもらおうかな?」
あれ?今思えば、女の子の家に呼ばれることって、
######以外になかったな。
ん、あいつ?大切な人の筈なのに…あれ?思い出せないや。
「うん!待ってるわ!えーっと、話を戻して、簡単に言っちゃえば、この世界、魔法が全てで出来ているのよ。魔法適性と属性の二つによって、大抵の人は自分の生業を決めているわね。まあ、魔法使王には絶対なれないけどね!」
「生業ねぇ…あんまピンとこないなぁ」
「そこは、聖職者が判断してくれるから大丈夫よ!」
「ちなみにだけど、キャルの職業は何をやってんの?」
「え?私? 私はファザルナイツ王国騎士団 団長を務めているわね。ほら、私って魔法適性が高くないのよ…家は由緒正しき魔法使いの家系なんだけどね……」
なんかキャルに悪いこと聞いた気がするな。家柄に対して、自分の魔法適性にコンプレックスがあるのかもしれない。
「キャル…何かごめん!悪いこと聞いた…」
「ううん!シグレが謝ることないのよ!それに、今の自分は国を守る使命があるしね!くよくよなんてしてられないわ!あ、もう着くわね!」
そう言って、キャルは小走りで駆け出した。俺も彼女の後を追う。
次の角を左に曲がると、そこにはヨーロッパ風の荘厳な大聖堂が立ちそびえていた。