ある王子の日記3
王子視点はこれで最後です。
ボートの上には宰相の馬鹿息子がいた。
馬鹿は急き立てられるようにボートから飛び降り走り出した。
その表情は鬼気迫る物があり、恐らく俺が居なくなって国中で大騒ぎになったのだろう。
アレの断罪の時に、あれだけこの馬鹿は楯突いたがこれだけ必死に迎えに来てくれたのだから許してやろう。
俺はそう思った。
しかし、馬鹿は俺に近づくことはなかった。
「お待たせして申し訳ありません…。本当に生きていて良かった…。」
馬鹿は涙を滲ませながらアレのすぐ側まで行き。
まるでちょっとた振動ですぐに壊れてしまいそうなガラス細工を扱うように、そっと抱き上げゆっくりと歩きだした。
そして、さっきまで乗っていたボートに大切な宝物を置くようにアレを横たえた。
すぐに浜辺に降りてボートを押すために手をかけていた。
「おいっ…!待て!」
なぜアレを連れていくんだ?
俺を迎えに来たんじゃないのか…?
俺は慌てて走りながらボートに乗り込む。
馬鹿は俺に一瞥くれるとボートを押し手を離したと同時に乗った。
アレは起き上がる事もなく悪臭を放っていた。アレの周りにはハエが集り気分が悪くなってきた。
「なぜ処刑した奴を乗せる?」
「…。」
馬鹿は返事もしなかった。
アレは『日記…。私の日記…。』消え入りそうな声でうわ言を繰り返していた。
馬鹿はアレの左手をそっと撫でた。
「ありますよ…。僕がちゃんと持っていますから…。安心してください。」
馬鹿は誰にも見せた事などない優しい表情で、アレを愛おしいと言わんばかり微笑みかけていた。
俺は馬鹿に対して冷たい印象しか持ってなかったのでとても意外だった。
「そう…、良かった。」
アレは安心したように瞳を閉じて大きく一呼吸した。胸は上下しているから眠っているのだろう。
呑気な奴だ。
馬鹿はアレの日記に目を落として読み始めた。俺の方など向きもしなかった。
「鼻が曲がりそうだ。コレを海に落とせ。」
「出来ません。彼女を連れて帰る事は国で決まっています。」
馬鹿は俺に目線すら合わせないで命令を無視し、信じられない事を言い出す。
「なんだと!?」
「彼女は無実でしたよ。あと、船の事故も仕組まれた物でした。」
馬鹿は俺の方を見ようともしないで、その口からは信じられない事がポンポンと出てきた。
「コレが無実なわけが…。船は誰が故意にやったのだ?コレが男をたぶらかせてさせたのか?」
「いいえ、貴方の恋人が貴族の令息達を唆してやらせました。」
彼女が…?
そんなことをするわけがない…。
もしするなら、目の前に居る淫乱な女しかいない。
そうに決まっている…。
「そんなわけがないだろう!」
「いいえ、彼女は沢山恋人が居たみたいですよ?そこの令嬢様を陥れた男達とも関係を持っていたようですし…。」
「彼女がアレと同じアバズレなわけがない!」
馬鹿は俺の恋人をアレと同じ淫乱だと言い出す。
彼女はとても純粋な少女だ。
俺と身体の関係をもったがいつも初でとても愛らしかった。
それが彼女の心の美しさを物語っていていた。
「知ってますか…?令嬢様の貞操帯の鍵は強固な魔法がかかっています。合鍵など作れません。そんな事も忘れましたか?」
「…。」
確かに、馬鹿の言う通りだった…。
あの鍵は俺自身が強固な魔法をかけて作り出した物だ。
無理矢理外すと死に至るものだった。
「いや!確かにアレは合鍵を作って他の男と娼婦紛いの事をしていた…!」
鍵の持ち主の本人から確かにそう言われたのだ…。
俺の恋人は嘘をつかない。
「誰から聞きました?」
「そんなの恋人からに決まっているだろう…!」
「その恋人が全てを仕組んだんですよ…。もういいです。今回の件でかなりの貴族が処分されました。昔から問題のある連中でしたから膿出しに成功しましたけどね。」
馬鹿は日記を読み進めながら呆れた表情をしていた。
何故だろう、足下からグラグラと全てが崩れ去っていく感覚がするのは…。
これ以上聞いてはいけない気がする。
聞いてしまったら…。
俺は後悔する。
「もう、聞きたくない…!」
「いいえ、聞くべきです。船の乗組員は皆死亡が確認出来ました。全て、強引に出航させた貴方のせいですよ。」
あの事故はそもそも、それを仕組んだ貴族が悪いのであって俺には落ち度がないはずだ…。
それに、彼らは国に害をなす人間の処刑のために命を散らしたのだ…!
それがなんだというんだ。誇らしい事だろう。
「それは、アレの処刑の為だったんだ!俺は悪くない!それに、国の為に死ねたのなら本望だろう!」
馬鹿はため息をつきながら俺の話の途中で遮り冷たく呟いた。
「では…、貴方の恋人の話しでもしましょうか。」
一番気になっていた事だった…。
馬鹿の言うことはにわかに信じられないが、国でこのような騒ぎになっていたら彼女は無事なのだろうか…?
きっと冤罪に決まっている。
早く帰って会わなくてはいけない…。
「彼女は昔からそこの令嬢様が嫌いでした。貶める為だけに貞操帯を作らせましてね。嫌われるように貴方を徹底的に唆しました。それだけなら良かったんですよ。まだ…。」
嫌だ、聞きたくない…。
そんなわけがないだろう…?
「まさかあんなにも人がいる前で断罪なんてするとは…。しかも貴方は事もあろうに、本人から何も聞かないで名前を奪い死刑まで決めてしまった…。」
目の前の男はアレの事を何も見ようとしない俺を、『愚か者だ』と言うようにこちらを見た。
その瞳には激しい憎しみと怒りが宿り燃え上がっているようだ。
確かにアレを俺は見なかったでも、でも、見なくてもわかる…!
アレの心根は腐りきっていて、結果的に助かったが俺はアレに道連れにこの島まで流された。
生き残りたいが為に食べ物や水すらも俺には少ししかくれなかったじゃないか…!
それに恋人は嘘なんてつくはずがない。
「彼女が嘘をつくわけがないだろう!」
「貴方は本当に色恋に溺れた愚かな人ですね。」
男は俺に失望したように呟く。
その言葉は全て真実のナイフのように俺の胸にグサグサと突き刺さる。
「なんだと!?」
「彼女は貴方を愛してなどいませんでしたよ。」
そんなはずがない…!
あれだけ俺達は愛し合ったはずだ。
アレの存在をとても憎く思えるくらいに…。
「彼女の一言でたくさんの人が亡くなりました。何て言ったと思いますか?『殿下が居なければ貴方と結婚できるのに…。』ですよ…。そこの令嬢を貶める為に色仕掛をしたけど、言い寄られるようになって困ったんでしょうね。」
男は俺にただ痛い言葉を投げ付けてくる。
本当にそんな事を言ったのなら恋人はまるで娼婦以下ではないか…!
彼女達は金銭を貰ってその勤めをちゃんと果たしている。
この話しの恋人はまるで見境のない淫売ではないか…!
「聞きたくない…。」
俺は耳を塞ぎ男の声を遮ろうとするがそれでも、ボートの上でもその声はよく通り俺の鼓膜を震わせ脳に到達する。
「その一言に騙された馬鹿な貴族の何人かが船に細工をしたんですよ。そこから全てわかりましたから、助かりましたけどね。」
「…。」
「そうそう捕まる時に、僕に彼女はなんて言ったと思いますか?『私に好きなことをしてもいいわよ。ねぇ、私を貴方の恋人にして…?』ですよ。娼婦以下なのは彼女の方でしたね。」
男は苦笑いしていた。
彼女がそんな事を言うわけがない。
彼女が愛しているのは俺だけだ。
何かの間違いなんだ!
彼女は冤罪なんだ…。そうだ…。
「やめろ!」
「あんなに頭の悪い女にクーデターなんて考えられないでしょうが…。『疑わきは罰する』ですよ。」
それは、アレを断罪した時に俺が思っていた事だった。
でも、だからといって俺の恋人に罰を与えるなんて酷くはないだろうか…!
「無実の彼女に何をしたんだ!?」
「帝国のある部族に嫁いで貰いました。知ってますよね…?」
その部族はどんな者達が集まっているのか俺はよく理解していた。
「あそこは!」
その部族は女を物として扱う。
まだ、奴隷の方がいい扱いを受けるくらいだ。
婚姻があると部族全員で女を犯し、自分達の所有物とするのだ。
女が何か気に食わない事をすると鼻を削ぎ落とし、耳を切り落とし少しずつ身体の一部を剥ぎ取っていくと確か聞いた。
目玉がない事が気に食わなくて耳を削ぎ落としたという話しもあったという…。
この時代にありえない事だが、彼らは性欲処理するのに女の顔の一部がなくても『それがなんだ?』という価値観だと聞いた。
たちが悪いことに力もあり下手なことは言えず。あまりに凄惨な事をするので知ってるのはごく一部の貴族と王族のみだ。
それでも、あまりいい噂を聞かないから進んであそこに嫁がせる家はない。
「とても豊かな国の優秀な美しい部族の長ですから、彼女は喜んで行きましたよ。きっと幸せなはずです。」
男はニコニコと笑っているが。その意味をちゃんと知って笑っているのだろう。
あんな所に嫁がせるくらいなら、まだ死刑にした方が幸せなくらいだ…!
なぜ、この男は俺の無実の恋人にそんな事ができるのだ…!
「なぜそのような酷い事を…。彼女はそんな事をしない。冤罪に決まっている…!早く彼女を助けに行くんだ…!」
「貴方は以前、たとえ冤罪だったとしても騒ぎを起こした責任はとるべきだと言いましたよね?彼女にはそれをしてもらったまでです。」
「なんだと…?」
俺はそんな事を言ったのか…?
覚えてすらなかった。
「あの場で殿下に異を唱えなかった者全てはそれを認めているんですよ。もちろん殿下もです。」
「はぁ…?」
この男は俺に罰を与えるというのか…?
皇太子である俺に…!
「それはいずれ教えます。」
「なんだと?」
罰は何かと明言せずに傍らにいるアレに憐れみの視線を向けた。
「そこの令嬢は恋に溺れた愚かな女でしたが、貴方に少しでも役に立ちたい一心で国の益になる事ばかりしました。」
「アレは愚かで頭の悪い女だ。そんな事出来るわけがない。」
国のために何もしようとしなかったアレよりも、城下で炊き出しをしようとした恋人の方がずっと賢く心が綺麗だ。
「確かに愚かで頭も悪いですね。貴方を見捨てられなくて全ての罪を被ったのですから…。」
この男はずっとアレが無実だと、さも当然のように言い続ける。
その言い方だと愚かな俺の為に罪を本当に被ったみたいではないか…。
罪人なのはこの女なのに…。
「だから、この女は罪人なんだ!」
「貴方は彼女を見たことがありますか?視線に入れる以外でですよ?」
「信用ならない女など見るわけがなかろう!」
「もし、彼女自身を見ていたらこんなにも愚かな男には成り下がらなかったでしょうね。」
この男はアレのしてきたことを見逃さないで、全て見てきたかのように物を言うなと俺はぼんやりと思った。
「彼女は何度も貴方の恋人を正妃にするように訴えかけていたんですよ。」
それは、初耳だった。
そんな事は誰からも聞いたことはなかった。
アレからも、恋人からも、父上からも…。
たとえそうだったとしても、実際は婚約続行だった事の説明がつかない。
アレは口先だけだ、この島に流れ着いた時に何度も俺はそれを思い知らされた。
「どうせ口先だけだろう。だったらなぜ婚約破棄ができなかったんだ。」
「国王が彼女を他国に渡すのを嫌がったんですよ。まさかこんなことになるとは思いませんでしたがね。」
確かに父上はアレの代わりになる正妃候補は居ないと話していた。
でも、この女さえ居なければこんな事にはならなかったはずだ。
「こうなったのは全てこの女が悪いんだ。」
「令嬢に落ち度があるとしたら貴方を見限らなかった事ですね。だから、責任を取って一度死んでもらいますが、准王族として手厚く国で葬ります。それは国王の決めたことです。」
なぜ、アレがそんな扱いを受けるのだ…?
俺は名前を取り上げたはずだ。
皇太子である俺のすることは絶対のはずなのに…。
「そんな事、許さない!」
俺が噛みついても男は涼しい顔をして、お茶菓子を出すような気軽さで話し出す。
「貴方が許す許さないじゃないんですよね…。あぁ、そうだ、貴方の事も話していましたよ。生きていたら保護してしばらく謹慎させると…。」
「なんだと!」
俺は、アレのついでに国に帰らせて貰うのか…?
「貴方はもう二度と令嬢様と会うことは出来ません。最後に彼女の心を知ってみてはいかがですか?」
その男の瞳はやけに熱っぽく少しだけの期待を込めて俺を映していた。
そして、アレの想いを読んでほしいとばかりに日記帳を俺の胸に押し付けてきた。
アレの想いを胸に刻めと言っているように…。
それを読んだら、俺はどうなる?
何もかもが崩れていくのではないか…?
俺は無意識に恐怖を感じて手でそれを振り払った。
「そんな汚ならしいものなど読まない。」
俺は怒りを込めて馬鹿を睨み付けると、その瞳の力は消え熱っぽさも嘘のように消えた。
「そうですか…。あぁ、船に着きましたね。」
馬鹿はそう言うなり俺の右腕に、何か金属製のアクセサリーをカシャリと取り付けた。
「こんなアクセサリーなんて必要ない!」
俺の声を無視するように船からロープが下ろされ、それにアレを抱き抱えながら馬鹿が引き上げられた。
「なんでお前が先なんだ!!」
俺が文句を言うがそれに馬鹿は反応すらしない。
馬鹿が船の上に着くと。『殿下!』と大きな声が聞こえた。
「次は私だ!早くロープを下ろせ!」
俺が叫び声をあげるがそれを打ち消すように。
「このまま国に船を出せ!王子は見付からなかった!!」
と、馬鹿の叫び声が聞こえた。
「言うのを忘れていました。貴方に王位継承権はありません。こんな騒ぎを起こした貴方には相応しくないですから。」
馬鹿の一言に俺は眼を見開いた。
そんなはずない…。俺はこの国のたった一人の王子だったはずだ…!
「私以外に父上の息子などいないはずだ!」
「私です。」
馬鹿はやれやれというように俺を見下ろす。
「なんだと?」
「国王と侍女とできた子どもが私ですよ。宰相の養子になりましたがね。今は私に王位継承権があります。」
馬鹿は涼しげな表情で俺を見て突き放すように言った。
「貴方が自分の代わりが居ないと言い切った時、国王はなんと言いましたか?」
確か何も言わなかった。
俺はそれを肯定と取っていた。
あれは、肯定も否定もしなかったという事なのか…!?
「…。」
「国王の血を引く者はいくらでも居るんですよ。実はね。」
「正式な血統は私だけだ!私を助けろと父上は言ったはずだろう!」
でも、この馬鹿は父上から俺を生きていたら助けろと命令されていたはずだ。
「兄上…。そうですね。でもそれは私の気持ち一つなのです。」
馬鹿は俺を『そんなことを信じているのか?』と呆れたように答える。
「何だと?」
「僕が見つけたのは令嬢様の救難信号でした。貴方はあの島に居なかったと言えばいいだけです。」
確かにその通りだ。俺が国に帰ったら無駄な争いが怒るのは明らかだった。
俺の立場なら確実に見捨てるだろう。
「…!」
「貴方は彼女の手伝いもしないでどうせ何もしなかったのでしょう?いつか迎えを出します。それまで頑張って生きていてくださいね…。」
それは、アレが望んで勝手にしたことだ…!
俺は別にしろなんて一言も言わなかった。
これは、アレに今までしてきた事への罰みたいじゃないか…!
「ふざけるな!」
俺が叫び声をあげると。
「あ、令嬢様の遺品として日記を差し上げます。」
そう言って馬鹿は俺のボートに日記帳とその鍵を投げ落とした。
俺を新しい持ち主だと認めたように、コトリとボートの上に日記帳が落ちた。
「こんなもの必要ない!!」
「最後まで寄り添うつもりがないんですね…。」
馬鹿は悲しそうな顔で俺を見ていた。
「当然だ!この女のせいで俺はこんな目に遇ったんだ!」
「じゃあ、これだけ。その日記の一番最後のページに泉があったと記されていましたよ。頑張って探してくださいね。」
馬鹿はニッコリと笑うと俺に背を向けた。
船はどんどん遠ざかっていきついには見えなくなった。
ボートは沖へと流されて俺は島に逆戻りしていた。
俺はボートから降りて膝から崩れ落ちた…。
俺は癪だったが馬鹿が教えてくれた通りに泉を探し回った。
けれどそんなものはどこにもない。
アレは水をどうやって用意した?
この島をちゃんと調べて分かった事は、果物はあるが人の手が届くような位置にはないこと。
アレは恐らく魔法でそれを取っていたのだろう、試しに俺もやってみようとした。
しかし、何も反応がなかった。
そこにきてようやく気がついた。
俺の腕に取り付けられたのは魔力封じのブレスレットだということに…。
ふざけるな…!
怒りながらも俺は必死に木に登り果物を取るが、ある程度果物を食べ尽くすと取れなくなってしまった。
水はアレ達が帰った後、一度だけ雨が降ったのでそれを鍋と瓶に溜めて少しずつ飲んだ。
泉を見つけるまでの繋ぎのつもりだったがかなり節制したと思う。
こんなにも物を我慢したのは初めてだ。
容易く手にいれていたと思っていた。水も食料もこんなに大変な思いをして用意いたとは思いもしなかった。
何度も俺が踏み潰したバナナを惜しんだ。
あれが、有ればしばらく飢えが凌げた筈なのに…!
そして、とうとう水を全て飲みきった。
結局、泉はいくら探しても見付からず渇きに耐えられなくなって俺は海水を飲み始めた…。
あれから数日経った。
雨は一度も降ることもなく。俺はどんどん渇いていった…。
身体はなぜかブクブクに浮腫だしていた…。
もう、終わりだ…。
そう思ったら最後にアレの事を知っても良いかと俺は思えた。
もう、死ぬだけだし読み終えた後に何があっても後悔なんてしない。
アレがどれだけ俺に恨み辛みを記していても鼻で嗤ってやろう…。
俺はアレの日記を読むことにした。
アレの…。
いや、彼女の日記にはただ俺の幸せを願うことや、自分よりも伯爵令嬢の方がずっと俺に相応しいと記してあった。
そして、俺の為に何度も宰相に婚約破棄できるように掛け合っていた事も書かれてあった。
自分が冤罪なのにも関わらず全ての罪を被った事すらも、分かりにくくではあったが文面から読み取れた。
じゃあ、待ってくれ…。
俺はずっと騙されていたのかあの女に…?
自分の恋人だった女が巧妙に彼女に不信感を植え付けるように煽っていた事に俺は気がついた…。
彼女は…。
認めよう。優秀で無実だから国で手厚く葬られたのだ。
俺は国に不利益になるから、必要がないからこの島に捨てられたのだ。
彼女は自分の傷を放って置けば死に至るとわかっていても、俺が少しでも早く助かる事を選んだ。
手間をかけて水を作り、苦労して果物を取っていたのだ。
あの、悪臭は本当に彼女の身体が腐敗していたから出ていたのだ…。
それなのに俺は彼女を『臭いから海に落とせ。』と言ったのだ。
あの国で…、いや、この世界で一番に俺の事を想ってくれていたのは彼女だった。
俺のせいで死んだ彼女に思いを馳せようとして、俺は彼女の瞳の色どころか髪の毛の色も覚えていない事に愕然とした。
今まで彼女の事を何一つ見ていなかったのだ…。
一番ちゃんと見なければいけない人は彼女だったのだ…。
俺を一番愛してくれた人はあの醜悪な心根の元恋人じゃなくて、賢く美しい心の持ち主の婚約者だった。
なんて事だろうか…。
俺はずっと騙されていた。あの見た目だけの女に…。
全てはあの女が悪かったのだ。
婚約者と一緒に居れば輝かしい未来が待っていたというのに。
でも、全てが遅かった。
島に残された時に真っ先に俺がこの日記を読んでさえいれば…。
全てがあの女が悪かったのだ…。
死にたくない…。一人で死ぬなんて。
酷いじゃないか…!彼女はきっと色々な人から看取られて幸せに死ねただろうに。
なのに…。俺はこんな島で孤独に餓死するなんて…!
俺は悪くないのに…。
死ななくてはいけないなんて…。
どれだけ悔やんでも彼女はもう俺には寄り添ってはくれない。
せめて最期だけは彼女の想いと共に命を散らしたい…。
俺は日記を書く手を止めて、彼女の日記と一緒に抱き締めた。
二つの日記はこれで終わりになります。
あとは、蛇足投稿します。