[338]魔術的観念論と預言の近似
魔術的観念論とは何か?一般的にはセルジュ・ユタンの言葉を借りれば「神秘主義と宗教的憧憬と神智学と実験的手続きの奇妙な結合」となる。
ノヴァーリスが自らの哲学やクリエイティブな創作としての詩やメルヒェンを魔術的観念論としている。ノヴァーリスが云うには「外界と内界における一致から、さらに魔術(場合によれば、白魔術と黒魔術に別れる。白魔術は愛や命を育み、黒魔術は愛や命を損ない傷付ける)をとり扱うこと。」この魔術とは、ヘルメス学でいえば、「完全の言」に相当する。このヘルメス学とは、錬金術でもあり、古代エジプトにあったオシリス神の書記にして言葉と文字の発明者とみなされた、トト神が伝えたものである。
その教義の根本には「世界万有の本質とその根源を解き明かし、全宇宙の始源と運命とを秩序付けようとするもの」と定義され、この学は熟達者から入門者へと「秘教的伝授」の流れを組む。
この魔術、創造力を「総合のメルヒェン」もしくは、ヘルメス学であるならば「完全な言」として
一度捉え直し、またこれは、「預言」にも近似していると、アミュースケールは一考している。
魔術や錬金術を解釈するには、アナロギーな立場で一者から人間、人間から魔術と捉え直すことができ、ここにノヴァーリスは内界の機関として、万物溶解液があると見なしている。これらの解釈はヘルメノイティック(解釈学)の奥義にも繋がる。
ノヴァーリスの魔術は
魔術は
他でもなく
一者やあまたの
世界との
協同創造であり
本来の錬金術
ともいえる。
ギリシャとしてはロゴスやヌースの流れを汲むプロティノス、またドイツの神秘家、ヨハネス・タウラーなどの「神のロゴスを胸に生きる」、などもその系譜にあるように、思うし、有名なヨハネの福音書の冒頭などにも繋がっている。
また、ギリシャの預言やアカシックレコードその協同創造の霊的系譜としては、次が挙げられる。
ゼウスとムネモシュネから
ミューズの女神 ー9柱ー
その
ミューズは
太陽と預言、音楽の神である
アポローンに仕える。
この
アポローンの血統から
オルフェウスが誕生し
輪廻転生も取り扱う。
ノヴァーリスは、以前に
ラファエロであり、ラファエロは
洗礼者ヨハネの面影を感じると
シュタイナーは言及していた。
私は、シュタイナーが言っていることは、50%ぐらいは的を得てる見ている。どんなことでも云えることだと思うが、全て当たることを基本とするより、少しは当たっていると可能性やパワーを見ることの方が大事なように思う。また、シュタイナーは現代にも体系的に残しているし、眠れる預言者エドガー・ケイシーらとも、リンクする研究が数多く見られている。
研究や文化とはそういうことであるし、芸術はむしろ、そのものを全て活かす他ない。
一見すると練り上げ構築して見えるような魔術的観念論でもあるが、ノヴァーリスが云うところの
「この世界に邪悪は存在しない。全てはふたたび黄金時代へと、近づいている」
ということでもあるから
回帰の要素も
含まれているのかも知れない。
(新黄金時代とは単なる回帰だけではない。従って、魔術的観念論のアプリオリなアプローチがあるのではないだろうか)
もしそうであるならば
源始や太古よりある
素朴な詩や芸術
ともいえる。
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子供達がいるところ
そこに黄金時代がある。
「花粉」より
※鏡の中のロマン主義より、一部抜粋




