HAPPY WORLD PLANNING(中)
(上)(中)(下)に分かれた短編小説の(中)です。
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自らの質問への答えは、バッカラが一番よく知っていた。起動させて、観察して、壊してきた機体の数を、バッカラはすべて数えていた。知らないと答えた友も、きっと本当は知っているのだろうと思っていた。
三六四体。今日の二体を合わせれば、破壊したのは三六六体になる。そのうち白い機体は、今、幼子のようにバッカラに手を引かれているティナと、同じ顔をしていた。そして黒い機体はバッカラと同じ顔をしている。
ティナとバッカラは、自分のスペアボディを起動させて、観察して、そして壊していた。スペアボディは起動する前に二人で少々の記憶の改変や、データの消去を行っているため、言わば生まれたての赤ん坊のような状態で稼動を始める。そして何度行っても同じ末路を辿るので、ティナはそれを面白がる。二人の間でそれは、いつしか“遊び”と呼ばれるようになり、どちらが先に事実を知り、どちらが先に自壊をするか、という賭け事になっていった。今のところ、バッカラは連敗記録を更新し続けている。
今日も壊れたスペアを回収し、新しいスペアを起動用のポッドに設置して、二人でモニタールームまで帰るのだ。地球に落っこちた、スペースコロニーのモニタールームまで。
黙々と歩いているうちに、ティナは機嫌を直したのか、バッカラの手を握り返した。バッカラはそれにちらりと視線を送ったのち、視線を前方に戻して「……悪かった」と小さく謝罪した。
ティナは口角をゆるりとあげながら、ううん、とバッカラを見上げた。
「悪いのは僕の方だ。また君にひどいことを言った」
ごめんね、とティナは目を細める。
「地上には僕たちしかいない。僕には君しかいないのに、どうしてひどいこと、言っちゃうのかなぁ」
ティナはえいと地面を蹴った。乾いた土がふわりと舞う。風に流されて運ばれて行くが、辿り着く先も同じ乾いた土だった。地上は見渡す限り、飢えた土地であった。
「相子だ。俺もお前を傷つけた」
だから、悪かった、とバッカラはもう一度謝る。空いている方の手で、くしゃりとティナの髪を撫でた。ティナは上機嫌になって笑った。
「バッカラは優しいね。僕は、君といれて幸せだ」
ふふ、と声を転がせるティナに、バッカラは「俺も、幸せだ」と答えた。すると、ぱっとティナが手を離し、軽やかな足取りで前に踏み出す。ふわりとワンピースが広がった。青くくすんだ空と、枯れた土地に、美しい姿が浮き出て見える。まるで、水面に咲く一輪の花のようであった。
「二人きり。このまま永遠に続けばいい」
ティナはくるくるとその身を躍らせた。白い足が、腿のあたりまで覗く。
「永遠、か」
そう、とティナが振り返る。
「僕らの世界をこのまま続けていくんだ」
楽しげな笑い声を上げながら、ティナは歩を進めた。
目的の場所は確実に近づいていた。
世界をティナとバッカラのもとへ傾けたのは、人への反逆心と、おおよそロボットに相応しくない欲望と思考力、それからほんのちょっとの悪戯心だった。
世界最新の技術を搭載した戦闘型ロボットと銘打ってティナとバッカラ、もといアルファとベータは作られた。
科学力に長けた人類は、荒廃していく地球の多くを支配することを諦め、もっとも鉱物や資源、植物が残されていた場所を選び、そこに世界中の人々が集まり、暮らす国を作り出した。その名は、アーカディア。その国は、地球の一部を人間の楽園として作り変え、繁栄をもたらした。
それぞれに分け与えられた土地と、侵害されることのない個々の文化。そうして発達した科学によって潤された労働力は、人々の心から闘争し、奪い合う欲望を覆い隠した。戦争を放棄し、秩序の保たれた世界は、まさにその名の通りの理想郷であった。
しかし争いの欲求を、人類から完全に拭い去ることは出来なかった。平和な日常も、やがて崩壊していく。代わり映えのない日々に、人々の内なる欲望は疼いた。いつしか誰もが己が渇きを訴えるようになっていた。
そうして生み出されたのが、二体のロボットの戦闘。
特に科学力の優れた二社が、最先端の技術をもってしてそれぞれ一体ずつ戦闘型ロボットを作り、コロッセオを模した擬似フィールドで戦わせた。遠距離戦を得意とする射撃型のアルファと、近距離戦を得意とする斬撃型のベータ。二体の対決に人々は注目し、熱狂した。やがて勝者に賞金が賭けられ、どちらが勝つか、という賭けが国民の一番の娯楽となった。また、人には成せないロボット同士の激しい戦闘が人気を呼んでいた。“魅せる戦争”となった二体の戦いは一種のサービス業となり、科学力を持つ会社は競うように技術をあげていったのだ。
あまりに高い戦闘力を誇るアルファとベータの存在に、安全性について不安を唱える声も続々と上がった。その対策としてアルファとベータには新たな機能が加えられた。それは、自爆機能だった。アルファとベータ、どちらかが壊れ、倒れたら、それが起爆スイッチとなり、勝った方のもう一体のロボットも爆発するという仕組みだった。一回の戦闘で、勝とうが負けようが壊れてしまうので、アルファとベータには大量のスペアボディが作られた。前回の戦闘を踏まえて、改善したり、新たに機能を追加したりして、より強いロボットにしていく。戦うためだけに作られた二体の心など、誰も気にかけなかった。そもそも、心など、ないものであった。“意思”を持つことを恐れられた二体は、擬似人格プログラムや、自己思考力は与えられていなかった。
正確には、与えられていないと、報じられていた。
アルファもベータも、一般的なロボットと同じような人格プログラムも思考力も持っていた。プロテクトをかけられ、多少の制限はあったものの、さほどの不自由はしない程度に。そもそも、思考力がなければどんな技術を持っていたとしても十分に発揮しきれないのだ。自ら考え、行動することでより高度な戦闘を繰り広げることが可能なのであった。
霞んだ思考の中で、アルファとベータは戦いを繰り返す。
しかしある日、そんな二体に転機が訪れた。
戦闘中に、事故が発生したのだ。観客へ被害が及ばないように特殊なフィールド内に転送される二体だったが、その日は誤作動により、まったく違う場所へ転送されてしまったのだ。見知らぬ場所に放り出された二人は、戦闘を開始するわけにもいかず、ただ黙ってその場に待機していた。科学者たちは、緊急事態に焦っており、定時になっても戦闘が始まらないことに不満をぶつける観客の対応にも追われ、二体の捜索が遅れた。その間に、することのなかった二体は、ついに言葉を交わしたのだった。
話してみて、初めて相手の名前を知った。互いに擬似人格プログラムも、自己思考力も持っていることにも気づいた。
そして、戦うことに少しずつ疑問を感じていることも、語り合った。
必死になった科学者たちが、それからアルファとベータを発見したのは、事故から一時間も過ぎない頃であった。しかし、これまで長い間一秒も意思を伝えたことのなかった二体には十分すぎる時間だった。二体は科学者たちには内密に、とある計画を二人で企てた。
先日の事故を詫びての二体の戦闘は、盛大に行われた。いつもよりも観客が増え、アーカディア内のほとんどすべての国民が会場に集まっていた。いつもと同じように繰り広げられる戦いに、誰もが拳を振り上げ、二体に声援を送った。それが、破壊の雄叫びであることを省みることもしないで。
熱量を上げ、爆撃が続く。相手を壊せと指示が飛ぶ。溢れんばかりの人々が叫んだ。
そんな時だった。
『緊急避難警報発令。住民の皆さんは、すみやかに地下シェルターに非難してください』
無機質な音声の、アナウンスが大音量で会場に流れた。そして息をつく暇もなく、悲鳴に近い響きを持った男の声が響き渡る。
ざわついていた人々は、ノイズの酷い放送から、単語を汲み取る。
スペースコロニー、墜落。
たったそれだけの言葉だった。しかしそれだけで十分であった。
しん、と静まり返っていた会場は、どこかであがった子どもの泣き声を皮切りに、どよめいて、波となって揺れ始めた。緊急事態に冷静さを失った人々は我先にと地下シェルターへ向かう。幸い、会場のすぐ真下がシェルターだった。二体のロボットによる闘争の被害が及ばぬよう、作られていたものだった。
人々がシェルターへ雪崩れていく中、アルファとベータは戦闘を中止し、会場に来ていない国民の救助を命じられた。地下シェルターの入り口は、国中の様々な場所に設置されており、そのすべては一つの地下広場に続いていた。最寄のシェルターへ逃げ込めば、全員が合流できるようになっているのだ。
アルファとベータは空を駆け、人命救助を急いだ。国全体をぐるりと旋回し、シェルターに逃げ損ねたものがいないか確認し、発見した場合は入口へと導いた。幸い、国民の大半は会場に集まっていたため、すみやかに全員が地下シェルターへと逃げ込むことができた。
そうしてスペースコロニーは地上へ落下した。いつか完全に地上が人の住めないものへと変わり果ててしまった時のために用意されていた、無人のスペースコロニー。それが地球に、アーカディアに向かって頭から突っ込んで、国は跡形もなく吹き飛んだ。国だけならまだ良かったのだ。国だけではなく、地球の約半分の土地が、完全に人の住むことができない荒廃したものに変わってしまっていた。
人々は理想郷を失った。地球に残された、人間の可住居地域を、失った。
地下で生き残った人々は絶望に崩れ落ちた。ようやく手に入れた安住の地が、一瞬で、何の前触れも無くなってしまったのだから。誰もが悲しみに呻き、途方にくれた。しかし、そんな中で、科学者たちが声を高らかに謳い上げた。
まだ、ロボットがいるではないか、と。我々には生き残るための、科学技術があるではないか、と。
人命救助に役立ったアルファとベータは、新たな任務を与えられる。地球上の、可住居地域を探し出すこと。そしてそこを人が住めるように、復興させること。二体は、人類の最後の希望であるとされた。
アルファとベータは人類の願いを受け、地上へと送り出された。
地上が復興するまで、人間は地上に戻れない。
二体は地下シェルターの入り口を閉じた。
堅く、堅く、閉じた。
そんなに上手い話があるわけがないのだ。無人のスペースコロニーが原因不明の事故で地上に、しかもアーカディアの上に落ちた。しかしその日は丁度ロボットの戦闘の日であり、国民のほとんどを同じ場所に集まっていた。都合の良いことにその会場の下は避難が可能なシェルターになっており、死傷者はなし。不自然であった。都合が良すぎた。
すべてはアルファとベータによって仕組まれたことであったのだ。
人間の娯楽の為だけに殺し合いを課されたロボットの反逆。復讐劇であった。誰も殺さず、安全に、世界を壊す方法。人間を地上から追い払う方法。そうして思いついたのが無人スペースコロニーを乗っ取って、地上に落とすことだった。地球そのものが吹き飛んでしまっては意味がないので、単なるモデルとして宇宙を泳いでいたそのコロニーが適役であった。サイズはそれほど大きくはないが、確実に地球に衝撃を与えられる。アルファとベータは秘密裏にネットワーク伝いで無人スペースコロニーまで辿り着き、アーカディアへ落ちるように軌道を変えた。二人はそれをトロイの木馬作戦と呼称した。
作戦は、成功。
地上は荒れ果て、空気は汚染され、海は乾き、動植物は息絶えた。到底人が生きていけるとは思えない。
アルファとベータは一日にして地上を二人だけのものとしたのだ。
まるで散歩にでも行くかのような軽い足取りでティナは自身の亡骸を拾いに行く。壊れたアルファとベータの回収は、いつも二人で向かった。名を呼んではならない二体を、しかしティナは慈しんでいた。
「あった」
呟いたティナの言葉は、幼く響いた。走っていくその背の先に、バッカラは二体の機体を捕らえる。爆発によって、半壊していた。ぼろぼろと崩れ落ちているところや、熱で溶けて変形してしまっているところもある。それでもなんとか、原型は留めていた。
白いアルファの機体に、黒いベータの機体が覆いかぶさっている。そのすぐ横に、ティナがしゃがみこむ。遅れているバッカラに、許可を求めるようにティナはくるりと振り返った。バッカラは、歩を進めながら頷く。まるで新しい玩具を見つけた子どものように、ティナの瞳はきらりと純粋な輝きを見せた。
優しい手つきで、ティナはベータを抱え上げる。ぱらぱらと欠片が散って、埃が舞った。立ち上がった拍子に、左腕が落ちた。あ、と声を零しながらティナはそれを取りこぼす。かしゃん、と軽い音がした。
「ごめんね」
囁きながら、ティナはベータの亡骸に頬を寄せる。めきりとベータは軋む。
ようやく追いついたバッカラと入れ替わりに、ティナはベータを抱えて、近くの岩場まで歩いていく。そこにゆっくりとベータを寝かせると、小走りに戻った。
眼下には、胸に大穴を空けたアルファが瞳を堅く閉じて横たわっていた。それをティナは、がつんと蹴り飛ばす。ちらりと見えたティナの横顔は、何の感情もない無表情だった。
ティナは自分の機体、アルファをぞんざいに扱う。こうして迎えに来ても、回収されるのはベータだけだった。いつもベータの生首を抱えてコロニーに帰っては、一室に飾る。もうすでに何百個もの生首は整然と並べられていて、初めて見たときはさすがにバッカラも吐き気を覚えた。今はもう慣れてしまって、何とも思わなくなってしまったが。
からんからんと乾いた音がして、アルファの首が転がった。アルファの頬は、蹴られた衝撃で変形していた。ティナはそれを黙って拾い上げ、バッカラに差し出す。
透き通った青い瞳を、大きく、丸く開いて、ティナは言葉を送りだす。
「壊して」
願いはいつでも同じだった。蹴って、首をもぎ取って、最後のとどめはバッカラに託す。
バッカラは黙ってアルファの首を受け取った。それを乱雑に地面に置くと、思い切り踏みつけてやった。ぐしゃあ、と破片が飛び散り、アルファの首はただの鉄屑となる。ティナはそれを色のない目で見ていた。完全に壊れてしまったのを確認すると、顔をあげ、それから急に笑った。貼り付けた笑みだった。
「ありがとう」
あまり気分の良くない、笑みであった。
HAPPY WORLD PLANNING(下)へ続く
(下)は12月1日 19時ごろ掲載予定です。
よろしければ、引き続きお楽しみください!
■追記 本日20時ごろ掲載いたします!すみません(;´Д`A