【#0】
私は、たぶんこの世でいちばん嘘吐きだ。
出る杭になって叩かれたくなくて、知らないことでも「知ってる」と言い、周りに必死に話を合わせていた過去。そんなことしたって無意味だと悟った時には、そうなってしまう前の自分が分からなくなっていた。それから、生きていて皆の瞳に映るのは嘘で塗り固められた私。本当の私は遠い昔に茨の檻に閉じ込められて、今どうしているのか分からない。
嘘はずるいことだと知った。本当の私を世間から隠して生きるのは逃げているだけだと分かった。だけどそれが分かったところで、私はもうこの私でしかない。
世界をどこまでもグレーに塗る梅雨空を助手席に座って眺めながら、はあ、と溜め息を吐いた。
「……それでね、信号っていうのは…」
隣を見ると、信号についてのどうでもいいうんちくを語る男子がハンドルを握っている。
彼は一応のこと私の「彼氏」であるはずだけど、恋だの愛だのといった気持ちは湧いていなかった。それこそ、告白されて付き合うことになった当初は私だって浮かれていた部分もあったけど。
職業訓練の教室で模擬試験の最中にせんべいを食べたり(しかも後で聞いてみたら悪気のひとつもなかった)、今みたいにくそどうでもいいうんちくをこっちのつまんなそうにしてる顔色なんか気にせずに語り続けたり、車の中でも何の疑問もなくべたべたいちゃいちゃしようとしてきたり。彼の行動の所々に疲れてしまった。
でも独り身に戻るのはなんとなく寂しい気がして、好きではないのに私は「彼女」を演じる。ほら、恋愛でさえ嘘の色に塗られている。
「………はあ」
溜め息をもうひとつ。
これからどう生きていけばいいのか、なんて、この歳になって私は悩む。
どう生きればいいのか、と考えても答えは決まっているのに。こう生きていくしかない。今のまま。
あと、付き合って三日で私と結婚すると言っていた彼とはたぶん結婚しないだろう。