暗い未来
何も見えない暗闇の中で湊はゆらゆらと揺れていた。
何処かで子供の声がする。
ゆっくりと目を開けると見えたのは懐かしい光景。
(ああ、俺の声か)
子供のころの自分が泣いていた。
ひとり、部屋の中で膝を抱えてうずくまっている。
いつ頃のことだったか。両親と出かける約束をしたが急な仕事で行けなくなった時だったか。
「みーちゃん、もう泣かないで」
とても懐かしくて落ち着く声。
ゆっくりと部屋に入って来たのはお手伝いをしてくれている東華さん。
自分にとってはお姉ちゃんという感覚だろうか。
「だって!行きたかったんだもん!」
子供の自分が泣きながら答えた。
「そうだよね。でもお父さんやお母さんにも大切な仕事があるのよ。それをしないとみーちゃんが暮らせないからとっても大事なの」
そんなことはわかっていた。
あの時はやっと二人と出かけられることにとても嬉しくて。だからこそ悲しかった。
「じゃあ、お姉ちゃんと行きましょう?だから___」
ゆっくりと景色が変わっていく。
(これは……)
先ほどと同じ家なのに何かが違う。
「お父さん…!!お母さん…!!どこにいるの東華姉!?」
泣きながらも走り回って探すが誰もいない。
物音がした。
何かを探すような音に安堵して近づいていく。
ゆっくりと扉を開けて見えたのは__真っ赤な床と倒れている三人。
「まぁだ、誰かいたのか」
後ろから声が聞こえ背中に何かが刺さった。
痛い痛いと泣き叫びながら三人のところまで這って近づく。
「感動的じゃないか!子供と両親の再開!!ああ、泣けてくるね!!」
「お父さん…!!お母さん…!!たす………け…て」
近づいてきた誰かが東華の髪を撫でる。
「お姉……ちゃんに……さわ………る……な……!」
「湊くん………」
また景色が切り替わる。
お城の部屋の一室。
「この世界だと……心配だから……ダメかな?」
指輪を作ったあの時だ。
「綺麗だね……」
景色が変わる。
血だまり部屋の中でたった一人。誰かが立っていた。
先程と同じ殺戮者だった。
「ああ、お帰り」
「な……んで………」
「その顔だよ!!その顔を見たいんだ。あの時からずっとね」
「あ…ああ……アア………!!」
(やめろ……)
景色が変わる。
「ああ、湊さん!おかえりなさい!」
「ミナトにいちゃんだ~!あそぼ~~!!」
「こらこら、湊君だって疲れているんだから」
「そうよ。だからこっちで遊びましょう」
(ルカ…エイナ…ミーナ…みんな………)
「まだ、そんなにいるんだね」
ゆっくりと世界がひび割れていく。
変わった世界で同じように殺戮者が現れる。
「止めろ!!」
「君はその顔が一番似合うなぁ。ねえ、どんな気持ち?」
ゆっくりと刃が振り下ろされる。
「湊……く……ん……」
「一人目」
(や…メ…ロ…)
「ルカッ!!」
「二人目」
「止…め…ろ…!!」
一人、二人とゆっくり命を奪われていく。
どうして。
「三人目」
「止めて…く…れ…!!」
理不尽に大切なひとたちが殺されていくのを眺めることしかできないのか。
「四人目」
(どうして………みんな……)
「お願いだから……!!」
「五人目。もっと!!もっとだよ湊くん!!もっと絶望してよ!!」
たったそれだけのために大勢が死んでいく。
何故助けられない?
”弱いから”
強ければ奪われない?
”そうだ。弱ければ何もできない。”
__強くなりたい。大切なものを守れるくらいに。
”だったら受け入れて”
何を?
”俺を受け入れれば何も奪われない。逆に奪うことが出来る”
ウバウ?ダレカラ?
”俺たちから大切なものを奪っていく奴らから”
何かが壊れていく。
”そう。ゆっくりと受け入れればいい。壊すことだけ考えて”
自分が塗り替えられていく。
真っ暗なほど黒く。
”全員から奪ってしまえば誰も奪ってこない。そうすれば平穏に暮らせる”
”それが本当に望みか?”
突如、黒い世界で別の声が響いた。
”全員から奪う。そんなことが貴様の望みか?”
ゆっくりと。
体の感覚が戻っていく。
”それで貴様の大切なひとたちは幸せか?”
違う。
”ならば貴様は幸せか?”
違う。
”ならば望みを言ってみろ”
「俺の……望み……」
”わかっているだろう?”
一番大きな望み。
”そうだ”
大切なひとたちが幸せに暮らせるだけでいい。
"世話のかかるやつだ。こちらへ来い"
暗闇の世界に光が戻っていった。
「来たか」
「何が…?」
光が戻った世界で見えたのは大きな山と見間違うような黒い龍。
「お前が……助けてくれたのか?」
「貴様があまりにかわいそうだったからな」
始源龍。
その存在感だけでわかる。
畏怖の存在。
「我が何かはわかったようだな」
「ここはどこだ?」
「貴様の精神の中というところか。我らの血に適合したのが何者か興味がわいた」
「我らの血?」
「覚えておけ。我らの闇は深い。望みを叶えたいならせいぜい抗うことだ」
「質問に答え___っ!」
声が出ない。
それどころか体が動かない。
「どうやら時間だな。あまり我らを落胆させるなよ?」
落ちていく感覚に抗えないまま、意識が薄れていく。
「……?なんでこんなところに」
目が覚めると自分のベットだった。
直前のことが思い出せない。
夢の中でのことならぼんやりと覚えている。
「…湊さん……?」
呆然と部屋の入口で立ち尽くすエイナに近づこう__として足に力が入らず倒れてしまった。
「あれ?」
体に力が入らない。
そこでやっと思い出し苦笑する。
そういえばドラゴンを倒した後に倒れたんだっけ。
「ッ!!」
抱きしめられた。
「心配させてごめん…」
「ずっと心配してたんですからね…!もう目が覚めないんじゃないかってッ……!」
「みんなは?」
「……みんな無事ですよ。ユイちゃんも重症だったんですが傷は治りました」
「そっか。良かった。ところで___」
「…?」
「二人が見てるけどいいの?」
「………。ッ!?」
ゆっくりと入口に顔をむけ真っ赤になった。
「湊君、そこは気が済むまで黙っておくところだよ。あいかわらずだね」
「まったくよ」
「ッ~~~~!!あの!?これはですね!?なんていいますか!?あのですね!!」
あわあわと何かを言おうとしているエイナにルカたちが暖かいまなざしで見守っていたが泣き出しそうになり咳払いで話を戻した。
「……さて、子供たちも無事なんだが……」
「何かあったのか?」
「……あったと言えばあったのよ……」
ため息を吐きつつ答えたミーナに疑問を思いつつ話を促す。
「とりあえずはあなたが召喚したっていう獣たちだけどね」
「もしかして暴れたとか?」
「見てもらった方が早いわね……」
「そうだね。いろんな意味でもね。肩を貸すよ」
肩を貸してもらい案内されたのは小さな小屋。
「ここは?」
「ニーファさんが住んでるところだよ。今は子供たちもいるんじゃないかな」
「ミナト兄ちゃん!!」
入った途端一斉に抱き着いてきた子供たちに傷がないことに安心しつつ顔を上げた。
「あんたらは?」
確か部屋には子供たちとミーファしかいないと言っていたがそれ以外にも3人ほど多い。
「彼らは君が召喚したあの獣たちだよ」
「初めましてっス!自分ジークフリードっス!」
「私がヘルヴォルです。ヘルとお呼びください」
「アタランテ。取柄は速さ。願いは一番早くなること」
ジークは黒い髪と緑の瞳、明るそうで活発そうだ。
ヘルヴォルは栗色の長い髪と凛とした佇まいで騎士といった見た目をしている。
アタランテは綺麗な金髪に引き締まったアスリートのような体。確かに一番俊足そうだ。
「えっと?ジークはライオンっぽい獣だったよな。アタランテは大きな大鷲。ヘルヴォルがユニコーン。……なんで人になってんの?」
「それが……我々にもわからないのです。我々が知っているのはただ自身の力の事だけ」
「そうっスね。俺はこの人たちのことも知らないですし、あの子から聞いた英雄のジークフリードが自分かどうかもわからないッス」
「私も同じ」
「そっか……ところで__」
「どうしてこの二人はずっとくっついてるの?」
リリとユイが話をしている間もずっと腰に抱き着いていた。
何故か両方ともにらみ合いながらも離す気配がない。
何処かで見たことのある光景だなぁ………。
「獣人は強い雄に惹かれるからね。ユイちゃんの方は助けられたからかな」
「いや解説を頼んでいるわけじゃないんだが……」
ニコニコしながら話すルカは確信犯だ。
「リリちゃんお兄ちゃんから離れて」
「……やだ」
「ミナト兄ちゃんしょうぶだ!!」
「…ほうほう……マルタの本命はどっちかな?強いところを見せたい様子からして……リリか?」
「~~~!!そんなことねぇし!!」
図星か。
「あんまりいじめたら怒るわよ…?」
「まだ何もしてなくね!?エイナ、だから槍はやめようって!!」
この二人も巻き込む気か。
「何回がいいかしら?」
「数の問題じゃないから!!」
騒がしい喧騒の中。
「今日も平和ねぇ」
ニコニコとしたニーファの一言は誰にも届かずに消えていった。