決意の星空
「………あんなのを倒せと……?」
熊がそこにはいた。
青い体毛に30メートルはありそうな大きな体躯。
体毛は針のように鋭くどこかの音速ネズミをイメージしたような見た目をしている。
いやあんなに可愛くはない。
「……なんか口に赤いトマトの汁みたいのが付いてるんだけど」
「安心してただの動物の血だから」
「どこに安心する要素があるの?」
果物の汁とか言ってよ!!と心の叫びが届いたのか熊がこちらに気づいたようだ。
「オォォォォォォォォォッ!!」
向かってくるスピードが速い。あっという間に目の前までやって来た。
「ひぃぃぃぃッ!?」
目の前に迫った剛腕を間一髪でかわす。
「いやいや無理だから!!一発でも当たったら背骨へし折れるって!?」
それどころか針のような体毛が刺さるだけでもかなりの致命傷になるだろう。
「大丈夫だよ。今の君なら死にはしないから」
「そういう問題じゃねえ!!」
格好悪く転がりながらも間一髪でかわし続ける。
「て、お前なんで木の上にいんだよ!!助けろ!」
「これくらい一人で対処しないとだめだよ~」
「マジ助けてください!死にそうなんでッ!!」
「アドバイスね。吸血鬼は意思の力が重要なんだ」
降りてくる気はないようだ。
「今の君は『それ』と戦おうとしてない。逆境でこそ吸血鬼は恐ろしい」
「もうちょっとわかりやすくッ!!」
「今は『それ』と戦おうとするだけでいい。それだけで少しは変わるから」
そういいながら短剣で熊の背中を切り裂く。
傷は浅いが熊の意識がルカに向いた。
その間に意識を切り替える。
カチリ、と。
何かが切り替わる感覚がする。
その途端かろうじて見えていた熊の攻撃がはっきりと見えるようになった。
そして、胸の中で何かに火が付いた。
「ふッ!!」
思い切り地面を蹴り熊に肉薄する。
野生の本能かとっさに熊がこちらに向けて腕を振るった。
その腕を回避__せずに両腕で受け止める。
「!?」
「うおぉォォォォッ!!!」
衝撃が体中を駆け激痛が襲うが気にせずに思い切り引きちぎった。
「ォォォォンッ!?」
腕を抑えながら逃げようとする背中に貫手で心臓を貫いた。
「はッ……はぁ……!!」
体が熱い。
まだ足りないと心が叫んでいる。
「もっと……ッつ!?」
一瞬夢の中の誰かがよぎった。
それだけで自然とうずきが収まった。
そして自分が嗤っているいることに遅まきながら気づいた。
「なん…だ…これ」
「おめでとう。君の吸血鬼としての姿はそれなのか」
「……?何か変わったか?」
「鏡を見てみるといいよ」
渡された鏡を覗く言われた意味が分かった。
真っ白い髪に赤と蒼の瞳。口からは八重歯が覗いており左の頬には緑の涙マークがついていた。
「……なんか涙マークはいらないと思うんだ」
「君って変わってるよね……普通そこまで容姿が変わったらかなり驚くと思うんだ」
「なんかもう驚き疲れた」
ここ数日でさんざんいろんな目にあったのだから見た目が変わったくらいでは驚かなくなったということだろう。
「あれ……なんかめまいが……」
地面が目の前に迫っている。
支えられて初めて倒れたと気が付いた。
「君はいろいろと特異なようだね。まあとりあえずこれをもって帰ろうか」
「あ、お帰りなさい!怪我はないですか!?」
当着そうそうエイナが走ってくる。
「姫様ってなんかいつも走ってますよね」
「その姫様はやめてください。それに敬語もなしですよ」
「そんな会長みたいなこと言って……」
「ちゃんとしてくれないともう話しませんよ?」
色々と雰囲気も変わったようだ。
「……わかった。エイナ」
「……案外簡単に認めるんですね。双葉さんは全然変えてくれないって困ってましたよ?」
「それより、この熊どこに置けばいいか知らない?」
「ああ、それならミーナさんがあそこの小屋の脇に置いといてって言ってましたよ」
「了解」
言われた通り小屋の脇に置いてくる。
「……あんたそんなの一人で倒したの?」
「ああ、めっちゃ頑張った。ここだとみんなそれくらいできるみたいだからさ。評価してはくれないだろうけど」
「はぁ……あのねここでその熊を素手で倒せるのは数えるくらいしかいないわよ?」
「なん……だと……!?」
「その熊、皮は固いけどお肉はおいしいわよ。まあとって来たんだし明日使いましょうか」
「今重要なことが出来たんだけどルカの居場所を教えてくれ」
「部屋にいると思ったけどどうしたのよ?」
「ちょっと喧嘩してくる」
「ごめんって。死にそうになったら助けるつもりだったんだよ」
「お前は鬼か!その前に助けてくれよ!!てか教えてくれよ!」
「湊君は教えたら絶対戦わないと思って」
「みなさーん!ここに鬼がいまーす!!」
「「「知ってた」」」
「周知の事実!?」
「どうしたんですか?向こうで食べましょうよ」
楽しそうに騒ぐ湊たちを遠くで眺めていたミーナに気付き近づいていった。
「エイナ……ちょっと思うことがあってね」
「湊さんのことですか?」
「そうね……彼は馴染むのがすごく早くて驚いてるわ」
いや、あれは馴染むとかじゃなく__。
「湊さんは不思議ですよね。人に興味がないのにいつの間にかあんなに馴染んで」
「……彼と会ったのはあなたも1ヶ月前くらいだっけ」
「はい。召喚された後に釣りも一緒にしたんですよ。父様も気に、入って……」
「…ごめんなさい。つらいことを思い出したわよね……」
泣きそうな顔をしているエイナをミーナが優しく抱きしめる。
「大、丈夫…です…私なんか…より……皆さんの方がつらいですから……」
「我慢しなくていいわ今は誰も見てないから」
優しく頭を撫で続ける。
「…ぅぅ…!ごめんなさい…!もう少し……だけでいいですから……!」
「いいわよ。落ち着くまでずっと一緒にいてあげるわ」
「どうしたんだ?」
「……いや、なんでもないよ。それよりみんなで彼専用の武器を見に行こうか」
「武器って…!俺来てからまだ2日くらいしか経ってないだろ!?」
「ああ、言ってなかったっけ?ここは時間の流れが違うんだよ。君が連れてかれてからこっちでは8日くらいかな」
「初耳なんだけど!?」
「細かいことは気にしないで行こうや!みんなでお祝いしてやっからよ!」
「いや俺、おっさんの名前知らないし__て、引っ張るなよ!!」
酒が入って酔っているのか湊を強引に引っ張っていく。
「お~い!レント!いるか~?」
「また酒入ってるの?こっちは徹夜なのに……」
ぼさぼさの髪を掻きながら出て来たのは小さな少年だった。
眠そうにふらふらと揺れて危なっかしい。
「……何歳?」
「ガハハハハハ!やっぱり聞くよなぁ!?よっしゃレント!賭けは俺側の勝ちだな!!」
「ブルグさん賭けなんかしてたのかい?」
呆れたようにルカが言った。
知らないところで賭けの対象にされていたようだ。
だから全員ついてきたのか。
「僕とね……今回は聞かれないと思ったのになぁ……」
2つに分かれて騒いでいる人達を見ながらレントと呼ばれた少年が悔しそうにつぶやいた。
どうやら彼に賭けたのは少人数だったらしい。
「無理!無理!ドワーフなんて言われないと気づかないっての!!」
「くそ~!まぐれが起きると思ったのに~!」
「お前毎回そういって負けてないか?」
思い思いに盛り上がる周囲を放って自己紹介した。
「はぁ……一応僕が君の武器を作った”ドワーフ”のレントって言います。以後適度によろしく……」
妙にドワーフを強調している。どうやら気にしているらしい。
話を聞くとどうやらドワーフという種族は一つの分野に精通しているが、外見は幼いためよく勘違いされるらしい。
なおかつプライドも高くかなり言動に気を付けないと話を聞いてくれないようだ。
次からは気を付けようと心にとどめておく。
「まあ、僕は気にしないけどね」
「思いっきり気にしてたじゃねえか!」
「おっさんうるさいよ……これが君専用の武器」
渡されたのは1つの指輪。
何も装飾がなく赤と黒で構成されている。
「……武器?」
「アクセサリーといえるね……君は始源龍の血に耐えられたからこれが合うとおもって……」
「どうやって使うんだ?」
「それは念じたらいくつかの武器に変身するようになってる……それ以上の説明は使えばわか、る……」
「おおい!?寝るなって!」
立って寝ることができるようだ
「すー…………すー………」
「徹夜で作ってらしいから仕方ないね。ブルグさん彼を運んであげて」
「あいよ。そろそろ俺も寝るかね」
「じゃあ解散しようか」
こうして楽しい祭りが終わっていく。
「落ち着いた?」
「ごめんなさい……何かみっともないところをみせてしまって……!」
「いいのよ。さて、みんな帰ったし私たちも帰りましょうか」
「はい」
「あ、ちょっとさきに行ってて。ルカに話があるから」
「わかりました」
部屋に帰っていくエイナを見送り、帰って来たルカのもとに向かう。
「彼は?」
「湊君ならどこかに行ってるよ。なんかしたいことがあるんだって」
「……それで離れるのを許したの?自殺なんてしたらどうするのよ?」
「湊君は気付いていたけどね」
あり得ないといった顔をしたエイナにルカは無理もないと思う。
「君の想像しているようにはならないよ。……一応今は安定しているからね」
「まあ、いいわ。今後のことを聞こうと思っただけだから」
「しばらくは料理をお願いしようかな。エイナさんの方は頼んだよ」
「わかったわ。それじゃあお休み」
「ああ、お休み」
しばらく歩いていくと人がまばらになっていく。
「……まだ……」
まだ駄目だ。
自分にそう言い聞かせながら部屋に入った。
途端に我慢していた涙があふれて来た。
「ッあぁぁ……!!お父様……!ロナウド……!皆に会いたいよ……!」
つらいのは自分だけじゃない。
皆同じように家族から引き離されてそれでもここで懸命に生きている。
「だったら……私も頑張らなきゃ」
そう思っていても涙が止まることは無い。
湊はエイナの押し殺した声を隠れて聞いていた。
心配になって、部屋を尋ねたら泣いているエイナの声を聞いた。けれど声をかけられないでいた。
「うっく……!うぅぅぅぅ…!あぁぁぁぁぁぁぁ……!」
何も言えないままゆっくりと離れていく。
気が付けば森の方に走っていた。ただ、ただ何も考えずに。
しばらくすると大きな崖に行きついた。
死人のような顔で崖に近づいていく。
「ここから……」
ここから飛べば死ねるだろうか。
ゆっくりと足が勝手に進んでいく。
止める人は誰もいない。
あと3歩。
死ねば楽になるだろうか。
あと2歩。
俺が死ねばエイナは俺を責めるだろうか。
あと1歩。
いや自分自身を責めるかもしれない。
ゆっくりと足を前に出して体を前に倒す。
「___たったそれだけなのにッ……!」
どうしても足が進まない。
たった1歩が踏み出さない。
「くそッたれだよ……俺も」
”死”という楽に逃げ込んで?
エイナに罪を押し付けて?
「そんなのどう考えたって」
そんなのただの”諦め”だ。
とても甘美で醜悪な逃げだ。
「『あきらめず自分の決めたことは貫け』か」
「それは誰の言葉?」
「いたのかよ」
仰向けに倒れた湊の横にルカが腰を下ろす。
「ただの知り合いだよ。でも俺にとっては実の父親より父親だと思った」
「父親が嫌いなのかい?」
「……両親ともな。俺が小さい時からずっと仕事で家に帰ってくるのも夜中。記憶の中にある2人はいつも
喧嘩してた。まあ俺が寝てるとでも思ってたんだろうさ。家にはいつもお手伝いさんと自分だけ」
そんな中で生活してきた。
かまってほしい時もほめてほしい時も。
二人とも仕事で帰ってこなかった。
お手伝いの人に褒められたが子供の自分は到底、満足出来なかった。
高校の話をした時も一言言われただけ。
『勝手にしろ』
「それで言われた通り勝手に家を出てきて。自立するためにバイトを探して叔父さんと出会った」
偶然だった。たまたま叔父さんが話しかけてきて、両親のことを話して。
「そっからは成り行きで叔父さんの口利きでいろんなとこで働かせてもらった」
「いい人だったんだね」
「ああ、とことん自分を通す人だった。だからあんな風になりたいと思った」
だからこそ。
「………星がきれいだなぁ。初めて吸血鬼で得した気分だ」
夜の暗さがなく昼間のように明るい。
吸血鬼は夜でも昼間のようにはっきりと見えるらしい。
だからこそ余計に星がきれいだと思った。
「そういえば星なんて見てる余裕はなかったな。……この眼も獲物やまわりの警戒にしか使ってなかったからね。__ははは!僕なんかよりよっぽど吸血鬼に向いてるよ。君は」
「おほめいただきどうも。………なあ、頼みがあるんだ」
「僕にできることなら聞くよ」
自分の決めたことを守るために。
「戦い方を教えてほしい」