誘拐
翌日湊はまた釣りに来ていた。
昨日と違うのは一人では無いことだ。
「これはなかなか…………忍耐力がいるな」
「だからこそ釣れたら嬉しいと思いますよ。せめて一匹は釣ってくださいね?お父様」
「コン!」
「ほら、クーちゃんも応援してますよ!フレー!フレー!」
「いや何普通に楽しんでるんですか……抜け出して来て良いんですか?」
現国王マドラス=エドモントとその娘エイナである。
「構わん。あんなに簡単に抜け出せるとは…準備したのに台無しになったぞ」
「私だって少しは息抜きしたいんですよ」
ブツブツと言うマドラスに苦笑しつつエイナが言う。
「でも守ったり出来ないですよ?俺弱いですし。なあ、クー」
「コン!」
肩に乗っていた子狐が元気よく鳴いた。
普通の子狐と違うのは尻尾が火で出来ていることだ。
迷宮での話を聞き気になって召喚魔法を使ったところクーが現れたのだった。
その時、菜緒の召喚した魔物とクーが違うことが判明した。
菜緒の魔物は召喚後一定時間経つと消滅をしたがクーはいつまでたっても消えなかった。
違いをロナウドに聞くと菜緒の方は帰還という魔法に組み込まれたもので強力すぎる魔物は術師の魔力を激しく消耗し術師人を殺してしまうために召喚後、一定の魔力を消費すると消えるようになっているらしい。
逆に言えば湊の召喚魔法はそこまで強力ではないことがわかったが。
奈緒や双葉はずっともふもふしていたが当麻の強制解散発言で名残惜しそうに帰っていった。
「ただ国民の暮らしも見てみたかっただけだ。警護は気にしなくて良い」
「立派なお考えですな。……政務を放ってなければですが」
「ロナウド!?ま、待てこれはだな__」
「問答無用です」
「ぐはッ!?」
「さて、エイナ様も帰りますよ。……帰りたくないとおっしゃるなら__」
「そんなことないです!!すごく帰りたいですッッ!!」
構えを取ったロナウドに一瞬のためらいもなく敬礼する勢いでまくしたてる。
「では失礼します。湊様、今日も大漁を期待していますよ」
「あ、はい」
「あなた何者なんですか……?」とでかかった言葉を飲み込み三人が去っていくのを見送った。
「....見なかったことにしよう」
触らぬ神に祟りなしである。
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迷宮探索も終わり当麻と菜緒は湊を呼びに来ていたが__。
「全然気付かないね」
「あいつ集中すると周りが見えなくなるタイプなんだなぁ…」
「……………」
「………顔が恋する乙女になってるぞ」
「し、仕方ないよッ!!かっこいいんだもん!!」
「今更だけどなんで好きになったんだ?」
「湊君に聞こえるからやだ!!」
「あれ?なんで二人ともいんの?」
「__!?____」
「呼びに来たんだよ。今もう夕方だぞ?」
「マジで?ああ、いやほんとだ夕日出てる」
「どんだけ集中してたんだよ」
「いや、つい夢中になっちゃって。__なんで小鳥遊は固まってんの?」
「……あー……気にしなくていい。ちょっと驚きで固まってるだけだから」
「………?」
城に帰ると鈴がやって来た。
「遅いよ三人とも!!」
「………誰だっけ?」
「酷いッ!?こんな可愛い鈴ちゃんを忘れるなんて、湊君病気だよ!!」
「そうだぞ。大木のことはともかく他の人のことは覚えてやれよ」
「そうそう私のことは__て、なわけあるか!私のこともちゃんと覚えてよ!」
「分かったよ。えー……?」
「もう忘れたんかい!ってそれより会長さんが心配してたよ!泣いてたし!!」
「泣いてません!」
「あ、会長さん報告終わったんですか?」
「はい、今ちょうど終わったところです。それより泣い__」
「じゃあ一緒に戻りましょ!?今みんなでトランプしてたんですよ!」
「いえ、私は湊さんに__って聞いてます?あの___?」
双葉の抗議を気にせず引っ張って戻っていった。
「……嵐だな。あの___名前何だっけ」
「ボケじゃなかったのかよ…」
「あははは……私たちも戻ろうか」
「何で呼ばれたか知ってる?」
夕食の後用事があるというマドラスに呼ばれ全員が集合していた。
「鈴、何かしたんじゃないの?」
「華林ちゃんや、私は毎回トラブルを起こす訳じゃないのよ?」
「……いつも何かやってるような…」
「そんな……!有紀まで酷い……!!」
「で?心当たりは?」
「……………月が綺麗ですね(キリッ」
「やっぱりあるんじゃない!なにしたのよ!」
「皆すまないな。今回は気になることがあって集まって貰った」
「ごめんなさい壺を割ったのは私です…」
「……壺?」
「ああ、あの壺ですか。それなら大丈夫ですよ。きちんと分かっておりますから」
「いや、それは後で聞くとしよう。今回は別の事だ」
「別の事?」
「魔物の目撃が現在極端に減っている。迷宮の中で何かなかったかね?」
「俺は何も無かったと思いますが?」
不思議に思う全員を代表して煌騎が答える。
その理由を考え込んでしまったマドラスに代わりロナウドが教えてくれた。
「前にも同じような事があったのですよ。その時は強力な魔物が街に入り込み街の子供が数人ほど殺されました」
「それに王宮の書物にも魔物の減少は災いの前兆と書かれているのだ。とにかく気をつけ―――」
「敵襲ですッ!!魔族が魔物を引き連れこの城に攻めてきていますッ!!」
突如、入って来た兵士が事情を説明した。
「魔族だと…!?ロナウド、全兵士に戦闘の用意を!」
「了解いたしました。急ぎ準備いたします」
「わ、私は姫様にこの事を伝えに!!エイナ様はどこにいらっしゃいますか!?」
「自身の部屋だ。この部屋まで案内を頼む」
慌ただしくなるなか、湊はふと違和感を覚えた。
何か見えているものがおかしいのにそれが何かわからない。
間違い探しの感覚に近いだろうか。
「……何かおかしくないか?」
「碧山君もそう思う?」
「あー……伊莉菜だっけ?」
「そうよ。私も違和感を感じるわ。ほんの少しだけどね」
「どんな?」
「何て言うのかな……さっき来た兵士の人。……ほんのわずかに……そうね、人形が動いているみたいな感覚がしたの」
嫌な予感がする。
なぜかわからない。
野生の感というものに近いかもしれない。
「なあ、あんた」
「何でしょうか……!?」
エイナの元に向かおうとした兵士を呼び止めた。
「緊急事態ですのでお早めに……!」
「……あー、そうか」
間近で見てやっと違和感の正体がわかった。
「あんたすでに死んでるだろ?」
「……何を仰っているのですか…?私はこの通りピンピンしておりますよ」
「湊くん?どうしたの?」
「前にさ何かの本で読んだんだよ。死んだ人間の目ってさ瞳孔が開かない。それにさ――」
一番最初に感じた違和感。それは目のことなんかじゃなく。
「あなたの舌動いてないよ」
パクパクとただ動いていただけだ。
突然の出来事に固まった兵士の表情が変わっていく。
まるで仮面がはがれたように。
「………ははははは!そんな細かいところまで見てるなんてね!いやはや油断しちゃったなぁー。ちょっと雑過ぎたかな。この人形」
「いや、叫ばなければ気が付かなかったよ」
別人のように笑いだした兵士を別の兵士たちが取り囲む。
「動くなッ!!」
「……はぁ………全く君ら兵隊って何でこうもつまんないことばっかりするのかな……少しは考えればわかるのにさぁ!」
「…!!離れろッ!!」
マドラスが叫ぶが遅かった。
兵士の体から一気に何かが飛び出した。
___そう認識した時には既に回りを囲んでいた兵士の心臓が貫かれ宙に持ち上げられていた。
「な……ぁ……!?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!?!?!?」
「そうそう!その反応だよ!普通はそうだよね!?いやぁ楽しいなぁ!」
「狂ってる……!!」
「湊くんだっけ?君もいつかわかるよ!この感触ッ!この悲鳴ッ!全てが心地よく感じるようになるさッ!」
「何故彼の名前を… !」
「今回の目的の人物の名前くらいは知っとかないとね」
言うなり一瞬で湊に近付き軽く腕を振るう。
たったそれだけで。
湊の右腕の肘から先が断ち切られた。
「ぇ___?」
「ほらほら僕の目的は君なんだよ。まあ、切った腕は後で何とかしてくれるでしょ」
「______ッ_____!!!」
叫び声をあげながら転げまわる。
まるで面白いショーを見ているような顔で暴虐者が嗤う。
「はははははッ!!もっとッ!もっと叫びなよッ!もっと狂いなよッ!今狂った方が楽かもしれないよッ!?」
湊の悲鳴が響くなかで全員が動けなくなっていた。
こんなにも狂った相手にどうすればいいのか。
マドラスですら動けない。
頼みのロナウドは先ほど外に出て行ってしまっている。
「このぉ!?」
1人、正気に戻った鈴が無我夢中に魔法を発動させた。
氷の柱が床を走り謎の兵士に突き刺さる。
「や、やった!?」
「痛ッ__くないねぇ♪お返しにこんなのはどうかなぁ?」
兵士の体から影が飛び出し鈴に向けて一直線に突き進んでいく。
これ、死んだよね。
ゆっくりと流れてゆく時間の中、そう思いながら鈴が目を閉じた。
「がは!?!?」
けれど、くるはずの痛みが一向にやって来ない。
ゆっくりと目を開けて見たのは__湊の背中だった。
横腹からは黒い影が突き出ており、そこでやっと守って貰ったのだと意識が追い付いた。
「大丈夫!?」
「この状態が大丈夫に見えるなら重症だ……病院に行っとけ」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!?ああ、血が止まんないよッ!!どうしてッ!?」
必死に腹の穴を抑えて血を止めようとするが一向に止まらない。
混乱した頭ではそれが意味の無いことだと考えられない。
「君は事故犠牲の塊なのかな。それともただの狂人?」
「お前みたいなやつ……に言われ…たくないね……」
「まあ、そっちの方がいいよ。そろそろ飽きたからさ。じゃあね~」
兵士が腕を広げると辺り一帯が一瞬真っ黒に染まった。
回りが見える時には既に兵士と湊の姿は消えていた。
「湊くんッ!!」
「奈緒!!」
無我夢中で部屋を飛び出した。
___意識がはっきりしない。
あるのは右腕の熱さと腹の違和感。
「おい。勇者の方を拐ってこいと言ったはずだが?」
「いやぁ、彼にバレちゃったからさ?」
「わざとバレるようにしただろうに」
「何の事かな♪」
誰かが話している。
目が霞んで何も見えない。
「そんなことより彼が死んでしまいます。早く"血"を……!」
「残念ながら今回"血"は使ってしまった」
「……!?では彼は__!!」
「しかし、貴重なサンプルだ。……そうだな。"これ"を使うか」
「それは始源龍の!?彼が死んでしまいますよ!」
「なに、死んだらそこまでだ」
――注射?
ゆっくりと何かが体に入っていく。
「ッ!?がぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!?!?!?」
熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!
「おお!腕が!?初めての症状だぞッ!?」
身体中を巡って無い筈の右腕に集中していく。
痛みで意識が遠のいていく。
最後の視界に映ったのは意識を失って倒れているエイナだった。
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「………こ、こは………?」
目が覚めると知らない部屋にいた。
ありきたりな言葉を自分で体験するとは思ってもいなかった。
「気が付いたみたいだね」
「あんたは…?」
意識が覚醒するにつれ思い出して来た。
とっさに手元にあったナイフを手に取り相手に向けた。
「ッ!!」
「僕は君が思っているのとは違うよ。どちらかと言うと君と同じ立場かな」
「同じ……?」
「ようこそ地獄郷へ」