不安の影
「で、ついていけなくてここで釣りをしていると?」
「いや、まあ、似たようなもんかな」
1週間訓練を続け皆が順調に成長しているなか湊は平均より少し上になっただけだった。
今日は皆が迷宮の浅い階層に入る予定で湊は入ってもすぐに死んでしまう可能性が高いため一人暇を潰そうと思い釣りを始めたのだ。
一般人より弱いからね。
王宮から少し離れた川には先客がいた。
立派な道具を持ったおじいさんが聞き上手でついつい話してしまっていた。
「まあ、あなた様も大変そうですな」
「むず痒いんで普通に接してほしいんだ。俺はただの学生だから」
「……まあ、そういうなら。しかしあんたは立派な道具を持っているのぉ。王宮から借りたのかね?」
「いや、友達に作ってもらった」
「器用な友達じゃな。一流の店にも劣らん出来じゃ」
当麻の職業は錬金術師だったので頼んでみた。驚いたのはほんの数秒で出来た事だ。大きな物じゃなければ数秒で何でも作れるらしい。材料が必要だがかなり万能な戦い方が出来るとグレン隊長も誉めていたほどだ。
「お!きた!」
「おお!かなり大物じゃ!逃がすなよ!」
釣り上げたのは角の生えた秋刀魚のような魚だった。
「お前さん釣りをしたことがあるのか?」
「まあ、色々なバイトしてたからなぁ…釣具屋でやり方を教えてもらったりしたし」
湊はある意味で社畜だ。
飲食店や引っ越しなど様々なバイトをし自身の学費を払うために身を粉にして働いていた。
まあ実際はお世話になった人に借金をしている形なのだが。
お世話になった人がかなりの人望があったためその人の伝で転々とやれていた。
「ワシも釣り仲間が欲しいと思っておった所じゃ。仲良くやろうじゃないか」
「ありがとなおじいさん。あ、おじいさんは魔族のことはどう思ってんの?」
「ワシ?ワシはまあ実際にあったことが無いからなぁ。一番信用できる情報は自分が必死に手に入れた情報だと思っとる。だからよくわからん」
「そういうもんかね」
「そういうもんじゃよ。お!きたきた!」
そんなこんなで湊とおじいさんは釣りを楽しんでいた。
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「さて、ここが迷宮の入り口だ。勇者様御一行には今回は二階層までついてきてもらう。魔物の大半は核を壊せば死んでしまう。よく覚えておくように」
現在、湊以外は迷宮の入り口のまえにいた。
入り口の扉は巨人が入れるほどの大きさで頑丈そうな鉄のような物で出来ている。
グレンが扉の横についている球体を触ると巨大な扉がゆっくりと開いていく。
「すげぇな!ワクワクしてきた!」
初めは皆混乱していたが落ち着いてくると魔法や剣が使えるのが楽しいのか男子の大半がやる気に満ち溢れていた。一方で女子もこの魔法が綺麗など、すっかりこの世界に馴染んでいた。
「湊くん大丈夫かな…」
「奈緒は心配し過ぎだっての。逆に俺らと来た方が危険なんだから」
当麻と奈緒とのやり取りを離れて聞いている尚哉は居ない湊に対し下だと思っていたからこそ理不尽に憤っていた。
尚哉は一年の頃から奈緒が好きだった。
一目惚れだったが近くには人気者の当麻がいた。
当麻と付き合っていたのなら尚哉も諦められただろう。
けれど奈緒は尚哉よりも底辺の湊が好きなようだった。
"何故そんなに近くにいるのに好きにならない?"
"何故底辺の湊を突き放さない?"
"湊は何故奈緒さんに話しかけられて迷惑そうにしている?"
そしてそれは日に日に大きくなっていった。
極めつけは生徒会役員の事だ。当麻は湊を推薦したまでは良いが菜緒も応援した。
それからはどうしても湊に対しては怒りと嫉妬ばかりだった。
「そうですよ奈緒さん。湊さんが今は一番安全ですから大丈夫です」
譲二も似たようなものだった。
譲二自身は双葉のことが好きだった。だから同じように双葉に話しかけられて迷惑そうにしている湊が心底憎くて__羨ましかった。
最初はほんの少しいじめて懲らしめるだけのつもりだった。けれどそれを湊が何でもないようにしているのを見て大きく膨れ上がり__自身で押さえられなくなった。
(俺が双葉さんを守ってやる…!!湊なんかじゃねぇ!俺の方が双葉さんに相応しいんだよッ!)
(俺が奈緒さんを幸せにできる。あんな奴なんかや当麻じゃない!"奈緒"は俺の物だ…!)
二人の欲望は肥大化していく。それが誰かに仕向けられたこととも知らずに。
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「いたぞ…まずは簡単なスライム達だ」
と呼ばれていたのは黄色いスライムだ。プヨプヨした透明な体の中には石のような物。表面には牙の生えた口が付いている。
「スライムなのに可愛くないぃぃぃ!」
六道葵が信じられないものを見たようにムンクのように叫んでいる。
無理もない。向こうで一般的なスライムと言えば愛くるしい姿が当たり前だ。けれどあのスライムはどう見てもグロテスクだった。
「葵ちゃんってかわいいものだと性格変わるよね……」
「……?よくわからんが油断はするなよ。あいつは魔法が効きづらい。君たちの魔法は大丈夫だろうが…まずは君たちに実戦を体験してもらいたい」
グレンが何人かで班を作る。
「1班が煌騎、直人、鈴、梨花。
2班が当麻、尚哉、奈緒、葵。
3班が哲、譲二、双葉、友紀、華林。
4班は太郎、亮太、伊利奈、友華だ。
全員落ち着いてやれば勝てる」
言われた通りに班を分けそれぞれが一体ずつ対応していく。
1班は前線に煌騎が出て他の3人が後方で魔法による攻撃をする予定だった__が煌騎の何でもない一撃でスライムは木っ端微塵になってしまった。
煌騎は一週間の特訓だけでグレン隊長と同じぐらいのステータスになっていた。グレン隊長も呆れや呆然を通り越して大爆笑していた。
2班は当麻が錬金術で周辺の岩を盾に変えたり槍にしたりとトリッキーな戦い方をしていた。
奈緒は焔の召喚魔法を使いヴォルケーノベアーを呼び出し当麻をサポートしている。
奈緒の召喚魔法は焔ではヴォルケーノベアー、凍ではブリザードドラゴ、雷では雷鹿、樹ではマウンテンゴーレム、閃では閃光の天使、闇では深淵の棺という魔物を従えることが出来るということが1週間の特訓で判明していた。
それ以外は呼ぶことが出来ないらしいが一体一体が王国の一個大隊に匹敵しており一人で王国を壊滅させることが可能な戦力だった。
3班は哲が拳闘士として殴り双葉がスライムの攻撃を防ぎ譲二が魔法大剣師として一気呵成に攻めている。
城山哲は拳闘士という職業だった。
拳闘士は魔法を一切使えないが闘技という魔法に似た技を使う超近接特化である。
譲二の魔法大剣師とは下級の魔法も使え強力な大剣魔技という特殊な技能を身に付けることでオールラウンダーに戦える職業だ。
4班は伊利奈が岩で人形を作りその人形で皆を守っている。
そしてその後ろから影の薄さが一番という太郎が一突きで心臓の核を破壊した。
全員の連携の高さにグレンを含め案内のためにつれてきた全員が苦笑いしている。
「(俺、初めてのとき結構苦労したんすけど……自信なくします………)」
「(大丈夫だ。全員苦労している。あの人たちがおかしいのだ)」
そんな評価をされているとも知らずに難なく全班がスライムを倒し終わる。
「うーむ…少し弱すぎたか?」
大抵初めての戦闘はスライムの場合が多い。理由は彼らが見た目と違って強くないからである。
迷宮で唯一人を襲わない魔物ということでも有名である。
(……これなら置いてきたあの子も戦えそうだな)
皆のステータスが成長しグレンは油断してしまっていた。
「わッ!?」
譲二が罠のスイッチを押しそれに直哉も巻き込まれたのだ。二人の足元が崩れ落ちていく。
「譲二!?直哉!!」
自分のミスに舌打ちしつつすぐさま方針を考える。
「勇者一行!君たちは一度外に出て待機してろ!副隊長と数人は俺と共に二人を救出しにいく!」
テキパキと命令し譲二達が落ちた穴に飛び込む。
(しかし浅い階層にこんなトラップ…今までは反応しなかっただけなのか…?)
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(何だってんだよ!?何で俺が!!)
焦る譲二だが落ちてきた天井の穴は高く登れそうにない。かといって迷宮を一人で歩くというのも危険だと思っていた。
(くそが!!良いとこなんて見せられてねぇじゃねぇか!!)
"そうだね。今回の君はカッコ悪いね"
「ッ!?誰だ!?」
回りは広い空間になっており人が近くにいれば気付くはずの構造になっている。だからこそここで待機しようと思ったのだ。
"驚くことはないよ。僕は君の味方だ。君は好きな子を振り向かせたいんだろ?"
「ッ!?何でそれを…!てめぇには関係ねぇだろッ!!」
"おやおや。そんなことを言っているといい方法を教えてあげないよ?"
「………」
"目付きが変わったね?教えてほしいかい?"
「……そんな…ことは……」
"好きな子を手に出来るチャンスを棒に振るのかい?これをやれば邪魔な子を消して好きな子に近づけ
るかもしれないのに?"
「……好きな子に……近づく……」
"そうそう。ただ少し手引きしてくれるだけでいい。それだけで君の好きな子は手に入る。簡単だろ?"
「"双葉"…"俺の双葉"……」
"そう、君の双葉だ"
悪魔の声が広い空間に響き続ける。
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「いました!あそこに!」
「おーい!譲二!大丈夫か!?」
「…はい。大丈夫です。尚哉も一緒です」
「良かった。今回はここまでだ。迷宮から出るまで気を抜くなよ!?」
安心したグレンは気付かなかった。二人の表情が暗いことに。
戻った二人に心配していた全員が集まる。
「二人とも心配したよ!!怪我はないかい?」
「ああ、大丈夫。モンスターもいなかったから」
「今回はこれで終わりだが明日からはもう少し潜ってもらうぞ?今日はもう休みなさい」
王宮に戻る途中、ふと当麻は二人に違和感を感じた。
(……何だろう。なんか嫌な感じがする…)
二人ともいつもと変わらない筈なのに何か違和感が拭えない。
「なあ、二人ともなんかあったのか?」
「別に何もないけどどうしたんだよ?」
「いや……何でもないんだ」
気にはなったが何もないならいいか、と当麻は気にしないことにした。
王宮に帰ると既に料理が並んでいた。焼き魚に刺身などほぼ魚だったが。
どういうことか聞こうとすると湊がやって来た。
「ああ、お帰り」
「この料理は?」
「いや、釣りしたら予想以上に釣れたからさ。待ってる間に一緒に作った」
「……一緒に?」
「皆良い人ばっかでさ。教えてもらってたんだよ」
「湊さんは料理できたんですか?」
「料理はレストランのバイトで少しやったんです。まあ、ほとんど忘れてましたけど」
「湊くんって以外に万能?」
「いや、以外には余計だろ…まあ、全部バイトの範囲だけどね」
「いや凄いぞ!湊は料理の才能があるな!3、4年やればここで働くことも出来そうだな!」
「グレンさんそれ誉めてます?」
「ありがたく頂くよ。皆頑張ってお腹が空いたろうしね」
煌騎の言葉で全員が席に着き料理を食べ始めた。
「……ねぇねぇ、あの口が二つある魚食べれるの?」
「はい、あれはこちらでは珍しい魚で味はシェフイチオシですよ」
全員が見たことのない食べ物や見知った食べ物を思い思いに食べている。
ここ一週間魚が出なかったからか予想以上に減りが早い。
「けど良かったな湊。クラスメイトと仲良くなれて」
「?何がだよ?」
「最初はなんか話し掛けずらかったけど別に普通だったしねー」
「いやお前のほうがおかしいだろ」
「そんなことないぞよ?鈴ちゃんはチャーミングで可愛いもの好きなだけだから!」
「それで私たちが襲われるのは嫌かな……」
「皆さんいいものをお持ちですからなぁ。特に伊利奈はとても立派な物をお持ちですからなぁ。ついつい揉みしだきたくなるのです。てへっ☆」
「食事中よ……」
全員が食べ終わり湊が出ていこうとすると奈緒に呼び止められた。
「湊くん、今夜行っても良いかな?話したい事があるんだ」
「……当麻も一緒なら」
「…うん、わかった」
一瞬間があったのは気のせいだと思う。
気のせいであってくれ。
「あ、なら私も行って良いですか?」
「別に良いですよ。会長も最近は大変でしょうし。愚痴くらいは聞きますよ」
遠くで当麻が巻き込むなと目で訴えているが見なかったフリをしておいた。
「じゃあ、夜に行くね?」
「りょーかい」
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湊は城の中を迷ってしていた。
皆ほど疲れているわけではないのである程度この城の経路を知っておこうと思ったのだ。しかし予想以上に広くあっという間に迷子になってしまった。
「広すぎだろ……」
同じような部屋が数十個はあったり、何に使うのかよくわからない部屋も多かった。
やっと外に出れたと思ったら訓練場だった。
「おや?湊様どうされました?」
「ああ、ロナウドさん。道に迷ってしまって」
ロナウドはこの城の執事長をやっている老人だ。老人といっても湊よりも筋肉があるし、冷静沈着で出来る執事の典型のような人だ。
料理の件もロナウドが快諾してくれた。
「そうですか。ならば、湊様の部屋にご案内いたしますよ」
「でも何かしてたんじゃないですか?」
「いえ、ほんの少し運動をしていただけです。ちょうど止めようと思ったときにお見掛けしたので声をかけさせていただいたのです」
「ならお願いします」
ふと気になり訓練場を見てみる。
そこには屍の山が出来ていた。正確には兵士達が積み重なり山となっている。
「………ほんの少し?」
「いやはやお恥ずかしい。あれでは皆様では運動にもならないでしょうが私のような老骨はあれが精一杯なのですよ」
「いやいや!?大丈夫なんですかあの人たち!?」
「大丈夫ですよ。なにぶん新兵たちで体力が他に比べて無い者達ですから」
「……ロナウドさんってどんな仕事してるんですか……?」
「そうですね…庭の手入れ、料理の監督に食材調達、兵士の教官に、外交書類の整理や部屋の掃除など色々ですね。これでも少ないと自覚しているのですがやはり老いてくると覚えが悪いものですから」
「……………出来る執事は違いますねー」
これ以上聞くとロナウドが恐ろしくなるので金輪際言及はしないと湊は誓った。
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「で、用って何かな?」
湊の部屋に三人がやって来た。
「さっきお城の人から教えてもらったことをしたくて」
「?何を?」
「これ!」
奈緒の手には見たこともない蒼い鉱石があった。
「それ迷宮で拾ったやつか」
「そうだよ。これを当麻の錬金術で4つの指輪にして全員で持つの。昔離れ離れになった人達がこの指輪で再開できたんだって。___この世界だと心配だから……ダメかな?」
「……わかったよ。当麻が良いならな」
「俺は別に構わないよ」
「血を1滴、そうするとお守りの効果があるんだって」
全員で言われたとおりにする。すると指輪が色が変わっていく。
「四色になったね」
四人の指輪がそれぞれ異なる色になっていた。
湊は薄く透き通った白。当麻は紅く炎のような赤。奈緒は澄んだ海のような青。双葉は草原のような緑。
「綺麗だね……」
「でも何で色が違うんだろうな?」
「まあ、後で調べるさ__当麻が」
「俺かよ……」
そうして楽しい夜が更けていった。
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「準備は終わったのかね?」
「大丈夫さ。僕はせっかちなんだ。明日の夜、決行するよ」
「本当に大丈夫なんだな?」
「しつこいなー。ちゃんと準備したって。二人ほど接触したしね」
二人の男の回りには死体が転がっている。
「貴様の仕事は信用しているが貴様の性格は信用できないからな」
「酷い言われようだねぇ。悲しくて殺しちゃうよ?」
「私を殺せば"あの方"はどうすると思う?」
「……冗談だよ。半分はね」
一人が去っていく。
それを見届け残された男は死体を眺め嗤う。
「……まあ、遊ぶなとは言われてないしね♪」
悪魔のような笑顔を見る者はいなかった。