異世界召喚
どれくらいの時が経ったのだろう。
足音が近付き牢獄の扉が開き誰かが入ってきた。
一人は白衣のような服を着た男。もう一人__いや、もう一匹はミノタウロスとも呼ぶべき大きな牛の怪物。
「起きろ。___起こせ」
舌打ちをしつつ命令を出す男。
彼の命令にミノタウロスが少年を蹴りあげる。
蹴りあげられた少年がふっ飛び壁に当たった。
「がはッ」
「手間をとらせるな。それを運べ」
ミノタウロスが少年を引き摺りながら部屋を後にした。
人としてではなく物として扱いながら。
目的の部屋に着くと何人かの人がいた。全員男と同じような服装をしている。
部屋のいたるところに血がこびりつき、赤黒く固まっている。
その中の4割ほどは少年の血だった。
少年を壁に磔にしミノタウロスが部屋から出ていく。
「今日はどうするのだ?」
「種族性を引き継いでいるのかの確認だ」
「吸血鬼のか」
「それだけではないがな」
世間話をするように話しながらそのうちの一人が一本の注射を取り出した。
それを少年の首に刺し流し込む。中身の色は血のように紅い__いや、”血のよう”ではなく実際に血なのだ。
「う……ぐぅ!?ガァァァァぁぁぁぁッッッ!?!?!?」
体を内側から引き裂くような血の奔流に少年が絶叫し暴れだす。
しばらくして少年の皮膚が内側から破け始め、血が滝のように流れ出し足元に血だまりが出来上がった。
だがしかし少年が死ぬことはあり得ない。
傷ついた肌はすぐに再生し先ほどと何ら変わらない姿に戻ってしまう。
「ふむ。体を壊し作り直しているのか」
「常人なら死んでいるでしょうな。”コレ”だからこそか」
「そうですな。運良く"コレ"を捕獲できたことに感謝しなくては」
少年は何故こうなったのか何回目かもわからない自問自答を繰り返した。
碧山湊はただの高校二年生__"だった"。
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朝、教室に着くと様々な視線が突き刺さる。
嫉妬、妬み、恨み、好奇。
ある出来事からそれは既に日常となった光景だ。
「おはようございます皆さん。湊さんは居ますか?」
にこやかに入ってきた美女に教室にいる大半が視線を向ける。女子も含めてだ。
一つ上の先輩でキラキラと輝く黒髪を腰まで伸ばし可憐そうな顔つきに似合わず剣道を嗜んでいる。
成績も性格も良く運動神経も良い。
それだけスペックが高いのに彼氏を作ったという話を聞いたことがない。
まさに高嶺の花という少女。
「あ、湊さんおはようございます。今来たところですか?」
「そうですよ"生徒会長"」
「もうっ!ちゃんと名前で呼んでください!」
彼女は成瀬双葉。
何故か湊に毎朝挨拶にやって来る。
初めて教室にやって来て、爆弾を落としそのせいで色々な出来事が起きた。
だが双葉本人に自覚はない。
「湊さんは特別なんですから」
「…」
これだ。
恥ずかしげもなく特別という言葉を全員の前で口にする。
ちなみに特別とは生徒会役員全員の事を示している。
そのなかでも湊の評価は一段階上がっているようだが。
生徒会役員になった次の日。
教室にやって来て『湊さんはもう特別なんだから双葉さんって呼んでくださいね!』と、核爆弾を落とし去っていった。
その日、放課後は人の視線のほとんどに敵意と嫉妬が入り混じっていたし、何人かには直接”お話”という呼び出しをもらった。無論逃げたが。
「会長の特別は生徒会の役員全員ですよね」
「もちろんです。家族のように思っていますから」
会長の特別になりたいがために生徒会に入る人は多い。
その所為か仕事が雑な人もいるが。
湊自身はある人物が面白がって勝手に推薦しそのまま通ってしまったというかなり特異だ。
まあ、このクラスの担任がめんどくさがりだったのもある。
「おはよう湊くん!って会長さん……」
「おはようございます奈緒さん」
「…おはようございます会長さん。また湊くんに会いに来たんですか?」
ムッとしながら双葉に尋ねた彼女は小鳥遊奈緒。
肩までの茶髪で優しそうな顔立ちで会長に劣らず男子に人気がある。そして双葉と同じく湊に頻繁に話しかけてくる。
学内三大天使と呼ばれるの美少女の二人が湊と親しそうにしている。
それが視線の原因だった。
鈍感な湊でも彼女が自分に好意をもってくれているのはわかっているがその理由が全く記憶にない。
そんな二人の間に一瞬火花が見えた気がするが気のせいだろう。
気のせいということにしたい。
後ろに見える虎とか最近クオリティーが上がっている気がする。
最初はマスコットっぽかったのに。
「湊も大変だな。まあ、頑張りたまえ」
「…うるせぇ。てか当麻、お前、小鳥遊と幼馴染みだろ。どうにかしてくれよ」
「じゃあ告白すれば解決するんじゃね?」
「イヤだ」
いつの間にか後ろにいた親友にめんどくさそうに返す。
彼は高幡当麻。見た目はイケメンで性格も明るく誰とでも仲良くなる性格のため女子に人気が高い。
初めて話した後すぐに気が合い今では親友とも呼べるくらいになっている。
彼が面白がって生徒会に推薦したのが原因ともいえるかもしれない。
美男美女の集団とも呼べる中に平凡な湊がいる。
それが気にくわないのだろう。
今ではかなりの人数に嫌われている自身がある。
涙が出てきそう。大丈夫、これは汗だ。
湊は興味がない相手の事は名前すら覚えない。
そんな奴が好きな子と頻繁に話しているならば湊自身も殴りたくなるだろう。
当麻自身はうすうす感じ、離れようとしたが湊自身が彼の事を気に入っているため離れようとは思わなかった。
まあ、一部過激すぎる人たちもいるがそこまで気にするような出来事はあまりない。
「会長は湊くんの事をどう思っているんですか?」
「湊くんは私にとって特別な人です」
繰り返すが生徒会役員全員が特別である。
「わ、私だって…湊くんの事がす__」
「ストップ。取り敢えずそろそろ時間なんで終了で」
言わせてはならないと湊が止めに入る。
それ以上言わせたら”お話”だけで済まなくなるからだ。
闇討ちとかあるかもしれない。
これ以上厄介事はごめんなので会長を促し教室を出よう__とするが扉が開かない。
「…立て付け悪かったっけ?」
一緒に開けようと会長も手伝ってくれるが一向に開く気配がない。
「どうした湊?」
「扉が開かないんだけど」
「は?」
そんな馬鹿な、と当麻も開けようとするがビクともしなかった。
「何がどうなって__」
ドドドドドドドドドッッ!!
大きな地響きと共に教室の床が崩れ暗い奈落に落ちていった。
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気が付くとどこかわからない場所にいた。
王宮の広場のようだが学校の地下にそんなものはない。
「何処だよここは!?」
照井という男子の声に改めて回りを見回す。
どうやら教室にいた全員がここにいるらしい。
「ようこそ我がイルジュア王国へ」
男性の声がした方を振り向いた。
真っ白い服に何かの木で出来た杖。
いかにも魔法使い風の男性が立っていた。
「皆様混乱しているでしょうがどうぞこちらへ」
促された部屋の中には豪華な食事が用意されていた。
フルーツを盛り合わせた物や巨大な骨つきの肉など。
どれをとっても美味しそうなものばかりだった。
「食事をしながら説明しましょう。私はハンザと申します」
全員が疑いつつもおとなしく座った。
今は彼に話を聞くしか出来ないのだ。
「では__」