俺の二度目の異世界勇者~ごめんなさい、嘘です~
「おい、司! ここってまさか……」
「司君、もしかして、これがあなたの言っていたことなの!?」
「司……僕、信じて無くて、ごめん。まさか本当だったとは……!!」
地球上ではありえない光景、恐ろしく澄んだ空気と、どこまでも続く雄大な景色を目の前に、空音高校二年三組のクラスメイト達が、口々に俺――天宮城司に向かって似たような台詞を吐いている。
そのどれもが、謝罪に近いものであり、しかも俺に対する信頼のようなものをそれぞれの瞳に輝いている。
それも当たり前の話だろう。
なぜって、この事態に至って、俺のことをないがしろにするような奴なんているはずがないのだから。
だって――。
「司くん! 異世界って本当にあったんだね! しかもここが、司くんがかつて召喚されたっていう、境界世界サイムローザ……!!」
クラスメイトのうちの一人、黒髪清楚なクラスのマドンナ山川命さんがそう叫んで、辺りの風景を見回した。
俺たちの立っている大地、それは大地というよりかは浮遊等であり、さほど大きくない島の上に、二つの神殿のような建物が存在している。
一つは、俺たちが突然、学校の教室から光と共に消え去った後、現れたところ。
もう一つはよくわからない。
それはともかく、そう。
ここは、実は異世界だった。
地球上ではないどこか。
不思議な法則が支配し、魔物が闊歩する魔法世界。
その名も、境界世界サイムローザ。
俺がかつて来たことがある、世界。
この世界に来る前に、俺はクラスメイト達に、そう説明したことがあった。
いや、毎日のように語っていた。
そして妙な目で見られていた。
と言ってもいじめられていたという訳ではなく、なんだよ、またかよ、という一種の呆れたような雰囲気が流れるだけで、その会話以外のときはみんな普通に接してくれた。
要は、俺はネタ的にそんな話をみんなにしていたわけだ。
中二病キャラというか、唐突にそういう話をして、なんとなく場をつないで、みんなに適度に呆れられる。
そんな役割を自ら担って生活していた。
それだけのこと。
そう、それだけのことだったのだ。
けれど、事実はもっと入り組んでいる。
いや、ある意味では単純なのかもしれない。
分かりやすく言えば……そうだ。
俺はこの世界に来たことなんて、一度もない。
境界世界サイムローザなんて、存在しないんだ。
俺の頭の中にだけあるはずの、妄想の産物。
みんなが思っていた、ただの中二病が考える設定の集まりでしかなく、現実に存在することなんてありえない。
どこにも、ないはずの世界なんだ。
そのはず、だったんだ。
なのに、俺たちを、平凡な生活から切り離し、この世界へと放りこんだ神を名乗る何者かは言ったのだ。
『君たちにはこれから異世界に行ってもらうよ――そう、境界世界サイムローザへ』
そう、一言。
その言葉が、俺の地球での妄言を全て真実へと変えてしまった。
ただの妄想だった、俺の脳内設定の全てを、事実であるものに変えてしまったのだ。
俺はかつて境界世界サイムローザへ召喚され、勇者となり、魔王を滅ぼし、そして大団円を迎えて地球に戻ってきたのだと言う、妄想を。
みんな、向こうにいた時は確実に信じていなかったし、ありえないと思っていただろう。
当たり前だ。
俺だってそうだ。
それが、実際にこうして異世界にやってくると、みんな恐ろしいほど柔軟な頭をしていたらしく、口々に俺の言うことは真実だったんだと信じてしまった。
その上、今まで信じなくてごめんねと、心の底から謝ってくれた。
なんてすばらしいクラスメイト達なのだろう。
彼らの心の中には、一点の曇りもなく、ただ、クラスメイトに窮屈な思いをさせた後悔だけがあった。
けれど、それも今日で終わりだ、と彼らはその視線で語っていた。
今日からは、俺こそが主役なのだと、勇者として、この世界を一度救った俺こそが、みんなを導くリーダーになれると、そういう顔をみんな、していた。
「……司。今まで、本当に悪かったな。俺はよ、お前みたいな意気地がない奴が、仮に異世界なんてところに行っても大したことは出来ないだろうって、そんな風に思ってたんだ……だから、信じなかった。だけど、サイムローザは、本当にあった。そして、お前の言う通りの光景が広がってて……なぁ、お前は世界を救ったんだよな? お前は、すげぇよ、司。尊敬するぜ」
クラスの中でも短めの銀髪を逆立てた筋肉質で鋭い眼と野生の狼のような雰囲気を持つ、明らかにお前不良だろうという男、南雲雄二は、俺に向かってそう言った。
彼は最も俺の言うことを馬鹿にしていた人間だ。
しかし、そんな彼ですら、この物言いである。
その目を見れば、やはり全く疑いの色がない。
怖い。
むしろ、少しくらい不良らしいことをしろと思う。
周りの女生徒を異世界であることにかこつけて囲おうとするとか、自分は力があるからみんな俺に従えとか、それくらい言ってほしい位だ。
そうすれば、俺は深く安心できる。
それなのに、そんな気配はまるでない。
彼だけじゃない。
クラスメイト全員に、一切そんな気配がない。
うちの高校が、もともと県下でも三本の指に入る進学校であるからか、物わかりがいい、合理的な生徒が多いというのが逆に作用してしまった感じがする。
彼らは、合理的に考えて俺の話が正しい、と思ってしまっているのだ。
実際、俺でも……俺ですら、彼らの立場であれば信じたかもしれない。
そもそも、世界の名前が同じであること、それにこの場所だ。
俺は彼らに何度となく、召喚される場所は浮遊島であると語った。
そこには二つの神殿があって、片方が召喚されたものが出現するための場所、もう片方が浮遊島から地上に降りるための転移装置であるという話をしていた。
転移装置は地上にある王国、ラフィンヌ王国の王城にある、召喚の間に接続されていて、そこで王族と神官が俺を待っていたと、そんな話もした記憶がある。
そこまで考えて俺は、流石にそこまで同じ、ということはあるまいと思った。
なにせ、すべて妄想である。
世界の名前くらい合っていることは、まぁ、ものすごい低確率でありえるかもしれない。
しかし、そのあとのなりゆきやら国名やらまで同じということは……。
◇◆◇◆◇
「おぉ、勇者たちよ! ようこそ我が王国、ラフィンヌの王城へいらっしゃった! どうか我が国をお救いください!」
「お救いください!」
ありました。
王様っぽい輝かしい冠と錫杖を持った、白髭のおじさんと、楚々とした魅力を放つ真っ白なドレスに身を包んだ妙齢の少女、それにその護衛と思しき騎士数人と、明らかに宗教者でかつ相当に偉いんだろうなと思われるおじさんが感動したという雰囲気で俺たちの出現を喜んでいた。
足元を見れば、巨大な魔法陣が描かれていて、我がクラスメイト達32人は全員がその上に転移している。
「……司、やっぱり、お前が前に召喚された国みたいだな?」
違います。
とは言えない俺は、難しい顔で、雄二のひそひそ声に応える。
「あぁ……だけど、俺が前に召喚されたときはと王様が変わっているな。もしかしたら、時代が違うのかもしれない……」
「ええ!? マジか。だとしたら、俺たちの待遇とかどうなるんだろうな? どれくらい月日が経っているのか……」
知らんわ。
と言いたくなったが、それを言ったら俺はおしまいだ。
そう言う訳にはいかない俺は、仕方なく王様相手に頑張ってつじつま合わせを試みることにした。
ちなみに、俺が王様に話しかけようとしていることを止めようとするやつは一人もいない。
クラスメイト達は全員、俺こそがリーダーだと確信しているらしい。
その信頼は、酷く重い。
「……王様。色々と聞きたいことがあるのですが……」
「おぉ、そうでしたな。皆さまは、何の事情も知らずにここにやってこられたはず。まずはなぜ、皆様がここに呼び出されたのかを……」
「いえ、魔王の出現とその討伐が理由であることは分かっています。この世界の人々の戦闘力では国土を維持するのが精いっぱいで、魔族相手に戦い、その侵略を止められるほどの力はない……いずれ、じり貧になる前に、国力のあるうちに、資材はかかっても効果の高いとされる勇者召喚の実施を決断した。そうですね?」
何が、そうですね、だ。
あてずっぽうにもほどがあるが、しかし嘘がばれるなら早い方がいいと滅茶苦茶な話をしてみた。
後でここにいる全員に軽蔑されても、もうそれはそれでいい。
荷物持ちでも靴舐めでもなんだってやったるわとやけくそ気味にとった行動だった。
これ以上、嘘を嘘で塗り固めるのは良心が痛むのだ。
だから……。
これで俺は嘘から解放される。
そう思ったのに、
「おぉ……おぉ!! なんということじゃ……勇者様は、すべて、すべてお見通しなのじゃな……。まさしくその通りでございます! 我々人類は、魔王率いる魔王郡軍により、存亡の危機にあり、その解決のために皆様をお呼びした次第……ご迷惑をおかけすることは分かっておりましたが、命には代えられませぬ。どうか、どうか、我々をお救いくださいませ……お願いいたしますじゃ……!!」
と、肯定されてしまった。
馬鹿な、という気持ちと、勘弁してくれという気持ちが俺の中に渦巻く。
さらにちらりと後ろに立つクラスメイト達を見てみれば、みんなきらきらした目で俺を見ていた。
やっぱり一度召喚されただけあるね!と雄弁に語る彼らの瞳。
ヤバすぎる。
これ、ばれたら俺どうなるんだ?
荷物持ちとか靴舐めとかで済むのか?
……済まないんだろうなぁ……。
「……王様。ご安心ください。俺は、かつて一度、この世界に呼び出されています。その際に、魔王ガルドストロームを倒したことがあるのです。ご存知かはわかりませんが……」
当然、そんな魔王はいない。
そもそも倒してない。
なのに。
「ま、まさか……貴方が千年前にガルドストロームを倒し、世界を救った初代勇者、ツカサ様!? こんな……こんな幸運があるじゃろうか。かつての魔王は、今の魔王よりも遥かに強力な存在だったと聞きます。それを倒したあなた様がいるのならば……世界は、世界は安泰じゃあ……!!」
王様はそう言って、むせび泣き始めた。
彼らの後ろにいるお姫様、騎士、神官たちも同様である。
……終わった。
もう、どうにもならない。
どんな理由なのかは分からないが、この世界は、俺の妄想の産物に恐ろしいほど酷似しているらしい。
こうなったら、バレるまで死ぬ気でやるしかないだろう。
途中で死ねたら楽かもしれない。
そう思って、俺はこれからの話を、王様やクラスメイト達とすることにした。
どうか、取り返しがつかなくなる前のどこかで、ウソがばれますように、と願いながら。
◇◆◇◆◇
「司君。とうとう、ここまで来たね!」
クラスのマドンナ、命さんが俺にそう言って笑いかけた。
「司、お前がいなかったらと思うと、恐ろしいぜ。ここまえこれたのはお前のお陰だ……本当にありがとうよ。後は、魔王を倒すだけ、だな」
雄二は俺の肩を叩いてそう言う。
俺たちの周りには、クラスメイト達全員が揃っている。
そしてここは魔王城の玉座の間の扉の前だ。
この扉を開ければ、向こう側に四天王と魔王がいる。
俺たちはとうとう、こんなところまで来てしまった。
……来れてしまった。
ちなみに、ここに来るまでの過程で、俺の嘘は一つたりともばれていない。
敵が出てくるたび、弱点やら情報やらを並べ立てまくったら、その全てが正しかった。
魔術やスキルに関するうんちくも、適当なのになぜか何もかも正しかった。
それならそれで別にいいじゃん、という向きもあるかもしれない。
しかし、考えてみてほしい。
嘘八百を並べ立てているつもりなのに、その全てがありありと事実になっていく感覚を。
それは、ほっとするを通り越して、恐ろしさすら感じるのだ。
いつかこの嘘がばれたら……。
いや、いつかこの嘘が真実とならずに、そのせいでみんなが死んだらと考えると、その責任が重くのしかかる。
しかし、俺は生粋の嘘つきだった。
たとえその可能性があるとしても、全部嘘でしたー!とは言えなかった。
阿呆である。
しかしその一方で、結果としてその感じでここまで来れたんだから魔王も倒せんじゃね?
という軽い気持ちもある。
死んだらその時はその時だ。
別にいいじゃん。
どうせ異世界だし、死んでもどっかで復活とかできんじゃないの、と。
まだ誰も一度も死んでないので、そこで終わりかもしれない可能性は完全に無視する。
そう無責任な気持ちで、命さんと雄二に頷いてから、
「あぁ……この中には四天王と魔王がいる。いよいよ最後の戦いだ。彼らの弱点や、得意な魔術、戦い方については、みんな覚えているな!?」
俺がクラスメイト全員にそう言う。
すると、彼らは深く頷いた。
その顔には皆、戦いに向かう決意と覚悟が漲っていて、やっぱり勝てるんじゃん、と思う俺であった。
「じゃあ、行くぞ……みんな! 生きて帰ろう!!」
気分は主人公である。
本当はただのほら吹きなのに。
そう思って、俺は玉座の間の扉にゆっくりと手をかけた。
◇◆◇◆◇
「ぐ、ぐおぉぉぉぉおぉぉ! な、なぜだ! すべての闇の力を手に入れ、邪神すらこの身に飲み込んだこの俺様がどうして人間などに……!?」
魔王の断末魔の悲鳴が聞こえる。
四天王たちはすべて、クラスメイト達が滅ぼした。
残るは魔王一人であり、そしてその魔王ですら、命さんの封印結界捕縛術と雄二の聖剣術でもって虫の息である。
最後の一撃は、俺が決める。
俺は、唱えた。
「……漆黒の闇と純白の光よ、我が剣に宿り、混沌を滅ぼせ……」
もちろん、適当極まりない呪文である。
というか、こんな呪文はあるのか?
そう思いながら剣を掲げつつそれっぽいことを言っている俺。
けれど、魔王はそれを聞くと同時に目を見開いて、
「そ、それは……や、やめろっ! そんなものを使われれば、俺は二度とこの世に蘇ることが出来ぬ! やめろ! やめろーっ!!!」
と本当に嫌そうにしているので、きっと何か効果があるのだろう……。
どんな技なのかはわからないが、最後に俺は一言言った。
「……いつか、お前が光の使徒としてこの世界に戻ることを願っているよ……さらばだ。混沌消滅剣!!」
意味わからん、と思いつつ適当なことを言った俺。
そして、それと同時に、俺の持つ剣――穴を掘ったら出てきた神剣が光り輝く。
魔王は目を見開いて逃げようとするも、命さんの結界によって動くことも出来ない。
俺は魔王に向かって思い切り剣を振り下ろし……そして、魔王は完全に消滅したのだった。
◇◆◇◆◇
「……ここは」
気が付けば、そこは純白の空間だった。
真っ白な、どこまでも光り輝くところ。
そこに一人の金髪の少女が立っていて、俺を見て噴出していた。
「……ぷっ。ぷぷっ。混沌消滅剣って。なんじゃそれ。爆笑もんだわさ」
それで、そいつがすべての元凶なんだろうなと確信した俺。
「……お前が俺の嘘を……」
「そうそう、全部本当にしてあげた。だってあんたの妄想、ちょっと面白くて。まぁ、なんとなく楽しかったでしょ? あ、ちなみに私、神です。女神女神」
適当な女神もあったものである。
というか、こいつのせいで俺は……。
「お前っ! 俺がこの三年、どれだけ苦しんだと……!!」
「つってもさぁ、嘘をついたあんたが悪くない? くない?」
即座に正論を返されて、俺は何も言えなくなる。
「ほらぁ。っていうか、別にいいじゃん。世界救ったわけだし、いいこと結果的にしたと思うよ」
「いや、まぁ……それはそうかもしれないけどっ! もっと普通でよかっただろ!?」
「普通の何が楽しいのさ。それが嫌だからあんたは嘘ばっかついて生きてきたんでしょ?」
さらりと言われたが、それはまさしく俺の心のど真ん中を突いていて、息が止まりそうになった。
「……やっぱり、神様は神様か」
「そりゃあね。でも……もう懲りたでしょ?」
「え?」
「もう、嘘はつきたくないでしょ?」
「そりゃあ……」
嘘は、真実になった。
今までなら、嘘を嘘で塗り固めるしかなかったが、もう、辻褄は合ったのだ。
これから先は、もう、嘘をつかなくてもいい。
そう考えると、俺は今回のことで助かったと言えなくもない。
「じゃあ、戻してあげる。元の世界にね。悔い改めよー。ってことで、よろしく。それと、あんたのクラスメイトはもう戻してあるから」
「あっ、そうなんだ」
それはどうもありがとう……と言おうと思ったところで、女神は驚くべきことを言った。
「そうそう、あんたのクラスメイト、途中からあんたの嘘が嘘だった勘づいてたけど、今更言ったら傷つけると思って黙って付き合ってたんだよ。みんなで示し合わせたわけでもないのに全員で。いいクラスメイトを持ったね。まぁ、途中からあまりにも真実になるんで、何か特殊な存在の介入を疑ってた子もいたけどね。大正解。あと、あんたがつく嘘は、日常と変わらないっていう安心感があって、やめさせたくなかったらしいね。あんたはあの世界で精神安定剤みたいな存在だったんだよ。だから……まぁ、あんたの嘘も、たまには役に立ってたのかもね」
「えっ……」
「向こうに戻ったら、みんなに謝りなよ? じゃ、そういうことで」
「ちょ、まっ……」
色々と聞きたいことが最後に増えてしまった。
けれど、体がどこかに落ちていくような感覚がして、どんどん女神の声も存在も見えなくなっていった。
そして、気づいた時には、そこは高校の教室だった。
◇◆◇◆◇
気づくと、誰かが俺の顔を覗いていた。
どうやら、俺は仰向けに倒れていたようだ。
まず、命さんと雄二が目に入った……それに、よく見るとクラスメイト達全員の顔もそこにある。
みんな俺のことを心配してくれたらしい。
「あ、おい! 起きたぞ! 大丈夫か!?」
「司君! どこか、けがはない!? あの魔王の呪いとか、そういうのない!?」
そんなことを口々に聞いてくる彼ら。
いい奴らだった。
まさか、分かってて付き合ってくれてたなんて、思わなかった。
俺は、彼らに謝らなければならない。
深く、人生で初めて、そう思えた。
ほら吹きは、今日で卒業しようと。
しかし、最初に出た言葉は、謝罪の台詞ではなかった。
それは、
「分かってたんなら早く言ってよーーー!!!!!」
失笑と、妙に温かい空気が教室に流れ、そしてその日から、異世界の馬鹿話は俺たちの共通言語になった。
それから俺は、一度も嘘をついていない。