第9話:部屋
夜。
寝る時間だ。
子供を寝かしつけるのに苦労する家庭も多いだろう。
ここ──池逢家でも、それによく似た騒動が起こっていた。
「・・・だから、そこの部屋使っていいって」
「そうもいかねーよ。
そもそも、主人より先に寝るわけにはいかねーし」
少し前。
夕食後、「汚い」という理由で、半ば強引に風呂に入れられた俺は、リビングで剣を拭いていた。
しばらくして、風呂から上がったルナに「ちょっと来て」と言われた俺は、ルナに連れられ、部屋の前に来ていた。
2階建てのこの家は、二階に部屋が5つある。
そのなかでももっとも奥にある部屋は、空き部屋だったらしい。
ルナは、その部屋の前に俺を連れてきた。
「今日からここが、フェクターの部屋よ」
そう言って、ルナはその部屋のドアを手前に引いて開けた。
部屋の中には、小さな低い机がひとつ、置いてあった。
クローゼットもあり、窓が3つ。
ベランダもある。
「・・本気で言ってる?」
俺はルナにそうたずねる。
ルナは満面の笑みで頷いた。
どうやら、俺を、池逢家に居候させる気らしい。
「さ、もう寝ましょ?」
ルナは、ことも無げに言う。
「・・・・・」
俺は、考える。
いかに異世界でも、異性を家に泊めるのは、まずいのではないのだろうか?
出会った時も思ったが、彼女は、やはり警戒心が少ない。
普通は、警戒して、家にも入れないだろう。
ところが彼女は、食べ物を与え、風呂に入れ、さらには居候させよう、とまで言っている。
これを大っぴらととるか、単なる考えなしととるか。
だが、俺も、全面的に断る気はあまりない。
困っていたことすべてを解決してくれたのだ。
感謝はしている。
だからこそ、今すぐ寝るのは、躊躇われる。
「ああ、寝よう。
でも、俺は別にリビングでいいよ」
俺はそう言った。
俺は、恩返しのためにも、ルナの手伝いぐらいはしたい。
リビングなら、朝からいろいろなことが手伝える、と思ったからである。
俺は、朝が苦手なのだから。
・・・まあ許可は出ないだろうな。
「ダメ」
予想通り、ルナはリビングで寝ることを、許可しなかった。当たり前だが。
「この部屋使われても、まったく支障ないもん。
自由に使って」
「だが・・・」
なおも食い下がる俺に、ルナは言った。
「だから使っていいって」
話は冒頭に戻る。
ルナは言った。
「私も、人の役に立ちたいの。
初めての同居人だし」
もう同居人になるのは確定らしい。
それは別にいいが。
「それに、私は主人じゃないよ」
ルナは、主人のとこを否定してきた。
別に主人でもいいじゃないか、と思ったが、黙っておく。
「気を遣わなくてもいいのよ。
リビングに人を寝かすのは、見下すみたいで嫌なんだから」
ルナは意地でも部屋を使わせたいらしい。
その顔には、なぜか、焦りのようなものも見える。
そんな顔をされたら、俺も断れない。
「・・・わかった」
とたん、ルナの表情が、パァッと明るくなる。
「居候なんて思わないでよ?
同居人に上下関係はないからね?」
その表情は、とても明るく。
彼女が喜んでいるのが、よくわかる。
その顔を見て、俺は部屋のことなんてどうでもよくなった。
どうせ時間はあるだろう。
時間をかけて恩返しすればいい。
俺は微笑みながら、そんなことを考えていた。
俺は考え続けて気付けなかった。
ルナが、同居人にこだわる理由に。