第40話:その後
戦況は、最悪だ。
防衛拠点の砦の屋上から戦場を眺めていた宰相は、顔をしかめながら悔しそうに唇を噛んだ。
トネアは一気に押され始めていた。
このままでは、西側の隣国ソヨラルに敗戦してしまう。
1週間前。
トネアの王女とその側近2人が公務でトネアの東端・ニリアスへ向かった。
なんでも、ニリアスで東側の隣国ノコロの王子と会談をするらしい。
しかし、それを知っていたのかのようにソヨラルが侵攻を開始した。
指揮をとることとなった全王が、無能だった。
侵攻をするのは慣れているが、攻められたことのない彼は、ミスを繰り返し、あっという間に窮地に陥った。
その点、現王女は博識だ。
故に、多くの大臣は王女の帰還を待っていた。
トネア王国の首都、ザミアから東方に50キロ。
山道を疾走する馬車があった。
乗組員の1人が端末を見ながら言う。
「王女、まずいよ。もうザミアのすぐそこまで来てる!」
王女、と呼ばれた人が、椅子に手をつき、勢いよく身を乗り出した。
「ちょっとフェクター、このメンバーの時に──」
「わかってるから、ルナ」
「それでいいわ」
ルナは満足そうに座り直した。
◇ ◆ ◇
「それで、ソヨラル軍の編成は?」
ルナの指示を受け、俺は答える。
「ほとんどが歩兵の剣士だ。
魔法師とアーチャーが後方で射撃してる。
あと、100人ぐらい馬に乗った前衛がいる。計900人ぐらいだな」
俺の言葉を聞き、馬を操っているモルデラが補足する。
「最初は1500人はいたはずだから、かなり減らせてる」
それを聞き、ルナが地図を広げた。
作戦会議だ。
「フェクター1人で、何人屠れそう?」
「んー、300人は確実だな」
「もう少し削りたいわね」
そう言うと、ルナは地図上のある一角を指差した。
「山崩れを起こして、ソヨラル軍を撤退できなくさせるのは?」
「可能だ」
「それで行くわ。修復もできるわよね?」
「当たり前だろ?」
俺は頷いた。
トネアに帰還してから早3年。
俺は、戦線復帰していた。
まさかの城内召喚に苦労はしたが、なんとかなった。
魔法の腕も上がり、山なら大雨で崩せるようにもなった。
日本の監視カメラの機能を少し応用し、魔力で映像を送れるカメラを作った。
同時に、魔力で動かすスマホを作った。
これを知っているのは俺たち3人だけだ。
世間に広める気はない。
突然、殺気を感じた。
「伏せろ、ルナ!」「伏せてろお前ら!」
俺の声とモルデラの声が重なる。
次の瞬間、馬車は無数の矢を受けていた。
モルデラが弓矢を取り出した。
「フェクター、後ろを任せる!」
「了解!」
俺はベルトからワンドを抜き、構える。
「『強化』!」
ルナが魔法を俺たちにかける。
「サンキュ」
俺は窓から身を乗り出して、視線を走らせる。
「そこか!『雷光』!」
ワンドから飛んだ電光は、まっすぐ何者かに飛んで行き、バチっと弾けた。
気絶したアーチャーが、木から落ちて来た。
その服装から察するに。
「ソヨラルの伏兵か!」
「ルナ、全員縛っとけ!」
モルデラの指示を受け、ルナが魔法『緊縛』で倒した全員を縛り上げる。
「これでよし・・・と」
敵を全滅させ、俺たちは捕らえたソヨラル兵を見下ろす。
「さて、情報を吐いてもらおうか?」
その時。
林から、火矢が飛んで来た。
それは、まっすぐ馬車に飛んでいき。
馬車を、あっという間に燃やした。
「えぇ・・・火着くの早くね?」
困惑する俺たちに、ソヨラル兵の1人が言う。
「・・・隊長の固有魔法、『速着火』さ。あの方には簡単には勝てまい・・・」
直後、モルデラの放ったブーメランがその隊長を貫いた。
「・・・・・」
「あんたらの隊長、あっさりやられてっけど?」
唖然としていたソヨラル兵だが、すぐに気を持ち直し、言った。
「・・・ゴホン。これであんたらはすぐには首都に帰れまい・・・」
その直後、ソヨラル兵達が、口の中で何かを噛んだ。
すぐに、全員が泡を吹きながら倒れた。
脈を確認するが、もう呼吸すらしていない。
「こいつら、口の中に毒を持ってやがった」
モルデラが舌打ちする。
ルナが少し考えた。
「・・・ここまで兵を8人出せると言うことは、かなり侵攻が進んでるってことよ。急ぎましょう」
俺たちは首都に向かって駆け出した。
ザミアまでは、あと少しだ。
トネアに戻ってからは、いろいろなことがあった。
だが、日本で得た知識も、捨てたものじゃない。
現に、日本では多くの技術や魔法陣を得ることができた。
それらは、俺の生活に役立っている。
だからきっと、この異世界転移は無駄じゃなかった。
◆ ◇ ◆
ザミア・防衛拠点にて。
「おい、なんだあれ」
兵達の指差す先では、樽をひっくり返したような大雨が降っていた。
それも、山のある一角のみに。
しばらくすると、山が崩れた。
谷が埋まり、多くのソヨラル兵が埋まって行く。
「これは、人為的な山崩しか?」
宰相が呟く。
ソヨラル兵が減った。
心なしか、トネア軍の士気が上がった。
十分後。
門のあたりが、ざわざわしている。
宰相が不思議に思っていると、中庭に3人の人影が入って来た。
「トネア王国第19代王女・ルナ。ただいま帰還しました!」
その隣には、王国騎士団団長・フェクターと斥候長・モルデラが立っている。
彼女らを見て、ざわめきが大きくなる。
「私達が戻ったからには、敗北はあり得ないわ!」
その言葉を聞き、フェクターとモルデラがニヤリと笑う。
事実、彼女らは今、トネア最強クラスの戦力。
彼女らがいるのなら、まだ勝機はある。
「さあ皆!」
ルナ王女が、ステッキを握る。
「反撃開始よ!!」
この日、トネア王国は歴史的な大勝利を収めることとなる。
後に語られる王女ルナと魔剣勇フェクターの伝説は、ここから始まった。
これは、ある魔法剣士と王女の物語──。
完結です。




