第38話:火曜日はリア充とアクシデント
恋愛経験ゼロの私が付き合う上で最大の問題、それは、俗に言うリア充がいったいどんなことをしているのかまったく知らないことだ。
やはり買い物だろうか?
いやいや、前読んだ小説には「二人でいるだけで幸せ」とか言う記述があったハズ。
こんな時こそネットの力を使う時──!
・・・とまあこんな感じで。
私は一晩、ネットの波をサーフした。
途中からその波に溺れていた気がするが、とにかく私はサーフした。
そんな事をすれば、当然、寝不足になる。
火曜日の朝、私はフェクターに叩き起こされた。
「うぅ・・・眠いよぉ・・・」
「おいおい大丈夫かよ?」
「大丈・・・ぶ・・・」
「わぁあぁ寝るな寝るな」
フェクターがペチペチと私を叩く。
大丈夫じゃないかもしれない。
「行ってきまーす」
玄関先には、黒藻くんがいた。
「おはよ〜」
「おはー」
恋人とは、こう言うものなのだろう。
私は、彼と連れ立って家を出る。
「・・・・・」
あれ、私黒藻くんに家教えたっけ?
あと8回しか通らない通学路は、いつもどおりだが、少し違って見える。
だが、いつもと違うように見える最大の理由は。
きっと、黒藻くんだ。
なんだかんだ言って、私はきっと、日本人の中では彼が一番好きなのかもしれない。そうであってほしい。
そう考えないと、自分が何をしているのかわからなくなる。
教室に入ると、麗乃がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
・・・・・。
まあその気持ちもわかる。
けど、全てを知っている麗乃にその目で見られるのは少し納得いかない。
私は麗乃の首筋を指でツーっとしてから座った。
麗乃は首は弱かったらしく、「ひゃうぅ」と言ってびくりとした後にこちらを軽く睨んだ。
・・・納得いかない。
さて、昼休憩か。
午前中の授業けっこう寝てしまったな。
で、黒藻くんだけど。
あの性格だとおそらく・・・
「池逢さん」
ほら来た。
まあ別に良いけどね。
その後。
彼は時間が空くたびに私の元へやって来た。
そう、なんども。
そして私はと言うと、昼休憩の段階で、冷めていた。
具体的に言うと、テンションが、だ。
私は今日の授業の間に考え、結論を出した。
すなわち、「好きでもない人と付き合っても、良いことはない」である。
滲み出る今更感。
「少しぐらいなら、まあ」ぐらいのかる〜いノリでこうなってるわけで、実際は、振ってしまってもよかった訳で。
だがそれは間違いだったらしい。
結局私は、水曜の放課後に、別れ話を切り出すことにする。
2日で別れるカップル・・・まあみんな私の事は忘れるのだ。
問題ないだろう。
そして下校時間。
予想通りというかなんと言うか、案の定彼はやって来た。
そして、デートのようなものが始まった。
いつもの商店街。
いつもの文具屋。
買うのはシャーペンとノートだ。あ、芯も多めに買っとこ。
ちなみに、トネアに帰る時のお土産として買う。
「うーん」
私が迷っていると、 黒藻くんがシャーペンを一本持って来た。
「はい、これどう?」
「・・・おぉ」
これは・・・良いわね。
私の趣味にどんぴしゃりだ。
なぜ、趣味まで把握されているのだろうか?
・・・・・。
これに関しては、考えないようにしよう。
◇ ◆ ◇
ルナがデートをしていた頃。
モルデラは住宅街を疾走していた。
特殊な訓練によって鍛えた体に、重ねて魔法による身体強化を使っている。
結果、今の彼の速度は、ワゴン車の法定速度を上回っていた。
彼が本気で走ると、自動車も抜かせる。
さらに、彼は今車道の中心を走っている。
本人に自覚はないが、とても目立っていた。
この住宅街では珍しいオープンカー。
それを見つけ、並走する。
「こんにちは」
挨拶をすると、運転手が、ギョッとした顔でモルデラを見る。
「な・・・何者だいあんた」
運転手は、イケイケな雰囲気を漂わせる青年だった。
「今、急いでるんですよ。良ければ乗せて頂けませんかね?」
──何言ってんだこいつ!?
青年は困惑したが、特に断る理由もないので頷いた。
「どこかに止まりましょうか?」
「いえ、結構です。飛び乗りますんで」
「は?」
わけのわからないことを言う彼に、青年は重ねて困惑した。
すると───
「ふッ──!」
なんと言うことでしょう。
青年は、オープンカーの助手席に飛び乗ってきた。
「な・・・なにぃッ!?」
人類とは思えない動きに、困惑を通り越し、惚ける青年。
ちなみにモルデラは、一時的に足の身体強化をさらに重ねて、普段の5倍の脚力を叩き出していた。
トネアでなら稀に見る光景だが、ここは日本。
映画の中ぐらいでしか、こんなアクションを決められる人間は見られない。
「すまない。商店街に向かってくれ」
「えっ、あ、はい」
オープンカーは角を曲がり、商店街を目指す。
これでも、モルデラは焦っていた。
モルデラは、フェクターに緊急の用事があったのだ。
「商店街に着きますよ」
青年がそう言うと、
「すまない。助かった」
と彼は言った。
「飛び降りるのか?」
「もちろんだ。君にこれ以上迷惑は掛けささん」
「えぇ・・・」
それぐらい、迷惑というほどでもないんだが・・・ 。
青年がそう思っていると、彼は言う。
「そろそろ降りる。送ってくれてありがとう」
彼は、ドアに足を掛ける。
「ま、待ってくれ!せめて名前を教えてくれ!」
青年の言葉に、彼は振り返って言った。
「私はモルデラ。通りすがりの暗殺者さ」
「マジでか?」
「信じるも信じないも貴方次第!」
彼──モルデラはビシッと青年を指差し、乗った時のように車から飛び降りた。
◇ ◆ ◇
商店街を歩く。
向かう先は、古文堂である。
今も、黒藻くんはしゃべっている。
よく話のネタが尽きないな。
そう思っていると、横を通りかかったオープンカーから、突然、人が飛び降りた。
スタッと綺麗に着地し、そのまま何事もなかったのかのように走り出した。
「・・・すごいわねぇ」
「・・・カッケー」
何者だったんだろう。
なぜか、見たことある気がした。
◇ ◆ ◇
古文堂。
平和な時間の流れるここで、フェクターはハタキを振っていた。
あと4日。
それだけしかここに来ないと思うと、閑古鳥の鳴くここもいい場所のように感じる。
古木が、頬杖をついたままあくびをする。
あまりにも静かな、いつもの古文堂。
しかし、その静寂は突然ぶちこわされた。
カランカラン・・・
ドアベルが鳴る。
「いらっしゃ──」
「フェクター、緊急事態だ!!」
「はぁ・・・」
モルデラが立っていた。
いろいろ経験した──奇襲とか万引きとか──からな、もう大したことじゃ驚かんぞ。
「で、何よ」
「トネアへのゲートが閉じそうだ!!」
「な、なんだって──!?」
思ったより驚きました。
そんな張り詰めた二人を見て、古木はため息をついた。
「なんじゃ、客じゃないのか・・・」
とりあえず古木に聞こえないようにカウンターから移動。店横の路地でモルデラから話を聞く。
モルデラによると、トネア側で、魔法陣をチョークで書いたという。
それを書いた部屋は、魔法でドアを塞ぎ、幻覚魔法『蜃気楼膜』を使って見えなくしていたらしい。
最近魔方陣の光が薄くなって来たから、トネアに戻って見たら、その部屋は雨漏りしていたらしい。
一度書いた魔方陣は上書きできないから、修復は難しいらしい。
だから今は、魔方陣の上にビニールシートをかけて、水が掛かるのを抑えているらしい。
だが、その水は魔方陣の寿命を縮めるには十分で、魔方陣の効果がもうすぐ切れるらしい。
と言うか。
「なんでそんな大事なものをチョークで書いてんだ?」
「いやぁ〜・・・あはっ?」
「笑って誤魔化すな」
チョークで書いた字は消えやすいだろうが。
小学生でも知ってるぞ。
まあ良い。
「魔方陣の効果は、いつ完全に消える?」
「日本時間で木曜日だ」
カレンダーを思い出す。
「あと2日だと!?」
「あと2日・・・本当なの?」
「えっ」
振り返ると、いつの間に来ていたのか、ルナがいた。
◇ ◆ ◇
「あと2日・・・本当なの?」
フェクターが言葉を詰まらせたのを見て、嘘でないと確信する。
そんな・・・それじゃあ。
「予定が狂うじゃない」
「ああ、そっち?」
拍子抜けした顔のフェクター。
いったい何だと思っていたんだ?
だけどこれは重要な問題だ。
校長に掛けた『私想化矯正』には、私は金曜までいることになっている。
どうしようか。
「あの〜」
ここで、黒藻くんが口を挟む。
そういえば彼がいたな。
「ルナ、この人は?」
「黒藻悠介。私の(期間限定)彼氏よ」
「へ〜、君が」
そういえばフェクターにあったことないんだっけ?
黒藻くんが言う。
「何の話してるの?」
そういえば異世界のこと言って無いな。当たり前だけど。
「フェクター、そいつどうするんだ?」
「んー、どうしようか?」
フェクターの隣にいた男が話したので、フェクターに聞く。
「そっちは?誰?」
「モルデラ。ルナを日本に連れて来た裏組織の人間だ」
「ああ〜、あの時の」
だから見覚えがあったんだな。
「あの時はお世話になりました」
「いえいえ、まだもう一回お世話になってもらうんですし、お構いなく」
フェクターは思った。こいつもまともに喋れるんだな、と。
さて、黒藻くんのことだが。
「私に任せといて」
私がそう言うと二人は頷いた。
「黒藻くん」
「な、何?」
私はそのまま彼の頰に人差し指を当て──
「『忘却』」
と唱えた。
彼の動きが止まるのを確認し、再び唱える。
「三分間分の記憶を消去。完了」
そこまで言うと彼は目を覚ました。
「あれ、ここどこ?」
使うのは初めてだったけど、成功してるか?
「私が誰かわかる?」
「・・・何言ってるの?当たり前だろ」
よし、良い具合にかかってる。
『忘却』は、記憶操作魔法の一種だ。
案の定、トネア王家に伝わる洗脳魔法の一種でもある。
対象の記憶を、一年以内ならば、綺麗に消せる。
一年以上前の記憶も消せないことはないが、何かの拍子に思い出すことがある。
三分間分の記憶を消すなんて、私にはお茶の子さいさいなのだ。
・・・これ死語だな。
こうして彼は、気がついたら知らない路地裏にいた、と言うちょっとしたホラーを体験することになった。
「わからない・・・!僕は一体、ここで何をしたんだ・・・!?」
右手首を握り、震える黒藻くん。
あ、そう言うのいいんで。
さて、デートの続きだ。
「おーっ。綺麗だね〜っ」
「そーだな。わざわざきた甲斐があったよ」
ここは的里町のはずれにある山の中腹だ。
商店街からバスで20分ほどの位置にあるここは、的里有数のデートスポットだ。
特筆すべきは何と言ってもその絶景だ。
山とは反対側は開けており、海が水平線まで見える。
さらに、方角がいいので、夕日が水平線に沈むのが見える。
まさに絶景。
そんな場所まで、私と黒藻くんはやってきた。
放課後に来たので、ギリギリ夕日が見える。
これぞリア充、と言う感じがするね。リア充あんまり知らないけど。
夕日が沈むのを見届けたかったが、それでは黒藻家の門限がやばいので、しばらく眺めてから、ちょうどやって来たバスに乗り込む。
そろそろ例のことを言わないと。
「黒藻くん」
「何だい」
「私、木曜には的里をでないといけないの」
「えっ・・・」
「だから、あと1日だけ」
「そ、そう・・・」
あ、後ろで男子学生(独り)がガッツポーズしてる。
バスから降りる。
商店街から出ると、私と黒藻くんは方向が違う。
彼にとっては、貴重な時間なのだろう。
だけど、明日も学校だし、門限もある。
諦めてもらおう。
「あの、池逢さん!」
「?」
「また・・・明日」
「うん」
商店街を出てしばらく行った先にある十字路。
私たちは、そこで別れた。
しばらく歩いて思った。
方向が逆なのに、なぜ彼は家を知っていて、いつから家の前で待っていたんだろう?