第14話:成果
作業の翌日。
多少改装したところで簡単に客が増えるわけもなかった。
商売は難しい。
「爽やかな朝ですね〜」
「もう10時半じゃぞ」
今日も古文堂は静かだ。
まだ朝なのもあるだろう。
まあいい。
気長に待とう。
変化がなければそれまでだ。
昼過ぎ。
事態は、思っていたより大きく動いた。
客が、来るのだ。
今まで、客なしが普通だった店に。
大忙し・・・というわけでもなく。
客は多いわけじゃない。
それでも。
古木さんは、店長なのに、アルバイトの俺よりパニック状態だ。
「こんなの十数年ぶりじゃ!」
と、嬉しい悲鳴をあげていた。
だが、人間、不慣れなことはするもんじゃない。
やはり、レジが混んでいる。
外の窓掃除をしている俺は、ほのぼのとした気分でそれを眺めていた。
「あっありがとう、ごごご、ございます!」
「はーい」
客が、面白いものを見るような、あるいは、困ったような顔をしながら、店から出て行く。
店長、噛みすぎだよ。
「こんなとこに本屋あったんだね」
「ねー、こんなに安いなんてね」
「池逢さんもいい情報持ってんじゃん」
そんな会話が聞こえた。
頼んでないが、独断で、ルナも手伝ってくれたらしい。
今夜、礼を言っておこう。
店の存在も、以前より認知されたようだし、計画は成功と言えるだろう。
「掃除終わりました〜」
俺が店に入ると、人が減り、気を持ち直した店長が、それでも急ぎ気味にレジを打っているところだった。
焦っているのか、汗がすごい。
それを横目に見ながら、事務室へ。
俺は雑巾を洗い、ゴム手袋と一緒にロッカーにしまう。
ついでに、新しいタオルを出して、軽く濡らしたあときつく絞る。
事務室から出ると、最後の客が帰ったところだった。
「お疲れ様です」
俺は、湿らせたタオルを投げ渡す。
パシッとキャッチすると、店長は、ふいーっと息をつき、椅子に座った。
「ここまで増えるとは思っとらんかったぞ・・・」
そういうと、店長は、もう一度息をついた。
正直、まだ5人しか来てないから、余りよく思えんが、
「成功ですね」
俺が言うと、店長は薄く笑った。
「ほぼフェクターくんの活躍じゃな」
「そうでもないです。
絵は描けませんから」
「謙遜せんでいいわい」
その顔に、イライラしている感じはない。
俺が何を言っても、この人は譲られないようだ。
そのとき、チリーンと、ドアのベルが鳴った。
ちなみに、このベルも磨いて、輝きを取り戻させた。
「いらっしゃいま・・・あ」
「調子はどう?」
入店してきたのは、ルナだった。
「そう、5人だけかぁ」
そういうと、ルナは、残念そうに笑った。
「十分さ。
これから増えるだろうし」
あれから、ルナは本を1冊購入して、俺の今日のアルバイトが終わるまで店にいた。
そして、俺と一緒に帰っているのだ。
結局、客数は昼過ぎがピークだった。
それでも。
「客数が前の5倍だぜ」
「あの店、よっぽどピンチだったのね・・・」
ルナのツッコミももっともだ。
アルバイト代が出るのか、正直心配だ。
ああ、そういえば。
「ありがとうな、ルナ。
宣伝、してくれたんだろ?」
俺が言うと、「誰に聞いたのよ」と、ブツブツ言った後、
「役に立った?」
と、聞いてきた。
俺がうなずくと、安心したように笑った。
そして、キッとこっちを向いた。
「剣芸伝、売り切れ間近だったわ。
張り紙、書き変えるのよ」
「了解」
そうこうしてるうちに、池逢家についた。
園芸でもしたのか、かすかに土の匂いが漂っている。
「花、育ててたっけ?」
「? 育ててるわよ」
ルナは、疑問を持った顔で答えた。
「なんで聞いたの?」と言いたそうな顔だ。
「ちょっと気になっただけさ」
俺が言うと、自己解決したのか、表情は微笑みを含んだ。
鍵を開けて、家に入る。
夜は普段通り。
いつものように夕食を作り、いつものように入浴して、いつものように寝る。
普段通りだった。