第13話:作業日
社会見学の翌日───
古文堂は、今日は(も?)臨時休業。
今日から呼び込み準備開始である。
と言っても、店主の古木は、まだ何も聞かされていない。
計画を立てたフェクターは今、目の前でレジカウンターを整理して、店の事務室からコピー用紙や色画用紙を持ってきて並べている。
一体何をするのか。
古木にはわからない。
(不安だ)
古木は何故か心配だった。
とりあえず、古木は金を使わない方法であることを祈った。
その時、物音がやんだ。
「では、始めましょう」
フェクターは、こちらを振り向くと、その赤みがかった目で古木を見た。
「まず、簡単なことから始めましょう」
俺──フェクターはそう前置きしてコピー用紙を数枚手に取った。
「何をするんじゃ?」
「まずはもっとも簡単なこと、張り紙作りをします」
俺はそう言うと、店内を歩き、去年流行った本を探す。
この辺りは、昨日の夜にルナに聞いておいた。
ルナの好みの問題か、「ラノベ」という分類の中で流行った本の情報は多く集まった。
俺はその中の一冊、「剣芸伝」というシリーズの本を見つけた。
店主が自慢していた通り、確かに安い。
俺は、その本を手に取り、レジカウンターに戻った。
コピー用紙に、『「剣芸伝」150円』とえんぴつで書き、古木に見せる。
「こんな感じで書いて、マーカーで色付けします」
「なるほど。
流行った本を書くんじゃな」
古本屋店主というだけあり、「剣芸伝」が流行った本であることはすぐわかったようだ。
「そう言うことです」
「わかった。
色付けとレタリングはやっておこう」
「? はい。お願いします」
レタリング・・・?
何それ。
・・・・まあ後でいいか。
俺は再び本棚に向かう。
「フェクター、選んだ本は持ってきといてくれ」
「はい」
俺が本と、タイトルと値段を書いた紙を持っていくと、さっきの紙は、大きく変わっていた。
字がデザインされている。
さっきより見やすい。
なるほど、これがレタリングか・・・。
「剣芸伝」を渡すと、余ったスペースに、剣芸伝の表 紙に書いてある二刀流の剣士(おそらく主人公)を、 えんぴつで模写し始めた。
それが。
「・・・すげぇ」
「どうじゃ、うまいじゃろ?」
「はい」
古木さんは、絵がうまかった。
5分で、キャラクターを書き上げると、マーカーでなぞり始めた。
そこに、迷いはない。
張り紙は、全部任せて良さそうだ。
古木さんが張り紙を作っている間、俺は、本を棚からおろし始めた。
「・・・何をするんじゃ?」
「分類で分けます」
説明しなければならない。
この店では、本は作者順(作者の名前の五十音順)に並べてある。
ぐちゃぐちゃに。
いや、別に上下が逆とか、そう言うのはない。
だが、乱雑なのだ。
仕切りもなく、突然作者の名前の頭文字が変わる。
絵本と漫画と小説が、同じ場所に並んでいる。
はっきり言って、見にくい。
そこを、カテゴリ順に分けて、それから、作者順に並べ直す。
その方が、後々楽だろう。
どうせすぐ終わる。
そう思っていた。
数十分後。
店内は、「ドサッ」とか「シャッ」とか、ペンや本を動かす音が支配していた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
あれっおかしいな。
作業が、なかなか進まない。
人手の問題か?
でも、金銭的にも余裕ないし。
「・・・・・」
ドサッ・・・ドサッ・・・
「・・・・・」
カリカリカリカリ・・・シャー・・・
音だけが響く。
時間は、過ぎていく。
正午。
「・・一旦休憩」
古木さんが、ペンをおきながら言った。
「はい」
俺は、最後の本を下ろす。
昼ごはんだ。
昼ごはんを食べながら、俺と古木さんは相談する。
内容は、本の配置だ。
「入り口付近は、文学小説でいいじゃろう」
「なぜです?」
「売れにくいからじゃよ」
「じゃあ、漫画とラノベはどうします?」
「そうじゃな、端っこじゃろう。 漫画を買う客にも小説を少しでも目に入れて欲しいしな」
こんな具合だ。
この辺りは、さすがにベテランにはかなわないな。
昼食後、本を分けて移動させる。
しかし、やっぱり本が多い。
やっぱり、人手が欲しい。
途中から古木さんもてつだってくれた。
2人の方が、作業効率は高かった。
それでも。
すべて移動させ終わった頃、時刻は午後4時を回っていた。
朝9時から始めて、1日かかった。
2日連続休業はどうかと思うが、まあ仕方ない。
不可抗力だ。
「いや〜、いい汗かいた」
「まだ並べてないっすよ」
古木さんは、やはり満足気だった。
模様替えは、久しぶりなのだろう。
どこか嬉しそうだ。
帰宅するときに、古文堂の外観をみる。
木造の、地味な色合いの建物。
長方形の、目立ちようのない看板。
本を並べるのは、午前中に終わるだろう。
なら、その後、別のことができる。
明日は、看板かな?
フェクターの帰った古文堂。
古木は、静かに、店内を見渡していた。
1日で店内の作業が、ほぼ終わった。
古木には、それが信じられなかった。
今まで変えようとして、失敗してきた。
それを、フェクターは成功させようとしている。
正直、彼には大きく期待している。
「・・・いい店員を雇えたわい」
古木はつぶやくと、古文堂に鍵をかけて、帰宅の準備を始めた。
作業二日目。
朝から、俺──フェクターは、本を並べていた。
昨日の夜、古木さんは仕切りを作ってくれていた。
俺のイメージどおりの仕切り。
色のついた厚紙でできている。
俺から見れば、完璧だ。
これさえあれば、本を見なくても、作者の名前の頭文字がわかっていれば本を簡単に探せるようになる。
昨日分けていたから、作業も進みやすい。
雑談する余裕もある。
「なあフェクター」
ほら、話しかけてきた。
「なんですか?」
俺は本を並べながら返事をする。
「いや、大したことじゃないんだよ。
けど気になってね。
あんたは、どこの国の出身なんだ?」
「ああ、そんなことですか」
俺は、本を本棚に置いた。
端の本が、パタリと倒れる。
「どこって、とね・・ゲフンゲフン!」
「ホコリがあるからの。
大丈夫?」
「えぇ、全く問題ありませんよ」
「そうか」
あっぶねぇ!
こっちの世界にトネアないんだった!
言ったら変な目で見られる!たぶん!
俺は、地味でありたいんだ!
ああ、しかしミスったな。
こっちって、日本以外になんて国があったっけ?
忘れちゃった。
・・・・・。
・・・よし。
「・・古木さんは、どこだと思います?」
どうだ!
これぞ秘技、「答えを言わせる」!
使ったのははじめてだぜ!
「そうじゃな・・・。
アメリカかと思ったが、アメリカに赤い目で白髪の人種なんぞあったかの?」
「・・・さ、さぁ?」
なんだと!?
答えを潰された!?
いったいどうしたら!?
「で、正解は?」
「えぇっと、ええと、アメリカです」
ああっ、つい言っちゃった。
「ほう、アメリカか。
なら、もしや君はアルビノなのか?」
・・・・・。
おや?
・・・これ、いけるんじゃね?
「は、はい。
アルビノです」
「そうか、変わっとるの」
えっそうなの?
トネアには、割といるが?
ああ、でも、今さら違うと言えない。
知らないよアルビノもアメリカも。
と、そのとき、本が倒れた。
よくわからんが、グッドタイミング!
「整理しますか」
「そうじゃな」
俺たちは、作業に戻った。
途中、面白そうな本がいくつかあったが、我慢。
後日読もう。
昼までには、作業は完全に終わった。
さて、昼食後。
俺は、古木さんに許可を得て、大きめの風呂敷を持って山に向かった。
看板にする木の板を取りに行くためだ。
古木さんには、材料を持ってくると言っているので、急に持って帰っても怪しまれない。
法律で禁止されてるかもしれないが、気にせず取りに行く。
山の、できるだけ奥に行く。
入り口が見えないところまで入った。
理由は簡単。
魔法を使うからだ。
この世界には、魔法使いはいないので、使うところを見られたくない。
前にも言ったが、行動方針は、「できるだけ地味に」である。
周りを見渡す。
人の気配は、ない。
俺は、一本の木の前に立つ。
直径は、30センチといったところか。
俺は、右手を木に向けると、右手に魔力を込める。
「風刃!」
ブアッと、一陣の風。
風が吹き去った後には、切れた木があった。
軽く蹴り、木を倒す。
同時に。
「水球!」
木の着地点に、水球を発生させ、音を極力消す。
もう一度風刃を使い、好みのサイズに切る。
俺は、木の板を手に入れた。
無料で。
俺はそれを、風呂敷に包む。
古文堂に帰ると、本棚に変化があった。
その本棚に置いてある本の分類が書いてある。
小説の棚なら『小説』と、いった感じで。
「どこにいっとったんじゃ?」
聞かれて、俺は、風呂敷の包みを開けた。
古木さんは、その木の板を見ても分からなかったらしく、「?」という顔をした。
「今から、看板を作ります」
俺はそう宣言して、このときのために用意していたペンキをハケと一緒に取り出した。
ペンキの色は、三原色と白と黒。
「こんだけしか色はありませんが、頑張ってください」
「・・・えっ、そういうカンジ?」
古木さんは、ボソッとツッコんだ。
ナイスツッコミ。
さて、俺が描かないのには理由がある。
それは、店主が古木である、という、至極シンプルな理由である。
店主が描かなくて、「イメージと違う」と思われても困るしな。
それに、俺より絵の上手い古木さんが書いたほうが、完成度は上がるだろう。
その間、俺は別の作業をする。
その作業は、張り紙のコピーである。
前に行った「Forest Books」では、同じ張り紙が違うところに貼られてあり、目に入りやすかった。
それを真似る。
俺は、事務室のコピー機を使った。
・・・結論から言うと、印刷には、二回失敗した。
1回目はサイズを小さくしすぎて。
2回目はインクが乾く前に触って。
思っていたより、手強い機械だった。
それらを、店の窓に、外から見えるように貼る。
もちろん、本棚の余りスペースにも貼る。
ただし、多すぎず、少なすぎない程度に。
そして、作業が終わったとき、見回すと、店内のいたるところに張り紙がある状態になった。
俺としては、完璧だ。
貼り終わった頃に、看板ができた。
それを、一晩乾かす。
この日は、これで終わった。
そして翌日。
看板を付け替えた。
本と小鳥の描かれた看板。
真ん中には、そこそこ大きめの、『古文堂』という文字。
目立ちすぎるわけでもなく、地味なわけでもない。
適度な色合い。
そんな看板が、店の屋根にかかる。
「これでどうじゃ!」
「オッケーです!」
新しい看板が、朝日を反射した。
改装終了。
今日から古文堂は生まれ変わる。
・・・・たぶん!
フェクターは、身近な人から性格に影響を受けやすいです。
ルナの性格が混ざってきました。