イルカが叶うた囀りを誰が詩う
我が島は今や、観光の名所だった。
数あるイルカウォッチングの名所の中でも、色々な種類がいっぺんに見られるので、凄い事になっていた。
宿も船も予約でビッシリ。
嵐で帰りの船が出ないと観光客は喜び、本土の岸につながれて来られない方は悔しがるぐらいだった。
台風の多い年で、やっと通り過ぎてくれた昼下がりだった。
キーキー声の女性が、藪の向こうで騒いでいる。
子供の声もする。
観光客に何かあったのだろうか。
客の事故が1番怖い。
ホテルに勤めてる母が、言っていた。
事故なんか起こしたら、もう島に人なんか来ないと。
役場勤めの父もうなずいてたっけ。
藪を掻き分け、声の方に進むと、緩やかな崖したに、嵐で出来た海水の溜まりが、出来ていてイルカの赤ちゃんがはまっている。
てか、溺れかけていた。
まだ、1人では上手く泳げないのだ。
慌てて、腰までの溜まりに入り、持ち上げる。
「熱い、熱いってば〜‼︎。」
熱いのか、人の手が。
シャツを脱ぎ、そっと包み込んでから、背中の鼻を海面に出すと、呼吸が落ち着いた。
海水からでた分、重い。
「ありがとう。
あれは僕の育ての親なんだよ。
母さんは今、漁をしてるからさ。」
泣き崩れる外海のイルカが、ようやく頭を出した。
「ありがとうございます。
私にはどうする事も出来なくて。
この子の親になんて言ったら。
悲観にくれていたのです。」
待て待て、イルカだよね。
「話がわかるんだけど、、。」
泳ぐのが下手くそなくせに、子イルカが、馬鹿笑いをする。
散々笑ってから、嫌な眼をした。
「大丈夫だよ。
誰も信じない。
囀りを聴く事の出来る人間は、限られてるからさ。」
「さ、え、ず、りって、何?」
「詩だよ、唄、歌でもいいよ。
わからない、全てを囀ってる事。
で、あっちに出るのを手伝って欲しいんだ。
高波で、ここに投げられちゃったんだよ。」
「わかんないけど、わかったよ。」
傷つけないように、シャツを下に引いて、子イルカを外海の方に出すと、お世話係りが近ずいて、受け止める。
もっとデカイのも、その側にいたが、ジッとこちらを睨んでいた。
子イルカが海に出て行くと、そのデカイのが、野太い声で言った。
「腕白をありがとう。
今回は礼を言うが、覚えたからな。」
デカイ尾を鳴らして、水底に帰っていった。
溜まりで、しばらくボケっとしてたらしく、夕方と共に、蚊が寄ってきた。
濡れたシャツを着て、蚊の群から逃げる。
何も塩水のこんな場所まで来なくても良いのに。
デカイのに覚えられたらしいが、何も変わらず、観光の時季は、過ぎていった。
この島には、中学までしかないので、高校は本土に行く。
春、島からの出発の日、船をイルカ達が追いかけてくる。
皆んな喜んで観ていたが、こっちの心境は複雑だった。
あいつが、見に来ていたのだ。
「あっ見えた。
囀り出来る奴だ。」とか。
「あれあれ、あれだろう。」とか、仲間で、ワイワイ騒いでる。
「俺だよー。わかるかー。」
思わず、振り向くと、大きくなった、あの腕白イルカだ。
イルカ達に、馬鹿受け。
ビョンビョン跳ねて、騒ぎまくる。
誰か止めろよーー。
ひときわデカイのが船に、近ずいてきた。
観光客に、もみくちゃにされる。
海面から顔を出した、そのデカイのは、あの野太い声の持ち主だった。
「少年、帰ってこい。
囀りを聴く役目があるからな。」
デカい尾を打ち付けると、歓声の中、沈んでいった。
若いイルカ達は、ワイワイとついてきていたが、一頭、又一頭と、船から離れていった。
観光客達は、又来ようと、興奮気味に、甲板上でたむろっている。
ものすごく疲れた。
同級生達は、もうホームシックにかかってたが、それどころじゃない。
あの野太い声が、嫌に引っかかるし。
親が送ってくれていたから、甲板にいないと変だったし。
とにかく、疲れた。
イルカのいない陸に上がると、ようやくホッとした。
高校も、大学も、可もなく不可もなく、過ぎていった。
生活費の足しにバイトに明け暮れ、島には帰っていない。
島の観光は順調で、母の勤めていたホテルに、就職が決まってしまった。
呼び戻されたのだ。
同級生の何人かが、役場や土産物屋やら、とにかく、島に帰ることになっていた。
未だに島の住人は島出身者に手厚いのだ。
アパートを引き払い、いらない物を処分し、島に帰る。
来た時より、荷物が少ない。
船は新しくなり、観光客が、多いのがわかる。
最近は小形のクジラも出没するのを、船内のパンフレットで、知る。
帰ると、あのホテルへ向かう。
デカくなっていた。
古い七階建ての横に新しい十二階建てが、そびえている。
後ろは岩山なので、迫力がすごい。
一緒にホテルに就職する新人達と、支配人のところに挨拶に行く。
俺以外の二人はホテルが用意した寮暮らしだから、先に帰る。
支配人の久保田さんは、母の部下だったから、話が早い。
母は、定年を迎えていて、畑や花作りに精を出していた。
父は三才下だったので、もう少し、役場勤めが残っている。
「ただいま〜、腹減った。」
庭から、声がする。
「お帰り。
キッチンに支度してあるから、食べてなさいな。」
相変わらず、サッパリした親だ。
台所に行くと、煮物のオンパレード。
ブリと大根とイカのブツ切りの煮物が、昔から大好きだったので、ジャーから、ご飯をよそい、お汁をあたためながら、腰を半分浮かして、かきこむ。
ここの特産の海藻のお汁も、美味い。
瓜の古漬けを歯切れ良く食べていると、手を洗いに母が来た。
「あんた、久しぶりなのに、変わらんねー、食べ方。」
間引きした葉物を洗い、サッと炒めて出してくれる。
何を食べても美味い。
「佳子は、学校かい。」
母がケラケラ笑う。
「これだから男の子は。
もう先だってから、土産物屋で、働いてるおるよ。」
お茶を入れながら、母が隣に座る。
「彼氏、居るんよ。
あんた、もうすぐ、おじさんね。
わたしらは爺ちゃん婆ちゃんさね。」
イカが、口の横にぶら下がる。
2つ違いでも、女の子は、凄い。
「あんた、彼女は。」
口に飯をいれたま、頭をふる。
「いたら、帰らなかったかね〜、こん島に。」
俺が島に帰ってきて、就職して、落ち着いた頃、妹の結婚式だった。
研修やらは、本土で済ませてきていたが、やはりホテルの仕事は忙しい。
俺は、夜中から明け方までの勤務が、多くて、地元に残った奴らとの交流もままならなかった。
親の後を継いで、漁師になり、漁と観光客のイルカウォッチングで、生計を立てているから、まあ、時間が合わない。
だから、島に帰ってきていても、なんとなく、しっくりこなくて、1人の時間が多かった。
ホテルは、予約を断るのが仕事で、古い七階建ての方も昔より値段が高いのに、満室が、続いた。
俺が島に帰ってから、イルカが増えたと、母が言っていたのが、気になる。
もうすぐ赤ちゃんを産む妹が、里帰りしてきて、話し相手が増えた。
それぐらい、島では暇人がいない。
定年のない仕事をしている人たちが多く、皆んな一日中、いそがしい。
こんな母親でも、ホテル業務に、駆り出されることがあって、二人で、受付に並んでると、地元民に、からかわれる。
新人の1人が、ついていけずリタイヤしたからだ。
本土から代わりの人が来るまで、母がパートで、働く。
朝方、帰宅すると、妹が、起きてきた。
「寝てろよー。
ご飯ぐらい、なんでもないし。」
「にいちゃん、臨月だと、腹が重くて、寝てばかりもいらんないんだよね。」
よっこらしょと、座椅子に座る。
座椅子じゃないと、ひっくり返りそうで、怖いそうだ。
母と入れ違いなので、今は二人きりだった。
こういう時に、産まれるとかは、無しで、と、祈る。
妹から、島の事を聞くのは楽しい。
泳いでるとイルカがついてくる話に、身を乗り出してしまった。
「なんか言ってたか。」
妹に、馬鹿にされた。
「イルカが話すかね。
鳴いてはいたわ。」
母そっくりな口調だ。
なんとなく、海を避けている。
ホテルの行き帰りも海の見えない方の道を歩くし、散歩も山に行くし、人付き合いも、海をさけるから、釣りにも出ない。
悶々とした日々が続いていた。
久々の休みで、母もいるので、のんびり散歩に出た。
あの藪の前に出ていた。
藪を抜けると、今は乾いているあの溜まりが、あった。
その向こうに、イルカがいた。
「お前、海が嫌いか。」
イルカがゲラゲラ笑う。
あいつだった。
腹をくくって、側に降りる。
水のない溜まりの淵に腰掛け、イルカと話す事になった。
「待ちくたびれたぞ。」
ヒレでバシャバシャ海面を叩く。
「爺ちゃんに脅かされたからな。
囀りの聴こえる者は、詩を聴かなくちゃならないのは、運命だってさ。」
イルカは、嫌な眼をする。
「俺らは全て聴いたんだぜ。」
「俺は、君から聞くのか?。」
イルカのバカ笑いが、響く。
「歌姫は、俺の母ちゃんだよ。」
デカイのと白っぽいイルカが、現れた。
周りにいつの間にか、イルカの群れが、集まっている。
何十頭いるのか、凄い数だ。
「すまなかった。
わしの言葉が乱暴だったかな。
詩を歌うのは、彼の母親だから、安心しなさい。」
デカイのが優しいとなんか変だ。
白っぽいイルカが前に出た。
バカ笑いの息子が、サッと下がる。
イルカの歌う詩は、混乱の極みだった。
はるか昔、イルカもクジラも人も陸に上がり、繁殖していた。
皆んな毛むくじゃらで、太陽の驚異から、皮膚を守っていた。
ある日、毛のないイルカやクジラが産まれ、毛のない人間も生まれ出した。
身体が日に焼かれ、水に浸かるか、日陰にいるか、夜に行動するしかなかった。
皮膚は、直ぐ乾き、ひび割れたのだ。
いつの間にか、毛のない種族や家畜が、増えていた。
それは恐ろしい事だった。
血と肉を食べる為に、改良されていたのだ。
それらは、生きている獲物を好んだ。
生きたまま捕らえられて、血を飲まれ、心臓やらの内臓を食われる。
だが、絶対の力を持つやつらは、人間に崇められ、イルカやクジラを狩る。
悪賢いやつらは、イルカやクジラに、行動異常を、起こさせる。
時期が来ると、集まってしまうのだ。
簡単に捕獲された。
川や海に逃れても、陸に呼ばれると、逆らえないのだ。
人間は、食物としてだけではなく、運搬や残飯整理にも、やつらの手足となって働いていた。
いつしか、日差しに強い皮膚を手に入れた人間は、昼間も動けるようになっていった。
囀りを聴く人間が仲介者になり、やつらに新鮮な血と肉を与えていた。
だが、やがて、人にも、喰われるのが嫌だと言うのが出てきた。
やつらは塩に弱い事を知った、海に逃げたイルカから、知恵を授かった人間は、塩をあちこちに盛った。
塩の混ざった砂で、道を作り、家や家族を守った。
貝を護身用に首から下げた。
その頃は、イルカもクジラも海に帰って行ってたから、やつらの餌はほとんど人間だった。
山の中の住居を捨て、海辺に人は住み始めた。
料理に塩を使うと、血の塩味が強くなり出し、人は塩を食べ、他の家畜にも食べさせた。
塩なしでは、生きられなくなったが、やつらは、この星を捨てた。
毛のないまま、海に生きるイルカ達と人の暮らしは別れ、囀りを聴く者との契約だけが残ったのだった。
白っぽいイルカの唄は、終わった。
残酷な話だが、人間も、豚や鶏や牛を飼って今でも、喰っている。
羊は、人が毛を刈ってやらないと、永遠に毛が伸びてしまうように改良されていたし、豚は、毛が少ない。
毛はあるが、見た目ははげてる。
人が飼う動物の中で、犬や猫にやはり、毛が無いのがいる。
まばらに毛の生えた手を、しげしげと見る。
食べやすいなんて方向で、この手を見てる俺がいた。
あの腕白が、話す。
「時々、呼ばれた頃の記憶が蘇って、浜に打ち上がるのは、仕方ないんだ。
そう、なってるから。
でも、囀りを聴く事の出来る人間は、この詩を知らなくちゃならない。
俺たちが、知ってるように。
お前が、いる限り、この島に俺たちは、集まる。
もうすぐ、遠い海の奴らも来る。
お前の血筋に囀りを聴く者が産まれると、良いな。」
デカイのが、続ける。
「世界中のイルカや鯨が、来るだろう。
百年ぶりの囀りを、聴く者よ。
我らの声を詩を、聞いてほしい。
お前達も我らも、食べらる為に作られてはいるが、共に戦い自由を手に入れた種族だと。
我々は人間に食べられる事に誇りを持っている。
必要なら、この心臓も肉も歯も骨も差し出す。
あやつらをこの星から追い出した人間との、我らとの永遠の契約なのだ。
また、会おう。」
その言葉を最後にイルカ達は、大海に帰っていった。
ドキドキしたまま、身体が動かない。
イルカは、人の前にその身を投げ出すんだ。
何千年もの前の契約を守り、今も約束を違えずに。
妹のお腹の子が、気になったが、囀りを、聴く事が出来たなら、聞いた方が良いだろうと、思った。
この星の海が続く限り。
今は、ここまで。




