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英雄の妹  作者: 甘味そると
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 公式戦当日、初等部からの推薦が通り、出場となった私とレオン――アオイの推薦は残念ながら見送りとなった――は待機部屋で、その時を待っていた。

 この部屋は初等部の二人だけの待機部屋であり、他の学生はいなかった。無駄に広い空間に、妙な静寂が広がっていく。レオンは落ち着かないのか、時折視界の隅でそわそわしていた。

「おい」

「……あ、はい?」

 まさか呼ばれるとは思わなかったので、反応が遅れる。部屋には私とレオンの二人しかいないから、必然的に呼ばれたのは私になる。

「凄い顔してんぞ、びびってんのか?」

「そうですね」

「はっ、そりゃそうだ! 一回戦の相手は俺だもんな」

 そう、一回戦の相手は、何と引きの悪いことに、初等部の私たちで戦うことになっている。それを勝ち抜けば、上級生の方々と戦う機会を得るのだけれど。

 怒っているのは、そこではなかった。

 よりによってクロード兄様が『個人戦』ではなく、『クラン戦』に出ていることだ。これではリベンジできない。何のために出ているのか分からなくなると言えば、流石に過言だけれども、クラン戦で出るなら最初から、そう言ってくれればいいのに。

 しばらくレオンは一人で騒いでいたけれど、私の反応が薄いせいか、大人しくなった。それから、もう少し経って引率の先生が部屋を訪れ、私たちを呼ぶ。一回戦がついに始まる。クロード兄様はいないけれど、強い先輩たちと手合わせができると思うと、少しだけ気分も高揚してくる。気づかぬ間に口角が上がっていたらしく、ガーランド先生に「お前怖いぞ」と言われる始末だ。

「本当にアリエラみたいになんなよ」

「先生、今日はお母様も観戦に来てますから、あまりそんなことは言わないほうが……」

「まじか、殺されるところだったぜ」

 がははとガーランド先生は笑うけれど、目は笑ってないし頬も引きつっている。

「まぁ何にせよ、死ぬなよ。死にさえしなければ、ボロクソになっても治療してやるからな」

「ええ、治療は任せなさーい」

 そっと私の背後を取り、撫で回すのはミリアさんだ。この人も、かなりの手練れなんだろうなぁと思いつつ、私は会場へと足を進める。緊張はない。ミリアさんの調整無しでも、随分と調子が良い。

 長い廊下を抜けて、会場に踏み込む。普段はがらがらの観客席を人が埋め尽くし、視線が集まる。大きな歓声と言うほどではないけれど、私を応援してくれる声もあった。お父様とお母様の姿は見つけられなかったけれど、どこから見ているのだろう。不甲斐ないことはできないな、と少し震えつつも舞台へと上る。並んで入場したレオンは意気揚々と飛んでいき、舞台の中央で私を待つ。

「特にルールは無い」

 私とレオンの間に立つレフリーが言った。実戦に近くする故にルールを設けない。だから、かなり危険な試合――死人が出たことも、過去にあったらしい。

 それでもやめない。やめさせない理由はある。今でこそ竜と和平を成し、平和を取り戻しているけれど、それもいつまで続くか分からない。現に竜による襲撃が時折耳に入ってくる。何故、竜が人を襲うのか、理由は今のところ分からないけれど、完全な平和とは言い難い。

 それに魔族の存在もある。まだ世界の闇に巣くう彼らの存在は駆逐しきれてはいないらしい。

 脆弱な人々は生き残るために、強くある必要があった。

 そして私も強くならなければならない。

 その気持ちの根元が、何なのかは分からないけれど。

 こんなところで遊んでるつもりはない――レフリーの開始の声と同時に飛び込んでくるレオン。

 たん、と足を一踏み。土の魔術で、床から腕が生えてきて、レオンの足をすくうことに成功する。

「こんっ……の!」

 ふわと肌を撫でる熱。レオンから放たれるそれは、まるで夏の日差しのようだ。その中心部の熱は如何に――と思いつつ、断の魔術で熱を断つ。

「くらえっ!」

 熱で空気が歪み、走る炎はまるで踊るようにして襲いかかってくる。けれど問題はない。静かに発動したままの魔術で受け止める。貫通してくるほどの威力は無かった。

「これなら、どうだっ!」

 渦巻く炎がレオンから立ち上ってゆく。今までのように範囲を焼くようなものではなく、一点集中の一撃。炎は天を貫く槍のように研ぎ澄まされていた。

「大技すぎるのよ」

 再び足の裏で舞台を叩くと、小さな腕がレオンの足をすくうべく伸びていく。しかしながら同じ魔術を行使したのが間違いだったのだろう。伸びる土の腕は、炎の槍に焼かれて滅する。

 そのまま攻勢に転ずるレオン。私は必然的に守り手となる。断の魔術の三重行使。一枚目を突破されるも、二枚目で何とかレオンの炎槍を受け止めることができた。

「おらぁ!」

 ただ止めたところで炎槍は消滅しない。再びの突進で二枚目も破られ、三枚目に致命的な傷が生じた。

「貫けぇ!」

「……む」

 断の魔術の悲鳴を聞きながら、次の手を打つ。このまま守勢を厚くしてもよかったけれど、勝ち筋が見えてこないことは明白だった。

「付与――風(エンチャント――ウィンド)」

 ふわりと軽くなる身体。まるで翼が生えたかのようで、加速は刹那。炎槍の届く距離から離脱する。

 対し、レオンはその手に余る武器に少しだけ振り回されながらも、その瞳は私を捉えつづけている。流石は風と炎の二属性持ち。私のような中途半端なスピードで、彼から逃れるのは少し――否、かなり厳しいのかもしれない。

 大きく回り込む私に対し、体勢を整えつつ振り返るレオンの方が速い。追撃の炎弾を断の壁で打ち落としてはいるものの、攻め手に欠けていた。

 けれど、そこでレオンの動きが鈍る。

「シオンてめぇは息子にどんな教育してんだコラァ!」

「相変わらずだな、アリエラ! 君の娘だから容赦はしなくていいとは言っておいたが、正解だったよ!」

「ふざけんなよ、もしアリサの肌に火傷を残してみろ! てめぇら一家ぶっ潰すぞ!」

「やれるものならやってみればいい!」

 観戦席から聞こえてくる怒声。吼える元剣聖と元最優の騎士。若干、顔を青くしているレオンが私と観客席を交互に見やる。その手に握る炎槍は僅かに揺らいでいた。

 あれは知らない人だ。お母様はもっと優しい人だと言い聞かせて、何とか冷静を保つ――いや保ててない。凄く頬が熱い。

「……レオン、あれは関係ないわ」

「お、おう」

 冷や水をぶっかけられたようで一時中断してしまったけれど、私の言葉でレオンも何とか気を取り戻す。再び炎槍を構える姿に迷いは無かった。

 仕切りなおしだ。再び飛び込んでくるレオンに対し、私も断の障壁で受けつつ距離を保つ。

「無駄だ!」

 しかしながら伸びる炎は実に厄介で、障壁自体は間に合ったものの、息苦しさを覚える余熱が私を焼く。

 このままでは勝てない。ならば、どうする?

 とにかく守勢に回ってばかりなのがいけない。ステップを踏みながら、レオンとの距離を測りつつ、回り込むようにして逃げ続けてばかりだったけれど、下準備は済んだ。ここからは攻めに転じる。

 岩蛇――ストーンスネーク。逃げ回りつつ、舞台に流し込んでいた魔力が一斉に術を成す。刻んだ歩数だけの蛇がレオンを囲むようにして、地を這い進む。

 焼けば済む話なのだろうけれど、その数にレオンも驚きを隠せずにいた。ほんの少しの逡巡。その隙に私は次の手を打つ。水の魔術の行使。宙に現れる水。しかしながら消火するには、物足りない量だ。だから、それを棒状に形成する。

 次いで放つは断の魔術。魔術の根本はイメージだ。空間を断つ魔術。それは今までお父様やクロード兄様の魔術を見よう見真似で行なってきた。

 けれど、それだけだろうか?

 私がイメージするだけで、魔術はどこまでも広がって、高くなって、そして深みへと進んでいける。

「『熱』を断つ」

 刹那、視界が揺らめき、紅に染まる。轟と炎が踊るけれど、それはレオンの魔術のように美しくない。世界から強制的に排除された『それ』は荒々しく断末魔を上げつつ、最後に道連れを求めて人に襲い掛かる。ただ、それも悪あがきに終わり、より純粋なレオンの炎槍に掻き消される。

 それでいい。本命は、そちらではないからだ。

 手に残る冷気――それを構える。その純度、密度からか、刀身は透き通る。一振りしても、その芯に揺らぎはない。炎の槍に対し、構えるのは氷の剣だった。

「それが、どうしたっ!」

 焼けて溶けてしまえ――私の武装を見たところで、レオンはほんの少しも怯まない。けしかけた蛇をすべて焼き落とし、再び私に照準を定めて刺突の一撃を放つ。

 イメージだ。今から私は最高の一撃を放つ。断の魔術は、それだけで十二分な力を発揮できる。けれども、それだけではない。イメージを最大限まで研ぎ澄ますことができる媒体があれば、更なる高みへと昇りつく。

「――しッ!」

 刺突の軌道から身を逸らし、すれ違いざまに剣を振るう。槍をすくうようにして描いた剣の軌跡は、いつしかお母様が見せた一撃。ラインハルト兄様の剣を高々と打ち上げ、一撃で無力化したその軌跡を描いた。

 実際、私にはそんな芸当はできない――剣技だけでは。

 レオンの炎から矛先が零れ落ちる。やがては力を失い、無へと散る。

 武器を断った。先ほどまでは槍に貫かれる強度でしかなかった断の魔術が、ついに逆襲を果たした。氷剣の依り代を得て、その力を十全に発揮する。

「……っ!」

 絶句するレオン。しかしながら立ち直りも遅くはなかった。すぐに炎を生み出し、その矛先を再び生み出す――も、私は既にレオンの首筋に刀身を当てていた。絶句して生まれた硬直の隙を見逃すわけにはいかない。

「私の勝ち、よね?」

 震えるレオンの顔から激情が渦巻いているのが、よく分かる。本当に分かりやすい子で、私は苦笑を禁じえなかった。

 けれど完全に詰んでいた。私が容赦なく剣を振るっていれば、それでレオンは絶命していたのだから。それを分かってくれていたようで、レオンは再び生み出した炎槍をそっと霧散させる。

「……ぐす」

「へ?」

 くしゃっと崩れるレオンの顔。耳まで真っ赤にして、きっと私を睨みつけている。

「お、覚えてろー!」

 ダッシュで逃げていくレオンの背中を、唖然としながら見つめることしかできない。

 けれど、よくよく考えれば、レオンはまだ七歳なのだ。これが普通なのかもしれないとも思いつつ、それを理解すると同時に、ちょっとした罪悪感も湧いてくる。私も同い年なんだけれどね。

 しばらくして勝者のアナウンスが流れて、私もさっさと退場する。観客席でぎゃあぎゃあと喚いている元剣聖と元最優の騎士から逃げるように。

「おめでとーアリサたん」

 会場を離れて廊下を進むと、迎えてくれたのはミリアさんとクロード兄様だった。

「傷はない? ねぇ無い?」と私を撫で回しながら言うミリアさん。怪我どころか傷も無いのだけれど、無いと答えれば、また切りつけられそうで私は曖昧な笑みを浮かべたまま、なされるがままであった。

「ちょっと、じっとしててね」

 私を抱きながらミリアさんは、じわりと魔力を流し込んでくる。既に拘束されているため、じっとしているしかないのだけれど。

 ひり、と肌に僅かな痛みが走る。何事かと思いつつ、振り返ってミリアさんに答えを求めるけれど、何も言ってくれない。しばらくして痛みは引き、身体から熱が程よく抜けていった。

「軽い火傷だけだね、これで問題なーし」

 ぽんぽんと私の頭を叩くミリアさんは、「でも」と続ける。

「興奮してて気づいてなかったでしょー?」

「……はい」

「だろーと思った。言ったでしょ? 自身を見失わず、冷静にって。今後も守るのよ」

 真剣なミリアさんの眼差しに、私も頷かずにはいられなかった。

「で、クロたんからお話があるんだってさ」

 ミリアさんは私を抱いたまま、クロード兄様に話を振る。兄様は唐突に振られて、少し険しい表情をしたけれど、ミリアさんに何を言っても無駄だと思ったのだろう。嘆息一つで切り替えた。

「冷静にってところは、俺も同感だな」

「そんなに私の戦い方は危なっかしいですか?」

「いや、そうじゃねえんだが、初等部から出てるのはお前と、あの坊ちゃんだけだ。つまり次の試合からは上級生と戦うことになる」

 だから、とクロード兄様は続ける。

「意地になるんじゃねえぞ。勝てる見込みが無ければ、即座に引け。冷静に判断しろってことだ」

「……私では勝てない、と?」

「そういうところだ、今ちょっと苛ついたろ?」

 クロード兄様の指摘通り、私は事前にこんなことを言いに、わざわざやってきた兄様に少しだけ反感を覚えた。まだ対峙すらしていない相手に、私が負けていると兄様は考えているのだ。

 ただ、そのあたりもすべてクロード兄様の予想内だったのか、「別にお前が絶対に負けるって言ってるんじゃねえよ」と付け加えた。

「お前が下級生だからと、最初は手を抜いてくるやつもいるだろう。ただ、それに対し、すぐ怒り、我を見失って、意地汚い戦い方をするんじゃねえぞって言ってるんだ」

「私は別に――」

「いいや、やるね、お前は。そこまでされたら、上級生だって手を抜けない。お前に対し、本気で向かってくる」

「私は――」

「分かってないな、お前は。俺と手合わせしてるときに、そんな顔が無意識に出てるんだよ」

 違う、そんなつもりじゃない――とは言えなかった。

 クロード兄様を信頼しているからこそ、全力でどんな手を使ってもいいと思っていた。けれど、そうでなかったら。私がこれから戦うであろう上級生に、そんな手を使わないと言う確信は無かった。つい自然と、そんな手を出してしまう可能性だってあった。

「こーら、クロたん。そんなことを言いにきたんじゃないでしょー?」

 そんな私に代わって声を上げたのは、ミリアさんだった。

「でもクロたんの言っていることは正しいよ。私も同じような意味で『冷静に』って言ったし」

「だからと言って、手を抜いてやれとか、すぐに諦めろって言ってるんじゃねえんだよ。お前は手が出るのが早すぎる。肉体的にガンガン行っちまう。全力でやれってのは、それだけじゃねえだろ。もっと頭を使えってことだ」

「……私、そんな脳筋に見えてたんですね」

「ノウキン?」

「いえ、何でもないです」

 考えてないつもりはなかった。けれど、外から見ているクロード兄様やミリアさんの意見は貴重だ。少しだけ冷えた頭で、それらを受け入れる。

「全力は出し切っていい。ただ、ほんの少しの我慢でいい。それが出来れば、ぐっと良い戦い方ができるようになる」

 それだけ言うと、クロード兄様は私に背を向けた。

「あ、クロたん。開始三分前だよー」

「何だとッ」

「ほんじゃーまたね、アリサたん」

「すまん、アリサ、次も頑張れよ!」

 急に慌しくなり、駆けていく二人。それを見送ってから私は深呼吸する。

「……良い戦い方、かぁ」

 頬が緩むのを禁じえない。自身を単純だなぁと思いつつも、私は次の試合を待ち望んでしまう。

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