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英雄の妹  作者: 甘味そると
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 こんな話をクロード兄様から聞いたことがある。それは途方も無い話で、にわかには信じられなかったけれど、よくよく考えれば、ラインハルト兄様にとっては、それ以外の手段が無かったのだろうと、今では納得している。

 納得はしているし、理解もできるけれど、出来る気はしない。

「あいつは魔術で海を渡るんじゃねえんだ。単に沈まない速度で海面を蹴って走ってるんだ」

 それは私のとある疑問にクロード兄様が答えてくれた言葉だ。

 最初は何を言っているのか分からなかった。クロード兄様も、あまりにあっさりと言うものだから、私にも出来るのかなぁと、何も考えずに学校の池に飛び込んでみたけれど、見事に沈んでずぶ濡れになっただけだった。

 何の話がしたかったのかと言うと、私の周りには化物しかいないと言うことだ。

 結局、クロード兄様は三年連続ミリアさんとのペアでクラン戦を優勝し続けるし、お母様も「それが当然」と言わんばかりだ。

 ラインハルト兄様は今も竜の襲撃を追い続けており、既に何十頭と討伐していた。

 竜の討伐は、そう簡単な話ではない。もちろんラインハルト兄様一人で戦っているわけではない。軍で赴き、最大限の準備と共に戦闘へと臨む。

 それでも戦死者は出る。実際に出ている被害も、そう少なくはない。時折、帰ってくるラインハルト兄様の悲嘆に暮れた表情を見れば、嫌でも理解してしまう。

「お前は十分にやっている」

 そうお父様は、ラインハルト兄様を慰めているけれど、当人はいつも己の力不足を嘆いている。

 竜と単独で渡り合い、勝てはせずとも負けもしない――そんな超越者の嘆きなんて、私には理解できないけれど。

 そして、それを理解してアドバイスなんてしているお母様やお父様も、私からすれば理解不能の領域に住んでいる。

 才能とは残酷だ。

 それを悟るのに、三年の月日があれば十分だった。むしろ三年も、よく頑張った方だと思っている。自画自賛なんて悪趣味だけれど、私は頑張ったし、決して思考を停止して無駄な努力をしてきたつもりはない。だから今の私も『並』ぐらいだとは信じている。信じていたい。

 でも並の私は、恐らく兄様方の領域に踏み込むことは難しいだろう。はっきり言って、私には才能が無かった。

 努力して魔力の保有量はもちろん伸びているし、扱いも自由自在とは言えずとも、細かなコントロールもできるようになってきた。

 それでも圧倒的な才の前には、すべてが無駄に終わる。この一年、私は実技において、レオンに勝てた記憶がない。二年前までは、まだ幾度か巻き返せていたけれど、今年になってからは勝ち筋すら見えないほど圧倒されていた。風と炎。二種の属性に愛された少年の成長は著しい。

 またアオイの伸びも凄まじく、レオンが実技特化なら、彼女は座学、実技、普段の素行など全てにおいて優秀であった。

 別にレオンの素行が悪いとか、座学は得意ではないとか、そういうことではない。彼女のような人物を優等生と言うのだろう。少々お節介なところもあるけれど。

 ゆえに彼女のことを嫌う人も少なからず存在する。偽善と切って捨てられたり、八方美人と罵られることもあった。

 それでも、めげない心の強さも持ち合わせており、今では吹き荒れた逆風も気にせず、進む強さまで持ち合わせているのだから、もうどうしようもない。

「あなただけなのよ」

 若干呆れつつ、振り返るアオイ。まだ幼さの残る顔立ちで、私を見下ろしている。成長期なのだろう。私より背が伸びており、自然と見下ろされる形となってしまう。

「もしかして訓練生になる気が無いの?」

 続けられる言葉には、少し怒気も混じっていた。

 アオイは私にだけは厳しい。もう三年もルームメイトをやっているからだろうか。容赦がなかった。

「いや、そういうワケではないんだけれど――」

「けれど何?」

「いや……別に」

「まったく、もうっ」

 アオイは、まったくもって怒りを隠そうとしない。がっしりと腕も掴まれてしまい、逃げることも叶わない。

 アオイも昔は小さくて可愛かったのになぁなんて思いつつ、ずるずると引きずられていく私に抵抗する術はなかった。

「行くわよ」

「え、今から?」

「当然」

 訓練生になるための試験。更にその前提――試験を受けるための課題があるのだけれど、私はまだそれを済ませていなかった。

 嫌でサボっていたわけではない。一人でバタバタとしている内に時は過ぎ、気づけば課題を達成してないのは、私を含めても片手で数えられる程度になっていた。

 中には試験を受けたくない故に、課題を放棄している人もいるけれど、私は違う。ちょっと本気で忙しかったのだ。

「あー……期限って、いつまでだったっけ?」

「それには毎度答えてきたけれど、いつまでも行く気配が見えないもの」

 そう、アオイに引っ張られているのも、今回が初めてではない。過去に何度か引っ張られつつも、期限まで時間があるし、また後日と引き延ばしてきた結果が、これだ。

「期限は明日まで」

「え、ウソ?」

「ウソを言って、どうすんのよ」

 やっぱり忘れてたか、と嘆息するアオイ。本気で忘れていた私としては、ちょっと背筋が冷たくなる話だ。

「あーでもアオイはもう済んでるんでしょ?」

「当然よ。クラスメイトの付き添いで五回ぐらい行ったから、もうばっちりよ」

 五回も……そう大変な課題ではないけれど、それでも五回も行く気にはなれない。なのに一度も愚痴を漏らさず、更に六回目に行こうとアオイから言い出すのだから、本当に頭が上がらない。

「私一人で行くから大丈夫だよ」

「ダメ」

「いや、でも――」

「万が一ってこともあるでしょ?」

 逃がすまいと言わんばかりに、アオイは私の腕をがっちり掴んでいる。そのままアオイは先行し、どんどんと進んでしまう。

 こうなってしまえば、もう何を言っても無駄になることを、私もこの数年で学習した。だからこそ、「ありがとう」の言葉を忘れはしない。

 けれどアオイは「お礼は課題を無事に終えてからね」なんて言う。結果に対するお礼じゃないんだけれど。

「ぱっぱと済ませちゃおう」

 話している間に、私たちは広場に着いていた。東西南北に四つ、その間に更に四つ――合計で八つの石版が立ち並んでいる。石版の表面に刻まれた文字は行き先を示す――転移石だ。

 その内の一つに手を触れて文字を見つめる。「サンスランド大森林」と文字を読み上げた刹那、手のひらが感じていた抵抗が消えて、石に吸い込まれていく。

 一歩踏み込み、石の中へ。すると重力が失せ、身体の中をぐるぐるとかき回されるような不快感の後、再び重力が生まれ、私を大地に引き寄せる。

「――っ」

 ふらっと身体が揺れる。この感覚は何度繰り返しても慣れることはなかった。

 そこに後ろから現れたアオイが突っ込んできて、ぶつかった私は前のめりに転んだ。

「大丈夫?」

 アオイは心配そうに私を覗き込みながら、手を差し伸べてくる。

「まだ慣れないの?」

「んー、まぁね」

 アオイの手に掴まり、ひんやりと心地の良かった草地より身体を起こす。

 日差しは木々に茂る葉が遮り、あたりは薄暗い。何か虫が鳴いていたり、時折遠くより獣の雄叫びが聞こえたりもした。

「――くしゅっ!」

 ふわりと冷気と濃厚な緑の香りに鼻をくすぐられ、くしゃみが漏れた。むずっとした鼻の下を指でこすり、気を取り直す。

 すぐ後ろに立つ転移石の向きを確認し、進むべき方角を見定める。サウスランド大森林は南の転移石のため、私たちが転移してきた際に、向いていた方角がそのまま南なのだ。

 目的地はサウスランド大森林の西側にある。その場合、転移石の横腹の方角に進めばいいので、目的地にたどり着くことは、それほど難易度は高くはない。

 そして私がこの課題を後回しにしていた理由も、このあたりにある。総じて難易度が高くないため、いざとなれば一人でちょちょいっと済ませれるだろうとの油断が、今日まで後回しにしてきた理由であった。

「さて、行こう」

 さくっと済ませよう――私は迷いなく森を進んでいく。もう何人もが課題で訪れているからだろう。踏まれて出来た土の道は実に歩きやすい。

「え、ちょっとアリサ?」

 ずんずん進んでいく私に、アオイは少し面食らったようだ。きっと案内してくれるつもりだったに違いない。けれど、これだけ分かりやすい道ができているのだから、迷いようもなかった。

「もうちょっと緊張感を持ちなさいな」

 慎重さの欠片もない私の歩みに、アオイも流石に呆れを滲ませた。私を窘める言葉も、嘆息混じりだ。

「おっけー気をつけるー」

 と答えつつも、進むペースを落としはしない。程良く踏み固められた地面を軽快に進む。

「気をつけるのは課題だけじゃないのよ」

 聞いてるでしょ――とアオイは続ける。

「最近は竜の活動が盛んになっているって」

「……ん、そうね」

 ふとラインハルト兄様の疲れた顔を思い出す。人間離れした兄様を、あんな顔にさせる相手だ。そんな恐ろしい相手と遭遇してしまった時のことなど、想像したくなかった。

 今となっては、どこで竜と遭遇してもおかしくはない。事実、襲われることはなかったけれど、生徒の一人が授業中にぼうっと外を眺めていると、竜が飛んでいるのを見つけてしまい、それからは授業も進まないほどの騒ぎにはなったからだ。

 竜の姿が見えなくなるまでは、皆ですぐに避難できるよう体勢を整えていたのだけれど、最初に言ったとおり特に襲われることもなく、竜はそのまま飛び去ってしまった。

 もっと昔は平和だった。だから竜の脅威が、これほど身近に感じられるのは恐ろしいことだけれど、少し新鮮でもあった。

「アリサ!」

 耳元で呼ばれて我に返る。少しぼうっとしすぎた。ふと視線を上げれば、森の奥にその巨躯をはっきりと認識することができる。

「来るわよ……アリサ!」

「ん」

 アオイへの返事も中途半端に済ませて、私は進む。

 課題の内容は簡単。この巨躯による脅威を退けて、証明を得ることだ。

「あ、アリサ!」

 もう目の前に迫る巨躯。それでも魔力も纏わず、無防備を晒す私。それに我慢ならなくなったのか、アオイが悲鳴に近いような声を上げる。

 彼女の心配も分かった。だから最初に説明しておけばよかったな、なんて今更後悔もしたけれど遅い。巨躯との間合いは、もはや零距離――それは過言ではなく、私の広げた両腕は巨躯に沈んでゆく。

「おひさっ!」

 より深くなったもふもふを存分に堪能しようと、突っ込むと相変わらず臆病なのだろう。巨躯は慌てて後ろに転がってゆく。それでも私は両腕を離さず、もふもふを堪能する。

 森の守護神、グリズリー。その子である『元』コグマとの再会である。

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