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英雄の妹  作者: 甘味そると
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 閉じたまぶたを、何かがくすぐるように撫でた。沈んでいた意識が、ゆっくりと浮上してゆくと、途端に香ばしい匂いが鼻腔もくすぐる。何かを焼いているような香りだ。

 そうなれば連鎖反応で、口の中でじわっと唾液が溢れ、空っぽの胃がきゅうと鳴る。それに少しの羞恥を覚えつつも、誰も周りにいないことを薄く開いた瞳で確認すると、身を起こした。

 朝日が窓から差し込んでおり、その刺激に自然と目が細くなる。くすぐったく感じたのは、これのせいだろう。

 まだ温もりを残した羽毛布団を蹴やる。軽くふかふかの布団は、足に感触を残さずとも隅に寄ってしまった。

「こらっ、はしたない」

 そんな私を叱責する声に対し、無条件に身体が跳ねてしまう。恐る恐る声の主に目をやれば、呆れたように嘆息するお母様の姿があった。

 朝日で輝く金髪を後ろで一つにまとめているのは料理中だからか――普段は綺麗なロングヘアをお披露目している自慢のお母様――アリエラ・ベオヴォルフだ。

「布団はきちんと手でたたむように、いつも言ってるでしょう、アリサ?」

「ごめんなさい、お母様」

 でも――と私はエプロン姿のお母様に続けて言う。

「……ちょっと焦げ臭いです」

「あっ、火をかけっぱ――」

「大丈夫だ、もう止めておいた」

 痩身の壮年が静かに告げると、ぴりと空気が張りつめる。お母様も先ほどの私のように、びくりと身体を跳ねさせた。

「あ、あなた――」

「気にしなくていい」

 お母様の言葉を遮り、去ってゆく壮年――お父様であるルーデル・ベオヴォルブ。

 お前たちに何も無くて良かった、それだけだ――そんな言葉を残して去ってゆくお父様の背中を、お母様は追いかけてゆく。まだ布団をたたんでいる最中の私には見えないけれど、廊下から楽しそうにきゃいきゃい騒ぐ声が聞こえてきて、お腹いっぱいになった。

「それにしても聞いてくださいよ、あなた」

「何だ」

「アリサですよ。あの子ったら、足で布団を蹴やるんですよ」

「それは……」

「あなたが甘やかすからですよ。時にはきちんと叱ってやってくださいっ」

「ああ、次にやったら――」

「そう言って何回目ですのっ!」

 もう先ほどの火事未遂をすっかり忘れているのか、ヒートアップするお母様に、お父様はたじたじといった様子だ。

 渋く強いお父様なのだけれど、お母様にだけは勝てない。どこにでもあるような家庭事情だ。

 そんなこんなしている内に、手早く着替えを済ませて、廊下に出ると「ほらっ!」とお母様がお父様のお尻を文字通り叩く。

「あー……アリサよ」

「はい、お父様、ごめんなさい」

「許すッ!」

「ち、ちょっとあなた!」

 そんな騒々しい朝を毎日迎えているのが、私――アリサ・ベオヴォルブであった。

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