「教育実習」の悲哀
文章はシリアス風味ですが、内容はスカスカです。
少し長文ですが、お気楽に楽しんでいただければ幸いです。
ご存知だろうか。
この世には、数多の世界があるということを。
その世界の数だけ、創造神がおわすということを。
もしくは、創造神の数だけ、世界が存在するということを。
数多の創造神の中には、真面目な人格、厳しい人格をもった存在も多いが、やはりちょっと抜けていたり、いい加減だったり、後ろ向……内省的だったり、創造された立場の生き物から見れば、「くぅっ、うちの神様ってば……」とちょっと情けない気持ちにさせられるような人格も存在する。
残念ながら、ジレースもそんな微妙判定を自らの創造物にされてしまう創造神であった。
かの神は、誰もが認める「お人好し」だったのだ。
そんな神様が創った世界というのは、それはもう頑丈な動植物にあふれており、ある意味平和で、いろんな意味で多様性に満ちていた。
生物は基本温厚であり、食物連鎖はあるが、それ以外の争いというものはせいぜい小競り合い。
尤も、力ある者共の小競り合い・じゃれ合いというのは、なかなかの破壊力を持っていたのだが、一方的に破壊される側である植物も、頑丈さと生命力では動物の追随を許さぬような力あふれる存在。多少の小競り合いによる傷跡は、あっという間に元とかわらぬように復元されるため、多少のやんちゃでは損なわれることもない。
そして、さすがお人好し、頑丈に生んだ後は、「好きなようにせよ」とばかりに放任主義を貫き、あれをするな、これをせよといった制約を与えることもなく、ただおおらかに見守ることを選んだ。
かといって、創造物との距離は非常に近く、相談されればともに悩み、祝い事があれば共に喜ぶ、己の創った世界を肌身で感じることを好む神であったので、創造物に大層愛されていた。
……もっとも、造物主というものは創造物に愛されることを本能的に好むものであり、様々な方法でもってその愛を受け取ろうとする。ただ、世界の法則に「神への愛」を織り込むものや、愛をささげる代償として力を与えるものが大半を占める中では、「身近な存在」として愛されるジレースは少数派であろう。
ところで、創造物が己の神に対して「うちの神様は……」といった感想を持てるということは、裏を返せば他の神々の存在を知っているということである。
それが唯一の存在であるならば比べることは出来ない。ただ受け入れるのみ。
同格の、比べる対象があるからこそ、相対的にどうであるのか判断できるのだ。
つまりどういうことかというと、神々には交流があり、それに準じて異世界同士の交流もなされているということである。
そしてそれが故に、ジレースのお人好しが彼らにとって悩みの種となる。
* * * * * *
「今度はどこだって?」
「ああ……、ライディアス様の所らしい……」
ジレースの世界において、かの神の御世話役と揶揄されるところの第376代王ソシミア陛下は、執務机に両肘を付き両手で頭を支え……、むしろ抱えて唸る様に答えた。
質問者である宰相ボーノン閣下は、気楽な様子で「ふむ」とあごに手を当てて何もない宙空を眺めやる。なにやら御疲れの陛下への気遣いなどは皆無。
なぜなら彼にとって、我らが神が正式な手順を踏んで王に面会を求めることは何か問題が起こったことを意味しており、それは必ず他の神がからんだ、つまりは一種の外交問題であるとわかりきっているからだ。
尚、王への面会を求めるといっても立場は一応ジレースのほうが上である。王の謁見を受けるわけではなく、神との対話専用の小部屋へ王を呼びつける形になる。「正式に」とあるのは、ジレースは度々世界の中に顕現してふらふら歩き回っており、そのまま王の元へ遊びに来ることが頻繁にあるからである。そして民からの苦情に対応する「御世話役」にお小言を言われることも頻繁にある。
「えーっと、ライディアス様というと、契約神か。今度はどんな遊びを思いついたんだ?」
名前が知られている、という事は過去に交流があった世界であるということ。ジレースとライディアスは仲がよいのか、しょっちゅう名前が挙がる。……便利に使われている、とも言えるのかもしれないが。
しかし、使われるといったところで同格の神同士の間で一方的な関係は成り立たない。
いかにジレースがお人好しであっても、何か頼まれたならば対価が必要となるのは創造神の存在に刻まれた道理であり、そこから外れることは如何なるものにも不可能。それは本能のようなものなのである。
「ざっくりと言えば、子守だ」
両手に顔を埋めたまま、ため息交じりに返答する。どうやらまだ顔を上げるだけの気力が回復しないようである。
しかし、神に子守を頼まれるというのはいかにも意味不明である。
「あー、ソシミア? ざっくりすぎて意味がわかんないんだけど」
「ライディアス様のところには、幾つか契約魔法で繋がりがあったろう」
「あぁ。召喚される奴な。たしか、力だけ送るのと、擬似存在を作って助っ人になるのと、それの長期契約があったっけ? これ以上他の世界に関わることって出来たっけ?」
異世界同士の交流には、当然制約がある。直接の行き来は出来ないし、一方の意思で他方を利用することも出来ない。このあたりは神々の道理に準じているとも言えるし、そもそも世界というものは創造神の身体の一部、そこへ外部のものが入り込むことは例え神であっても不可能なのである。
「まぁ、あとは通信系統があるが。今回は、擬似存在の奴だ」
「ふーん。何回目の契約だ? いや、ちょっと待て、それのどこら辺が子守なんだ?」
「契約は私の代で126回目だ。そして今回は呼び出される先が魔法学園らしい」
「え、なにそれ」
* * * * * *
「まず簡単に説明すると、未熟な「魔法使い」を導いて一端の使える大人に仕上げるのがこの実習の目的である」
そこそこ広い教室の壇上で、教壇に両手をついた禿頭のいかつい男が容姿に似合った低く、それでいて通る声でのたまった。鋭い眼光が教室中を見渡す。
これから教育実習に向かう学生たちは、さすがに居眠りをすることもなく、真面目な表情で真剣に話を聞いているように見える。
彼らは、この実習を終えれば次は己の望む場所で教師として、又は保育士として遣り甲斐のある人生を送るのだという希望に満ちている。
子供を相手とする職業を目指すだけあって、多少の理不尽には耐性があるだろう。むしろ耐性のない者には早々にその道を諦めてもらわねばならない。
かといって、この教育実習はかなり精神的にきつい仕事となるだろうと、送り出す側の男は思った。
多少の同情と哀れみを覚えながらも表情には出さず、男は話を続ける。
「契約神との契約の元、アチラにおける擬似生命体の器を得て、諸君を召喚した個体と交流する。この契約は今回で32回目だが、一応途中解約をすることは認められている。ただし、相応の理由が求められるし、途中解約を召喚者に気付かれないように細工することが条件に組み込まれている。要するに、ちょっと嫌なことがあったからといって簡単に解約は出来ないってことだ」
異世界との契約であるから、簡単に反古には出来ないことは当然ともいえる。むしろ解約できるという方が異例といっていい。ただし、解約に当たっての条件付けが少々風変わりである。
もちろん真剣に男の話を聞いていた学生たちも、その条件には首をかしげた。
一人が代表して質問する。
「教授、召喚者に気付かれないようにするのは何故ですか」
当然の疑問。これまで31回あった同様の説明会において必ず行われた質問である。現在は教壇で説明する側となった男も、以前同様の質問をしたことがあった。
一つ頷いて返答する。
「それが礼儀、らしい。この契約は、当然契約神と我らが神の間において取り交わされているのだが、アチラの住人はその詳細を知らされていないそうだ。つまり、彼らは我々と直接契約を交わしていると思っているのだな。実際召喚陣を作るには彼らに相応の負担がかかるらしいが。まぁそれで、召喚者は我々を自分の分身だと勘違いすることも多い。幼い子供の抱き枕のような扱いを……いや、話がずれた」
思わず己の過去を顧みて少し遠い目になってしまったが、何とか質問の答えへと話を戻す。
「この契約に限り、召喚者はいまだ幼いと言ってもよいような未熟な人格しか持たない。それが、己の絶対的な味方だと思っていた被召喚者に全否定されては、その後の人生がどれ程歪むかわからない。故に、事故を装ったり、生命力の枯渇を装ったりして、召喚者から不自然に思われぬように契約解除を行うことになっている。まぁ、我らが神の思し召しだ」
実際のところ、ジレースの創造物はそう簡単には死んだり壊れたりしない。さらには異世界における器はその世界の創造神による特別製であり、これもまた簡単に壊れるものではない。……という真実は内緒だよ、というのがこの契約であるらしい。
ところで、己の分身に否定されることが心の傷となることは納得できるが、その分身が何らかの理由で失われることも、心の傷になる可能性は充分あるのではないだろうか。
この辺は、ジレースに言わせると「私の心優しい民が無理だと思うような人格相手に、そこまで気を使う必要は感じません」ということらしい。もっとも、この場合は何が悪かったのかという事後補償を他の召喚された者がそれとなく行ったりするのだが。
ちなみに、ここで反省が見られないものは、二度と召喚陣を使えなくなるという一文もこの契約にはこっそりと(もしくはしっかりと)記されている。
「事故を装う場合は一瞬でこちらへ戻されるが、生命力の枯渇を装う時はそれなりに時間がかかる。その間に召喚者を更生できれば、そのまま契約を続行することも出来る。どちらにせよ、解約をしたからといって単位を落とすということにはならないが、途中で帰ってきた場合は、別の召喚者の下へ行ってもらう事になる。途中解約するほどに実習期間が延びることになるので、解約を選ぶ者は少ないな」
多少実習期間が延びようが、どうしても受け入れがたい相手であれば契約解除を選ぶ。逆に言えば、実習期間が延びるのがわずらわしいのであれば、多少の不満は飲み込まざるをえないということである。
「一応、召喚者との相性は契約内容に含まれているので、明らかに相性が悪いというような組み合わせにはならないだろう。ただし、召喚された初めのうちは、意思の疎通に時間がかかることと思う。これは召喚者が召喚陣を作る弊害なのだが、言語の翻訳はそれぞれの召喚陣にかかっているので、よほどの才能ある者が作ったものでもなければ、最初のうちはこちらはアチラの言語を話すことが出来ない」
意思の疎通に難があると聞き、さすがに学生たちの表情が曇る。
「こちらは相手の言葉を理解できるので、そこまで困った状況にはならないだろう。いざとなればすでにアチラに行っている者に翻訳を頼むことも出来る。……諸君はこの実習が終わったら各地の教育関係機関に携わるのであろうが、我々の幼生体の相手をする場合でも、意思の疎通はなかなか困難なものだ。その予行演習と思ってこの実習に取り組んでもらいたい」
男の言葉に、学生たちは己の将来像を思い浮かべ、この「教育実習」に意味を見出してゆく。
その後もあれこれと細かい注意点や契約の内容などの説明がなされ、いよいよ異世界の召喚陣につながる偽送還陣へと足を踏み入れることとなった。
尚、この送還陣はジレースの御手製である。この陣に足を踏み入れた者の体はジレースの預かりとなり、擬似精神体が契約神ライディアスの元へと送られて、かの神御手製の擬似生命体の器を与えられ、召喚陣を作った者の元へと現れる仕組みとなっている。
擬似精神体というのは、異世界間の行き来が厳格に不可能であることから微妙に本人とも言いがたい、本人の意思を反映する情報体をさす。
言い換えれば、世界の境界辺りで二柱の神により情報を継続的にやり取りできるような契約を結び、擬似生命体を遠隔操作する情報元(今回は教育実習生)をジレースが用意し、操作される器をライディアスが用意する、それを、さも異世界から召喚できましたよというふりで召喚陣に出現させる。
本人は送り出されていないので、「偽」が付く。客観的にみれば契約神の性格の悪さが透けて見えるようだ。
* * * * * *
「さて、君たちもこの学園に来て3年目となった。これまでの2年間は魔法の基礎を中心に学んできたわけだが、3年生からは応用編に授業の中心は移っていくぞ。より実用的な魔法を身につけられるように、これからも一層努力していってほしい。……あぁ、応用編に授業内容が進展するだけで、基礎が重要であることは変わらないからな。まだ基礎に自信のないものは遠慮せずに先生のところまで訊きに来るように。あやふやなままで実技に入るととんでもない失敗をしたり、大怪我をしたりするからな。変な見栄を張るなよ」
ライディアスの世界では人は幾つもの国をつくり、それぞれ協力し合ったり争ったりと、常に勢力を変化させながら時を過ごしている。これはライディアスが創造した当初から「変化すること」を世界に織り込んだことが影響しているのだが、かの神はうっかり世界に規定を設けすぎたため、「変化」を促すためにも異世界との契約を行っている。外部刺激によって、世界が固くならないようにしているのだ。
それ以外の異世界との契約の理由が「おもしろそうだから」であるのは、ジレースやその周りの者たちには常識となっている。
そんな愉快な創造神に創られたとは知らない(知らされていない)かの世界のものたちは、長い年月をかけて世界(=神)と付き合い、己の肉体以外の力を用いる術を手に入れた。
「魔法」である。
「基礎である魔法言語学、魔方幾何学、精神事象学は、これから使う実用魔法においても重要だから、何回も実力試験をしていく。とはいっても筆記試験ではどれ程身についているのかわからないからな。召喚魔法を使って、それぞれの対になる魔獣を召喚することになる。卒業まで君たちの相棒になるから、大切にするんだぞ」
ここはライディアスの世界、5つある大陸の一つに昔からある中堅国、バンスケット王国の中央よりやや北方寄りにある「バーニャン学園」。バンスケット唯一の魔法使い養成学校である。人呼んで「魔法学園」。
5年制で、入学資格は13歳以上。上限はないが、魔法の才能のあるものはほとんどが15歳までにその片鱗を見せるので、20歳を越えて入学を希望するものは滅多にいない。魔法使いになるのではなく、魔法そのものを研究する目的で入学するものくらいだ。つまり、趣味。
一応国策として、魔法の才能のある国民は無料で学べるので、貧しい者も家族と離れて学び舎へ向かうことが容易い。魔法使いはそれだけ貴重であり、一般の役人と比べてやや高給取りになっている。そのため「才能がある」と判断された者は、ほぼ全てが魔法使いを目指す。病人を抱えている等身動きできない場合を除き、入学資格年齢になり次第入学するし、多少年齢が上がっても、身動きできるようになればすぐに入学する。
尚、魔法の才のないものも入学できるが、彼らは無料ではない。
他国の者であっても友好国の者は受け入れているが、その場合は莫大な入学金が必要であり、さらに国の推薦が必要である。これは魔法技術が国家機密に属するからであり、それでも入学を希望する者(むしろ入学させたがる国)がいるのは、この「バーニャン学園」がこの世界で唯一の技術を持っているからである。
それが、これから彼らが行おうとしている「魔獣の召喚」である。
召喚魔法自体は、魔法使いがいる国にはその使い手もいるものである。が、その技術は複雑である上莫大な魔力を必要とし、よほど魔力と才能に恵まれた者でなければ使い手になることはできない。ところが、バンスケット王国ではどのようにしたものか、召喚者の実力に魔力と技術を上乗せさせることに成功したのだ。
とはいっても、通常の召喚魔法とは異なる方法で、いわばズルをするわけであるから制約はある。
召喚魔法がもてはやされる理由は、召喚されたモノの力が通常の人間が振るうことのできる魔法とは桁違いに強力であるためであるが、ここで召喚される魔獣は召喚者と同程度の魔法しか振るえない。
それでもバーニャン学園への入学希望者が後を絶たないのは、一度でも成功体験があればその後の召喚魔法の確実性が増すからである。
とまぁ、そのような魔法学園であるのだが、バンスケット国民であれば、そのありがたみというのは全く実感できるものではない。しかも13歳で入学するような子供には、「魔法使いになるにはこの学園に行かないといけないんだよね。全寮制かぁ。……うまくやっていけるかなぁ」というくらいの考えしかないものである。これが貴族の、しかも教育熱心な家柄の子供であれば、前述のような国際的な評価も踏まえて「学べることのありがたさ」というものを頭の隅にでも置いておくのであろうが。
つまり何が言いたいのかといえば、この学園、特に優れた才能を持つ者が集うわけでもなく、普通の子供たちが通っているのである。魔法使いという職業はある意味選ばれた者が就くのであるが。
魔法の才能というのは、そこいらを気ままに漂っている精霊を感じ取れるかどうか、というものであるため、本人には「特別な力を持っている」という自覚はあまりない。
彼らは知らない事であるが、この精霊、異世界の住人が契約神との契約によって仮の存在を与えられた姿である。その中にはジレースの民も含まれるが、それ以外の世界からやってきたものも多い。
そして、魔法といわれる力も、実は彼ら自身のものではなく、異世界人の思念によるものが多い。
魔力と呼ばれるのは、異世界からの観光客(実はそうなのである)との対話力であり、魔法は、その対話によって「じゃあいっちょ力を貸したるわ」と思わせることができたときに現れる現象なのだ。
なぜそのように迂遠な力を使っているのかというと、創造神が人に「魔法を操る」という才能を与えていなかったためである。魔法は意志の力によって世界に働きかけるものであり、世界を動かすには具体的に作用と結果を想像しなければならない。これは経験がものをいうので、もともと魔法を操る才能のないものにはどうにもできないのだ。逆に言えば、才能さえあればライディアスの民にも魔法を使うことはできるのだが。「魔法を操れない」という規定は課されていないので。
最初の魔法使いは、たまたま偶然「精霊との対話」に成功した人物であり、それを真似したものがそれ以後の魔法使いたちなのである。
「特別な力」の自覚がないのも当然で、彼らは「力」は持っていない。強いて言えばライディアスとの親和性が高いのかもしれないが。
しかしながら、召喚魔法はやや異なる。
これは、その辺にいる精霊に呼びかけるのではなく、どこかにいる「力を貸してくれるモノ」を呼び出す魔法であり、それだけ莫大な魔力が必要となる。遠くにいるものに声をかけるために大声を出せば体力を使うのと同じようなものだ。
対話力に力の大小はないだろうと思われるかもしれないが、言葉の通じない人と意思疎通するために身振り手振りで表情も総動員、全身を使ってなんとか求める結果を得ようとすることを考えてみればご理解いただけるだろう。
因みに魔力切れという症状もある。これは、一つのことを根を詰めて考え続けることで飽和状態となることに近い。「燃え尽きた」というアレだ。
何はともあれ、下は15歳からの生徒たちを相手に、学園の教師の説明は続く。
「召喚された魔獣は、初めのうちは言葉を話すことはできない。これは、君たちの作る召喚陣の性能によるもので、より正確に描くことができるようになれば、彼らも操る言葉が増えていくだろう。言葉が話せないからといって、人間よりも劣っているということは当てはまらないから、そこいらの動物と同様に考えるのは大間違いだ。むしろ、君たちよりもよほど賢いものだと思っていいだろう。見た目は一抱えにできるほど小さな獣の姿であるが、それは召喚陣によって力を制限されるからだ。本来であればこの教室ほどの大きな獣であっても、君たちの能力に合わせて姿を小さくとっているだけで、どんなに幼獣に見えてもれっきとした成獣、君たちよりも年上だ。軽々しく扱わないように」
「さもないと、嫌われるぞ」という意思を視線に含ませ、生徒たちを見回す。今のところ、みな真面目に聞いているようだ。
しかしそろそろ話を聞く以外のこともさせたほうがいいだろう。
「さて、召喚陣を作る前に、おさらいをしておくぞ。今からする質問に答えるように。まずは、召喚陣を作るにあたって必要なものを3つあげろ。一人一つでいい。じゃぁケゼウスから順番に」
あてられた前列出入り口近くの生徒が起立する。
「陣を成り立たせる意思です」
「そうだな。魔法を扱う時には、まず一番に何を為すのか、そうした結果どうなるのか、というのをしっかりと意識しなければいけない。では次、ニシェロ」
座ったケゼウスと入れ替わりに、その後ろの席の生徒が立った。
「正しい知識だと思います」
やや自信なさ気に答えるが、俯くこともなく、教師をしっかりと見つめている。
「まぁ知識といえないこともないな。自分がどのような力を求めているのか、というのが魔法を使う際の大前提なんだが、召喚魔法は、特に条件付けをしなかった場合、自分と性質の近いモノが現れる。つまり、自分を正しく理解することが召喚魔法を成功させる鍵になるんだな。火の魔法が得意であれば、火の性質を持ったモノが現れるというわけだ。君たちはまだ魔法を実践したことはあまりないだろうが、何となくでもやりやすい魔法や、存在を感じやすい精霊がいると思う。それを頭に置いて陣を構築すると、召喚しやすいだろう」
そこで一区切りつけて生徒を見渡すと、一人が挙手しているので、質問の許可を与える。
「先生、条件をつけなかった場合は自分と近いものが現れるということは、条件をつけることもできるのではないですか」
「いいところに気がついた。もちろん、通常であれば召喚を行う時には目的があるのだから、目的にそったモノを呼ぶために条件をつける。今回の魔獣は、呼ぶことそのものが目的だから、自分に呼びやすいモノを呼ぶのが望ましいんだ。最初から無理をするなというわけだな。じゃあ次、モーフェン」
ニシェロの後ろの生徒が立つが、きょろきょろと視線が定まらない。どうも最後の条件が思い当たらないらしい。確かに3つのうち最後の一つというのは、思いついたものを適当に言えるそれ以前と比べて難易度は上がる。とはいえ、これから召喚陣を作ろうというのだから、必要条件は全て頭に入れておいてほしいところではあるのだが。
仕方がないので、教師は他の者にたずねることにした。
「思いつかないようだな。じゃあ答えられる者、挙手をするように」
しばらく互いの様子を伺うような間があったが、3人が手を上げる。
大半の生徒はモーフェン同様自信がないというわけだから、教師としては、苦い笑いになってしまう。
「じゃぁ、セイガット」
指名された生徒が立ち上がり、少し誇らしげに顔を上げた。
「陣の手順を正しく理解することです」
「その通りだ。あー、ニシェロはこっちのことを言いたかったのか? いいのか? さて、召喚陣を作る際には、……セイガット、座っていいぞ。召喚陣を作る際には、そもそも召喚陣の形を理解している必要がある。陣の形、そこにある言葉の意味、どのようにして意志を通していくか、何者を召喚するのか。それらを一纏めに理解して初めて召喚陣を形作ることができるからな。では、召喚陣の中に含まれる言葉とその意味について、ワーイネルから順番に答えろ」
どうやら今日これから召喚陣を使って召喚を行うには、生徒たちの理解に不安があるようで、このまま復習を中心とした授業を行うようだ。
* * * * * *
無事に魔獣の召喚に成功し、生徒たちは嬉しそうである。
何と言っても、彼らにとって望ましい形を持った魔獣がそれぞれの召喚陣から現れたのだから、興奮するのも無理はない。ふわふわの体毛を持った獣の子供のような魔獣や、色鮮やかな羽を持つ鳥のような魔獣、澄んだ色の鱗を持つ爬虫類のような魔獣と、一人一人全く異なる特徴を持った魔獣を召喚している。
そして、教師が以前言っていた通り、人語を話す魔獣はいないが、言葉をかければそれに反応して声を聞かせてくれるその姿も非常に愛らしく、声音も高く澄んでいて、どう考えても己よりも「年上」とは思えない。……むしろ、そのことは生徒たちの頭からは完全に消え失せているように見える。
まぁ、膝に乗るくらいの大きさの、やや丸みを帯びた体躯の小動物が、「きゅるる?」とか「くーきゅぴ?」とか「ぴーぴよ?」とか言っていれば、それはもう抱きしめたくなるのもわからないではない。
見守る教師は内心「あーあ……」と思っていたりするが、これは言ってもどうしようもない衝動のようなものであるから、魔獣たちに少しの同情を寄せるだけで見てみぬふりを決め込んだ。
尚、魔獣たちの内心は。
「うげっ、抱きしめるなっっ、く、苦しいっ」
「あら、なかなかかわいい子に呼ばれたわ。仲良くできるといいけれど」
「あー、その……、いい年してるんで、頭を撫でるのはやめてほしいんだが……」
「うわ……、何かむちゃくちゃキラキラした目で見られているんだが、どうしたらいい?」
「わー、オレの相棒、やたらくそがきっぽいんだが。オレに合わせたの?」
などなど。
お分かりだろうが、この魔獣の中身はジレースの民の、教育実習生である。
ライディアスの持ちかけた「子守り」の仕事は、当然ながらほとんどの神に断られ、断りきれなかったジレースが引き受けることとなったのである。それが、ライディアスの世界で32年前のこと。
ジレースの民は頑丈が売り。いや、売ってはいないのだが、ライディアスにしてみれば、頑丈で温厚という、己の世界へ刺激を与える際には勝手に色々考えて行動してくれる、優良なお客さんである。しかもお人よしで有名な(神々の間で有名なのである)ジレースは「変幻神」。いわば可能性の神であり、変化を求める契約神にとってこれ以上ない相性のよい相手であるといえる。ただし、逆から見た場合はそうともいえないのだが。
それはさておき、ジレースの民は、非常に長命であった。
以前教師の言った「年上」というのは紛れもなく真実であり、ライディアスの世界には、魔獣よりも年上の存在など、よほどの大木でもない限りありえない……つまり、数百年は生まれてから過ごしてきたモノが、こちらに召喚されてきている。もちろん、過ごす環境が違いすぎるため、同様の年月を過ごしているとは言いきれないのだが。それにしても、「教育実習」として召喚されるのはライディアスの世界で12年、つまり3年生から5年生の3年間を一人に付き合うとして、4人の生徒と交流を持つということになる。それだけの期間が「実習」という位置づけで費やされても、人生のホンの短い期間であるという感覚がジレースの民にはあるのだから、やはり相当の寿命の差はあると考えていいだろう。
この12年というのも、最低限それだけの期間は、というものであって、延長されることもある。派遣する人数の調整であるとか、交代要員が揃わなかった場合などには。
もちろん、そんな舞台裏の事情はライディアスの民には知らされていないため、まさか卒業生の召喚した魔獣と同一個体が再び召喚されているとは誰も気付いていない。
そもそも、見た目は召喚者の作った召喚陣によって左右されるものであるし、もともとのジレースの民の体とは似ても似つかないものとなっているので、気付くはずもないのだが。
因みに、呼び名も召喚者がつけることになっている。
これは、今後同一個体を召喚する際に目印となるため、最初の召喚時につけることとなっており、最初の召喚時といえば、魔獣は人語を話せない。
非常に一方的に名づけをされる。
中身がごついおっちゃんでも、ふわふわの体毛を持った小型の獣であれば、「あなたはサフィーちゃんです!」とか言って、かわいらしい名前を付けられたりする。
彼らの試練は名前だけではない。
3年生といえば15歳から上の年頃。5年生でも大半は18・9歳である。
彼らは召喚魔法に慣れるため、授業以外でもなるべく毎日魔獣の召喚を行うよう推奨されている。
もっとも身近にいる、自分の分身。これはもう悩み相談の相手としてこれ以上は存在しないであろう。
しかも、いわゆるお年頃。
相談内容で最も多いのは恋愛相談である。
授業内容であれば、教師に相談するべきであるし、又は同様の立場である生徒同士のほうが理解と共感を得やすい。しかし、恋愛相談は、ほぼ聞いてほしいだけであり、下手な相手に相談してはろくでもない噂を流されたりもないではない。
そもそも教師に恋愛相談など持ちかけられるだろうか。「勉強しろ」と言われそうである。
同級の友人相手では?「あ、あの人ね……」聞きたくなかった情報を貰ったり、変に興味を引いて恋敵になってしまうかもしれない。
とはいっても、恋愛相談くらいであれば、「これも修行」と思えるだろう。
彼らをもっとも打ちのめすのは、本人にはいかんともしがたい「召喚陣」の個性に由来する。
無事、教育実習を終えた○○さんによると「あれは苦行だった……」とのこと。
教育実習生も、初めのうちは気付かない。何せ言葉が通じないのであるから。じきに人語を操れるようになるのだが、それもまた自動で翻訳されるため、なかなか気付くものでもない。
ただ、実習も長くなってくると、翻訳がなくても言葉が聞き取れるようになるのである。因みに、翻訳は、耳では実際の音声を拾っているが、頭の中、思考を司るあたりに翻訳された言語が流れるのである。ジレースの民は頭も柔軟であるため、器用にもこれを聞き分けることが出来る。
しかし、この器用さがこの場合あだになったと言えるだろう。
* * * * * *
魔獣たちは、召喚されても生徒が授業中で手隙の時間があると、庭などでくつろいでいたりする。
実技ならともかく、座学の授業中に手助けするのは生徒の成長の妨げになるからである。
この日も数体の魔獣が大きな木の木陰でくつろいでいた。彼らは仲良しであるようだ。……学園の関係者から見た姿は、であるが。
実際、仲は良い。しかしそれは、生徒たちが思っているような微笑ましい関係とは少し違う。
「あぁ、今日も暑いッピー。この木陰は風が通って快適だッピー」
「そうだニョー。あーあ、適当に水浴びでもしたいニョー」
「水浴びキャ。どうしてこの国には水浴び場がないんだろーキャ」
「温水浴はあるッピー?水資源が少ないと言うわけでもないッピー」
3体の魔獣はぐってりと体を伸ばしたまま、風が通るようにそれぞれに間隔をあけつつ顔をつき合わせて時間つぶしのおしゃべりをしている。
そこへ、少し離れた……というか、木の上から声がかかった。
「おめーらは、しょんにゃにあついんにゃら、きょの木ににょぼりゅとえーずら?」
「あれ、シャーレン(仮)いたんキャ。でも木の上って、風が通らないような気がするんキャ」
「てかニョー、シャーレン(仮)、まだそんな話し方なんだニョー」
「木にょうえにゃら、地面よりきゅーきにかきょまれりゅきゃら、風が吹いたりゃすずしーずら」
「しょーきゃ……って、移ったッピー。あーあ、ほんとにもう、この語尾うっとうしいッピー」
「慣れるしかないニョー。シャーレン(仮)なんか、元の話し方と全く違うしニョー」
「おいらぁもう3人目ぢゃからにゃ、諦めみょつくってもんずらー」
因みに、彼らの言葉をもって生まれた言葉遣いで表現するとこうなる。
「あぁ、今日も暑いですねぇ。この木陰は風が通るので過ごしやすいです」(ピー)
「全くですな。はぁ、こんな日には水浴びをしたくなりますわ」(ニョー)
「水浴びかぁ。なーんでこの国には水浴び習慣がないんかなぁ」(キャ)
「温水浴はありますのにねぇ。水資源だって少ないと言うこともありませんのに」(ピー)
「あなたがた、それ程暑いとおっしゃるなら、この木に登るとよろしいですよ」(ずら)
「あれ、仮名シャーレンさんいたんだぁ。でも木の上って、風が通んない気がするんだよね」(キャ)
「それよりも、仮名シャーレン、まだそのような話し方だったんですな」(ニョー)
「木の上なら、地面よりも空気に囲まれていますから、風が吹いた時には涼しいのですよ」(ずら)
「しょーきゃ……って、移ってしまいました。はぁ、本当にこの語尾どうにかなりませんかねぇ」(ピー)
「慣れるしかありませんな。仮名シャーレンは、元の話し方と完全に異なっておるし」(ニョー)
「わたくしはもう3人目ですからね、諦めもつくと言うものですよ」(ずら)
おまけ。彼らは召喚者に付けられた名前を呼ぶときには、いちいち「仮名」とつけて呼んでいる。
読了有難うございます。
目指したのは、さくっと読める、馬鹿馬鹿しいものでした……。
ラストあたりをイメージして書き始めたのですが、話を肉付けしていったら随分長く、理屈っぽくなってしまいました。
コメディへの道は険しいと痛感。
御時間ございましたら、感想などいただければ幸いです。