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短編

金魚すくい

 



 夏祭り。何だか活気で霞む、夜店の並ぶ道。神社までの通り道。

 いっぱい寄り道しながら歩いたのは、いつの話だったか。


 浴衣に袖を通した。

 ショートカットで一人称が『僕』、普段は“中性的”としか表現されないのを気にしながら。きみと行くのを思って浴衣着たのに。

 いつも顰め面のきみは今日も眉間に皺が在る。僕の姿を見て、もしかして……?

 髪に髪止めをして、あんまりしない薄いピンクの口紅までしたのに。

 似合わないかな?

 家の前で支度するのを待っててもらってて。一度出迎えたときのワイシャツとジーパンじゃなかったから僕を見た瞬間きみは目を丸くしてた。

 ───で、今に至るまで眉を寄せたまま無言で前を歩いてる。

 ちょっと、持ってきた内輪で隠して溜め息。

 何か怒ってるのか、まったくこっちを見てくれない。

 また、溜め息。


 道は、混んでいた。

 行き交う、人、人、人……。夜店で狭い通路を、ひしめき合いながら歩く。

 並んで歩くなんて無理だから、すぐ後ろを付いていたけど、何だかはぐれてしまいそう。

 必死にきみの背を追う僕。そんな時。

「ほら」

 目を合わさないまま振り返って出された片手。手を取ると繋がれて。

 素っ気ない振りしていつも僕を気に掛けてくれてる、きみ。今回もそうみたいで。

 ……うれしかったなぁ。

 どこかで、同じ部の部員に見付かっちゃうかも、なんてちょっと頭を過ったけど。そんなコトどうでもイイか。

 ふ、と、僕の視界の左端に一つの屋台が目に入った。

 その屋台は、『金魚すくい』。

 何となく、懐かしかった。


 随分小さな頃、今が中学三年だから八年前。七歳の頃だった。

 綿飴、林檎飴、お面とか焼そばとかフランクフルトとか籤引き、玩具、かき氷…。

 多少流行り違いは有るものの、今とそう変わらない店の品々。

 金魚すくいも、変わらず在った。


「……どうした?」

「へ?」

 どうやら、僕は金魚すくいの屋台を見詰めたまま動かなくなり、必然的に繋いでいたきみの腕を引っ張ってしまったらしい。

「あ、ごめん!」

 僕が謝ると、きみは意にも介さず別のことを言った。

「やりたいのか?」

「え?」

「『金魚すくい』」

 今度は僕が、目を丸くした。

 きみは僕を見ていないようで、いつも見てくれてる。

 まるでココロも見透かすように。

 僕は、笑った。

「……いいよ。しない」

「そうか」

 僕が意思表示をすれば、それが合であろうと否であろうときみは無理強いはしない。するときは、余っ程のときだけ。

 そんなきみが、僕は好き。

 きみが手を引いて、再び歩き出す僕ら。

 ちょっとだけ顧みる、金魚すくい。


 あの頃は、やりたくてよく駄々捏ねた。

 金魚はすぐに死んでしまうのに。

 狭い水槽を、泳ぎながら紙の網で掬い上げられるのを待ってる赤と黒の小さな魚たち。


 あれは、


 金魚“掬い”?


 それとも、


 金魚“救い”?


 掬ってるの? 救ってるの?


 わ か ら な い。


「やっぱり、やりたかったんじゃないのか? 金魚すくい」

「ううん。全然」

 幼い僕は片手にお菓子や玩具を。片手に金魚の袋を持っていて。

 現在、僕は片手に内輪。片手にきみの手を掴んでる。

 それだけで。

「僕の手は手一杯だもの」


 きみといたい、きみが好き、きみの手に触れていたい。


「優子」

「ん?」

「浴衣、似合ってるぞ」

「!」


 昔金魚の袋を引っ掛けていた指や手は、今では持ち切れない僕の[願い]で、塞がっていた。







   【Fin.】

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