ペンタゴンに迫る脅威
再びアメリカにやって来たオケン、その狙いは?
「最後の忠告だ。今すぐにもあの男から離れな」
久しぶりに帰ってきたあたしにそう告げてきたのは、この業界に入ってから何かと世話になった先輩だった。
「情報屋には、危険が付き物でしょ。保険だってちゃんと打って有りますからそんなに心配しないで下さい」
あたしが自分でも信じ切れない言い訳で返すと先輩があたしの両肩を掴む。
「八刃に関わるのは、絶対駄目なのよ。奴等と奴等と敵対する輩に常識は、通用しない」
「それは、色々非常識な物を見て来ましたけど、でもまるっきり話が通じない相手じゃ無いと思いますが?」
そうだ、オケンの悲壮な覚悟をあたしは、知っている。
「お前が言った保険だが、そんなもんは、あてにならない」
搾り出すように言った先輩の言葉にあたしは、作り笑顔で答える。
「先輩にだってあたしの保険の全てを探し出せるとは、思いませんね」
先輩は、一枚の写真を見せてきた。
それは、万が一の保険として用意していた八刃の情報を流出してくれる筈の新聞記者の写真だった。
「どうしてそれを?」
困惑するあたしに先輩が冷たい視線を向けた。
「殺されたよ。それもCIAにね」
「CIA!」
思わず声を荒げてしまう。
「アメリカ政府は、八刃に多額の賞金を懸けている。お前が組んでる男にも百万ドル以上な」
いきなり飛び出したとんでもない事実にあたしが目を白黒させていると先輩が続ける。
「ホワイトハンドオブフィニッシュのことくらいは、聞いた事あるだろう?」
あたしは、その名前に連なるとうてい冗談としか思えない数々の逸話を思い出しながら頷く。
「確かWFと呼ばれる怪現象の発生させる謎の存在だと」
先輩が頷き続ける。
「それもまた八刃。奴らは、決して人と相容れぬ存在だ」
何度と無く聞かされた言葉。
それでも、あたしは、オケンから離れる気には、なれない。
「ペンタゴンを潰すって本気!」
オケンから次のターゲットについて聞いて思わず叫ぶあたし。
「非公式の通達が拒絶されれば、俺がその任務に就く事になるな」
大した事の無いように言うオケン。
「正気とは、思えない! アメリカを本格的に敵に回すつもり?」
「残念だが、敵対意思があるのは、アメリカの方だ」
オケンの言葉に途惑うあたし。
「どういう事?」
オケンは、一枚のリストを見せてくれた。
「それは、DDCから流出し技術のリストだが、その多くをアメリカが入手している。八刃は、これまで平和的にそれらの技術の廃棄通告を出し続けていた。しかし、それが受け入れられないとアメリカが突っぱねてきた」
当然とも思えた。
今まで色々なDDCの技術を見てきたがそれらが通常の技術を遥に上回る威力を持っているのは、確かだ。
そんな技術をそうそう手放すとは、思えない。
「だからって本当にアメリカと戦うつもりなの?」
「ただ、ペンタゴンを潰すだけだ。それ以上の事をするつもりは、無い」
オケンの答えにあたしがテーブルを叩く。
「そんな事をしてアメリカがおとなしく引き下がると思うの!」
「金銭的な賠償は、する予定だ」
オケンは、ここまできても平然としている。
「それで済む訳がないでしょう!」
怒鳴るあたしをオケンが睨む。
「ならば聞くが、これらの技術が八刃に向けられるのを黙って見ていろと言うのか?」
「そんな、アメリカがその技術を八刃に向って使うって決まった訳じゃないでしょ?」
あたしの意見にオケンが問い返す。
「ならば何処に使う。一般的に世界最大の戦力を持つ大国が、非合法の特殊技術を大量に保持する必要が何処にある? 世界征服でもするとでも言うのか? 非現実的だ。今や核ミサイルすら張子の寅と化しているんだぞ」
「それは……」
あたしもアメリカがDDCの技術を強引に保有し続ける必要性を思いつかない。
「でも、それが八刃に向けられるという結論に何でなるの? またDDCみたいな組織が出来た時の為かもしれないじゃない?」
「実際にもう白風の次期長にそれらの技術が使った兵器が差し向けられている。これ以上にアメリカの思惑を示した物があるか?」
オケンの言葉は、否定しようも無かった。
「でも、ペンタゴンを潰されてアメリカと本格的な争いになったらそれこそお終いじゃない?」
『アメリカがね』
センが口を挟んできた。
「どうしてそうなるのよ、世界最大の国家よ。それが負ける訳がないでしょ?」
あたしの言葉をオケンは、否定する。
「別に国全部を潰す必要は、無い。主だった軍事基地を数箇所潰すだけでアメリカと言う大国を維持できなくなって後は、崩壊に向うだろう」
軍事基地を潰す。
それは、以前聞いた話と繋がる。
「世界大戦を起こすつもり?」
聞きながらも冷や汗が止まらない。
「その結末は、アメリカも承知している。大攻勢は、まず無いだろう」
軽い口調のオケン。
「どのくらいの確立?」
口が緊張でカラカラになる思いで質問するあたしにオケンは、即答する。
「八割の確立で無い」
普通の事なら安心できる割合。
でも、それが世界大戦の引き金になるとなったらたった一%でもあったら不安でしかたない。
しかし、そんな言葉が通じる相手じゃない。
前に言っていた八刃は、自分勝手な組織だと。
自分の安全の為なら世界を危険に晒す事になっても平気なんだろう。
「俺達も余計な争いを望んでいない。アメリカが大人しくDDCの技術を放棄してくれれば、こちらもそれなりの代償を支払い、どちらにも被害が及ばないで終わる。期日は、あと一週間」
それでその話が終わった。
残り一週間、それで世界の命運が左右されるのだろうか。
そんな事を思いながら久しぶりに自分の家に戻った。
電気をつけた時、誰も居ない筈の部屋に人の気配があった。
「何処の組織?」
裏社会に属している以上、こういった状況は、想定していた。
問いかけながら玄関に隠しスイッチを押す。
これで部屋の外で大きな音が発生して人が集まり、こいつらも一時撤退するしかなくなる筈。
「面白い細工ですが、無駄ですよ」
白いスーツを着た男が立ち上がり身分証明書を見せる。
「CIAのケルビンと申します。これは、政府の正式な調査、誰の助けも来ません」
唾を飲み込む。
「CIAの人が何であたしに?」
「解っているでしょ。今、我が国は、かなり危険な状況にあります。それを回避する為に貴女に協力してもらいたいのです」
ケルビンが何を言いたいのか何となく解る。
「あたしは、単なる情報屋、何の力も無いわ」
するとあたしに拳銃を突きつけていた黒服の男が言う。
「その女の言うとおりです。こんな女一人を人質にした所であの化け物達が交渉に乗ってくるとは、思えません」
ケルビンは、苦笑する。
「何で相手を普通の人間みたいに言っている。奴らは、人外、こちらの理解の埒外の存在だ。この作戦は、我が国最大の頭脳が考えた作戦。我々手足は、頭脳が命ずるままに動くだけだ」
「抵抗するだけ無駄よ」
いつのまにかに後ろに居た黒人の女性があたしの両手を拘束していた。
「解ったわ」
あたしは、そのまま掴まる事を選んだ。
車に乗せられ移動の間、この状況を検討する。
周りに居るのがCIAと言うのは、外の騒動を警官が静めていた事からも間違いない。
そしてCIAが動く理由も解る。
解らないのは、あたしを人質にしようという作戦だ。
あたしは、単なる情報屋でしかない。
ハチバにとっては、何の価値も無い存在の筈。
唯一関係有るオケンだって、あたしを救う為に危険を冒すとは、思えなかった。
暫くしてあたしが連れてこられたのは、一つの軍事基地だった。
建物の中に連れられ、地下深くまで降りた。
エレベータが開くと一人の真白の肌で真赤な目をした白衣の十歳前後の少女が出迎えてくれた。
「初めまして。私は、今回の作戦の最高責任者、レッドアイよ」
「冗談でしょ?」
思わず聞き返すあたしにその少女、レッドアイは、答えないが、連行してきたCIAのメンバーの様子からして嘘でないようだ。
「最初に貴女の疑問に答えてあげる。今回の作戦は、単なる時間稼ぎよ。我が国としても八刃と正面からやりあうつもりは、ないの。でもDDCの技術を失いたくも無いのよ」
「しかし、八刃の性質を考えたら期間延長に応じるとは、思えませんけど?」
あたしの問い掛けにレッドアイが頷く。
「その通りよ。でもね、同時にペンタゴンを潰す作戦の要である百剣以外の高位者をアメリカに入国させる事も難しいの。百剣すら封じてしまえば、時間を稼げる。その間に偽装工作を行う予定なの」
軽い口調で話しているが、あたしの中の危険信号が激しく警報を鳴らしている。
レッドアイは、危険人物だと。
「オケンに対してあたしが人質になるとも思えませんけど?」
正直な気持ちを打ち明けるが、真実は、どうであれ、自分の存在価値を高めておく必要がある現状、余計な一言だと言ってから後悔する。
楽しそうに笑うレッドアイ。
「そんな貴女だから人質になるんじゃない。奴等は、救いを求める者には、手を伸ばさない。自ら立ち、高みを目指す者だけを助ける。そんな連中なのよ」
「だったら尚更よ! あたしなんて女を武器にして、男から情報を掠め取るしか芸のない人間なんて救いに来る訳がない!」
あたしは、何で声を荒げているのだろう。
さっきから自分の行動が理解できない。
「ますます、あいつらの好みよね。間違いなく助けに来るわよ。皆準備は、良いわね?」
ケルビンが頷く。
「はい、この基地には、DDCの技術を応用した新型兵器を集めてあります。これならば、たった一人なら八刃を倒す事が出来る筈です」
「実戦データの回収も忘れないでね」
レッドアイの言葉にCIAのメンバーが動き出す。
「一つ聞いて良いですか?」
あたしは、不釣合いなデカイ椅子に座るレッドアイに問い掛ける。
「何かしら? 貴女が今必要な情報の殆どは、答えられないと思うけど?」
「貴女自身は、八刃をどう思っているのですか?」
指を鳴らすレッドアイ。
「ナイスな質問よ! そうね、チャンスかしらね? こんな平和な時代、あたしみたいな異端児が活躍する機会なんて有るわけが無かった。やつ等の異常性があたしに活躍の場を与えてくれたのよ」
正に歓喜しているレッドアイ。
先ほどから感じていた危機感の正体が解った。
レッドアイは、未来を見ていない。
今、この時の為だけに生き、行動を起こしている。
その結果死のうと構わないそんな半ば自暴自棄な存在が立てる作戦がまともな訳がないのだ。
「もう一つだけ質問していいですか?」
あたしの言葉にレッドアイが嬉しそうな顔で答える。
「今度は、どんな質問?」
「オケンが助けに来なかったらどうするつもりですか?」
するとレッドアイが途端に落胆した様子で言う。
「今度のは、随分とつまらない質問ね。自分のその後の事がそんなに心配?」
それを心配しないと思う方がおかしいが、この相手にそれを指摘しても理解できないだろう。
「アメリカの未来が掛かっている作戦、もっと予備作戦があるんじゃないかと思っているんですが?」
レッドアイが少し納得した顔をする。
「確かにそれだったら質問の意味があるわね。でもね、貴女は、八刃を、百剣という存在を過小評価しすぎているわ。予備作戦を展開できるほどアメリカには、余裕が無い。正確に言うなら予備作戦を行えるだけの駒が無いという事かしらね。ここに集めたDDC技術の新兵器と同等の兵器を揃える事も出来ないし、逆に散らして有効な作戦が組めなかった」
この言葉にあたしは、驚きを覚えてた。
「詰りアメリカが八刃に追い詰められているという事ですか?」
信じられない。
信じたくなかった。
レッドアイが肩をすくめる。
「アメリカは、ホワイトハウスを半壊させられた時からずっと八刃に追い詰められているの。違うわ、その時気付かされたと言うのが正解かしらね。奴らが本気になればその力に抗う事が出来ないって事が解ってしまったのよね」
悪寒が走るが、それでもあたしには、もう一つ確認する事があった。
「オケンを殺すんですね?」
レッドアイが大爆笑する。
「何を心配しているの? あんな化け物の事を心配しているの? もしかして惚れちゃったの?」
オケンとは、ただの仕事だけの関係。
それが正解だ。
でもあたしは、口にしたのは、全く別のことだった。
「オケンには、生きていて欲しい」
あんな哀しそうな顔のまま死んで欲しくない。
レッドアイが笑顔で答える。
「まあ、人の趣味は、それぞれだから別にいいわ。安心して良いわよ。殺すつもりは、無いわ。殺したら八刃と本格的に事を構える事になるし、別の人間を強制的に送られて来る事になる。工作が終わるまで捕獲しておくだけよ」
全然信用できなかった。
でも、あたしは、それを信用するしか道が無かった。
だけどあたしを助ける為にオケンが来る可能性が低いって事が安堵できる事におかしくなってきた。
そんなあたしを覗き込むレッドアイ。
「何がおかしいの? そうそう、手加減できないから殺しちゃうかもよ?」
あたしの動揺を誘おうってつもりだろうが、最初から来る筈が無いから関係ない。
そんな事を考えていた時、ケルビンが報告に現れた。
「百剣がやって来ました」
「……嘘?」
信じられなかった。
「そんな貴女だから助けに来たんでしょ?」
レッドアイが指を鳴らすと基地に侵入来たオケンの映像を見せる。
「オケン……」
頬に流れた涙の意味が自分でも解らなかった。
前回から八刃に対する不穏な空気がかなり緊迫してきました。
一週間って期限まで出てきた所で、アメリカが大きな動きを取り出しました。